321 そういうことにしましたね
21/03/04 一部若干変更、追記。
勝手口を出てすぐの所に、解体場となっている場所がお屋敷にはあります。食材をまるごと買うことが多いので、こういった場所は必須なのだとか。
井戸の側に作業台……解体台っていうのが正しいのかな?があって、そこで持ち込まれた動物は解体される。
普段、解体はナタンさんがやっている。料理長が自らやる事なのかなぁ、とも思っていたんだけれど、「これだけは譲らん!」と、手が回らない時以外は自分で解体するのだそうだ。
そんなナタンさんのいる前で、本日は私が解体をしますよ。理由は簡単で、さすがのナタンさんも、これから解体する代物は扱ったことがないからだ。
解体する獲物はイトウ。私の持ち込みの魚だ。ただし、大物ダンジョン産の五メートルサイズと、日本で獲れるイトウよりも遥かに大きいものだ。
いや、お昼に私たちだけで食べたからね。そのことを知られたら絶対に強請られること請け合いだ。
うん。侯爵様方はお仕事で出ているからね。エメリナ様とリスリお嬢様は、最後の追い込みの食堂とお菓子屋さんで采配を振るっているし。セシリオ様はエステラ様と一緒に、アルカラス家の宝飾店が行う展示会会場の最終チェック。バレリオ様とダリオ様は王宮だ。イネス様? イネス様は王弟婦人だもの、なんのかんので忙しいんだよ。今日は……どこに行っているんだろ?
うん? 攫われて帰って来てからだっていうのに、扱いが普通過ぎる? いや、私としてはありがたいよ。変に腫物でも触るような扱いにされると、すごい申し訳ない気分になるし。
それに、気を使われていないわけでもないしね。メイド長さんがさりげない感じで、私を気にかけてくれているしね。
さて、それじゃあ、この馬鹿でっかいイトウを三枚に下ろすとしよう。使うのは前にも解体に使った黒檀鋼の剣。見た目はややフランベルジェっぽい反りの入った黒い日本刀だ。武器として造ったんだけれど、包丁代わりにしか使ってないよ。多分、これからも包丁として使うことになると思う。
さぁ、それじゃあ、ヒレから落としていこうか。ぬめりだのなんだのは、すでに除去済みだからね。もちろんきちんと締めて血抜き済みですとも。このあたりはおにいちゃんの友達に教えてもらったよ。ときどきお魚を持ってきてくれる人ね。
私がアウトドアするなんてことはほぼなかったから、半ば無用の知識だったんだけれどね。まさか死んでからこんなに役立つことに成ろうとは思いもしなかったな。生前は――何回やったっけ? 多分、片手で数えられるくらいだ。
さて、ヒレを斬り落とすのも完了。次はお腹を割いて――
「き、ききききキッカ様、こ、ここここ――」
なんだか慌てて庭を回って走って来たメイドさんが、鶏みたいになってるんだけど、なにごと?
「おぉ、キッカ殿、此度は災難であったな。だが無事でよかった」
慌てるメイドさんの後から、護衛を引き連れた国王陛下が現れた。服装は、裕福な商人みたいな恰好だけれど。
は? 国王陛下!? え、なんでここにいるの? お仕事は大丈夫なの? いまはお祭り関連で忙しいはずだけれど。
「あぁいや、無事ではなかったのだったな。あー……足を失ったと聞いていたのだが?」
「ご心配ありがとうございます。足ですけど、生やしましたよ」
スカートをめくって足を出し、サンダルを脱いで指をわきわきさせて見せる。
「い、いや、キッカ殿、見せんでいいから」
……本当、なんで足だとこうなんだろ? 見せたのは膝から下だけだよ。胸の強調は当たり前みたいなのに。わけがわからん。
そんなことを思っていると、なんだか国王陛下が苦虫を噛み潰したみたいな顔をしていた。はて?
