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32 【飛竜斬り】のティアゴ


 私は誰もいなくなった目の前の受付に、思わず目を細めた。


 いわゆる遠い目。


 いや、ほんと、なんでこんなことになるのさ。


「あのー」


 とりあえず隣の隣の受付嬢に声を掛ける。名前の表記を教えて欲しい。


「あ、あぁ、はいはい。名前の表記でしたね。えーと、Kから始まる方で……」


 台詞が尻切れトンボで止まった! あなたもですか、お姉さん。

 まぁいいや。申請書書こう。


 テスカセベルムでは羊皮紙しか見なかったけど、ちゃんと植物紙もあるんだね。

 とはいえ、羽ペンは慣れないな。すぐにインク切れるし。

 なんとか万年筆っぽいものを造ってみるか。構造はなんとなくだけど知ってるし。うん、頑張ってみよう。


「はい。お姉さん、できました」

「はい、ありがとうございます、キッカ様」


 えぇ、なんで様付けなの? そのうえなんで声が上ずってるの?

 私のステータス表記におかしな事ってあったっけ?

 ……あれか、加護関連か? 七神すべてからの加護持ちって、やっぱりおかしいんだろうな。


 そうだ。ちょっと聞きたいことがあったんだ。


「お姉さん。この鑑定盤って、人しか鑑定できないんですか?」

「え、あ、物品も大丈夫です。というより、元々物品鑑定用の魔法具です」


 ほほぅ。


「ちょっとこれを鑑定してもらってもいいですか? 有料です?」

「鑑定だけなら無料です。鑑定書などが必要でしたら、書類作成に料金が掛かりますが」

「それじゃちょっとお願いします」


 仮面を外して鑑定盤に載せる。

 試しに【水中呼吸】の魔法を付与したんだよ。あれは付与技術、魔石のサイズにかかわらず、効果が固定だから気楽に掛けられるんだよね。


 ん? 自分で造ったんだから、効果とかわかってるだろって? うん。それは分かってるよ。ただどんな風に鑑定されるのか、見てみたいんだよ。


 あれ? なんかお姉さんが青い顔してるんだけど。


「ぎ、ギルマス、ギルマスー!」


 ガタタっと、椅子を蹴倒す勢いでお姉さんが走って奥へ消えていく。


 えぇ、また……。


 どういうことなの?


「もぅ、イサベルまで。なんでみんなして放って行っちゃうかな。今は暇だからまだ大丈夫だけど、あと少ししたら忙しくなるんだよ! まったく。

 もうしわけございません。ここからはチャロが担当させて……え」

「どうしました?」


 なんで顔を強張らせて硬直するのさ。なんか怖いんだけど?


「あ、あの、この仮面はどこで?」

「はい? 私が練習がてら造ったんですけど」

「造った!?」

「はい。そうですよ」

「マジックアイテムを!?」

「あ」


 そうだよ。この世界は魔法がまともに出回ってないんだよ。

 当然マジックアイテムなんてダンジョン産くらいで、作れる人間なんているわけないじゃん。


 やっば、やっちゃったよ。


 なんでこんなところでポンコツ頭脳を発揮するの私。


「あの、いまのは聞かなかったことに」

「いや、でも、その、これ【キッカの遮光器仮面】ってアイテム名が表記されていますし」


 ぎゃーす! なんでそんな名前になってるのよ!


 慌てて仮面を鑑定盤からひったくると、ずばっとチャロさんを指差した。


「あなたは何も見なかったし、何も聞かなかった。いいね」

「え、あ、はい」


 あ、あれ、なんか気の抜けた声だな。

 げ、今度は私の顔を凝視してるよ。

 ど、どうしよう。


 って、さらに右にもうひとり受付嬢さんはいるのよ。なんかきょとんとした顔でこっち見てるけど。

 あ、後ろのフレディさんたちとかにも聞こえてたりしないよね?

