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312 お断りします


 目の前……足元に浮かんでいた魔法陣? が消える。


 そこに描かれていた紋様は無意味な羅列であろう。なにせ、よくわからない記号に漢字が混じっていたのだから。


 そう、漢字が混じっていた。


 この世界において漢字と関係のある者といえば、私と大木さんだけだ。だが大木さんが好き好んでこのような道具……恐らくは道具を渡すとは思えない。


 魔法の伝授? それはもっと有り得ない。大木さんはもはや人間を信用していない。私に関しても、恐らくは似たようなもののハズだ。多少マシな扱いではあろうと、自惚れたい気持ちではあるが。そもそも、大木さんは私が接触するまで、あの魔の森で隠遁生活をしていたのだ。


 となると、ダンジョンから産出された、ダンジョンが自動生成した魔道具の類が使われたと云うことだろう。


 石造りの床が絨毯の敷かれたものへと変わる。


 跪いている私の腰に手を回すようにして覆いかぶさり、拘束している何者かが立ち上がり、私を引き起こす。

 現状の私の状況は涙だの鼻水だので酷い有様だ。さすがにこんな顔を晒すのは屈辱でしかない。


 【清浄】


 魔法を掛け、すくなくとも最低限の見てくれを取り繕う。劇物の刺激の為に、おそらくは鼻が赤くなっているだろうが、それについては諦めるとしよう。


 ……まて、おかしい。


 なんで私が前面にでている? いつ入れ替わった。


 慌てて向こうの意識を探す――見当たらない。


 完全に落ちているようだ。


 まさに異常事態であるが、現状はそれよりもこの場だ。とにかく状況を把握しなくては。


 私は無理矢理に立ち上がらされた。後ろ手に腕を拘束され、身動きは取れない。


 まだ軽い眩暈を感じるが、意識の方は――恐らく、問題ないだろう。


 自覚がないだけかもしれないが。


「ようこそ、ミヤマ殿。私は君の来訪を歓迎するよ」


 正面に座っている男が抑揚のない口調で云った。神経質そうなやや耳障りな声だ。


 一段高くなった場所に設えられた椅子に座る男。ここは謁見室といった部屋だろうか? 座っているため正確なところはわからないが、男の背丈の程はこちらの世界では平均的なところだろう。百八十といったところか。身に着けているのは法衣に見える。が、どこの教派かは不明。例の【陽神教】のものでもない。灰色の法衣だ。


 まさかまた別の新興宗教とかいわないだろうな?


 年の頃はよくわからない。中年を超え、壮年に差し掛かったところだろうか?

 頭髪がかなり寂しくなってきている。


「私はこの状況を歓迎できませんね」


 仏頂面を作って私は答えた。こういう状況では、この表情が妥当だろう。こいつらがわたしのことをどれだけ調べているのかは不明だが、出来うる限りあれの真似はしておいた方がいいだろう。


「手荒な招待であったことは謝罪しよう。だが、こうでもしないと、君は我々の招待には応じなかっただろうからね。いや、なかなかに苦労したのだよ。なんなのだね、あの取り巻きの数は」


 あの誘拐劇は計画されたもの? いや、周到であったことから、計画されたものではあったのだろう。だが、準備していたもののひとつということだろう。ある程度の予測を立てた上で仕掛けられた罠のひとつに引っ掛かったということか。


 とはいえ――


「監視と護衛。数に関しては把握していませんね。で、あなたは、いつ送られて来るかも分からない私を待って、ずっとそこに座っていたのですか?」


 少しばかりズレた質問をしてみる。まさかそんなことを聞いてくるとは思うまい。なに、ちょっとでも気持ちにゆるみを出させることさえできればいい。逆に過剰に警戒するのでも構わん。常態でなくすことができればいい。


 付け入るスキは、幾らあっても困らない。


 男は方眉を上げ、推し量るように私を見つめる。


 警戒をあげたか。よし、ならば存分に私を推し量るといい。どうせ見えるモノはあんたの作り出したまやかしだ。


「また妙な質問をするね」

「いえ、少々疑問に思ったもので。もっとも、本当に座ってじっと待っていただなんて思ってもいませんよ」


 笑みを浮かべる。こんなことやったことがないからな。さて、嫌らしい感じになっていなければ良いが。


「はは、そうだ。君の察する通り、遠方の者と即時連絡をすることの出来る手段があるのだよ」

「便利な事で。で、私に何用です?」


 男はコツコツと椅子の手摺を指で叩いている。


「ミヤマ殿。君は素晴らしいものを持っているね」


 私は眉をひそめた。


「是非ともその技術を譲り渡して――」

「お断りします」


 私は間髪いれずに答えた。


「この状況をして断るというのかね?」

「えぇ。お断りします。そもそも、あなたは誰です? 礼儀も知りませんか?」

「貴様、ウルリヒ様の――」

「ヨハン、退がれ」


 男……ウルリヒが激昂した護衛と思しき男を制した。


 ふむ。ドイツ人のような名前。なるほど、帝国の人間か。帝国で技術を寄越せということは、機械関連だろうか。ふむ、私のオートマトンが目をつけられたか。アウクシリアは雑用で敷地内をウロウロしていることが多いからな。目撃もされているだろう。


 だが生憎と、私は組んだだけで、肝心の中枢に関してはトキワ様の創った代物だ。完全なブラックボックスだ。もっとも、中身は私の召喚するスケルトンたちの【疑似魂魄】と同様のものだろうから、そんなものを創ることなどできんぞ。


