306 言い争いが始まったぞ
なんじゃこりゃ。
えーっと……教会に来ましたよ。
礼拝堂内がカオスな有様なんですが。侍祭や助祭の人たちがオロオロしながらも、どうにかしようとウロウロしてる。
……うん。ウロウロしてるだけだな。まぁ、それしか出来ない状況でもあるけれど。
あぁ、どんな有様になっているのか説明するよ。
礼拝堂は神に祈りを捧げる場所であるわけだけれど、相当数の人が一心不乱に祈っているんだよ。まさに鬼気迫る感じで。ある種、狂乱しているともいえる。ものすごくオーバーアクションな祈り方だし。
オーバーアクションな祈りって何だよって? いや、見ての通りだよ。
こっちの祈り方も地球の祈り方とほぼ一緒で、両ひざをついて、胸元で手を組む感じ。で、ここに詰めかけている人たちは、その組んだ手を頭上に掲げたりして、上下に忙しい。なかには、ほとんど叫んでいるといってもいいような感じで、神に許しの言葉を発している。
中には侍祭の人に縋りついている人もいるし。
がしがし蹴飛ばされてるけど。
いかつい男が、侍祭(女性)に縋りついちゃ駄目でしょ。思いっきりお尻を掴んだし。蹴飛ばされて当然でしょ。
地神教神官女性は強いぞ。そして月神教神官女性は怖くて、風神教神官女性は辛辣だ。偏見が多分に入っているけれど、概ね、そんな傾向があるように思えるよ。
正直、男性神官の方が優しいよね。いや、寛大というところか。
まぁ、女神様を主祭神としている教派は女性が多いからね。逆に、男神様を主祭神としている教派は逆で、男性が多くて女性が少ない。この辺は、教派のトップ、教皇を神様が選んでいるわけだけれど、その性別が神様の性別と一緒になっていることが関係しているのかもしれないね。
しかしこれ、収拾がつきそうにもないね。
原因は明らかに大木さんだと思うけれど、なにをやらかしたんだろう?
このパニック具合からして、相当に脅かしたんだろうけれど……うん。
「実に浅ましいな」
思わずボソリと呟いた。
「なにかご存じなのでしょうか? 神子様」
うぉう、びっくりした。この連中に気を取られてて、まったく気が付かなかったよ。
私に話しかけてきたのはジェシカさん。そういえば、今日はイリアルテ家のほうに来てなかったね。まぁ、ここがこの有様じゃ、来るに来れなかったんだろうなぁ。
ジェシカさん、教皇猊下専属の護衛をしている軍犬隊の女騎士。いや、正確には騎士じゃないんだけれど、軍犬隊の見た目は騎士団だからね。そのジェシカさんは、王都入りした私の護衛をしてくれているんだよ。私のこれまでの残念な実績から、教会というか、教皇猊下が好意から護衛につけてくれたんだよね。
ジェシカさんに大木さんのことを説明する。多分、聞いてはいると思うんだよね。
王家の方には報告して、そこからマヌエラさん経由で教会に情報は入っているだろうし。
「というと、彼らは神罰を受けたものだと?」
「当人たちは神罰とは思っていないんじゃないですか」
うん。本当に呆れるとしか云いようがないよ。
「それにしてもまったくもって、実に浅ましいですよね。神様を魔王に仕立て上げて、ぶっ殺そうぜ! って云って活動を始めてこの様ですよ。神様が「よし、ならば云った通りにしてやろう」と、連中が云った通りか、もしくはそれ以上のことを彼らに対して行った結果がこれですよ」
私は平伏して祈っている連中を指差した。
風神教の侍祭さんが、助祭さんに手助けしてもらいながら、しがみついてる男性をなんとか引きはがしている。
「こうして祈っていますけれど。やっていることは『お願い助けて』であって、自分たちが殺そうとした神様には一切の謝罪もなければ、赦しを請うこともしていないんですよ。ね、浅ましいとしか云いようがないでしょう?」
お、祈ってた連中が動きを止めてこっちみた。
「そもそもですね、崇めてもいない神様に縋りつくと云うのは、どうなんでしょうね?」
「私たちの信仰を侮辱すると云うのか!」
祈っていたうちのひとりが立ち上がって、私を怒鳴りつけた。
まったく、怒鳴らなくても聞こえるよ、うるさいな。
見たところ、三十代くらいか。白い法衣を纏った灰色の髪色の男。
