317 帝国に抗議をしたい
らんらららん♪ らんらららん♪
らんらららん♪ らんらららん♪
星々の♪ 破滅する♪
運命の♪ 時はいま♪
不穏な鼻歌を唄いつつ、アルスヴィズに乗って街道を移動している。前方に聳える街壁は大分大きく見えて来た。あれだけの街壁が築かれているということは、ダンジョンが近くにあるということだろう。
近くと云っても、少なくとも十キロ以上は離れているだろうが。
屋敷ではやるだけのことはやった。連中への対処は、基本的に切断した手足の左右を入換える形での治療。ただし、料理人共と私のブーツを奪っていた、私の髪を掴んで引き摺って運んだあの腐れメイドはそれに少しばかり追加した。
料理人共は舌を切除した。なに、しっかりと理解できていれば、味見などせずとも調理はなんとかなるものだ。宗教上の問題で食せるものが大分限られているにも拘らず、自身が食してはならない食材を用いて大成した料理人だっているのだ。問題無かろう。
メイドの方は単純に手足を繋げてやらなかっただけだ。腕ぐらいは繋げてやろうかとも思ったが、転がっているあの女を見ていると不快な気分でしかなったので、そのまま治療して放置した。恐らくは教会が面倒をみることになるのだろう。なんのかんのであそこは慈善団体の側面ももっているからな。それも至極真っ当な。
面倒を押し付けることになるのだから、あとで何かしら寄付……寄進といべきか? しておくとしよう。そうだな、ドーピング薬一式でも渡そうか。効果時間五分の錬金薬だ。腕力増強、知性増強、敏捷性増強、精密性増強、生命力増強、精神力増強の六種類。筋肉痛や過労などの副作用が若干あるが問題あるまい。
尚、回収したブーツと靴下は焼却処分をした。他人に勝手に履かれた物など履けるものか。気持ち悪い。足を斬り飛ばされた際に、すっかり裂けてしまったワンピースも同様に処分だ。はぁ、気に入っていたのに……。
街門まであと数百メートルというところか。ちらほらとすれ違う人や馬車も増えて来た。
さすが帝都というところか、随分と賑わっているようだ。まぁ、帝都は帝国各都市との中継地であることも関係しているのだろう。
そうそう、現状、私は素顔を晒している。要は、アンララー様のコスプレ状態だ。服装は黒のゴスロリドレス。髪は土偶バレッタで偽装したまま。足はいまもって再生していないので、英雄スケルトンに支えられてアルスヴィズに乗っている。
黒い鎧の騎士と共に死を司る女神っぽい小娘がアンデッドホースに乗り進む。
こんな絵面になっている。
髪色は微妙にメタリックの入った濃い藍色になっているというのに、それでも平伏す者が続出する。
ふむ。教会の立像は別段、着色してあるわけではないからな。髪色はもっとも判別しやすい部分であるだろうが、それ以上にこの顔の方が馴染みであるということなのだろうか。
さて、今回は入都するのに、どれだけ揉めるだろう?
覚悟をしていたというのに、それは無駄に終わった。実際、まともに並んで入都審査なぞ受ける気はなかったのだ。故に、制圧し、強行突破することになるだろうと踏んでいたのだが、杞憂に終わってしまった。
いや、杞憂といっていいのだろうか、これは。
『やぁやぁ、なんだか予想外の所から面倒事に巻き込まれたね。いや、ターゲットがキッカちゃんだったわけだから、巻き込まれた訳じゃないか。なんとも……どれだけ君は運が無いんだい。流石に僕もびっくりだよ。僕も大概に不運だと思っていたからね』
街門では大木さんが待っていた。
周囲にいる衛兵や審査待ちの人たちは、なんだか心ここに有らずというような感じで、ぼんやりとしている。
さすがは隠居したとはいえ神というところか。いや、隠居した結果、制約がなにもないぶんやりたい放題になっていると見るべきだろうか。
そして大木さんの台詞。確かに大木さんも酷く運が無かった。
ヤクザの抗争に巻き込まれて死亡→何故か時間軸管理者の元へ→時間軸管理者のミスでアムルロスの白亜紀? へ転生転移、即死亡→再度時間軸管理者の元へ→時間軸管理者が平謝りしつつ六千年前のアムルロスへ→落ちていた世界獣の対処に頭を抱える。
って、感じだったらしいし。生前は夢を持って教師に成ったら、洗脳教育を推し進める組織がはびこってて絶望したといっていたし。
……いや、こっちに来てから自由がほぼなく、世界をどうにか救ったら人類と敵対する羽目になって、その後数千年孤独に過ごしていたことを考えると、私より遥かに酷くないか?
『いや、そんな顔で見ないでおくれよ』
『いえ、なんというか、大変お疲れさまです』
『なんだか哀れまれてないかい?』
大木さんが制圧? した街門を通り抜け、騒ぎにならない内にその場を離れる。
アルスヴィズはさすがに目立つので、ここで送還し、私はふたたび英雄スケルトンの左腕に収まった。
『さっきのアレはなにをしたんです?』
『あぁ、認識を狂わせて色々とね。簡単にいうと、ダウナー系のお薬の影響を受けたような感じにしたってところかな。あぁ、お薬と違って、後々問題になるようなことは一切ないよ』
おぉ……便利そうではあるが、恐ろしくもあるな。眩惑魔法のようなものか。
『ところで、僕は「はじめまして」と挨拶するべきかな?』
大木さんの言葉に私は目を瞬いた。
……あぁ、そういうことか。私の事情はお見通しのようだ。
『いえ、挨拶はできませんでしたが、その場には私も起きていましたので』
大木さんが歩きながら私をじっと見つめる。
『ふむ。常盤君から話は聞いていたけれど、想像していたほど酷くはないみたいだね』
『向こうが落ちたまま未だに起きないので、悪化しているのではないかと思うのですが』
『原因はわかるかい?』
『誘拐されたからでしょうね。誘拐拉致が完全に成功したのは今回が初めてでしたから』
『……最初の時は、お兄さんが誘拐を阻止したんだっけ?』
『兄は失敗を悔いていましたけれどね。ですが、命があるだけよかったのですよ。アレは母がそそのかした異常性欲者で、最終的に私は殺されるハズでしたから。その後も……母とは関係なかったようですが、似たような目的の者が湧いて出ましたからね。生きてる玩具は手に入れても、すぐに飽きて、持て余すものです。特に泣き叫んで暴れたあと、まったく無反応になるような小娘は』
大木さんが顔に手を当て天を仰いでいる。
『やれやれ、なんとも情けないな。無駄に長く生きているというのに、掛ける言葉が見つからないよ』
『お気になさらず。私には分かりませんから』
大木さんが目を剥いたように私に視線を向けた。
はて?
