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307 絶対にダメ


 ジラルモさんの工房へと向かいますよ。


 ジェシカさんが加わって、私、リリィ&リビングメイル、ジェシカさんという面子。


 今年はベニートさんと一緒ではないよ。なにせベニートさん、もの凄い多忙になっちゃったからね。


 ……原因は私なんだけれど。


 ほら、大物ダンジョンのことで、いま国があれこれやっているじゃない。ダンジョン関連ということで、バレリオ様が中心に立って動いているんだよね。昨日のパーティでも、その関係の重鎮の人たちが集まっていたそうだよ。


 で、バレリオ様はずっと王都に詰めてお仕事中なわけだけれど、それに伴ってベニートさんのお仕事も激増したのですよ。主に対人関係のほうで。


 人を多数動かすとなると、それに伴う仕事が生まれるからね。


 今回の場合は、先ずはダンジョンまでの道の整備だけれど、樹々の伐採、その伐採された樹の運搬。樵業務に従事している人たちの食料関連に、道具関連のあれこれ。新規調達とか整備とかね。


 まさに一大事業だよ。


 しかも魔の森へとアプローチする最適な場所が、よりにもよって旧オルボーン伯爵領。現在、領主不在で代官がいるだけの領地ともあって、代官権限の制限とやらで、いまいち円滑に計画が進んでいない模様。


 面倒だから、イリアルテ家を代替わりして、バレリオ様を臨時領主に据えてしまおうとかいう話もでているらしいけれど、そうなるとイリアルテ家の権力が増し過ぎて、他貴族からの不満が噴出するだろうからと、保留されているみたいだ。


 なんとなーくの予想だけれど、リスリお嬢様がオルボーン領を治めることになるんじゃないかなぁ。人材的には丁度いいし。

 イリアルテ家が所持している爵位を継いで独立という形になるのか、どこか適当な貴族令息と婚姻を結んで、そこに入るか。


 あー、でも、なにかしらの功績がないと、それも上手くいかないか。そもそも、リスリお嬢様自身が結婚しないと宣言しているしなぁ。バレリオ様はその宣言に喜んでいるし。


 とにかく、バレリオ様のお仕事が激増した結果、それに伴ってベニートさんもいろいろと忙しいんだよ。


 あともうひとつ理由としては、リリィのリビングメイルがバルキンさんと五分に戦えるだけの戦力であるということ。私の護衛として十分っていうことだね。あぁ、リビングメイルのことは正直に話してあるよ。リリィが神器ということも含めて。なので、魔物として討伐騒ぎが起こることはないと思う。


 あとは、昨年、ベニートさんと王都はそれなりに出歩いたから、地理に関しても問題ないということもあるよ。


 ……どれだけ心配されているのか、私は。それとも信用されていないのか。


 まぁ、去年はあの有様で、王都を発つ最後の日は吸血鬼に真昼間から襲われるなんてことになったしね。さすがにイリアルテ家の使用人の皆さんも、こいつはひとりで放置しちゃダメだ。勝手に死ぬ。とか思っているんじゃないだろうか。


 私がなにかしらしでかしてのトラブルなら、自業自得だと冷たい目で見られるだけだろうけれど、そうじゃなかったしね。


 クラリス? 確かにクラリスにはちょっかいを出したけれど、出さなくても私を殺しには来たよ。ほら、私、巫女扱いだからさ。クラリス、自身の回復の為に聖職者の血を求め始めていたからね。


 商業区を抜けて、職人街へと入る。職人街に入る際に、南側に逸れて別の道を行くと花町、さらに先に行くと色町に入ってしまう。


 いや、一回間違えてちょっと入り込んじゃってね。そうしたら影で護衛をしていたらしい教会関係者の人がすっとんできて、私を外に連れ出してくれたんだよ。


 いや、私みたいなのがひとりでいくと、スカウトが来るのはもちろんのこと、下手すると適当な“つれこみ”に引きずり込まれたりするらしいから。


 まぁ、私は見た目、まるっきり武装していないからね。誘拐するのにはカモなんだろうね。

 見る人が見ると、絶対に手を出さないらしいけれど。


「クズな輩は、誰もがプロというわけじゃないんです!」


 その時の護衛さんに、そうお説教されたよ。


 なんでも、幽霊みたいに一切の音を立てずにウロウロしている私は、得体が知れなさ過ぎて、本職の人は怖くて手を出せないそうな。


 ん? 花町と色町の違いが良く分からない?


