308 卵を一日十個
八月の十二日となりました。
昨日は竜の素材を置いてきちゃったけれど、まぁ、いいでしょ。さすがにそんなもの、手軽に手に入れることなんてできないし。
というか、私、またしてもやらかしたわけだけれどね。
いや、竜の素材。インベントリには大別して二種類あるんだよ。あ、骨と鱗って意味じゃなくて、常盤お兄さんが元から放り込んでおいた竜の素材と、私がダンジョンで狩って来た竜の素材。
これ、両方とも竜の素材に分類されるけれど、別物なんだよ。
こっちの竜は天然……天然? 天然なのかな? まぁ、ダンジョン産で、一応、生物として存在している。けれど、常盤お兄さんが用意したモノは、竜の素材、として創られたモノだからね。
こっちの竜の素材で、同じものになるのかは現状不明なんだよね。火竜の素材は確保してあるんだから、なにかしら作ってみればはっきりするんだけれど、ぶっちゃけ、使う予定の無いものを作る気はしない。
一応、一通り作りはしたからね。必要が無ければ作る必要もないし。
とはいえ、さすがにそれは無責任か。素材を渡しておいて。うん。短剣でも作って確認しておこう。
そうそう、ジラルモさんから、芸術祭で行われる品評会に出品のお誘いを戴いたよ。こんな直前で大丈夫なの? と思ったんだけれど、ジラルモさんが審査員のひとりであるらしく、推薦枠がまだ残っているんだそうだ。
お弟子さんの作品を出さなくていいの? とも思ったんだけれど、お弟子さんたちで出品する予定の人は、一般参加の形で出品しているそうだ。
一般参加だと、予備審査があって、それを通らないと本選、って云えばいいのかな? そこへと出品することはできない。
なんでこんなことになっているのかと云うと、展示場のスペースの関係。さすがに応募者全員の作品を展示することはできないからね。
でだ。ジラルモさんが私に出品を打診したのには理由がある。近衛の鎧を手がけたと云うことで、具足師……鎧職人の人たちがあれこれ噂していることもあるけれど、この間のナイフ騒動のこともあって、その職人はなんなんだ? という話になっているようだ。いや、ぶっちゃけると“なんか不正してね?”みたいな話もでているらしい。
なので、作品を品評会にだして、そんな口さがない連中を黙らせちまえ、ということのようだ。
そんなわけで、出品することが決められましたよ。
とはいえ、いまから作っていたのでは流石に間に合わないので、既に出来上がっているものを出品することに。というか、話題にもなっているから、ということで、翠晶シリーズ一式を出品することになったよ。
鎧一式と盾と長剣。盾と長剣に関しては、試用可としておいたよ。いや、翠晶系は見た目が硝子だからね。とてもじゃないけれど、実用性があるようにみえないんだよ。そこらの鋼で作った鎧よりも遥かに頑丈なんだけれど。ということで、盾と剣は試用可にしたよ。
若干問題があるとすれば、これ、私が自重しないで作った代物だから、性能がおかしなことになっているということ。まぁ、見た目ではわからないから、それは大丈夫か。
そういえば、ジェシカさんがこんなことを云っていたよ。
「風神教所属の軍犬隊がこの鎧を見たら、正式採用したいと云いだすかもしれませんね」
と。
……そういや、風神教のカラーは緑だったっけね。そもそも、彩色してある鎧の方が少ないからね。実際、ディルガエアだと私の作った近衛の鎧くらいだよ。基本的に金属の色が鎧の色だし。
黒は、焼き入れで真っ黒になるから、それで十分なんだけれど。えーっと、表面を黒錆化させることで、錆止めにするんだっけ?
それを磨いて削って銀色にしろとかいう奴ばっかりだ! って、ぼやいてる職人がそれなりに居るっていうのも聞いたな。
まぁ、色についてはいいか。
そんなわけで、翠晶装備をジラルモさんのところに預けて来たよ。
そうして翌日である本日。パーティ関連に関して、ちょっと気になることがあったので、朝食の前にエステラ様に質問をしてみましたよ。
アルカラス伯爵家のパーティはどうなっているのかと。
いや、知る限りイリアルテ家にずっと滞在しているから、どうなっているのかなと。いまは社交シーズン真っ盛りのハズだし。
きちんとパーティは行っているみたいだ。エステラ様が主催として、まだ未成年ながらも後継のセシリオ様を昨年同様、方々に紹介しつつ、お嫁さん候補を物色している模様。
物色、っていうと聞こえは悪いけれど、セシリオ様の奥方になるわけだもの、伯爵夫人としてしっかりと領地を盛り立てる助けになる人物を選別しているみたいだ。
もちろん、セシリオ様との相性もあるから、なかなか慎重に選んでいるようだ。
アルカラス家も商売をしているからね。お飾りの婦人など不要なのです。
まぁ、しきたりみたいなものとはいえ、十歳でお嫁さんを選ぶと云うのは、なかなか難しいんじゃないかなと思うけれどね。
そして朝食を戴いている途中、バレリオ様がこんなことを云いだしました。
「キッカ殿、今日は一緒に王宮へと参ろう」
「私もですか?」
「うむ。早急に片付けておかなくてはならない問題があるのだよ。陛下と宰相殿が話し合った結果、先延ばしにしないほうがいいだろうという結論になったそうだ」
いや、結論って、なんの話ですか?
