314 とある学生の不運
機材を設置し、ケーブルで繋いでいく。
半ば書きなぐりのような説明書を首っぴきに、どうにかこうにか設置を完了させる。
彼以外にも人手があれば、もっと設置に掛かる時間を短縮できたろうに。そしてそれ以上に、こんなに自分だけ苦労せずに済んだろうに、と、まだ幼さの残る青年は、ひとつ息をついた。
さてさて、この息は仕事をやり遂げた安堵の息が、それとも現状を憂えるため息か。
苦労して壁に穴を空けてカメラを通し、さらにはカメラが見つからぬように、絵画を用いての偽装には苦心した。なにより、絵画の選定に時間が掛かった。工作しても構わない安価な代物でありながら、この屋敷に相応しいモノでなくてはならない。
ケーブルをこの部屋にまで届かせるために、床に穴を開けるのは危険な気がしたため、窓から外壁を通してこの部屋にまで持って来ることの面倒な事。なにより、そんなながいケーブルなどありはしないから、産出品を掻き集めて半ば自作するような形で、必要な長さを作る羽目になった。
そうした苦労の末、最初の設置が完了したのが先月の事。テストをし、きちんとあの狭い部屋の様子が機材に映し出された時には、よしっ! と彼は声を上げたほどだった。
「良い出来だ。ふむ、まだ空きがあるな。廊下にも設置してくれ」
教授の言葉に、彼は口元を引き攣らせた。
そうして再度ひとりで作業を続け、ようやく全ての作業が終わったのだ。
機材に映し出されている画面はよっつ。まず、最初にとりつけた狭い部屋。調度品はそれなりに良いものを置いてあったが、元々は物置であった部屋だ。ちなみに、穴を開けてケーブルを通した部屋は、掃除用具などを詰め込むだけの、部屋とは呼べないような隙間だ。なにせ廊下の方が幅が広い部屋であるのだから。
ついで、一階、二階、三階と廊下に設置はしたが、機材の関係上、設置できたのは西翼だけだ。このことは教授も承知の事であるから、問題はないだろう。
さて、報告に行こう。ここ二ヵ月、延々と機材の設置と調整と部品の自作ばかりをしていたが、これも成果と認めてもらえるだろう。
青年は工具を片付けると、教授に報告すべく部屋を出た。
ここは教授の有する帝都郊外にある別邸。泉のほとりに建てられた屋敷の裏手には僅かばかりの人工の林があるが、表側は平原がひろがるばかりの殺風景な場所だ。
教授曰く、研究を秘匿しつつ行うには、このような場所が必要なのだそうだ。成果を盗みにくる輩は多い。大学の研究室など、そういった輩の対策の為に、罠だらけで酷い有様になっている。
ここならば部外者はすぐに排除できよう。そしてこのほど、こうした防犯目的と思われる監視用の機材も取り入れた。警備員もいる。まさに万全だ。
もっとも、これらの予算を考えると、とうてい庶民では一生かかっても稼げない金額が掛かっているだけに、機材の扱いには注意しなくてはならないが。
それだけのものをポンと用意する、さすがは公家の一角というところか。
公家だけにプライドも高く、負けず嫌いな御仁だ。
青年はここに来ることになったきっかけを、今更ながらに思い出す。
原因は、昨年の学会だ。
ダンジョン【ラファエル】より産出される魔道具や機械関連を研究している学者は多い。
そしてそれら物品がなんであるのかは、鑑定盤を使えば判明する。判明はするが、それの使用方法までは判明しない。それらを調査研究する魔導工学は大学でも人気だ。
だがその中でも機械人形の研究をしているエルツベルガー教授は異端扱いである。何しろ機械人形は【ラファエル】の産物……といえなくもないが、実際の所は他のダンジョンにおける魔物だ。ダンジョン管理のはじまったばかりの頃は、その残骸も幾らかは回収されていたが、現在では討伐後は放置されるのが普通だ。
