303 バナナは美味しい
レッツパーリィ!
ということで、本日十日はイリアルテ家のパーティですよ。
昨年は人形の振りをするとか云う、アホなことをやっていましたが、今年は普通に裏方に徹しますよ。
なにせ私は居候ですからね。お手伝いをせねば。
そんなことをしなくてもいいとは云われるけれどね。邪魔にはなっていないので、大丈夫でしょう。猫の手も借りたい状態だし、厨房は。
ただ、私の場合、みんなのお手伝いというより、自由に料理を作って、という風になるんだけれどね。
いや、なんか妙に期待する視線を向けられるんだよね。
昨年のパーティ料理は見たから、だいたいどういったものを作るのかは分かるんだけれど。
各種肉料理をはじめ、ラザニアみたいな物とか。どちらかというと簡単に摘まめる物、といったものが沢山出る感じだ。
基本、立食パーティ形式だからね。フィンガーボウルもあるから、少しくらい手先が汚れるような料理でも問題なし。
まぁ、フィンガーボウルなんて馴染みがないから、手先がベタベタになるのを気にしないで食べるって云うのは、ちょっと抵抗があるけれどね、私は。
ふむ……。それじゃ、何を作ろうか。
簡単に摘まめるものというと、真っ先に鉄火巻きが頭に浮かぶんだけれどね。
鉄火巻き。鉄火場(賭場)で簡単に摘まめるように良く食べられていたのが、その名前の由来らしいしね。
鉄火巻きは無理だけれど、マグロの代わりにイトウを使う手もあるしね。……問題にしかならなそうだからやらないけれど。
さて、それじゃなにがいいだろう?
悩んだ結果、良いものがあったよ。簡単に摘まめて、満足できるもの。
点心!
蒸し料理が大半だけれど、せいろがあれば一気に作れるし、コンロの占有もひとつふたつで済みそうだ。
とりえず、次のものを作ってみよう。焼売、蒸し餃子、小籠包、ゴマ団子、桃饅頭といったところ。……点心で間違ってないよね?
ゴマ団子は揚げるし、そうだ、春巻きもつくろうか。
それじゃ、先ずは皮づくりからかな。
私のお手伝いとして、昨年の料理対決の時にアシスタントをしてくれたメイドさんがついてくれた。こっちの発音だと、私の名前とほぼ同じになるっていうティッカさん。
ティッカさんにはミンサーで挽肉を作ってもらいます。地味に面倒な作業。というのも、お肉ごとに作って貰うから。
使うお肉は草猪とヘラジカの二種類。途中でミンサーをバラして洗ってもらうことになるからね。
そんなわけで、早朝から厨房の一角を借りて作業を開始。折角だから、皮の方も二種類用意するよ。
小麦粉の皮と米粉の皮の二種類。
米粉の方は、蒸しあがりが半透明になるから、中身が見えるんだよ。具材を工夫して、見栄えを良くしてみようかと思うよ。
あまりに微妙な出来になったら、普通の小麦粉の皮のだけを出すことにするけれど。
生地を練り上げた後、ひたすら千切って丸めてめん棒で伸ばして皮を作っていく。
……何個ぐらい作ればいいのかな? 百個程度じゃ足んないよね。各五百……はさすがに多すぎるか。他にも料理はあるんだし。三百個くらいでいいか。私たちの食べる分も含めて、それだけあれば十分だろう。
餡は三種類。最初は一種類だけにしようかと思ったけれど、それじゃ形が違うだけで、みんな同じ味になっちゃうからね。
焼売は、草猪の挽肉に玉ねぎに生姜と、普通の餡。
餃子は、草猪の挽肉に白菜、ニラ、海老、生姜。
小籠包、ヘラジカの挽肉に、玉ねぎ、トマト、根セロリ、そしてチーズ。
桃饅頭、こし餡。
蒸し系はこんな感じ。小籠包だけピザまんっぽい、かなりの変わり種になっちゃったけれど、まぁ、いいか。
揚げ物ふたつ。ゴマ団子もこし餡。春巻きはヘラジカの挽肉にニラ、タケノコ。
春巻きなんだけれど、春雨はないので入れられなかったよ。いや、やろうと思えばできるんだけれど、面倒なことになりそうだからやめた。でもタケノコはズルをしたけれど。タケノコに関しては竹を育てればいいだけだからね。ディルガエアのどこだかには生えてるらしいし。食用にはされてないみたいだけれど。
そしてもうひとつ。バナナを具材にした春巻き。こっちは自分用。面白半分に作ってみるよ。
あ、もちろん、ちゃんと調味料の類は加えてあるよ。
そうそう、こし餡だけれど、こっちで白餡を作ったじゃない。あのあとサンレアンに帰った時に作ったんだよ。大量に。今回はそのストック分を放出したよ。多分、八割がた使っちゃいそうだ。
とりあえず、揚げ物はまず問題ないのでいいとして、蒸し餃子の見た目だけ心配なので、調理して食べてみよう。一個だけ蒸すのもなんだから、焼売と桃饅も一緒に蒸そう。各二個づつ計六個を試食用にさっさと調理する。
……なんでみんな集まってきますかね。リスリお嬢様はまだ未成年で社交界デビューしていないから、現状は気楽なのだろうけれど。というか、なんでエメリナ様までいますかね。いまはこの厨房と同様に、準備で忙しいんじゃ!?
