298 基本的にお子様っぽい
王宮で屋台の案をあれこれと練った日の晩。人形……リリィがこんなことを云いだした。
『ご主人……鎧が欲しいです……』
……もの凄く分かりにくいけれど、これもネタ台詞か? なんとなーく、某スポーツ漫画の台詞が元に思えるんだけれど。
まぁ、こやつは元ネタを知らずに云ってるみたいだけれど。
『鎧なんかどうするのよ。あんた着れないでしょ。サイズ的に』
『リビングメイルの素体にする』
そういや、リビングメイルを召喚できるとかって云ってたわね。
……あれ? ということは、いまは召喚できない?
『できるけど、こんなんだよ』
リリィが右手を顔の脇に振り上げるような仕草でリビングメイルを召喚する。『いらっしゃーい!』と妙なイントネーションで掛け声を掛けていたのは無視しよう。えぇ、無視しますとも。どこの上方落語家だよ!
目の前に青紫色で描かれた魔法陣が現れた。幾重かの円を重ねて描かれた魔法陣は、外周と内周の帯となった部分がくるくると互い違いに回っている。そしてその帯の部分に、漢字でなにごとか記されているようだ。文章なのか、単体の文字の羅列なのかはわからないけれど。
いや、回転が結構早くてさ、判読できなかったんだよ。そして中央部分には、なんだか梵字みたいなマーク。常盤お兄さんは遊び過ぎじゃないのかな?
そこからぶわっと光の柱が立ち上ったかと思うと、次の瞬間には鎧が立っていた。
兜、胸甲、手甲、足甲、ブーツのみの鎧一式が自立している。手には剣と大型の円盾。腰の辺りから、鞘がぶら下がっている。腰が見えないけど。オープンヘルムだから、中身が空に見えると、もの凄い違和感を感じるけど。
……うん。腕甲とか腿甲の類がないね。おかげで腰回りはまる見えというか、中の人がいないから本当にスカスカだ。
でもこれはこれで、防御力? は高いんじゃないかな。当たり判定はないだろうし。
『見てわかる通り、装甲がないの!』
『そうね』
『無防備すぎるわ!』
は?
『え、なに? そこって、中身があるの?』
『あるに決まってるじゃない!』
『見えないんだけれど?』
『幽霊の類は見えるモノじゃないわ! 幽霊じゃないけど』
ちょっと失礼。と云って、腕の部分に手を触れてみる。
私の右手はリビングメイルの剥き出しになっているであろう、左腕の部分をすり抜けた。すり抜けたけれど、なにかを通り抜けたような感触が手にあった。
『いまのでダメージが入った!』
『ちょっと!?』
脆っ! 脆すぎるわよ! 使い物になるのこれ!?
『このままじゃ、いけない!』
こら、鉢巻をして飛び出して、米軍戦闘機に撃ち殺された女の子みたいなことをいうな!
あの映画、激しく演出を間違っていたと私は思うのよ。私的には。戦争の理不尽さと云うか、そんなのを表現しようとしたのかもしれないけれどさ。無駄死にのシーンにしても、出落ちみたいなのは駄目でしょ。しかもヒロインだよ!
『だから外装の鎧を新調したい!』
『リビングメイルとは……?』
生きてる鎧って、中身がないものだよね? これ、リビングメイルなの?
じっとりとした眼でリリィを見つめる。
よく考えたら、こいつもその類だよね。
そんなことを考えていたら、つんつんと鎧に肩を突かれた。
リビングメイルがなにやら身振り手振りでジェスチャーしてるけれど。
うん、わからん。君はまだ芸の域に達していないようだぞ。
ん? 筆記する仕草? 書くものをくれと?
面倒だからメモ帳とボールペンを物質変換で作り出して渡す。
……うん、順調に堕落の道を突き進んでないかな、私。
お、書き終わった? なにかな?
