313 行動の時間だ
三日が経過した。予想に反して、アプローチはまったくない。食事だけはメイドが持ってきているが、それ以外に人との接触は一切ない。
脚のまともな治療もなければ、トイレへの補助も無い。
ふむ。これは精神を弱らせてプライドをへし折る算段か? 捕虜を従順にさせる手法のひとつと、何かの本で読んだことがある。
たしか、食事にひどい細工をするんだったか。特に酷い場合には、目の前で食事を食べられ、その残飯を寄越される。そして水に関しては、小便を目の前で注がれる……だったかな?
実際、それに近いことはされている。目の前でやられてはいないが。
食事は見た目にはしっかりしているが、ロクな物じゃない。
水には汚物が混じっているし、食事に至っては、その食材に私の斬り飛ばされた脚が使われているという有様だ。
敵対している連中が出すモノをありがたく戴けるほど、私の肝は座ってはいない。メイドが退出するのを待ってから、食事の一部のみをインベントリに入れて鑑定。一部のみであるのは、監視されている可能性を考慮してだ。
監視者を察知することはできるが、いわゆる監視カメラ的なものは察知することはできない。ここが帝国であるならば、その手の魔道具もありそうだ。なにより、あの転移の魔道具のこともある。広く出回っていない、いわばレアものと思われる。それも秘匿されているものもあるだろう。
考えてみたら、当人に質問すればいいのか。多分【コールゴッド】で繋がるはずだ。確認してみよう。
やたらと心配された。私の大木さんに対する認識は誤りだったのだろうか? まぁ、これらの判断は私ではなく、あっちがすべきことだ。私の担当は破滅と破壊だ。
ひとまず、大木さんには大丈夫であると伝えた。最終的には、件の新興宗教の本拠があると思われるテスカセベルムで騒動を起こして回ることになるのだろうし、私の間抜けさの為に手間を取らせるのは心苦しいというものだ。
転移魔道具に関してだが、ダンジョンから産出されるものは使い捨ての物のみ。魔道具本体と転移範囲を示すシートからなっているとのこと。現状、世に出ているものは六つ。内三つが使用済み。今回使用されたものがその三つ目。残りの内ひとつは帝国皇室、ひとつが水神教本部、ひとつが皇立大学が半ば死蔵しているとのことだ。
これで予想外に変な所へとばされたり、転移で連中を逃すということはないと判明したわけだ。さすがにここが水神教の本部に関する施設とは思えないし、あの男が皇族であるとは、それ以上に思えない。可能性があるとすれば、大学関連か。
転移の罠に関しては、気にすることはないだろう。使われたものが、どこが所持していたモノであったのかは気になるところだが。大木さんの情報は、現状の情報でしないからな。
では、食事に関して話を戻そう。食材に私の脚が使われていたこと。これに関して文句を云うつもりはない。アンラのあの暗殺者に私が云い放ったことだからな。私がやられたところで、文句は云わんよ。
それに【魔力変換】のおかげで、生きる分には食事は不要だ。ふむ、それを考えると、現状の私は仙人仕様といったところだな。霞ならぬ魔力を食って生きているわけだからな。
そうこうして三日。この三日、私は一切眠らず、この椅子の上で過ごしていたわけだ。時折、手摺に手を掛け、座面から尻を浮かせたりしていたが。同じ姿勢でいると、尻が痛くなるからな。特にいまは脚を切除された為、立って体を解すことができない状況だ。
持て余した時間は、脳内で奥義書を読んでいたから、苦にはならなかったしな。
おかげで作りたいものがひとつできたが。これに関しては、私が情報を得たのだ。アレが目を覚まして主導権を取り戻したら、それとなくそのあたりの欲を刺激するとしよう。
その間の人の出入りは、食事を運んでくるメイドだけだ。あのいけ好かないメイド。あぁ、そういえば、私を取り押さえたあの女はどうなったのだろう? 私と一緒に脚を斬り飛ばされていたが。
処分でもされたか?
【道標】で確認してみる。“死体”で確認したところ反応せず。どうやら生きてはいるようだ。だが、どうなっていることやら。歩けぬ実働部隊に価値などないだろう。性処理の相手でもさせられているのだろうか? ま、どうでもいい。
さて、丸三日も放置されたわけだ。情報収集のためにも、もう一度話してみたくはあったが、さすがに時間切れだ。芸術祭では、私が参加する予定のイベントがいくつかあるのだ。それをすっぽかすわけにはいかない。
料理対決のゲストは祭りの最終日だから時間があるが、博物館のオープニングセレモニーには参加しなくてはならない。なにせ、展示物の大半が私が狩ってきたもので埋まっているからな。うん。やりすぎた。参加を国王陛下から直々に打診されたのだ、断れようもない。受けたからには、この程度の理由で欠席するなどありえないからな。
さぁ、ここからは行動の時間だ。
まずは、食事係のメイドの始末からはじめるとしよう。あと一時間もすれば来るはずだ。
待つこと暫し。料理を載せたトレイを持って、メイドがやってきた。
いま思ったのだが、私がずっと椅子の上で身じろぎもせずにいることを疑問に思わないのか? トイレにも行っていないということを気付いているのか?