「問題ないわ。お母様が仕切ってるから」
「いや、エステラ様は他家の方ですよ。いいんですか!?」
「問題ないわ」
「昨年の事があって、おばあ様がご自分で取り仕切ると張り切っているのです」
胸を張るエメリナ様と苦笑いを浮かべているリスリお嬢様。
……そういえば、私のせいでエメリナ様、エステラ様にお説教されたんだっけね。
そうそう、今年も大時計のとなりにはゴスロリ姿の人形がいますよ。中身は私じゃなくて、普通にマネキンだけれど。今年は本物のお人形です。
餃子の作成だけ一時中断して、ほかの物を作りつつ試作品を蒸かしていきますよ。
コンロの上に鍋を載せ、更にその上にせいろを載せて蒸していきます。
それじゃ蒸しあがるまで、焼売を包んでいきましょう。
黙々と作業をしていたら、手の空いたメイドさんたちが集まってきて、一緒に焼売をつつむ作業を手伝ってくれたよ。
ありがたいけれど大丈夫なのかな? いや、これも業務ではあるだろうけれど。
そして蒸かすこと約十分。試作品ができあがりましたよ。
……うん。エメリナ様とリスリお嬢様はこのために来たようなものだよね。
ふたつずつしか作っていないんだけれど……。とりあえず、餃子は見た目の確認だけ出来ればいいんだけれど、さすがに小籠包は味見をしないと。こんなピザまんもどきは初めて作ったし。
焼売と餃子、そして桃饅頭……いや、色付けしてないから、ただのあんまんだな、これ、食紅なんてないし。クチナシを使って、ゆずまんとでもすればよかったかな? 桃饅頭改めあんまんの三種をエメリナ様とリスリお嬢様が試食。小籠包は私と料理長であるナタンさんが試食することに。
って、ナタンさん、こっちに来ていて、そっちの料理は大丈夫なんですか?
まぁ、私が心配することじゃないか。私と違って行き当たりばったりな人じゃないし。
さて小籠包。うん。問題なし。ピザまんというよりは、ミートソースを詰め込んだみたいな感じだよ。ほんのりしたトマトの酸味とチーズがいい感じ。本当、このふたつの組み合わせは素晴らしいよね。
と、問題の餃子だけれど、うーん……。
見た目はほぼ予想通りのものができたよ。ただ、ちょっと赤が足りないかなぁ。ほら、海老なんだけれどさ、前にもいったけれど馬鹿でっかいから細かく刻んだものをいれたんだよ。だから赤い部分よりも白い部分が多くてね。
ニラの緑はいい感じなだけにねぇ。赤い野菜を追加しようか。となると、人参か赤ピーマンあたり? トマトはいれると汁気が出て大変なことになりそうだし。
小籠包? 小籠包は皮が厚いからね。多少汁っ気がでたところで、破れることはないよ。それに、トマトは軽く火を通して、汁気を少し飛ばしてたものを使ってるから。
あ、そうだ。赤キャベツがあったよ。あれを少し混ぜよう。こっちの赤キャベツは本当に赤いからね。赤カブみたいに。
色が赤と云っても、味は普通のキャベツだから問題ないしね。
ナタンさんに赤キャベツをひと玉分けてもらって、餃子用の餡を調整。
あ、一番肝心の味の方だけれど、問題なし。いつものようにエメリナ様にレシピを所望されましたよ。全部。
いや、いいのかな。似たような料理はこっちにもあるよ? 蒸すんじゃなくて、オーブンで焼くけれど。大きさも一辺が十数センチの正方形で、まさにラザニアとラビオリの合いの子みたいな感じの料理が。
結構な額になるし、なんだか申し訳ないから、普通の焼き餃子と水餃子のレシピをつけることにしたよ。
あ、そうそう。もうひとつ懸念していたことがあったんだ。餡子。白あんが大丈夫だったから、こっちも大丈夫だろうと思ってはいたんだけれど、確認できてよかったよ。
うん。問題なし。美味しく戴いてもらえたよ。いや、餡子って苦手な人は苦手だからね。そもそも豆を甘味と認識していない人は、その時点でもう駄目みたいだし。
そういや、ルナ姉様は小豆を農研に回したのかな? さすがに一気に送ると大変なことになるって、どれを先に送ろうかと頭を悩ませてたけれど。
そんなこんなで、午後三時ごろに料理の準備は完了。私の料理は、パーティの直前に調理して出す予定。