 あんまり大声で喋ってたわけじゃないし。


 だ、大丈夫だよね? 怖くて振り向けないんだけど。


 だいたいマジックアイテムの販売はまだ考えてないんだよ。

 今はまだそのことで悪目立ちはしたくないんだ。

 なにしろ付与魔法の技量がからっきしなんだから。そんな不出来なものを売れますかってんだ。


 あ、ナタリアさんが戻ってきた。


「す、すいませんキッカ様。暫しお待ちください。いま組合長が参りますから」


 いや、なんで様付けなのさ。いやな予感しかしないんだけど。


「あのー、なにか問題がありましたか?」

「いえ、組合長が是非ともお話ししたいと」


 ナタリアさんがやたらと恐縮してる。


 ……まぁ、とりあえず待とう。

 とりあえず仮面被っとこ。俯いて顔に当てる振りをして、一旦インベントリに入れて装備と。

 うん、インベントリを通しての装備は本当に便利だ。


 私が仮面を着け終えるとほぼ同時に、ばたばたを階段を下りる音が聞こえ、シルビアさんと、もうひとりの受付嬢さん、そして線の細い初老の男性と、浅黒い肌に赤褐色の髪をしたガタイのいい中年の――え、鬼?

 おじさんの後を、やや足を引きながら鬼さんが歩いてきた。


「お待たせした、組合長のティアゴだ、神子殿」

「副組合長のサミュエルです」


 鬼さんとおじさんが私に頭を下げた。

 おぉ、鬼さんがギルマスか。というか、日本の絵本とかの感じの角とは違うね。

 生え際あたりから二本生えているけど、その表面を皮膚が覆ってる。その先端もツンツンに尖がってるわけじゃないね。

 あれだ、キリンの角とかと同じ感じ? もっともキリンみたいに先が太くはなっていないけど。角らしく細くなってるけど。十センチくらいあるかな?


 と、私も挨拶しないとね。それと誤解を解かねば。


「キッカです。それと、私は神子ではありませんよ」

「え? でも鑑定にアレカンドラの神子とありましたよ?」


 え? なんでそんな称号? がついてんの?


 ちょっと奥義書を脳内で確認。


 あ、奥義書だけど、ここに私自身のデータも記載されてるんだよね。だから自分のステータスとかもこれで知ることができる。さらに本として出さなくても、視覚のみで閲覧可能。これは脳内で見てるのかな? 多分、インベントリに紐づけられた結果できた機能なんだろう。

 いや、便利だからいいけど。まぁ、普段は本を出して見る方が好きだけどさ。


 さて、私のステはどうなってるんだ?


 ……うわぁ、本当に職業がアレカンドラの神子になってる。なにこれ? 前は学生だったよね?

 というか、この職業ってどういう条件で記載されるんだ? 資格試験とかがあるわけじゃなし。


 んん? なんかその辺になにかしら問題がありそうだぞ。


「あの、それって職業のところですよね?」

「あ、はい、そうです」

「でも職業って、どういう条件で鑑定に反映されるんです?」


 訊いてみた。でも返ってくるのは沈黙。


 もしかして、誰もわからない?


「恐らくですが、他者の認識によるのではないかな? 一定数、あるいは影響力のある者がそう認識すると、そうなるのでしょう。

 ホレ、こやつがいい例ですな」


 サミュエルさんがそう云ってギルマスを指差した。


「なんの話だ?」

「ギルマスのふたつ名ですよ。【飛竜斬り】のティアゴ殿」


 サミュエルさんがからかうように云うと、鬼さんの顔があからさまに引き攣った。


 おぉっ! 飛竜! RPGとかだと最弱ポジの竜、もしくは竜モドキとして登場するのがほとんどのモンスター。でも実際にいたら猛獣どころじゃないよね。尻尾の先に毒があるっていうのが、RPGの定番っぽかったけど、ここじゃどうなんだろ?