 うーん……私も微妙なんだけれど、花町はお酒を飲むお店の集まってる場所。キレイどころのお姉さん方が相手をしてくれる飲み屋街かな。で、色町は春を売っているところだよ。いわずもがなだね。


 そういった区画の入りっ端に看板とかがあるわけじゃないから、不慣れだと迷い込むんだよね。


 いつもはベニートさんが一緒なのに、いつ迷い込んだのかって? 王都入りしたその日に、ちょっと商店街を見て回ろうとして迷い込んだんだよ。

 そんでもって、その出来事があって、あぁ、私は王都に入った時点から監視されてるんだなと、自覚した次第さ。


 私が王宮で殺されかけた後に、なんか、王妃殿下が私を護衛するチームだか何だかを組織したっぽいんだよね。王都限定になっているみたいだけれど。王宮でのあの事件は、王家の面子に関わることだから、護衛の本気っぷりも伺えるというものだよ。加護持ちの私でも気配を察知できないんだもの。王家直属の御庭番的な人たちは怖いよ。


 そこかしこから金槌を振るう音だの、ノコギリの音だのが聞こえてくる中、妙にゴツイ鉛色の鎧が入り口に立っている工房に辿り着いた。手にしている大盾に、工房名がレリーフされている。


 ここがジラルモさんの工房、防具専門の工房だ。


「こんにちはー」


 背の高い全身鎧を纏ったふたりを引き連れたチビ助の来訪に、受付……店番? の男の子が目を丸くしていた。


 まぁ、面子がとんでもないしね。


 軍犬隊のジェシカさんがいるだけでも目立つと云うのに、リビングメイルは魔人の鎧がベースだから、見るからに禍々しい。その禍々しいのが、ビスクドールを肩に乗せているという愉快な状況。


 ……自分で云っていてなんだけれど、なんだこの一行?


 それはさておいて、呆けたように固まっている男の子に戻ってきてもらおう。


「ジラルモさんはいるかな?」

「え、あ、あの……」


 うーむ、すっかり狼狽えている様子だね。


「もしいるなら、変な小娘がインゴットを持ってきたって伝えてくれるかな?」


 そう云ったところ、椅子から転げ落ちるようにして立ち上がり、男の子は奥へと引っ込んでいった。


 ……明らかに慌てた様子で、ひっくり返った声で「親方ーっ!」と叫ぶ声が聞こえてくる。


 くっ、脳内で“空から女の子がー”っと、勝手に付け足されてるよ。多分、リリィの影響だ。あの子「飛べない人形はただの木偶だ」とか云ったりと、普段からネタ的なセリフをぽこぽこ吐いてるからね。


 店内を見回す。店舗部分はさほど広くなく、幾つかの防具が一点ずつ行儀よく並べられている。これらは見本品。


 ここは店舗、というよりも、展示場としての目的が強いのかな? 本来、鎧なんてオーダーメイドだからね。その場合は一領、日本円換算だと一千万くらいしたとか聞いたことがあるし。


 まぁ、こっちだと消耗品とまではいかないまでの、使い潰す方向の道具に近いと云うのが実情だ。そうなると、オーダーメイド品なんて使える人なんて限られて来る。完成まで月単位で掛かる代物だしね。


 そうこうして既製品的なモノが作られるようになった訳だ。当然、オーダーメイド品に比べると、着た際のフィット感は大違いだし、結果として動きに差がでたりもする。細かいところを気にすれば、防御面でも差も出てきたりする。


