30 後ろから見ても遮光器土偶
疲れた。
まさかリスリお嬢様があんなにゴネるとは。
愛想もロクにない私なんぞといても、面白くないでしょうに。
……まさか泣かれると思わなかった。
いや、わんわんと泣いたわけじゃないけどさ。
こう、ポロリと涙を零されたりするとかなりキツイ。私でも心が痛いです。
【看破】が反応してなかったしね。とはいっても、女の子の涙ひとつでこれとは、私は相当チョロいんじゃなかろうか。ひとりで生きていけるのかな?
それにしてもなにが気に入ったんだろ? やたらと抱き着いてきて、胸に顔をうずめてたりしてたけどさ。
気持ちがいいものなんですかね? 私の胸。
それともうひとつ困ったことというか、『私にどうしろと?』という相談事がシモン隊長から来たんだよね。
あの三人にディルルルナ様のおしおきが下ったらしく、かなりまいっているらしい。
なんでも味覚が無くなったとか。
味覚障害とか、ディルルルナ様、地味にキツイお仕置きをしましたね。
まぁ、私としては殺意をガスガス突き立てられていたので、一切同情しないけど。まったくもってどうでもいいから、ざまぁとも思わないけど。
で、その結果、ロクに使えない状態だとか。
いや、そんなことをどうにかしてくれと云われてもねぇ。
怪我を治す薬とか、病気を治す薬に毒消しとか、耐冷耐火耐雷の薬なんてものもあるけれど、さすがに神罰をどうにかする薬はありませんよ。
仕方ないので――
「ディルルルナ様にお赦しを願うしかないんじゃないですか?」
とだけ云っておいた。そうしたら『そうだよなぁ』と、うなだれてたけど。
隊長さん、お疲れ様です。部下に恵まれないのは不幸でしかないよね。
でも他の領軍の兵士さんとか騎士さんを見た限り、まともだったんだけどな。
エメリナ様、なんでそんな外れ三人をリスリお嬢様の護衛につけたんですかね? 母子の確執なんてものがあるように見えなかったしね。
まぁ、なにかしら色々あるんだろう。
そうそう、エメリナ様には【照明】の呪文書を渡したんだ。早速覚えて、魔法を使ってたね。うん、まさにご満悦ですごいご機嫌だった。
……これでちょっと心配なのが、領主様が戻って来た時だな。新たなおねだりがあるのだろうか? さすがに三冊目は、なにかしらの交換条件が欲しいですよ。
まぁ、それは領主様が戻ってきてからだね。
そういえば、行きがけにゼッペルさんの所に寄ってベッドだけお願いしておいたけど、届いてるかな? 倉庫(仮)に入れておいてくれるように頼んでおいたんだけど。
てくてくと歩いて自宅前にまで到着。
うん。肝心なものを忘れていたよ。塀がないぞ。
これもゼッペルさんに頼まないと。木製にするか、煉瓦を積むか。それともいっそ植え込みにでもしようか。
そんなことを考えながら倉庫へ。
お、ベッドが置いてありますよ。シングルふたつとダブル……って、でっか。これ三人くらい余裕で寝られそうなんだけど。
これダブルじゃなくて、キングサイズってやつじゃないの?
手入れが大変そう。藁とかの定期的な入手法とかも今度聞いておかないと。
ではインベントリに格納っと。
それじゃおうちに入りましょ。
「ただいまー」
ただいまといえる喜び。あぁ、自宅があるって――
「おかえりなさぁい」
……は?
え、なんで返事があるの? え、どっかで聞いた怪談じゃないんだよ?
そもそもここ新築だよ。
あ、そういや人がいっぱい死んでるんだったねここ。
ちょっと怖くなってきたな。
【死者探知】を使ってみよ。
うん。反応はないぞ。あれ? じゃ、今の声はなに?