私が首を傾いでいると、ほんの一瞬だけ顔を顰め、大木さんは大きく息を吐き出した。
すれ違う人たちは私たちを避けるように道を開けていく。平伏する人が後を絶たないが、まぁ、気にしないようにしよう。
『それで、どこに向かうんだい?』
『教会に。今回の顛末を水神教へと報告し、そこから帝国へ抗議させようかと。一応、教会からは神子認定をされていますからね。それが上手くいきそうになければ、エルツベルガー家へ直接出向いて全て破壊します』
隣を歩く大木さんが驚いたような顔をした。
『また過激だねぇ』
『面倒臭くなりまして。どうせ恨まれるのです。ならばやっちまえってことです』
『暮らしにくくなるよ』
『その時は別の大陸にでも移って、そこでひとり暮らしますよ』
実際、やるべきことは十分に果たせただろう。恐らく今後は、欲に駆られた連中に絡まれる生活になるはずだ。あまりにも煩わしければ、こちらから離れればいいだけの事だ。あっちはまだこの決定をしていないが、遠からず考え始めるはずだ。
あれにしろ私にしろ、基本的に徹底した排他的な人間なのだ。例外は父と兄だけだ。
もしかすると、今回の誘拐であれは折れたのかも知れない。のほほんと毎日を送ってはいたが、やはり縋れる者がいなかったのが問題だったのだろう。
『西方大陸へ行くなら、僕も一緒に行っていいかな?』
『一緒に住みますか?』
『どうだろうね。少なくとも、ご近所さんくらいにはなるよ』
そういって大木さんは微かな笑みを浮かべた。
ほどなくして教会へと到着した。
ディルガエアであれば、ここに向かっている途中で軍犬隊の人たちが出迎えに来るのだが、帝国では無理な話か。
なにせ私がここにいることがイレギュラーであるのだ。きっと水神教の暗部(あるかどうか知らないが)は、私がディルガエア王都にいると思っている筈だ。
礼拝堂の開かれた扉をくぐる。途端、礼拝堂内が耀光につつまれた。
礼拝堂内の全ての神の立像が光り輝いていた。
『あれ? これはどういうことでしょう?』
私はまだ祈りを捧げていないのだが、立像が光っているのは何故だ?
『あぁ、そういえばこんな仕掛けを作ったっけ。これは僕が原因だなぁ』
大木さんが苦笑いをしていた。
『これはジョンを神に仕立て上げた頃に作った仕掛けだよ。この神像が光るっていうのはね。神を祀る社に神、もしくはそれに連なる者が来ると神像、御神体が輝くように仕掛けたんだよ。ジョンを崇めさせる後押し用かな』
昨日まで隣にいた男が突然「私が神だ!」とか云いだしたらどうする?
という大木さんの言葉を聞いて、私も苦笑した。
なるほど。普通は正気を疑うだろうな。リリィであれば「○○、あなた疲れているのよ」とか云いだすだろう。
分かりやすい奇蹟ということか。
『その後の神子の選定だのなんだので有用だったから、そのまま遺しておいたんだよ。つーか、ジョンのヤツ、僕にも反応するように設定したのか。まったく余計なことを』
この突然の異常に騒がしくなった礼拝堂を眺めていると、奥から高位の神官と思われる、立派な法衣の人物が現れた。
あの痩せた人物は見覚えがあるな。確か、ヒルデブランド枢機卿。水神教の前教皇様だ。
魔法販売のための会議のために、サンレアンへと来ていたのを覚えている。前教皇であるというのに、やたらとフットワークが軽く、研究のためならばすぐに目的地へと足を運ぶと聞いている。
近く開かれる学会の為に、この時期は帝都で大人しくしているのだろう。
視線があった。
ヒルデブランド枢機卿は驚いたような表情を浮かべたが、すぐに穏やかな笑みに変え、私たちの下へと歩いてきた。
「これはミヤマ殿。我が水神教会へとよくぞ参られた。歓迎致し――」
ヒルデブランド枢機卿が言葉を途切らせた。
私の足が無いことに気が付いたようだ。
では、私も挨拶をするとしよう。
「お久しぶりです、ヒルデブランド枢機卿。公家の方に手荒い招待を受けて、この有様になってしまいましたよ。早速ですが、教会を通して帝国に抗議をしたいのですが、よろしいですか?」
そういって私は、にっこりと笑みを作ってみせた。
感想、誤字報告ありがとうございます。
※キッカの表と裏の記憶の共有ですが、表はともかく、裏はぶつ切り状態でしか把握できていません。裏は基本的にシャットダウンしているような状態なので、表のやっていることを逐次見ていることはできていないため、細かい部分を把握できてはいません。
尚、裏が出ている状態で表が完全に落ちているのは、今回が初めてのケースとなります。