運ぶには重すぎるし、なによりありふれた合金でできているのだ。一応、売れもするが運搬に見合った額にはならない。潰すにしても、そのままでは不純物が大量に混じるため、徹底して分解しなくてはならない。そんな手間を掛けるよりも、普通に鉱石を製錬した方が簡単らしい。
そんな廃棄物扱いとなっている機械人形を研究しているのがウルリヒ・エルツベルガー教授である。
ほぼロマンだけを追い求めるような機械人形研究ではあるが、それを専攻する学生は一定数存在する。
この青年もそのひとりだ。
機械人形を【ラファエル】から回収し、分解、研究し続け、昨年、遂に完全な形で復元することに成功した。
そう、よりにもよって完全な形で復元してしまったのだ。
再起動した機械人形は即座に戦闘行動を開始、結果、皇立大学において少なくない被害を出した。
更に悪いことに、ナナトゥーラのアイザックとかいう、聞いたことも無い研究者が完全な形の機械人形を学会で発表したのだ。
それは【ラファエル】やナナトゥーラの【ダミアン】にみられる機械人形とはまったく異なる姿をしたモノであり、そしてなにより、暴走などせず、完全な制御下にあった。
学会後のエルツベルガー教授の荒れようは酷いものだった。
予算を縮小されたところに、これだ。さして多くも無かった学生たちも離れ、いまでは三人しか残っていない。なんとも薄情なものだ。
いや、あんな連中はいなくなったほうが良かったのだと、青年は思っている。
エルツベルガー家の権威にあやかろうとしていた連中など、研究の邪魔でしかない。
いまでは使用不能になった研究室から離れ、こうして教授の持ち家である郊外の別荘で研究を行っている。
だがここのところは研究所に改装されたゲストハウスではなく、この本宅での作業だ。
青年が担当する監視システムはもとより、各所に罠も仕掛けている。防犯目的であるとのことだが、いささかやりすぎであるように思える。
教授はこの屋敷を要塞にでもするつもりなのだろうか?
教授が実家より集めて来た警備の者たちを目にするたびに、青年は不安な気持ちになるのだ。
他の研究室に残ったふたりは、研究を守るためには必要なことだろうと割り切っているようだが、それでも行き過ぎであるように思える。
階段を降り、二階へと差し掛かったところで、急に屋敷内が騒がしくなった。
バタバタと警備の者たちが走って移動している。
なにがあったのかと、近くの窓から外を確認してみる。だが、外は変わらず静かなものだ。
「お、設置の方は終わったのか?」
「あぁ。これから報告に行くところだ」
声を掛けられ、青年は振り向き答えた。声を掛けて来たのは、玄関口に罠を仕掛けていたマルコだ。
「そいつはタイミングがよかった。これからゲストが来るらしい」
「ゲスト?」
「お前も聞いただろ。ディルガエアで機械人形を留守番に使ってるとかいう鍛冶屋の話」
「あー、与太話の類だろう。もしそうなら、ナナトゥーラの学者より上だぞ」
「いや、マジらしくてな。で、その鍛冶屋がいままさにこの屋敷に招待されたらしいぞ」
「は?」
青年は目を瞬いた。
「来客があったように見えないが」
あらためて青年は窓から外をみやる。馬も馬車も来た気配はない。
「いや、転移の魔道具を使ったらしい」
「は? いや、転移の魔道具って、あれは死蔵されてるだろ」
「教授が実家と大学からかき集めたらしい」
「……本当に招待か?」
「そういうことにしとけ。公家の云うことを不用意に違えるもんじゃないだろ」
声を潜めてマルコがいう。その目は辺りを伺うように、左右に揺れている。
青年は額に手を当て俯いた。
落ち着いたと思っていたが、教授は昨年の学会から変わらず暴走しっぱなしだったようだ。
さすがに他国からの誘拐は問題ではないのか? たとえ相手が平民であったとしても。
いや、機械人形を実用化している人物が、果たして本当に平民なのだろうか?