「すまぬ、キッカ殿。いま、生やしたと云ったか?」
「えぇ、いいましたよ」
「確か、魔法ではそこまでの効果のものはないと聞いておる。錬金薬にしても、重度の欠損を補うほどのものはないと。故に、欠損を修復するためには、これまで同様にダンジョン産に頼らねばならぬと」
「あぁ……そういうことにしましたね」
国王陛下が顔を引き攣らせた。
「達人級の回復魔法、及び最高位の錬金回復薬であれば、欠損を補うことができます。これは即時効果ですので、ダンジョン産のポーションのように、服用後半年から一年かかるようなものではありません」
「それでは……」
「ダンジョン産回復薬の価値が暴落しないようにするための措置です。それにですね、達人級魔法を使える者は現状いません。例外を除いて。そして薬に関しては、そのレベルは調剤不可能なのですよ。私は神様からいただいたものを服用して再生しました。尚、その薬を持っているのは私と、私がうっかり渡した組合に一本あるだけです」
これは魔法を教会に卸すときに決めたことだ。特に回復系の魔法はかなりの制限を掛けてあり、現状は販売されていない。
だって、考えてもごらんよ。回復魔法なんて身に着けたら、怪我をする側からそれを治癒する、それこそ死なない死兵ができあがるようなものだよ。
野心ある権力者は、すぐに「戦争しようぜ!」ってなるに決まってる。
テスカセベルムのあの盆暗国王がそうだったんだから。自分の指を斬り落とすこともできないヘタレの癖に戦争して美味しい思いをしようとか、烏滸がましいにもほどがある。
「その例外というのを訊いてもよいかね?」
「特殊な装備を身に着ければ、魔法を使いたい放題にできるんですよ。教会に一式奉納したので、いざという時には教会を頼ればいいんじゃないでしょうか。寄付金をたんまり積んで」
いや、なんで頭を抱えますか、国王陛下。
富める者からは大金を、貧する者からは僅かな奉仕をもらえばいいのですよ。定額を提示せず、寄付、としているのはそういう理由からですよ。
「その、キッカ殿。世の中、善人ばかりではないのだ。盗人などにその秘宝が盗まれようものなら――」
「陛下、私をなんだと思っているのですか。私の人生がどれだけロクでもないものであるのか、昨年からの私の有様から陛下も想像つくでしょう? 普通の人は、一生のうちに一度しか死なないものです。私、昨年だけで二度も殺されましたよ。一度は神様に生き返らせてもらって、もう一度は、女神様の加護で即死しなかったからどうにかなっただけです。そして今回は足を失くす有様ですよ。私がなにか悪事を働いたというわけでもないのに」
国王陛下が唖然としたように私を見つめる。
私は続けた。
「世の中、基本的に利己的な悪人が溢れているのは承知ですよ。ですから女神様と相談しましたとも。それらの装備がそういう輩に渡ろうものなら、女神様が即座に神罰を降ろします。あれは祭器でもありますからね」
ぬかりはありませんとも!
た、多分、大丈夫……だよ? なにせ私だしなぁ
「……そのことは、教会のことであるしな。我々が心配出来ることでもなかろう。女神様が管理なされているのであれば、我らの心配など無用というものだろう」
暫し考え込んだ後、国王陛下はそう云い、頷いた。
「ところでだ、キッカ殿」
「なんでしょう?」
「先ほどから気になっていたのだが、その巨大な魚はなにかね?」
興味津々な様子の国王陛下に、ダンジョンで獲れた魚だと説明した。現状、私がお肉を食べられない状態なので、食材として出したものだと。
まぁ、こんなことを云えば、なぜ肉を食べられなくなったのかを訊かれるわけで。私が正直に答えたところ、みんな顔を青くしていたよ。
私は寝てたというか、失神状態だったから、聞いた話になるんだけれどね。
先ず誘拐一日目の食事で出された肉料理の材料が私の足。それに気が付いたもうひとりが食事を拒否。すると翌二日目からは汚物の混じった料理へと変更される。三日目も同様で、四日目にまたしても足を使った料理となったそうだ。
国王陛下に魚料理を勧めてみたところ、是非にと所望されたので、お昼と同じフライを作って振舞うことになりましたよ。
そんなわけで、国王陛下の前でイトウを三枚に下ろして、切り身を大量に作りましたよ。
そして私は厨房に。さすがに国王陛下を厨房にいれるわけにはいかないので、応接室へと移動してもらいました。
「アレクサンドラ様、結局、挨拶以外は一言も喋りませんでしたね」
「あ、当たり前です。国王陛下と気安く会話をするなど、畏れ多いです」
アレクサンドラ様が青い顔をして震え上がった。
「畏れ多いとは大袈裟な」
「大袈裟じゃありません」
胸元で手を組みつつ、アレクサンドラ様が断言した。
なにも無礼討ちにされるわけでもなし、そこまで怖がるものでもないと思うけれどなぁ。
とはいえ、現状は国王陛下を放置するようなことになっているわけだから、早々にイトウを揚げて、定食にして持って行かなくては。
ついでだから私の分も作ろう。
そうだ、明日の午後は博物館のセレモニーもあるんだっけ。私も出席することになっていることだし、その辺りの事を詳しく聞いておこう。
そんなことを考えつつ、私は衣をつけた切り身を油へと投入していくのでした
感想、誤字報告ありがとうございます。