304 大丈夫だよね? 足りるよね?
パーティはさしたる問題もなく進んでいますよ。
問題というか、騒ぎはちょっとあったけれどね。うん。
去年もあったやつだよ。サロモン様とバレリオ様の模擬戦。やりすぎて引き戸が一枚割れたけれど。
お屋敷の裏庭で模擬戦をやったわけだけれど、サロモン様が弾き飛ばしたバレリオ様の鉈が、外れにあった……納屋? 庭の手入れ道具とかしまっておく小屋の戸に当たって、見事に一枚板の戸が割れたんだよ。
いや、笑い事じゃないんだけれどさ。人に当たったら大変だよ。戸じゃなくて脳天がかち割れたよ。高さ的に。
……私だったら頭上を飛んでいくだろうけどさ。
サロモン様は「そんな間抜けな弾き方はせん!」などと胸を張って云っていたけれど。
結果、エステラ様がただでさえそのことに怒っていたのに、さらに油を注いだことになってね。
あえて皆が見ている前でお説教をはじめたよ。
まぁ、サロモン様は隠居で、元公爵だから評判を落とすような真似をしても、深刻な事態を引き起こすこともないだろうけれど。
あぁ、いや、さすがにそれはないか。
まぁ、サロモン様は現役時代からこういったことはやらかしていたらしいし、エステラ様にお説教されている姿というのは、ある意味、一種のイベントとなっていたようだ。
……どこからか聞こえて来た「ご褒美だ……」という呟きは聞かなかったことにしよう。確かあの人、伯爵様だよね? 私は面識ないけれど、~伯とか呼ばれてたし。
あぁ……隣の奥様と思しき方が凄い顔で睨んでる。
残念な人はどこにでもいる模様。
あぁ、私も人のこと云えないか。私、ドМだし。
で、バレリオ様はお咎めなしかというと、そんなことはなく。エメリナ様に引っ立てられていきましたよ。
ホストふたりがいなくなってしまったわけだけれど、昨日ダリオ様がやっと王都入りしたからね。ふたりの代わりをしっかりとやっていましたよ。
心なしか顔を強張らせていたけれど。
他に問題というと、これも問題というほどではないか。アレクサンドラ様が人形と話していたことくらいか。
あ、人形って、リリィのことじゃないよ。あの子、日本語しか話せないし。私が大時計の隣に置いておいた、ゴスロリ衣装に仮面を被せたマネキンね。それを相手に喋っていたんだよ。
私が会場の様子を見てみたくて、追加の料理、せいろをカートに載せて会場入りしたところ、アレクサンドラ様とばっちり目が合ってね。
アレクサンドラ様、硬直したかと思うと、見る見るうちに顔を真っ赤にしてたよ。ふふふ、眼福でしたね。可愛かった。
さて、厨房はと云うと、予想外に大忙しになってしまった。
三百だよ! 三百! 全部じゃなくて、各それぞれ。だから、ひっくるめたら千八百あったんだよ。
確かに、それぞれ一口……はつらいな、二口レベルの大きさだけれどさ。
なんでそれが足りなくなるかな?
食べやすさか? 食べやす過ぎたのか!?
それもあって、私は会場の様子を見にいったんだけれどさ。
こういった立食形式のパーティだと、たいてい料理は余り気味になるものなのよ。食べるより会話がメインだから。特にイリアルテ家のパーティは、友好的なお家の方しか招待していないんだし。
ディルガエアらしく農業関連の情報交換とか、他国との貿易関連の話とかが良く話されている。いるはずなんだけれど、今年は話よりも食事にシフトしているんだけれど。
話の内容も、今夜出した料理の話だし。
特に、暖かい甘味は珍しかったらしく、凄い速度で消えていく。
いや、ドラマとかだと、食べ物関連は“消えもの”なんて呼ばれるらしいけれど、まさにそんな感じだよ。
というか、こんなの予想外だって。なぜあのご令嬢はゴマ団子に執着してるの? 太るよ。さすがにそんなにパカパカ食べると太るよ! 社交シーズン後半、ドレスがはちきれんばかりになって、着られなくても知らないよ!
あっちの小太りのおじさんは、ナタンさんのつくった一口大のケーキに夢中になってるな。あの感じなら、少しくらい太ったところで、替えの服はあるだろう。
ゴマ団子とあんまんは、餡子が品切れなのである分だけで終了。諦めてもらおう。ナタンさんのお菓子も追加で作るには時間が掛かり過ぎるので終了。もちろん料理も。
でも焼売、餃子、小籠包、春巻きは簡単なので、大慌てで追加を作ることに。
メイドさんはせいろを運んで行って、空になったせいろを回収、それを洗って、焼売なり餃子なりを並べて蒸し器に――って作業を見事な連携をみせて進めていく。
そんな中、リスリお嬢様が蒸し器のとなりでタイムキーパーをしていたりするけれど。
リスリお嬢様はパーティ開始の挨拶時だけ会場入りしていて、そのあとはこっちに引っ込んでいる。
立場的にはまだ社交界デビュー前だからね。あと、やっぱり去年の誘拐騒動のこともあるから、あまり目立つ公式の場(この云い回しはあってるのかな?)には出ないみたいだ。
懐中時計を片手に、妙に真剣な顔でタイムキーパーしているよ。
去年ぐらいまでなら、使用人である料理人さんやメイドさんたちがこぞって止めたんだろうけれど……私の悪影響だよね。リスリお嬢様、すっかり厨房をうろうろしたりするのが馴染んじゃったよ。
まぁ、双方とも自身の立場という点では、きっちり線引きできているひとたちだから、裏方でこうして仲良くしていても問題はないだろう。
ということで、私は今、ひたすら餃子を包んでいる最中だよ。
メイドさんたちは、焼売や小籠包の包み方はすぐに出来るようになって、私より上手になったんだけれど、餃子だけは苦戦しているんだよね。
なので、餃子は現状、私がひとりで包んでいる状態。しかたないのでズルをして、ドーピング装備をつかったよ。
調理の時には指輪をするわけにはいかないから、そんなときの為にと作っておいたイヤリングを装備しての作業ですよ。
【敏捷】と【技巧】をドーピングしての餃子づくりですよ。自分で云うのもなんだけれど、なんだか既製品みたいに気味の悪いくらいのまったく同じ餃子が並んでいくよ。
さぁ、追加で五百個作ったぞ。これでもう、足りないなんてことはないだろう。作っている最中にも、出来上がって先に出した百個はあっというまに消費されたけれど。
だから早いよ。
なに? 大食い大会にでもなったの!?