「いいえ、ちっとも。ただ、あなた方の信仰するアレカンドラ様とは、どこのアレカンドラ様です? ここに祀られているアレカンドラ様と同一であるのか、非常に疑わしいのですが」
私は問うた。
少なくとも、銀髪の、エルフじみた美形の女性ではないぞ、私の知るアレカンドラ様は。
「なにを云っている?」
私を怒鳴りつけた男が、血走った眼で睨みつけながら私の目の前にまで来た。
どうしてこういう輩は前のめりになって威圧するように見下ろして来るのかな。幾ら私の背丈がちっさいからってさ。ちょっとのけぞることになるから、嫌なんだよ、本当。
思わず顔を顰めた。
「私、あなた方のお仲間が所持していた、あなた方の信仰するアレカンドラ様の肖像を見たのですよ。少なくとも、私の知るアレカンドラ様ではありませんでしたので」
「なに?」
「銀髪の細面の女性でしょう」
「あぁ、そうだ。それこそがアレカンドラ様だ」
「私の知るアレカンドラ様ではありませんね。もし私がここでアレカンドラ様の御姿を示したら、そんなものは偽物だと罵って踏みつけるのでは? あの不快なバッソルーナの連中のように」
男が鼻で笑う。
「当然だ。なぜ偽物に祈りを捧げなくてはならない。そんな偽物など、野放しにしておくわけにはいかない。破壊するのが当然だろう」
「ほら、それだもの。信仰のあり様は人それぞれ。私は別にあの肖像をアレカンドラ様とし、崇め奉ることを否定などしていませんよ。アレカンドラ様は似つかぬ姿に苦笑いなさるでしょうけれど、信仰には変わりませんしね」
しっかりと男を見据える。
「でも、あなたは、あなた方はそれらの信仰を否定する。この教会に属している者は、あなたの否定する信仰を持つ者の集まりですよ。殺さないので?」
そういうと、男はたじろいだ。
あれ? 私を殺すんじゃなかったっけ? もしかして私が誰だか分かってない?
いや、顔を隠してる以上、かなり目立つし、分からないって云うのは有り得ないと思うんだけれど。
今日の恰好は黒に近い藍色のワンピースに甲殻鎧のゴーグルという格好。あぁ、ワンピースは、前に作った黒ワンピ同様に微妙に軍服っぽいデザインの代物だ。
「そもそも、あなたは色々とはき違えているご様子。信仰と、お強請りと、命令はごっちゃにするものではありませんよ。神々は寛大です。私たちが思う以上に。ですが、その寛大な心にも限りはあります。だからこそ、呆れ、諦め、彼の神は人から距離を置いたのですからね」
やや俯き加減にいう。
……あれ? 正面から見たのであればともかく、この状況だと、私、単に上目遣いになってるだけじゃないの? あれ? 媚びているように見えたりしないよね?
ま、まぁ、いいか。続けよう。
「神を貶め、それを人間如きが亡ぼそうなどと、少しは身の程を知ったらどうです? 【陽神教】の方」
「待て、待ってくれ。それはおかしい!」
お? なんか別の人が参戦してきたぞ。上等な服の男性。商人かな?
「私はその肖像画の女性は、アレカンドラ様の巫女と聞いたぞ」
なんか初めての話がでてきたぞ。神子としているのは聞いているけれど、巫女?
あ、神子と巫女の違いは、神子は神の代行者、巫女は神の代弁者と云った感じかな。神子は神の権能を加護として与えられるけれど、巫女は普通に神の声が聞こえるだけの人だ。
「なにを云っている、あれこそがアレカンドラ様だろう!」
「そっちこそなにを云っているんだ。あの方は巫女、アレカンドラ様の言葉を代弁する方だろう」
なんか、言い争いが始まったぞ。
鼻もぶつからん勢いの距離で、唾を飛ばしあってる。
「えーっと、私が引き起こした感じになりましたけれど、どうしましょうか?」
止めます? とジェシカさんに確認する。
ジェシカさんはと云うと、なんだか能面みたいな表情のまま、集まっている【陽神教】の連中を見つめている。
なんか、殴り合いも始まったんだけれど。
【陽神教】が一枚板じゃないのは聞いていたけれど、これは酷すぎじゃないかな? 見たところ、三勢力……いや、四つかな? あるみたいだ。
というか、ジェシカさんが一向に反応しないんだけれど。
「ジェシカさん?」
ん? なんか奥の方に合図を送ってる?