日本語で書いてある。お前もか。まぁ、いいや。えぇと、なになに、まだ鎧と一体化していないから、全裸でいるようなものだと。
この鎧を自身の体とするのは断固拒否する。とのこと。なるほど、こんなスカスカの鎧は嫌だということか。
『露出のない鎧がいいの?』
リビングメイル、頷く。
『軽装と重装だと、軽装のほうがいい?』
リビングメイル、首を傾ぐ。
『気に入れば、どちらでも気にしないってことかな?』
リビングメイル、頷く。なるほど。
とりあえず、露出の無い全身鎧を並べてみようか。
軽装は甲殻鎧だけだけれど。
ということで、ズラリと並べる。ただ、ドワーフ鎧だけは出していない。あれ、ディルガエアの近衛鎧に採用されているからね。出す訳にはいかないよ。デザインを変えれば問題ないんだけれど、そんなもの作っていないからね。
もちろん、どれも強化済みだ。
さぁ、どれがいい?
『オンリーワンなのはないの?』
『うん? 非売品の鎧ってこと?』
そういやひとつあるな。ヤバすぎて絶対出せない奴。まぁ、狂乱候の着ている鎧なんだけれどね。魔人の鎧。作るのに生贄まがいの物が必要なヤツ。
そういや、狂乱候は頭の角のせいで兜をつけられないんだよね。
それじゃ魔人の鎧もだそう。ついでだ、竜骨の鎧もだしたれ。これはそこかしこ隙間があるけれど。
『鎧として最高性能なのはこのふたつかな。どっちが防御力が上か忘れたけれど。』
竜骨のが上だったかな? ただ見た目があれなんだよね。刻削骨の鎧と違って、骨を組み合わせた鎧だから。
『こっちにしなさい!』
リリィが魔人の鎧を指差し叫んだ。
着ると、赤い紋様部分が微かに明滅するから、生きてる感はでるね。で、個人的には、魔人の兜は一番恰好良いと私は思っていたりするのよ。
リビングメイルも悩んだ末、魔人の鎧にすることにしたようだ。他にコレを着ているのは私の召喚する狂乱候のみだから、他所に迷惑を掛けることもない。
もしかしたら、他の鎧は私が売るかもしれないしね。……黒い鎧を黒羊に卸すことになりそうだし。打診がきてたからねぇ。
盗賊騎士の鎧でも作って渡そうかしらね。諜報には丁度いいかもしれないし。黒いし。見た目も恰好良い鎧だからね、アレ。隠密仕様だから、革鎧だけれど。
リビングメイルは鎧をマネキンから外すと床に丁寧に並べ、自分はその隣に同様に寝転がった。
お、ガチャって、鎧が転がったよ。で、魔人の鎧がなんだかしっかりした。
魔人の鎧がゆっくりと起き上がる。
おー。サイズ的には二メートル近い感じかな。でかいな、こうしてみると。
『武器はどうするの?』
『武器?』
『大型武器両手持ち? それとも盾を使う?』
お、リビングメイル自身、要望があるみたいだ。渡されたメモを見る。
大盾にメイス。また渋いな。大盾は作らないとだめだね。魔人仕様の大盾とか、異様なものになりそうだけれど。
とりあえず、盾は間に合わせで中盾を渡しておこう。大盾はサンレアンに帰ってから作ろう。あとメイスはこれね。
あ、丁寧にお辞儀されたよ。礼儀正しいな。主の人形とはえらい違いだ。
こいつ、基本的にお子様っぽいからなぁ。
『ふふふ、ご主人。これでもう安心だよ』
『何よ突然』
『ご主人は死なないわ。私が守るもの』
胸を張ってリリィが宣言した。
私は額に手を当て俯いた。
こんな時、どんな顔をすればいいのか、わからないよ。
★ ☆ ★
翌日。
庭の訓練場となっている一角から、ガキン! ガコン! と、派手な戦闘音が響いていた。
なにごとかと寝呆け眼で窓を開けてそちらを確認する。
……なんでバルキンさんとリビングメイルが殴り合ってますかね? いや、本気の戦闘じゃなく、実戦形式の訓練だっていうのはわかるけれどさ。刃引きした剣を使ってるみたいだし。
こうして客観的に観てるとさ、よく私、バルキンさんに勝てたよね。あまりに変則的だった、というのがうまく嵌っただけなんだろうなぁ。
実際、去年の試合の時は、倒すのは無理だって結論がでたわけだしね。だから勝つ方向で小賢しいことをしたわけだし。
しっかし、バルキンさん、あの大剣をよくもまぁ、あんなに小器用に振り回せるよね。大剣使いの戦い方なんて、大抵は大味で、付け入るスキがあるものなのに、普通の片手剣みたいに振り回してるし。いや、両手で剣を持っているんだけれどさ。半片手剣じゃあるまいし。
私の英雄スケさんだと、どのくらいの勝負するだろう?