忌々しい食事の載せられたトレイを、すぐ隣のテーブルに置く。
来るたびに人を見下した視線を向けて来るメイド。本当に運の悪いことだ。まったくもって哀れだ。表に出ているのが私でなければ、なんの問題もなく残りの人生を過ごせただろうに。
ブツブツと悪態を尽きながら私の食事を入換え、戻ろうと背を向けたところへ言音魔法を放つ。
【氷の棺】
メイドは手にした、私が手を付けなかった食事のトレイごと氷に包まれ固まり倒れた。
次いで【英雄スケルトン】を永続召喚。更に【スケルトンチーム】を召喚。計六体のスケルトンを召喚する。
スケルトン達が凍り付いたメイドを取り押さえ、おもむろに殴りつける。凍っている状態ではダメージは一切入らない。だが打撃を与えたことで【氷の棺】は解除される。
術が解除され、一時的に意識ごと凍結状態になっていたメイドは混乱していた。つい今まで立っていたのが、いつの間にやら仰向けで取り押さえつけられているのだ。それも骸骨に。彼女でなくとも混乱もするというものだろう。
両の腕は【スケルトン兵】と【スケルトン弓兵】に、脚は【スケルトン魔術師】と【英雄スケルトン】に押さえ付けられている。
状況を把握し叫ぼうとしたメイドの口に、彼女の持っていた雑巾を口に押し込んだ。こちらが指示せずともやってくれるあたり、本当にこのスケルトンたちはいい子だ。
この雑巾には小便が染み込んでいる。このメイドのものか、それ以外の者のものであるのかは知らない。それを絞り、添え付けのスープに垂らしていたのだ。メインの肉は私の足。掛けられたソースには精液が混じっている。
あぁ……まったくもって不快だ。実に不快だ。
メイドは目を見開き、あからさまに恐怖の色を滲ませた視線を私に向けて来た。
「やれやれ、これまでのような視線を向けることさえできないのかい? さんざん私を侮蔑し、見下し、嫌悪の視線を向けていただろう。状況が違う? いや、そうじゃない。単に、君に意気地がないだけだ。覚悟がないだけだ。やるからには最後までやり通し給えよ。なぜそれができないんだい? 怒りや憎しみの視線くらい向けられるだろう?」
メイドは怖気づいたように、イヤイヤと首を振る。
私はため息をついた。本当に意気地がない。まったくもって面白くない。
「それでは頼む。今回の武器はその為だからな」
私が命ずると【覇者スケルトン】は一礼し、手にしていた【魔人の斧】を振り上げた。
なにかメイドが騒いでいるが、知ったことではない。
「安心しろ。お前は死ねないよ」
私がそう云うと同時に、【覇者スケルトン】は斧を振り下ろした。
さぁ、実験といこう。
四肢を切断され、すっかり気を失ったメイド。簡単にではあるが四肢の付け根を縛り止血はしてある。ここからは治療だ。だが、まともに治療などしてやるものか。
【究極回復薬】はかなり融通の効く薬だ。トキワ様がどういったロジックで創り出した薬であるのかは想像もつかないが、使う側としてはロクでもない使い方をすることができるというものだ。
この薬は欠損し失われた四肢をも再生するが、切断された四肢があれば、それを接合することもできる。これは以前、アンラの暗殺者で実験したことだ。きちんと首は繋がった。
ただ、今回は左右の入換えだ。さて、上手くいくかな?
切断面を合わせ、だが接触はさせずに腕と脚を置き、【究極回復薬】をぶっかける。
切断面から組織が互いに伸び、絡み、引き寄せ、手足が繋がる。
左右入れ替わっていようとも構わず繋がる。血管やら神経やらはどうなっているのだろう? 私が適当に繋げた右腕は、正しい位置に無理矢理修正され、酷い激痛に襲われたが。
今にして思うと、あれ、放置して置いたら壊死していたのではないだろうか? くっついただけで、正しく血管などが繋がっていたわけではないだろうから。
そんなことを考えている間に、メイドの手足はしっかりと繋がった。もはや切断された痕すらもない。完璧だ。
うん。これは予想通りだ。これはこの薬の欠陥というべきものだろうか? それともあえてこういう仕様なのか。もし仕様であるとしたら、トキワ様は私の事をよく理解しているということだろう。
ま、単に、彼の性格が悪いだけかもしれないな。
さぁ、メイド。手足を切断したが、またくっつけてやったぞ。薬の力からして、過不足なく動くはずだ。暫くの間は動かすことに違和感と不自由さを感じるだろうが、なに、問題はない。人間は慣れる生き物だ。
ただ、恐らくは他者からは気味悪がられるだろう。人は、自分と違う者に厳しい生き物だからな。
あまりにも耐え難ければ、いまいちど切断し、ダンジョン産のポーションを飲めばいい。あれは時間は掛かるものの、欠損部分が過不足無く生える薬だからな。
全ての作業を終え、ややあってスケルトンチームは消えた。私は【英雄スケルトン】に命じ、抱え上げてもらう。
左腕に座るように抱えられながら、私たちは軟禁されていた部屋を出た。
メイド? 放置で問題ない。
左右に続く廊下。正面には窓。窓の向こうには広い庭とそれを囲う塀。塀の向こうには建物は見当たらない。どうやらここは郊外にある一軒家だ。【天の目】で確認はしていたが、こうして直に見ると実感をするというものだ。
致し方ない。帰る前に寄ろうと思う場所があったのだが、そこにはアルスヴィズに乗って行くとしよう。少なくとも、人目につかないギリギリのところまでは。
ふぅ、と息をひとつつく。
さて、やれるだけの報復をしてから行くとしよう。
なに、命奪うような真似はしないさ。そんなことをしたら、面白くなくなっちまうからな。
せいぜい残りの人生、不自由に過ごすしてもらうとしよう。
誤字報告ありがとうございます。