 ……いや、ここって、派生した並行世界の地球だよね。なんでそんな化け物がいるんだ? 魔素か、魔素のせいか。恐ろしいな、魔素。


 で、【飛竜斬り】のティアゴなんてふたつ名持ちってことは――


「おぉ、飛竜殺しってことですか、凄いですね!」


 思わず胸元で両手を握り締めて声を――って、あ、あれ? なんかみんな、気まずそうな顔で固まったんだけど。


「あ、あの 私、なにかやらかしました?」

「あー、ギルマスは【飛竜斬り】であって【飛竜殺し】じゃないんだよ」

「はい?」


 私は首を傾げると、背後で赤髪のお兄さんが答えてくれた。


「どいうことです?」

「それは私が説明しましょう!」

「おい、シルビア、説明とかいいから!」


 説明を買って出たシルビアさんを、ティアゴさんが慌ててて止めている。でもシルビアさんは止まりそうにはなさそうだ。


 あぁ、これ、よくあることなのね。早々にティアゴさん諦めて、額に手を当てて俯いてる。


 そしてシルビアさんのお話が始まった。


 それは五年前のこと。ここサンレアンに突如として飛竜が襲来。それもよりにもよって火竜との混血で、上空から火の玉を撃ってくるなどし、大変な被害がでたらしい。

 その飛竜が低空で飛んでくるところを、物見櫓から跳んでその翼を切り裂いたのが現ギルマス、ティアゴさんだとか。

 ただ、高いところから跳べば落ちる訳で。地面に思い切り激突して重症。悪いことに、飛竜を落とすべく放たれていた流れ矢が、よりにもよって俯せに倒れていたティアゴさんの右ひざに刺さったという。


 その怪我が原因で現役引退。組合運営側に入って現在に至る。なお二年前の、三組合合併時に、これまでの功績から総合ギルドマスターに任命されたそうだ。


 ようは、面倒を押し付けられた、ということのようだ。

 三組合すべてに属していたというのも理由だろう。


 裏事情としては、当時の探索者組合組合長であるバレリオ氏(現イリアルテ家当主)がこれを期に引退、イリアルテ家を完全に後援の立場にし、狩人組合組合長であったサミュエルさんは、自分に三組合をまとめるのは無理であると辞退、そして傭兵組合組合長は高齢を理由に、ティアゴさんを推して引退。

 結果、なし崩しにティアゴさんが組合長をやるハメになったらしい。


 もっとも、面倒事の類はイリアルテ家が引き受けているので、ティアゴさんは組合運営に集中できているとのことだ。


 尚、この組織合併は、ここサンレアンだけのことではなく、大陸全土に存在する各組合支部すべてに及んでいる。


 ってことはティアゴさん、支部長ではなく、本部長、いわゆるグランドマスターってやつじゃないですか。グラマスって役職があるのか知らないけど。


 あ、ティアゴさんが翼を損壊させた飛竜はそのまま墜落。墜ちてもがいているところを袋叩きにされて退治されたそうだ。


 そして飛竜の翼を叩き切ったということで、みんなから【飛竜斬り】などと呼ばれるようになり、気が付いたら鑑定の名前が『飛竜斬りティアゴ』と記されるようになったとのことだ。


 ふむ、つまり周囲の認識で鑑定表記が変わるってことか。

 となると私の場合は……バレンシア様だろうなぁ。周囲に影響力のある人の認識ってことだろう。多分、教会だと私は神子にされてるだろうから。

 まぁ、任務というか、お願い事されているし、傍から見ると確かに神子というか、神の使いでしかないよね。


 とはいえ、神子様とか呼ばれるのはどうにかしたい。

 そこだけはなんとか強調しておこう。


「シルビアさん、ありがとうございます。よくわかりました。

 で、お話から察するに、周囲の人にどう認識されるかで変わるみたいですね。ですが、私は皆さんが思っているような【神子】ではないですよ。

 アレカンドラ様から加護は戴いてますが」

「いや【加護】であるから我々はこうしているんだ。神より加護を受ける者など、教皇様ぐらいのものだ。ましてやアレカンドラ様の加護を受けた者など、かつて存在した神子以外いないのだ」

「それに加え、キッカ様は六神からも加護を受けておられます」


 うわぁ、大変なことになってるじゃないですか。こんなことになるなんて聞いてないですよ、アレカンドラ様!