「どうしたのぉ? キッカちゃん」
バタンとメインホールの扉が開いて出てきたのは、黒髪に黒いドレスを身に纏った赤い目をした美人さん。
「ア、アンララー様?」
「来ちゃった!」
私の問いかけに、ニコっと笑って答えるアンララー様。
いや、来ちゃったって。そういえばディルルルナ様がアンララー様から連絡があるようなことを云っていましたけど、ご本人が来るなんて聞いてませんよ。
あああ、どうしよう。お茶とか、お茶菓子とか、用意なんてしてないよ。
試しで作って失敗した、ちょっぴり焦げたパウンドケーキならインベントリに入ってるけど。
オロオロオロオロ。
「ちょ、キッカちゃん落ち着いて!」
◆ ◇ ◆
「失礼しました」
ホールにテーブルと椅子を出して、現在アンララー様とお茶をしています。
テーブルと椅子はインベントリに何故か入っていたもの。お茶とお茶菓子はアンララー様がだしてくださいました。
お茶はテスカセベルムでも飲んだ、あのローズヒップっぽい酸味の強いハーブティー。お茶菓子はドライフルーツです。
こっちのお菓子事情はあまり進んでいない様子。いや、庶民には高値って状態なのかな。お砂糖とか高級品みたいだしね。
侯爵家で厨房借りてパウンドケーキを作ったとき、料理長さんにいろいろと聞かれたしね。
あ、パウンドケーキの型は、ゼッペルさんのお友達の、野鍛冶のダグマルさん(ドワーフ)に造ってもらったよ。刀剣鍛冶だったらしいけど、思うところがあって弟子にそっちを譲って、自分は野鍛冶、農機具やら小道具やらを造る方に転向したそうな。
ドワーフ=酒好きだから、甘いものはダメかと思ってたんだけど、そんなことはなかったよ。ダグマルさん、うまいうまいと、持って行ったパウンドケーキ一本、ひとりで食べちゃったからね。
で、アンララー様、その辺を知っていたらしく、パウンドケーキを所望されましたよ。インベントリにはいっていることも知ってるみたいで、結局、観念して出しましたよ。ちょっぴり焦げ焦げのパウンドケーキ。
火加減がさっぱりわからなかったから、焦がしちゃったんだよ。
炭火のオーブンの加減なんて、初見でわかるかい!
「味はさほど影響ないわねぇ。このくらいの焦げなら問題なさそうだけどぉ。炭化してるほどじゃないんだし」
「でも見た目の悪さが……。正直出すのは恥ずかしい出来ですよ」
お茶を飲みながら世間話。
……あれ? 本題はなんだろう? さすがにお茶を飲みに来たわけじゃないよね? 呪文書のこととかあるし。
「そういえばキッカちゃん、生活には難儀してるみたいねぇ。なんだか私と誤認されてるみたいだし」
「そうなんですよ。なんでなんでしょうね? 目の色が違うのに」
「あぁ、私の目の色は伝わってないのよぉ」
……は?
「え、なんでですか?」
「さぁ? まぁ、些細なことよぉ。それに、それ以上にその顔立ちも原因かもしれないわねぇ」
「はい?」
「お母様も云っていたと思うけど、アムルロスはキッカちゃんのいた地球の、別時間軸並行世界の地球なんだけれど、人類はアジア系? に派生できなかったのよねぇ。正確には、アレのせいで変質しちゃったんだけれどぉ。多分、鬼族とかが大和民族あたりなのかなぁ。でもあの子たちも彫りの深い顔立ちだしねぇ」
おぉう、そういえば、そんなことを聞いたような気がしますね。
「そんなわけで、キッカちゃんみたいなエキゾチックな顔立ちの人って、いないのよねぇ。あるとしたら、困ったことに私たちの立像くらいなのよぉ」
アンララー様が苦笑する。
って、立像? そういえば下から見上げる感じでしか見てないや。テスカセベルムだとしゃがみ歩きしてたし、こっちの礼拝堂だと、基本的に俯いてたしね。
……私の背が低いこともあるけど。
「あの、なんで立像の顔がそんな感じに?」
「多分私が原因になるのかなぁ。千五百年くらい前に、表現の在り方にデフォルメの意識が入ってきてね、その影響で絵画や彫像にもかなり影響がでたのよぉ。で、私はそれを結構後押ししちゃったからねぇ」
あぁ、アンララー様、芸術の女神様ですものね。それに、そういう変化を止める訳にもいかないでしょうし。悪いものじゃないですし。
「それが立像にも影響しちゃったのよねぇ。だから、それ以前と今の立像を並べるとこんな感じねぇ」
急に目の前に二体の立像の幻影? が現れた。
両手を胸の前で交差させるような恰好で、右手に三日月を、左手には逆手にナイフを持っている。
いま、まさに目の前にいる、アンララー様の立像だ。
……こうして見ると、結構物騒な感じの像だよね。
と、見るのは顔か。……うん。昔のはあれだ、ミロのヴィーナスとかダビデ像とか、ああいった雰囲気の顔立ちの像だ。
そして最近のものは、その昔のものの角を削り、かなりマイルドな感じに仕上げたように見える。乱暴な云い方をすると、未塗装フィギュア的な感じかなぁ。
両方とも彫像だからか、頬とかはかなりのっぺりした感じだ。だから、目鼻立ちの違いがはっきりと判るんだよね。
簡単にいうと、最近のほうのが凄く可愛らしい印象を受ける。
「正直、私とルナ姉さんの像が新しくなったら凄い評判がよくてねぇ。以来、デザインがこっちに変更されたのよぉ。やっぱり可愛らしさは必要なのねぇ」
それは教会関係者の人たちがダメだったんじゃ。
あれだ、どうせ祈るのなら可愛い方がいいとか、そういう動機なんじゃ?