あ、神官の皆さん方が退避した。【陽神教】の神官連中と信者? だけが残ったね。そういや、こいつら七神教とは別組織のはずだけれど、ここで祈ってていいのか? いまさらだけど。
それとも、【陽神教】ということで、七神教所属教派と云い張ってるのか? ん? となると、教皇がいないと駄目なはずだけれど? アレカンドラ様は選んでなんかいないよね? アレカンドラ様の加護持ちなんていないし。
……まさか、私を教皇に担ぎ上げようとかしないだろうな。
そんなことを考えていたら、礼拝堂に軍犬隊のみなさんがなだれ込んできた。それぞれが大盾を手に、乱闘している連中を囲んで抑え込んでいく。
なんというか、機動隊が暴徒を抑え込んでいるみたいな感じだ。
「まったく。神の御前で乱闘など、醜いにもほどがある」
おぉう、ジェシカさん、怒ってるよ。いや、当たり前だろうけれど。
軍犬隊所属の人って、控えめに云っても狂信者の集まりだからね。行動自体は非常に真っ当だから、狂信者にはまったく見えないけれど。
あれだ、ワイアットアープ症候群に掛かっているような感じだからね。そこまで徹底してはいないみたいだけれど。
ん? 余計に分かりにくい?
ワイアットアープ症候群っていうのは、法規至上主義。いわゆる絶対正義を信条する……一種の恐怖症なのかなぁ。情状酌量を一切しない、できない病? だ。
要は、まるっきり融通が利かないんだよ。教会に関することに関しては。
そんな人の前で宗教論争はまずい? いや、ちゃんと神を認めて、信仰していれば煩くはないよ。信仰の在り方は自由という考えだから。あまりにもおかしな行為を見つけたら、さすがに説教したり、度が過ぎれば粛清するだろうけど。
あからさまなSEX教団がアレカンドラ様を信仰しています、なんてことを云ったら。たちまち粛清対象だね。
……こいつらの一派にもいるんじゃないかな。新興で、とにかく人を集めようって感じで見境なくやってるみたいだし。そのせいで、教義の統一とかできていなくて、こんな有様になっているわけだし。
「神子様の云う通り、なんと浅ましいことか」
「あいつらはどうするんです? このまま放り出しても、また喧嘩をはじめて、そこらに迷惑を掛けそうですよ」
「監視の下、反省させます。反省室にでも放り込みたいところですが、人数が多いですからね。部屋が足りません」
あぁ……百人近くいるしね。それはともかくとして――
「連中、【七神教】と云い張ってるだけの連中ですけれど、問題になりません?」
「我々はそこまで狭量ではありませんよ。間違ったものを正すことに、神の御意思に頼るようでは、我々に考える意思を与えられたことを放棄することになってしまいます。奴らの、自らの主張を力づくで押し付けようと云うのは、明らかに間違った行為ですからね。神々の御前でそんなことをやらかしたのです。我々がしっかりと正さねば」
そういう方向にいくのか。ふむ。やっぱり私の知る宗教と比べると、大分……緩いって云えばいいのかな? うん、そんな感じがするよ。
そもそも信仰なんて、自然体であるべきだと思うからね。私は。
「それじゃ、私はこれで失礼しますね。あと、ここまで来たのになんですけど、祈ることは止めておきます」
「え、それはなぜ――」
「いや、いまは収まってますけど、私が祈ると神像が光るじゃないですか。いまこのタイミングでそんなことになろうものなら、連中、自身に都合のいい解釈しかしませんよ」
そうなったらもう、面倒なことにしかならないからね。神が我々を祝福してくださったー! とか。我々は赦されたー! とか。勝手に云いだして増長するのが目に見えるよ。冗談じゃなしに、なんでも自分に都合のいい様にしか捉えないからね、連中。否定すると、例の文言が飛んでくるし。『それは、あなたの心が~』ってやつね。
連中のような輩に、付け入るスキを与えてはダメなのよ。
ジェシカさんもそのことが分かったのか、苦笑いしているし。
「わかりました。では、暫しお待ちください。この件を片付けて来ます」
「え?」
「お供いたしますので」
「あ、はい。お願いします」
ジェシカさんは軍犬隊の隊列へと入っていく。なんだろう、みていると羊を誘導している牧羊犬みたいな印象をうけるよ。
残念な連中を追い立てる牧羊犬。
いや、まぁ、だからこそ軍犬隊なんて名称なんだろうけれど。もちろん、神に忠実であるという意味合いもあると思うけれど。
私は扉近くの隅っこに移動しつつ、整然と引っ立てられていく【陽神教】の連中を眺めていたのでした。
あぁ、大扉の外で待機させておいたリリィを呼んでおこう。あまり長時間放っておくと、あの子はあの子で面倒事に巻き込まれそうだ。ひとりぼんやり待っているくらいなら、適当な話でもしていたほうがいいからね。
誤字報告ありがとうございます。