青年は今すぐにでもここから逃げ出したい気分になった。
「俺たちはこれから監視業務だ。ほらほら、頭を抱えていないで、行くぞ」
「いや、報告をしないと――」
「それどころじゃないだろう。それに最初のやつは教授も確認済みだろう? なら問題ない。監視室へいくぞ」
マルコは青年の背を押しやりながら、階段を進む。青年も諦め、つい今しがたでてきた監視室へと戻るのだった。
一日目。
監視システムを起動し、整然と並んだ四つの魔道具に視線を向ける。その魔道具の正面の部分に、二階の元物置部屋と、廊下の映像が映る。
ここに招待された鍛冶屋が軟禁される、というマルコの言葉に、青年はあからさまに不快な表情を浮かべた。
「そんな顔をするなよ」
「そうはいうがな……」
「グレーテルが帝都にいることを喜べよ」
グレーテル。研究室に残った三人目だ。やたらと正義感の強い彼女が、この教授の暴走を知ったら、騒ぎ立てることは間違いないだろう。そしてその結果、なにが起こるかも容易に想像できる。
青年は頭を抱えた。
「研究室が元通り使える様になるまで、あとひと月は掛かるからな。それまではここの事は露見しないよ」
「そういう問題じゃないだろ」
「お、件の鍛冶屋……が……」
画面のひとつに人が映り込む。そしてその光景にマルコと青年は絶句した。
髪を掴まれ、メイドに引き摺られている少女の姿。しかもその少女に違和感がある。
足がない?
「お、おい……これ……」
「畜生。こんなことなら、ナナトゥーラに引っ込しちまえば良かった」
ふたりは乱暴に部屋に連れ込まれ、半ば投げ捨てるようにベッド脇の椅子に押し込まれた少女の姿を見続けた。
モノクロの画面に映る少女はぐったりとしていた。そして、やはり見間違いではなく、少女の足はなかった。
「鍛冶屋じゃなかったのか?」
「少なくとも、俺はそう聞いたぞ?」
ふたりは顔を見合わせると、再び画面に視線を戻した。
二日目。
昨日、画面に映る光景に狼狽えていたところに教授が現れ、ふたりは監視業務を命じられた。
寝具が運び込まれ、食事もこの部屋で摂ることになった。
マルコが食事を厨房へと取りに行き、戻って来た時には真っ青な顔をしていた。マルコ曰く、調理台の上に人の足が載せられていたとのことだ。
いったい、教授はどうしてしまったのか? それとも、気が付かなかっただけで、もとからこうだったのだろうか?
食事はオートミール粥と具沢山のシチュウ。それにチーズと気の抜けたエール。
ふたりは食事を残さず食べた。ただ、シチュウだけはトイレへと隠し持っていき、そこへと流した。
そして二日目となった今日、先に就寝していた青年はマルコと入れ替わり、監視業務についた。
画面には、自分が就寝するときと変わらず、少女が椅子に座っている。少女に関しては、件の鍛冶屋で間違いないそうだ。彼女が如月工房の工房主であるのだという。
きっと、才能ある者なのだろうが、不運なことだ。常軌を逸してしまった教授に目をつけられてしまったのだから。
そんなことを思い、青年はため息をついた。
教授は夕べ遅く帝都へと戻ったため、現在、この屋敷を取り仕切っているのはヨハンだ。異常があった場合、渡された通信機でヨハンに連絡をすることになっている。
「教授、無断で転移の魔道具を持ち出していたらしいぞ。今回の呼び出しは多分、それが原因だろう」
と、厨房から情報を仕入れて来たマルコが云っていた。
画面に映る少女は一向に動かない。
昼過ぎにマルコが起き、青年のとなりに座った。
「なにか変わったことはあったか?」
「ない。まったくなにもない」
「まったく?」
「あぁ。せいぜい、姿勢を正すくらいだな。あと、一切食事を摂らないな」
「食事か……食ってないだろ? とってくる」
そう云ってマルコは厨房へと向かい、食事を取って来た。もってきた食事は、パンとミルク、それとチーズをひと塊と、それだけだ。