いや、待て。なにがどうなって一緒に訓練してるの?
リリィが召喚したんだよね? そのリリィはどうし――リスリお嬢様が抱えてるね。
訓練場の隅っこのベンチに座ってるよ。
と、とにかく着替えて向かおう。
私は慌てて身だしなみを整えると、訓練場へと向かった。
『あ、おはよう、ご主人』
『いや、おはようじゃなくてさ……』
呑気なリリィに私は顔をしかめた。
こいつに訊いても無駄になりそうだ。
「リスリ様、おはようございます。一体、どういった状況ですか?」
「おはようございます。お姉様。いまは見ての通り、お人形さんの騎士がバルキンと模擬戦をしているところです」
「それは見て分かりますけれど、なんでそんな状況に」
そもそも、言葉が通じないのに、なにがどうなった!?
「お姉様のお人形さんが、あの鎧の肩に乗って屋敷内をうろうろしていたところ掴まえたのです。なにやらお人形さんが鎧を案内している風でした」
リスリお嬢様が答えた。
私は頭を抱えた。
『あんた、なにやってんの!?』
『拠点の把握は最重要事項よ』
『あんたはなにと戦ってるのよ!』
『……ご主人の不運、とかかな?』
なんだその云い回しは! というか、それを云われると、私は何も云えないんだけれど!
なんで私の不運はこうも仕事をしやがりますかね。
「このお人形はお姉様の作品ですよね?」
「いえ、神器の類です。元はアレカンドラ様に仇成す神がこの世界に送り込んできた尖兵ですよ。いまはもう違いますけれど。神様方がこの人形の性格を面白がりまして、安全なように改修したのですよ。で、なぜか私が預かることになりました」
「は? え?」
リスリお嬢様が目をぱちくりとさせて、リリィの両脇を掴んで掲げるように持ち上げ見つめた。
「神器、なのですか?」
「神の拵えた物を神器と定義するのならば、間違いなく」
『ご主人、通訳を!』
『あんたが神器って話』
おぉう、面倒臭いぞこれ。
「え、えぇと、いまのは」
「私の母国語です。なぜか神様が私の母国語だけをインスト……教え込んだみたいなんですよ」
そう答えると、リスリお嬢様は妙に神妙な顔で手の人形を見つめた。
「むぅ。ちょっとお話してみたかったのですけど、残念です」
お、リビングメイルがパリィした。つか、大剣の振り下ろしをいなし弾けるのか。私がやったら潰されそうだ。
あれ? これ、大盾を持ったら死に技術になるよ? いいのか? リビングメイル。
「そうだ! お姉様、私にお姉様の母国語を教えてください!」
「はい!?」
いきなりのリスリお嬢様の言に、私は目を瞬いた。
「いや、以前にも云いましたけれど、日本語を覚えても、まったくの無駄知識になりますよ。使いどころなんてありませんし」
「お人形さんと話してみたいです」
「そんなことに無駄な時間を費やすのはお薦めしません!」
そもそもコイツの話に実になる事なんてなんにもないし。
『ご主人、通訳を!』
『リスリお嬢様があんたと話したいそうよ』
『ご主人、六王国語を私に!』
『インストールされてないってことは、なにかしら理由があるんでしょ。私は頼んだりしないわよ!』
「お姉様? なにを……?」
『いえ、人形が言葉を教えろと』
「あ、あの、お姉様、言葉が……」
『え……あ、失礼しました」
さすがに即座に言葉を切り替えるのは難しいよ。どっちも言葉としては馴染んでるから。
あらためて、人形が騒いでいる理由を話す。
「私とお人形さんの要望は一緒ですよ!」
『ご主人、トキワさまに請願を!』
「いや、ですから……」
あぁ、もう。本当、これ、どうしたものか……。
私はがっくりと肩を落とし、ため息をひとつついたのでした。
感想、誤字報告ありがとうございます。
※『」となっている部分がありますが、ミスではありません。
※バッソ:バスタードソードのことです。