 まぁ、防御面に関しては、無視できるレベルだと思うけれど。


 ジラルモ工房は、基本オーダーメイド品しか扱っていないからね。稀に頼みこまれて、見本品を売ったりもしているみたいだけれど。


 洗練されたスマートな兜から、やたらとごっつい兜、妙に凝った仮面みたいな面頬の兜といろいろ並んでる。もちろん、篭手やブーツなんかも置いてある。


 受付カウンターの向こうには、鎧掛けに掛けられた鎧一式が立っている。


「キッカ様、ジラルモ師にはどんな御用で?」

「いやぁ、前のナイフ騒動の時に、ロクな説明も無しにいろいろとインゴットを押し付けちゃったからね。どんな塩梅かなぁと」


 その説明で、ジェシカさんは合点がいったようだ。ジェシカさんもその場にいたしね。


「よろしいのですか?」

「なにがです?」

「その、技術の公開ですよね?」


 あぁ……。


 まぁ、私のやってることは、常識から考えると馬鹿な事だからねぇ。


「面倒事を押し付けるには、これが一番ですからね。気分でもないのに、延々と同じものを作ることになるのは嫌なんですよ。

 実際、近衛の鎧を作っていた時には退屈になってきて、なんとかしてズルできないかな? とか、ダメな思考になってたりしましたし」

「そら、同じものを延々と作ってればそうなるわな。それがただのパーツなら尚更だ。鎖帷子なんぞを、一気に作ろうなんてすると、途中で気が狂いそうになるからな、俺は。そもそも鎧のパーツ作成何ぞ、普通は助手なり弟子なりに任せるもんを、お前さんはひとりで十五領も作ったんだろう? 嫌にもなるってもんだ」


 のっそりと、店の奥にある工房からジラルモさんが現れた。そしてなぜ店番の男の子は泣きそうな顔で私を見ているのかな? 地味にショックなんだけれど。


 というか、こういう反応する子が多いのは何故だろう?


「でだ、嬢ちゃん。嫌な伝言を聞いたんだが、今度はなにを持ってきたんだ?」

「あぁ、今回のは大したものじゃないよ。合金なんだけれどね。こっちに来てから、包丁だのを見て気になってたから確認したかったんだよ」


 私は鞄からインゴットを一個取り出してカウンターに置いた。


「んー? なんだいこいつは?」

「あれ? あまり興味なさそう」

「これまでに嬢ちゃんが持ち込んだインゴットがインゴットだったからな。それに比べると、これはなんとも普通じゃないか。鉄の合金だろう?」

「そうだよ」

「なにか特別なのか?」

「錆びない」


 ジラルモさんがギョロッとした目で私とインゴットを交互に見つめた。


 ふふふ、ステンレスのインゴットだよ。こっちじゃまだ開発されてないみたいなんだよね。


「錆びない?」

「うん。いや、絶対にとは云えないけど、まず錆びないと云っていいくらいに耐蝕性の高い合金だよ。だから、包丁とか、水回りに使う道具にもってこいだね」

「ものぐさな奴が増えそうだな」

「いや、刃物にしたら、使っていれば当然、切れ味は落ちるよ。ちゃんと砥がないと」


 ジラルモさんはインゴットを手に取り、その表面をさする。


「こいつが今回の宿題かい?」

「へ? いや、必要なら基本的な比率は教えるけれど。今日来たのは、ほら、こないだインゴットをいろいろと押し付けたじゃない。それで、どうなったかなって思って。さすがに押し付けるだけなのは無責任だろうし」

「あー……それか……」

「お願いします! 助けてください!」


 叫ぶようにして、若い男性が工房から飛び出して来た。


 って、ジラルモさん、顔が怖いよ!?