だ、大丈夫だよね? 足りるよね? これ以上は作れないよ。なにせ、準備していたお肉を使い切っちゃったからね。
というか、今日のパーティ人数って、どのくらい来てるの? さすがに消費が激し過ぎやしないかい?
これでも足りなくなったら、肉を変えざるを得ないんだけれど。私の持ち出しってことになるから、私が持っていると知れている肉になるので……。
竜、鰐、ベヘモスあたりになるんだけれど。
これを使って出すと、却って面倒なことになりそうな気がするんだけれど。
というか、竜の肉ならイリアルテ家にあるな。さすがに前に渡した一頭を食べきったとは思えないし。多分、可食部だけでも三トン近く取れると思うし。あれ、五トンくらいあると思うから。
……五トンがあの程度の翼で空を飛ぶのか。竜はどういう原理で空を飛んでいるんだ? 本当に。飛行魔法とか、そう云う類のものなんじゃないのかな。
いや、こんな考察をしたところで無意味か。結局“分からない”と云うことくらいしか分からないだろうしね。
イルダさんがせいろを持ち帰って来た。
「イルダさん。どんな様子です?」
「多分、用意してある分で足りるとは思うのですけれど……」
んんっ? なんだろう、端切れが悪い……。
そこで私はあることを思い出した。
お父さんは、なにかしらの集まりに出ることが多かった。小さいながらも輸入雑貨商を経営していたからね。なんのかんので、食事会と云うか、宴会やらなんやらに出ることは多かったんだよ。
で、帰って来たときにはお土産がほぼ必ずあった。
宴会を行った料理屋の料理とかを詰めた折詰とか、よく持ち帰って来てたんだよ。
もしかして、折詰的なお土産とか準備した方がいいのかな?
去年は、パーティの最後って知らないんだよ。アレクサンドラ様と、ドレスの打ち合わせをしてたから。
なんか作るか。いまから作るとして、なにがいい? 料理的なものがいいのか、甘味枠がいいのか。
「イルダ、なにかあったの?」
リスリお嬢様が問うた。
「お客様の中に、サンレアンの【最高の一皿】での騒動を知っている方がいらしたようで、【激辛クロケット】の話題で盛り上がっていまして――」
ちょっ!?
「え、もしかして食べたいと?」
「はい」
「お姉様、私も食べてみたいです」
「いや、あれは……えぇ……」
あれは控えめに云っても兵器なんだけれど。というかリスリお嬢様、あの惨状を見てますよね?
それなのに食べたいと? えぇ……。
さすがに出す訳にはいかないよねぇ。
ちょっとピリ辛のコロッケでもだす? いまお店で出しているようなヤツ。コロッケなら中身はじゃがいもメインだから、僅かばかり残っているお肉でどうにかできるけれど。
「キッカ殿、私も興味があるんだが」
「ナタンさんまで……」
仕方ない、作るか。
「馬鹿共を撃退した物と同じものは作りませんよ。冗談じゃなしに人死にが出かねませんから」
「一個くらい作りましょう」
「いや、さすがに……」
「この程度で撃退できるわけがないだろう! と、ケチをつける方が絶対いますので」
……そういう御仁がいるのか?
「悪い方ではないんですけれど、偏屈なんです」
あー、そういう。いわゆる“ひねくれもの”がいるんですね。とはいえ――
「年齢のほどは? お年寄りでしたら、確実に召されてしまいますよ」
「大丈夫です。お兄様と同い年です」
「なるほど。先が思いやられますね。叩いて矯正するなら今の内ということですか?」
「手遅れになる前に、一度、痛い目にあったほうがいいです。あの方は」
「……もしかして嫁ぎ先候補ですか?」
丁度いいので聞いてみた。リスリお嬢様の将来の動向とか、まるっきり知らないからね。
「いえ。私はどこにも嫁ぎませんよ。組合をイリアルテ家から独立させましたからね。収入が激減してしまいましたから、商会を起ち上げ盛り立てていく予定です」
いや、家に残るにしても、婿取りの道もあるでしょうに。
うーん……誘拐の時のことがトラウマにでもなってるのかな。男性恐怖症とか。あのゾンビ吸血鬼には、それほど酷い扱いはされなかったって話だけれど……。
まぁ、私がどうこういうことでもないし、云える立場でもないか。
「ひとつだけですよ」
私はそう答えると、コロッケの調理に取り掛かったのでした。
感想、誤字報告ありがとうございます。
※バナナ春巻きはキッカがコソコソと作ったものなので、食べたのはキッカと、目ざとく見つけた料理長だけです。
その際、バナナは見つかっているので、バナナはみんな適当に摘まんでいたりします。