目の前にはせいろが山積みになっていますよ。
蒸すのは十分程度だし、揚げるのもすぐだからね。出来立てが一番おいしいのはいわずもがなだしね。
本日のパーティは夕刻より。午後六時から開始だ。給仕として料理の置かれた各テーブル付きの、行儀見習い中の各家の令息たちに、【月光の指輪】を貸与したよ。渡したのは私じゃなくて、ベニートさんだけれど。
【月光の指輪】は月長石の指輪で、【月光】の魔法を付術してある。半径五メートルほどの範囲を、光源不明の灯りで照らしだす効果のある指輪だ。
各テーブルについてもらえば、パーティ会場であるホールのほぼ全域をカバーできるだろう。
この指輪は販売目的で量産したものだ。いや、灯り系の魔法は制限時間がある分、微妙に使い勝手が悪いからね。魔道具なら、装備している限り効果を発揮するからね。
さて、あとはパーティのはじまる直前に蒸し器を火にかけて、揚げ物を揚げ始めれば丁度いいだろう。
あ、そうだ。半ば冗談でつくったバナナ春巻きを食べてみよう。パーティには出す予定じゃない奴。半分に切って、細めに形成したバナナをそのまま春巻きの皮で包んだだけの代物。
なんという手抜き。
油の温度を確認し、じゅわーっと。生でも食べられるんだから、皮がパリッと揚がれば、それで出来上がりだ。揚げ時間は天ぷら並みに早いぞ。
鍋からバッターにあげて、油を切り、手で問題なく摘まめる程度に冷めるのを待ってから、いざ、実食。
パリッとした皮の歯ごたえに、バナナのねっとりとした食感。長時間揚げた訳じゃないから、バナナ自体は熱くなりすぎていたりはしない。
うん。普通に美味しいな、これ。好みがでるかもしれないけど。
いや、バナナは美味しいから、美味しいのは当たり前なんだけれど、なんていうの。火を通したことで、また別の美味しさになっているんだよ。皮のパリパリした感じもいいし。バナナに接してちょっとフニャッとなっているところは私の好みにバッチリとあっている。
加熱処理が必須のほうのバナナで作ったほうがいいのかな? いや、そうすると揚げ時間を伸ばさないと駄目かな。
まぁ、そっちのバナナは育てる気がないから、どうでもいいか。
……ナタンさんが私をじっと見ている。
「……食べます?」
「もちろんだとも」
なんという良い返事。
お皿に揚げたてのバナナ春巻きを載せて渡す。
ナタンさんがパリっと音を立てて一口食べ、目を見開いた。
「これは?」
「バナナという果物を揚げたものですよ。果物ですから、揚げる必要もないんですけれど、ちょっとお遊び気分で作ってみました」
あ、果物っていっちゃったけれど、バナナってスイカと一緒で野菜だっけ。ま、美味しいからいっか。生で食べるのとはまた違った感じだし。
ナタンさんにバナナを一本渡す。
「……ふむ。生でも美味いが、個人的には揚げた方が好みだな」
あー、分からなくもないなぁ。
「火を通すと甘みが増すんですかね? リンゴなんかはそうですけど」
「ふむ……他の果実も揚げてみるか?」
「汁気の多いものはやめた方がいいような気がします」
思い出したぞ、いちご大判焼きの悪夢を! 火を通したいちごは悪だ! ジャムとかソース以外。
そして、いつの間にやら周囲に集まってる料理人とメイドさんたち。
「残念ながら皮の生地がもう品切れです。なので、誰か作ってください」
いってみたところ、一斉に視線が副料理長に集まった。
副料理長は笑って肩を竦めると、いそいそと小麦粉を練る作業に入った。
それじゃ、私はバナナをだそう。
バナナはまだ沢山あるんだよ。ほら、私が収穫すると三~四倍に増えるから。女神さま方も消費しているけれど、それを差し引いてもまだ大量に私のインベントリにはいってるからねぇ。
なにせ収穫は三回もやったから。
正確には数えてないけれど、多分、五百本くらいあると思う。とりあえず、五十本も出せばいいかな。忙しくなると、ゆっくり食べてる暇もなくなるし、それを考えるとバナナは本当に優秀な栄養源だよね。
かくして、パーティのはじまるまでの僅かな空き時間は、みんなでバナナ春巻きを食べていたのでした。
感想、誤字報告ありがとうございます。