「ラモン! なにごとにも順序があるって云っただろうが!」

「気になって眠れないんですよ!」

「嘘つけ! ハンマー振るいながら船漕いでただろうが! 仕事中に寝るくらいなら、夜中にあれこれやるのはやめろ!」


 青年……ラモンさんが露骨に目を逸らした。


 ジラルモさん同様、ラモンさんもドワーフだ。ドワーフにしては珍しく、髭を伸ばしてはいないね。無精髭っぽい程度で。


「なにをやろうとしてるんです?」

「あぁ、こいつ、黒檀鋼を気に入ってな。どうにかしようと試行錯誤しとるんだ」


 あぁ、なるほど。


「魔法の武具はいじれるようにはなった?」

「ん? どういうことだ?」

「最低でも、魔剣を砥げるだけの技術を身に着けないと、黒檀鋼は扱うのは無理だよ」

「それが前提か……」

「それが熟れて、自在に砥いだり打ち直したりできるようになれば――」

「あの鋼が扱えるんですね!」

「いえ。できませんよ」


 せっかちさんだなぁ。そんなんで出来るくらいなら、苦労しないよ。


「オリハルコン……神鉄をなんとか扱えるようになっていると思うので、まずはそっちを。思い通りにできるようになれば、黒檀鋼も扱えるようになりますよ」


 そもそもだ。オリハルコンと黒檀鋼は、手持ちの道具に魔力を上手い具合に流して纏わせることが出来るようにならないと、どうにもならないんだよ。右手のハンマーに左手のピッケル。あぁ、それともちろん、ピッケルで摘まんでいる素材もだね。


 それでやっと加工ができるというね。


 それを話したところ、ラモンさんはがっくりと肩を落とした。


「ほれみろ。地道にやるのが一番の近道なんだよ。手を抜くところを間違えんな!」


 じとっとした目でジラルモさんがラモンさんを睨めつけた。


「でだ、嬢ちゃん。さっきから気になってたんだが、そっちの鎧は――」

「あ、これに関しては気にしちゃダメ」


 これはどう考えても、やっちゃダメな製造方法だからね。生贄必須みたいな。


 そもそも魔人の心臓なんて、さすがにダンジョンからも産出しないからね。私は試しに常盤お兄さんが用意していたそれを使って作ったけれど。でも実際の所、私の作った魔人の心臓って、心臓の形に作り出したモノであって、実際に胸の中で動いていた代物じゃないしね。いわばレプリカだ。でなきゃさすがに私も気味が悪くて使えないよ。


「無理か?」

「無理。絶対に教えない。私はやっておいたほうがいいと思って実践してみたけれど、これは要らない知識だよ。ロクなことにならないことが目に見えてるから、絶対にダメ」


 ジラルモさんは目をそばめつつ、リビングメイルを見つめながら顔をしかめた。


「面白そうなんだけれどなぁ」

「黒檀鋼までで我慢してよ」


 そんな恨めしそうな顔でこっちを見ないで欲しいなぁ。


 むぅ……仕方ないなぁ。


「分かったよ。それじゃ、これよりもワンランク上。私が知っている限り、最高の性能の武具を作り出せる素材のサンプルを置いていくから。

 ただ、入手に関しては頑張ってとしか云えないよ」


 興味を逸らすべく、素材をカウンターの上に出した。


 鱗と骨。


 えぇ、馬鹿重い竜の素材ですよ。


 あ、ジラルモさん、顔を引き攣らせた。


「あー……嬢ちゃん?」

「竜の鱗と骨」


 答えたところ。みんなが鱗と骨に視線を集中させた。


 まぁ、大物ダンジョンの下層にいるし、あそこまで行くことが出来れば、安定して遭遇することはできるよ。




 うん。狩れるとは云っていない。


誤字報告ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] >当然、オーだメイド品に比べると これを見た瞬間に、OH駄メイド と脳内変換されました(苦笑) 駄メイドの品って比較対象になりうるのだろうか。 とか、妙に真剣に考え込んだ自分へ、ちょっと…
[一言] 延々と行う単純(?)作業をズル(自動化とか簡略化とか)できないか?という思考はとても大切なので、どんどん進めて欲しいです。 まあ、やらかし過ぎちゃうのでしょうが…。
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