 それ以外の手法となるとAIになるのだろうが、そんなものこっちの世界でどうやるんだって話だ。そもそも出来たとしても、私にAIを組む技術なんてないぞ。


「どうしても無理ですかな?」

「えぇ、お断りします。どの技術のことを云っているのか知りませんが、たとえどれの事でも断らせてもらいますよ」

「ふむ。それは残念だ。だが、私は諦めが悪くてね。君の機械人形を諦める気にはならんのだ。ミヤマ殿。せっかく招待をしたんだ。暫くは我が館でゆるりとして行くといい。もしかすると、気が変わるかもしれない」

「いいえお構いなく。すぐにお暇しますよ。私にも予定がありますのでね」


 男……ヨハンではなく、ウルリヒを挟んで反対側に立っていたもうひとりが私の所にまで進み出た。


「帰ることができると思っているのかね?」


 彼が私を見下ろす。


「帰りますとも。どうぞお構いなく。手を放して――」


 世界がブレて傾き、私は床へと落ちた。


 落ちた!?


 床に転がり、私は腕立てをするように身を起こす。私を拘束していた者も一緒に転がっていた。


 女だったのか。などと今更ながらに思う。あぁ、女子トイレで拉致されたのだから、女性が拉致を担当するのは当然か。


 どうでもいいことを思考し、ほんの一瞬だけ現実より逃避する。


 騒がしく悲鳴が聞こえる。これは誰の声だ?


 両足が焼けるように痛む。歯を食いしばり、痛みに耐える。


「どうせここから出ることはないんだ。脚など不要だろう」


 私の脚を斬り飛ばした……私と、私を拘束していた女の脚をまとめて斬り飛ばした男が私を見下ろしたまま云う。


 また随分と直接的じゃないか。面倒だな……。


 手には大振りの曲刀が握られている。シミターに形状が似ているが、それよりも反りがないように思える。幅広の大太刀と云った方が近いか?


「ふむ。素直にしてくれたのならば、このようなことはしなかったのだがね。しばらく時間をあげよう。その傷が落ち着くまで、よく考えるといい。

 手当が終わり次第客室へと連れていけ。丁重にな」


 テキパキとメイドふたりが、私の脚をひもで縛り止血し、手当をはじめる。私のとばっちりで脚を斬り飛ばされたメイドは、何処かへと引き摺られていった。


 ひとまず、傷はこのメイドに任せるとしよう。信用ならないのは当然だが、私を死なせるようなことはしないだろう。


 そして私は屋敷の一室へと軟禁された。


 部屋のサイズは八畳くらいか。日本の基準なら十分な広さの部屋だが、こっちの基準では狭い部屋に分類される。多分、これより狭い部屋はなかったのだろう。


 窓はカーテンが敷かれ、外は伺い知れない。脚を斬り飛ばされたからな。気軽にカーテンを開けになどいけない。


 あぁ、そもそも開けるのも難しそうだ。全ての窓には板が打ち付けられているようだ。どこまで準備していたのか。


 私はベッドの脇の椅子に座らされ、そしてそのまま放置されている。


 さて、連中も出て行ったことだし、魔法で傷を塞いでおこう。脚はこのままにしておく。生やすのはいつでもできる。いまはこの方が選択肢は増えそうだ。


 しかし、斬撃はどうにもできないな。


 これはモリスと戦った時に発覚した欠陥だ。骨折は疾病扱いのため、痛みはあるものの【疾病退散】の魔法具で回避することは可能だ。だが、切断は疾病扱いではないのだ。故に、打撃に関しては無敵に近い耐久を付与できても、斬撃に対しては素の状態のままなのだ。


 私はため息をついた。


 さて、さっきからリンリンと小煩いコールに答えるとしよう。姿の消えた私に、リリィが慌てているのだろう。


『なぁに?』

『ご主人、どこー!?』

『さぁ?』


 私は答えた。冗談じゃなしに、ここがどこかわからない。


 【天の目】を使ってみる。私のいる位置を中心に、周囲の地形が俯瞰で脳裏に浮かぶ。


 立派な屋敷。無駄な装飾などの無い、面白みのない実用的な屋敷だ。規模は一般的な中堅どころの貴族のお屋敷といったところか。

 私の通っていた中学校くらいの規模だろうか。結構な広さだ。


 その屋敷の敷地の外は野っ原……いや、荒野といったほうがいいか? ところどころ地面は剥き出しになっているし、岩も転がっているようだ。あきらかにディルガエアではない。すくなくとも、ディルガエア中央から東部の地形ではない。


『本当、どこだ、ここは?』

『迎えに行く!』


 そういやリリィは私の位置がわからないのに、サンレアンから追って来たんだったな。とはいえ、恐らくここはかなり離れた場所だろう。


『こなくていい』

『なんでー!?』

『恐らくここはそこからかなり離れている。心配せずとも自力で帰る。アレクサンドラ様に心配は無用と伝えておいてくれ』

『……ご主人、言葉が通じません』


 あー、そうか。リリィは日本語しか話せないんだったな。ならば――


『これは視えるか?』


 頭に文章を思い浮かべる。


『視えるー』

『ならばこれを書き写してアレクサンドラ様に渡してくれ』

『わかったー』

『よろしく頼む。切るぞ』


 さて。連中はどうアプローチしてくるかな?

感想、誤字報告ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] >さて。連中はどうアプローチしてくるかな? アプローチ以前では……? ルナ姉様は“また”守れなかったと言う失態。 今回拉致った帝国を管理する神。 両方がアレカンドラから評価を下げられて、…
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