「私に関係のあることなんですか?」
「大いに関係のあることだな。まぁ、悪いことではないよ。そうだな。なにかお強請りでも考えておくといいぞ」
は?
私の中で、問題とお強請りとが繋がらなくて、思わず首を傾げる。
んん? その問題とやらが、私だと解決できると踏んでいるのかな? だからその報酬になにが欲しいか考えておけってことかな。
いや、特に欲しいものとかないんだけれどなぁ。あえていうなら、王都で住むためのお家? 別荘的な。
でも前に家を探すようなことを云ったら、ベニートさんをはじめ、メイドのみなさんの殆どに、なにか不満なことがあるのかと訊かれまくったんだよねぇ。
実際、別荘なんて持っても、年にひと月くらいしか使わなさそうだし。
あぁ、家といえば、アンラに別荘をもらっちゃったんだよねぇ。現在、建築中らしいけれど。そっちの維持とかもどうにかしないと。
あの女王様のことだから、人を送ってきそうだけれど、そうなるとその人たちが可哀想だし。まぁ、そっちはその辺りの話が出た時にしよう。モルガーナ女王とは近いうちに会うことになりそうだし。
いや、競馬の記念レースが芸術祭の最中に行われるからさ。
まぁ、国王陛下と宰相閣下に会って話をするにしても、いきなりお強請りの話にはならないだろうし、その辺りはゆっくり考えよう。
★ ☆ ★
バレリオ様、酷いよ。ちゃんとこういうことだって云ってよ。
私はどうしたものかと、非常に困っていた。本当に困っていた。
バレリオ様はというと、王宮についた途端にお仕事の方に行っちゃったし。バレリオ様、ダンジョン災害対策大臣とかいう肩書を持ってたとか、初めて知ったよ。
私はと云うと、なぜかアレクス王子が直々に迎えに来て、陛下の執務室まで案内してくれたよ。
いや、王子様だよ。王子様が案内役とかいいの? いや、一緒に護衛のレオナルドさん……いや、貴族の子息だろうし、様付けのほうが無難か。
そうして国王陛下と宰相閣下が待ち受ける執務室に入り、挨拶を――と思ったところで、いきなり国王陛下がこんなことを云って来たのだ。
「キッカ殿、欲しいものはないかね?」
私は目が点になったよ。え、いきなりなにごと?
「陛下、それではキッカ殿も困惑するだけでしょう」
「え、えっと、なにごとです?」
オロオロとしながらも、私はなんとか問うた。すると、苦笑いを浮かべていたアレクス王子が答えてくれた。
「キッカ殿に渡さなくてはならない褒賞が溜まりに溜まっているんですよ」
「勲章なら頂きましたよ」
王宮へ行くといういうこともあって、ちゃんと胸の所には勲章をふたつ付けてある。【白蛇薬師章】【銀剣竜破章】のふたつだ。
後者の方は竜を討伐した功績ということで戴いたものだ。これは準備してあったとのことで、名前を入れるだけだったかすぐに出来上がったんだよ。ということで、先日の一日にこれを戴いたわけだ。
証拠となる竜は、例の博物館に展示される予定とのことだから、文句を云われることもないだろう。
……うん、こんなことを云っているわけだから察せると思うけれど、もうひとつ勲章が準備されているんだよ。新しく作るらしいよ。大物ダンジョンを発見した功績のほうね。それに加えて、事前探索した情報提供の功績もあわせて、あらためて来年勲章を授与することが決定しちゃったよ。
三年連続で勲章を貰うなんて史上初とか云われたけれど、嬉しくはないよ。こういうことがあると、必ず厄介ごとがやってくるからさ。
「あー……勲章は、功績を上げた証、記章みたいなものなんですよ。単なる名誉の印ですね。ですから、褒美は別にあるんです」
「国としては褒美を渡さなくてはならないのですよ。功績をあげても褒美を貰えない、などという前例を作るわけにもいきませんからな」
あー、確かに、それはまずいわ。
宰相閣下の言葉で、いまさらながらに事の重大さに気が付いた。
「うむ。そういうことだ。実際の所、キッカ殿が上げた功績はまとめるととんでもないことになっておってなぁ」
「ですなぁ。薬、魔法、ダンジョンの発見に竜の討伐。それと、特殊ではありますが、あの巨大なワーム型の魔獣の討伐に加えトロールなど討伐。更には聖武具の発見、献上。あぁ、あと、吸血鬼の捕縛もありますな」
「本来ならば、これだけの功績があれば爵位を授与し、領地をあたえるところなのだが、教会との関係を考えると、そうするわけにもいかんのだ」
「いや、領地とかいりませんよ。領民に対して責任とか持てませんもの。私は自分だけで手一杯です」
ちょっ、なんでそんな察したような、哀れんだような目で見るんですか!