「で、キッカちゃん、いまの立像と同系統の顔立ちだからねぇ。その上、ほとんどの人が立像は私たちの姿そのものと思ってるからねぇ」
「あれ? それじゃ私、生活しにくくありません?」
「私も一緒だから、なんとか多少は分散されるんじゃないかしらぁ。その為にこの体も新しく調整したのよぉ」
はい? 一緒? え?
「ほらほら、以前と顔立ちがちがうでしょう? キッカちゃんに似てない?」
「そういえば、顔立ちがちょっと日本人っぽいですね」
疑問を質問する前に問われ、それに答える。
というか、アンララー様、なぜあかんべーをしているんですか?
で、アンララー様の顔。うん。日本人としては、気持ち彫りが深いかな? っていう程度のメリハリの利いた美人顔。えっと、誰だっけ? クールな女医さん役をやってた女優さんみたいだ。
「キッカちゃんの今の躰をベースに造ってあるからねぇ。そのせいで似てるのよぉ。こっちで生活するのに、しっかりした肉体は必要だからねぇ」
「はい?」
さっきからいろいろと初耳ですよ?
こっちで生活って、やっぱり同居ですか?
「キッカちゃん、ひとりにしておくとちょっと心配だからねぇ。ほら、ひとりで森の側を旅してた時、泣きながら歩いてたでしょ?」
うぐっ。バレてる? というより見られてた?
うぅ、そうなんだよね。多分、ホームシック的なものだと思うんだけど。別に悲しいとか寂しいとか思ってた訳じゃないのに、涙が勝手にぽろぽろ出てきて止まんなくなっちゃったんだよね。二日間程度で落ち着いたけど。
「それに連絡手段として、誰かいたほうが楽だしねぇ。毎度教会で騒ぎをおこすのもアレだし。あ、いまここにいる私は分霊だから、女神のお仕事とかは気にしなくていいわよぉ。ここにいるのは端末みたいなものだからねぇ」
なんだか妙に嬉しそうですね、アンララー様。
「それじゃぁ、私のことはお姉ちゃんって呼んでねぇ。あ、妹でもいいわよぉ」
「いや、妹はさすがに」
「それじゃお姉ちゃんねぇ。あ、名前はララーでよろしくねぇ」
……もしかして、神様って相当退屈なのかな。よくよく考えたら、あの時、あんな気楽な感じで地下牢に集合していること自体異常よね?
そんな私の疑問なぞをよそに、アンララー様は妙にテンションが高い。
「それと、キッカちゃんにはこれをプレゼント。
……ふむ、折角だから、ちょっとデザインを変えましょう」
手元に飾り気のないバレッタを取り出したかと思うと、アンララー様は悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
直後、ただの金属の楕円形の板みたいなバレッタがウネウネと歪みはじめ、だんだんと丸い目がふたつ並んだようなデザインに代わっていく。
うん、見た事あるな。すごく見たことあるな。というか、いま被ってるな。
やがて出来上がったバレッタ。そのデザインは遮光器土偶の目の部分だ。
いや、目の部分だけだったら、ただの遮光器っていえばいいのか。
周囲をリベットを打ち込んだようにも見えるデザインの遮光器型のバレッタ。
遮光器型バレッタってなによ。別に穴が空いてるわけじゃないんだから。
くそぅ、なんか地味に可愛いんだけど、これ。でもモデルが遮光器土偶。
いや、仮面の方は気に入ってつけてるけど、これと一緒につけたらどうなんだ? 趣味を疑われそうな気が……。
前から見ても遮光器土偶、後ろから見ても遮光器土偶。
「それじゃ、ちょっと着けてみましょう。後ろ向いてねぇ」
アンララー様が私の肩を掴んで、くるんと反転させる。そしてどこからか出した櫛で髪を梳きまとめると、ぱちんとバレッタで髪を留めた。
「どぉ。髪の色はこれでいいかしらぁ?」
「はい? 髪の色がどう――って、青くなってる!?」
自分の髪を見て思わず声を上げた。色が青、正確には暗めの藍色になっている。艶のある艶消しのメタリックブルーの黒っぽいた感じ?