だが青年は文句など云わない。少なくとも、数日は肉を食うまいと、ふたりとも決めていた。
そうしてなんの変化もないまま、二日目が過ぎた。
三日目。
二日目同様に変化なし。少女は椅子に座ったままだ。相変わらず、運ばれた食事には一切手を付けていない。
「まぁ、付ける気にはならないよなぁ」
「ん? 材料に気が付いてるのか?」
マルコの呟きに、青年が問うた。
「あのメイド共、ロクでもないぞ。ただでさえロクでもない料理だってのに、そこに汚物だのなんだのを混ぜ込んでやがる」
マルコの答えに青年は顔を引き攣らせた。
「俺はもう辞めるぞ。こんなことをするために大学に入った訳じゃないからな。お前はどうする?」
「……教授に話を通してからだな」
疲れ切ったように青年は答えた。大学を辞めることになるかもしれないが、あの教授の下にいるよりはマシだ。
その日、少女の様子はまったく変わらなかった。
三日目。
青年とマルコは、画面に映る少女をじっと見つめていた。明らかに異常だった。
一切の食事をせず、一切の排泄をせず、そして恐らくは、まったく眠っていない。
変化があるとすれば、時折、姿勢を正すだけだ。
マルコが厨房から情報を仕入れてきているが、連中はこの異常さに気が付いていない。それどころか、嫌がらせが功を奏し、少女を弱らせていると思っているようだ。
少女は教授の申し出を断った。そのことにメイド共は激怒しているらしい。他の使用人や護衛の者も似たようなものだ。
少女の足を断ち切ったのは、教授の護衛であるスヴェンであると、マルコは云った。
そんなことで、この画面に映る少女が屈するというのだろうか?
少なくとも、画面に映る少女は弱っているようには見えない。
四日目。
今朝方早く、青年は教授が屋敷に戻って来たのを確認した。監視カメラのひとつに、ヨハンを伴った教授の姿が映ったのだ。
マルコが起き次第、教授に会いに行こう。青年はそう決めていた。
だが、その日、異常は起こった。
あのイカレタ朝食をメイドが少女の元に運び込んだ直後、メイドが全身に何かを纏わりつかせて盛大に倒れた。押していたワゴンだけが進み、部屋の壁に当たって止まった。
少女の周囲に全身鎧を身に着けた人物が現れる。そしてその直後に、動く骸骨が複数現れた。
「ま、マルコ! 起きろマルコ!」
青年は慌てて奥で寝ているマルコを呼び起こした。
「……なんだ? いったいなに……が……」
画面では、メイドに向け大斧が振り下ろされるところだった。
見る間にメイドの手足が切断されていく。
「ま、マルコ、連絡!」
「お、おおっ!」
青年の声に、マルコが慌てて通信機で異常事態を報せた。ややって、そこかしこが騒がしくなってくる。
「どうする?」
「どうするって……下手に動かない方がいいだろう」
画面の中では、いつのまにか全ての骸骨が消え、少女を抱えた黒い全身鎧の人物だけとなっていた。
その足元に倒れているメイドは、解体されたハズなのに、なぜか五体満足だった。
いったい彼らはどこから現れ、そして消えたのか? さっぱりわからない。
ふたりはゆうゆうと部屋を出、左右を見渡す。そして次の瞬間には鬼人が現れた。黒い鎧に身を包んだ鬼人の女性。彼女たちは階段の方向へと向かって歩きだした。
一階では、護衛の兵士はメイドたちが慌てふためいているのが見える。
急に画面のひとつが消えた。
「カメラが壊された」
ぼそりとした青年の声に、マルコは今にも泣き出しそうな顔をした。
そして数分後、彼らは少女と邂逅することとなる。
感想、誤字報告ありがとうございます。
※神さま方はキッカに関しては基本的に監視がメインなので、今回の事は静観しています。介入するとすれば、命の危険が出た時ですね。なので、足を切断されたくらいだと放置ですよ、放置。それに加え、今回は【裏】が思いっきりでているので、監視から観察に切り替わっていますしね。