くそぅ、王家の皆様にまで、私の不運っぷりが知れているのか。
「まぁ、苦肉の策として、名誉伯爵などという称号を与えたが、実利がまったくないものだからな。やはりきちんとした褒賞を受け取ってもらわねばならんのだよ。かといって、前例に倣って爵位と領地を与えると云うわけにもいかんからなぁ」
「それならば、なにか欲しいものでもあれば、それを褒美としよういうことになったのだよ」
く、欲しいものと云われても。欲しいものは自分でどうにかできているしなぁ。どうにもならないものも、ズルを使えば出せるし。
もう、物欲関連は完全に満たせるんだよね。実際。
うーん……となると、なにを貰う……強請るのがいいのか。
考える。
考えて、現状において不満と思えるものを探し、ひとつあったよ。食事関連。正確には食材だね。
さすがに海産物を強請るのはむちゃだからやらないよ。現状、ミストラル商会から仕入れている干物でも十分だし、生の海魚が欲しければ自分で獲りに行くし。水の上を歩けるから、漁もきっと簡単なんじゃないかな? 【生命探知】もあるしね。
で、それ以外に欲しいもの、というと、あるんだよ。
鶏!
鶏の卵。鶏卵。
テスカセベルムだと鶏は普通に畜産されているようだったけれど、ディルガエアだと鵞鳥とアヒルがメインみたいだからね。
あのでかい卵が扱い難いんだよ。一個でだいたい鶏卵三、四個分で。そもそも私の料理レシピにある卵の基準は、鶏卵だからね。
いや、鵞鳥の卵が基準になってる日本人は――多分、いないだろうしね。
ということで、鶏をお願いしましょう。その前に、確認しないとね。
「ひとつありました」
「おぉ、なにかね?」
「えーっと、これはなんていえばいいんだろう……組織? だと語弊があるな。牧場になるのかな。それが欲しいです」
「牧場……かね?」
「正確には、養鶏場ですね。もっとも、欲しいものは鶏卵なので、養鶏場は実際の所いらないのですけれど」
我ながら酷いなこれ。でも他に欲しいものが思いつかないんだよねぇ。
「あの、キッカ殿? なぜまた鶏卵を?」
「単純な理由ですよ。私の料理で使う卵の基準が、鶏卵なのですよ。なので、アヒルの玉子とかだと、レシピを伝えるときに微妙に難儀するんですよね」
私がそう答えると、国王陛下たちは顔を見合わせた。
「では、養鶏場と、それに付随する土地や――」
「あ、土地だのなんだのは要りません。欲しいのは玉子だけなので。そうですね、私が死ぬまで卵を一日……」
私だけなら多くてもふたつみっつで十分だけれど、女神さま方の分も必要だしね。一日十個もあれば十分かな? 多過ぎてもあれだし、大量に使う時はアヒルの卵を使えばいいんだし。
「卵を一日十個づつ届けてもらえれば、それで十分です。余剰分は販売でもしてもらえればいいんじゃないでしょうか」
そう云ったところ、国王陛下は本当に困ったような顔で宰相閣下に視線を向けた。
「……マルコス」
「褒賞としては足りませんが……」
「卵十個を毎日数十年ともなると、結構な額になると思いますよ」
卵十個を二百円くらいとして計算すると、数十年でいくらくらいだろ?
……あ、たかが知れてる値段にしかならないな。
「褒賞として想定していた金額とくらべると、たかがしれている額ですよ。なので、事業として大規模に初めて、その権利者をキッカ殿にすれば問題ないでしょう」
「あの、アレクス殿下、卵以外はいらないんですけれど」
「大丈夫、分かっていますよ」
そう云って、アレクス王子は続ける。
「ひとまずキッカ殿を養鶏の事業者としておいて、その後、国に養鶏場の経営権を移譲してしまえばいいんですよ」
「それでは褒美にならんではないか。褒美を渡してすぐに奪い取った、などと云いだす輩が出兼ねんぞ」
「問題ありませんよ。経営権をキッカ殿のままにしておけば問題ないでしょう」
こうして、私の褒賞として、養鶏場……養鶏事業が与えられることとなったのでした。
誤字報告ありがとうございます。