 私は頭を抱えた。


 世界の隅っこで慎ましやかに生活できれば満足なのに。なんだかどんどん大変なことに。


 そう、私は基本的に人嫌いなのだ。というより人間恐怖症だ。私がどんな人生を歩んできたかを知っていれば、なんでそうなったのかは察してもらえるはずだ。

 だから変に目立って、人に寄って来られるのは怖いんだよ。また昔みたいに『窮鼠猫を噛む』な精神状態が常態であるような生活には戻りたくないんだ。


「重ねて云いますが神子ではないんですよ。アレカンドラ様より任務は受けておりますが、それは神子となることではありませんから」

「任務……ですか?」


 サミュエルさんが訝し気に私を見つめる。

 あぁ、神様からの任務だからね。そりゃ心配にもなるか。


「それに関してはいずれイリアルテ家からお話があると思います。既にイリアルテ家と教会が動いていますので。

 荒事とかではありませんので、それはご安心ください」

「それはどういったことなのか、今は教えて貰えないのだろうか?」


 ティアゴさんが問う。


「あぁ、魔法の販売ですよ。魔法の普及が任務ですので。ただ、無作為にばら撒くようなことをすると、酷い混乱を引き起こすのが目に見えますから、販売という手段を取ることにしています」


 そう云って【灯光(メイジライト)】を右掌に生み出すと、ぽんと上に投げ上げた。

 小さな光の球が天井に昇っていき、ぽよんと弾んで、そこで輝きだすのを、周りのみんなが視線で追っていく。


 微妙に薄暗かった室内が、たちまち明るくなった。


 あらためて、現代の照明って凄かったんだなって思い知るな。


「なかなか便利でしょう? 魔法。あ、人を傷つけるような魔法の販売予定はありません。酷いことになるのが目に見えてますからね」


 にこっと笑って見せた。

 うん、仮面のせいで台無しだけど。


「明るい……」

「綺麗……」

「凄い……」

「ほぇ~……」


 受付嬢さんたちが光を見あげ感心している。気持ちは分かるな。私も地下牢で初めて使った時、同じようになったからね。

 五人目の人は静かだね? あ、驚いた顔して見つめてる。


「キッカ殿、販売するとのことだが、これは誰でも魔法が使えるということだろうか?」

「えぇ、使えます。ただ、魔力の保有量には個人差がありますから、上位の魔法はすぐには使えない場合があります。

 まぁ、魔力保有量は努力すれば増やせますし、その辺りはきちんと説明、注意すれば問題ないでしょう。

 くわしくはいずれまた。

 あ、販売場所としては、組合と教会を予定しています」

「あぁ、魔法だからな。月神教を入れておかないと、面倒なことになるからな」


 云いながらティアゴさんは再び天井の光に目を向けた。


 ティアゴさんの右足をじっとみつめる。

 ……後ろから矢が刺さったのか。半月板は大丈夫みたいだけど、足を少し引いてたところを見ると、靭帯が断絶とかしちゃったんだろうなぁ。


 なんか、他人事に思えないな。


 ……万病薬って古傷に効くのかなぁ。後遺症が病気扱いならきっと治るんだろうけど。なにしろ骨折が発熱の原因だからって、治るくらいだからな!


 でもこれは確信が持てないな。一応、薬も販売するつもりだから、ここでプレゼン失敗とかは避け……あ、ひとりいた。


 折角なので、宣伝に使わせてもらいましょう。なに、怪我が治るんだもの、問題ないよね。


 薬の効能を示して、その上で古傷に効くかどうかわからんと云って、ティアゴさんに薬を渡そう。


 さて、キッカさんのプレゼンはまだまだ続きますよ。



 ……あれ? なんで私はプレゼンテーションなんてしてるんだ?



誤字報告ありがとうございます。

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