……うん、艶のある艶消しってなんだよ。でもそうとしか説明できないんだよ、私の語彙だと。
「髪の色を変えるバレッタよぉ。眉毛や睫毛も変化するからねぇ。あ、幻影の類だから、安心してねぇ」
あ、よかった。元からの色が変わったわけじゃないんだ。でも色が青か。
なんだろう、コスプレでもしている気分だよ。というか、この顔立ちでこの色は大丈夫なのか?
ま、まぁ、いいか。これでフードを被りっぱなしにしなくても済むし。
あ、でも仮面はつけておくことにしよう。素顔で歩くのはちょっと怖いし。
こんなヘンテコな仮面をつけた女なんて、誰もナンパとかしないだろうしね。厄介ごとなんてご免こうむりますよ。
また誘拐でもされたら、今度こそ全力で殲滅するけど。
ハハハ、下手に力を持つと増長するというのはこういうことか。
……ロクなことになりそうにないから、きちんと自重はしよう。
「はい、キッカちゃん、鏡。見た目はこんな感じになるわねぇ」
いつの間にやらすぐ隣に姿見が。そこには私がしっかりと映っている。
うん。変に明るい青とかじゃないから、おかしい感じはしないな。
まぁ、慣れれば問題ないか。というか、私、思っていた以上に黒髪にこだわってたというか、執着してたんだな。
髪の色をなんとかせねばって思ってて、この様だもの。
「ありがとうございます。これでフード生活から脱却できそうです」
「まぁ、見た目だけだからねぇ。私もその色に変えてっと。どうかしらぁ?」
アンララー様の髪色が、いまの私の髪色と一緒になる。
正直に云おう、第三者がみれば、きっと私たちは姉妹だと思うに違いない。
くるくると回って、アンララー様はなんだかご満悦だ。
「ふふー。これでお揃いねぇ」
「あの、アンララー様」
「ララーお姉ちゃん」
……。
あれぇ、なんかお約束な展開っぽいぞぅ。
面倒にならないうちに折れよう。
「ら、ララー姉様」
「あ、あれぇ? ま、まぁいいかぁ。それで、なぁに?」
「ララー姉様はここに住むのですか?」
「そのつもりだけどぉ。ダメ?」
「いや、構わないですけど、突然のことで驚いただけです」
「うん、よろしくねぇ。ちゃんと働くから大丈夫よぉ。というか、私の商会があるから、そっちの収入もあるしねぇ」
はい? 神様が商会? いや、なにやってんですか?
そんなことを思っていたら、説明してくださった。
商売目的ではなく、情報収集手段として用いているようだ。情報収集なんて神様だから簡単だろうとも思ったけれど、不要な情報ほど邪魔なものはないからね、必要な情報の洗い出しということだろう。それ以前に無駄なリソースを使いたくないのかも知れない。
なんでも、例のアイテム捜索の為に、三年前に立ち上げたそうだ。
「使われない限り、魔法の物品としての反応がない代物なのよぉ。まったく無駄に隠蔽してあって、ちっとも見つからなくてねぇ。
見つかったひとつはここのお隣、ナルキジャを祭っているナルグアラルン帝国から奉納されたのよぉ」
おぉ、映画とかだと大抵悪役にされる帝国。神様に奉納するとか、テスカセベルムとはえらい違いだね。
「まぁ、そんなわけで成果は上がってないんだけどぉ、商売の方は問題なく上手く行っててねぇ」
アンララー様が苦笑いを浮かべる。
「あ、なにか取り寄せたいものがあったら云ってねぇ。さすがに地球産のものは無理だけどぉ」
「いや、さすがにそこは弁えてますよ」
地球の物資を取り寄せ放題とか、チートもいいとこでしょう。正直、現状でもインベントリの中身が大概な感じですよ。
「それじゃキッカちゃん、これからよろしくねぇ」
アンララー様は私を引き寄せるとぎゅっと抱きしめた。
アンララー様、私より頭ひとつは背が高いから、丁度胸に顔をうずめるような形になる。
あぁ、リスリお嬢様、こんな感じだったわけね。なんだろ、凄い安心する。そういや女性に抱きしめられるなんて初めてじゃないか?
うん、今度はあんまり邪険にしないであげよう。リスリお嬢様の『なんでですか~』って云う仕草が可愛いから、つい抱き着きに来たのを躱したくなるけど。
「それじゃ当面の問題の、販売する呪文書の選定と、価格を決めましょうねぇ」
「あ、はい。お願いします」
「あとでノルニバーラも来るからねぇ。兄さん商売担当だからぁ」
「え……」
こうして、私と女神様の共同生活がはじまったのです。
誤字報告ありがとうございます。