297 屋台ですか?
とりあえず、新興宗教の連中は放置の方向で。こっちに関わって来たら対処しよう。
勲章伝達式も終わって、貴族の皆様は社交シーズンともあって、毎日いろいろなところでパーティが開かれているよ。私には関係ないけれどね。
本日は五日。ダリオ様はまだ到着していないけれど、アレクサンドラ様は王都に入都したよ。オスカル様とパーティ巡り? をするのだそうだ。
オスカル様の相手を品定めすると息まいていたよ。令嬢同士の交流はあるみたいだけれど、令嬢の数なんて、それこそ星の数ほど……は云い過ぎだけれど、いるからね。
……そういやリスリお嬢様は、あまりに煩わしいからって、ロクに他家の令嬢と交流をしていないんだよね。大丈夫なのかな?
……エメリナ様の跡を継いで、商売関係を仕切るなら問題ないのかな? 嫁入りはしないとか云っていた気がするし。
さて、私はと云うと、またしても王宮にお呼ばれしていますよ。二月に競馬のプレ大会が行われたわけだけれど、今年の芸術祭から本格的に定期的に開催するのだそうだ。
で、貴族だけでなく、一般の人たちも賭けに参加できるようにしたのだとか。
身を持ち崩す人がいなければいいけれど。一攫千金を手にする人とかがでると、こぞって賭けて、泥沼に沈むがごとく嵌る人がでそう。
……でそうじゃなくて、でるな、きっと。ダメ人間はどこにでもいるのだ。
それはさておいてだ。自己責任だしね。本日のお呼ばれはエメリナ様と一緒ですよ。
この時点で、なにかしら商売絡み(飲食絡み)というのが分かりますよ。今回はいったいなんだろう? 競馬での食事関連なら、サンドイッチでいいことになったんじゃなかったっけ?
「屋台ですか?」
王妃殿下、オクタビア様から一通りの話を聞き、私は確認の問いを口にした。
「そう。貴族と同じもの、とすると、小うるさい輩がいるのよ。舌先三寸で言いくるめるのも面倒だから、それなら別のものにしてしまおうと思っているの」
ふむ……。というか、まったく別のことが気になって集中できなくなった。私の頭はなにを『舌先三寸』と翻訳したんだ?
あぁ、私はこっちの言葉はマスターしているんだけれど、思考は日本語でやってるから、聞いたものを日本語翻訳で処理するって云う、面倒臭いことをやっているんだよ。
面倒臭いといっても、無意識にやっていることだから、さほど気にすることもないんだけれどね。若干処理にラグが起こるくらいで。
さて。屋台か。サンドイッチ以外のものを提供しないといけないわけだ。
あれ? ということはだよ。
「イリアルテ家で屋台関連を取り仕切るんですか?」
エメリナ様に訊いてみた。
「いえ。一般からの抽選が殆どね。しっかりした屋台も必要と云うことで、飲食店を経営しているところに出店の要請もしているけれど。
その関係で、イリアルテ家も屋台を出すわよ。冒険者食堂出張所、みたいな感じで」
しっかりしたって……まぁ、屋台のほとんどが串焼肉の屋台になりそうだしねぇ。あとは……あのジャムを塗ったバレ餅。あれは美味しかったな。ナンにジャムを塗ったようなヤツね。
ふむ。となると、串焼肉の類以外のものを考えた方が良さそうだね。
そういや、串は普通に売ってるんだよね。竹製。木材とは別枠扱いにされてるみたい。そう、竹はあるんだよ。どこで栽培されているのかは知らないけれど。矢軸の素材も竹だしね。
「キッカちゃんのいたところでは、屋台はどういったものがあったのかしら?」
「屋台ですか? いろいろありましたよ。屋台と云って、まっさきに思い浮かぶのはラーメンの屋台ですね。でも器の問題がありますから、今回の出店には向きませんね。他には……」
なにがあるかな……。ホットドッグは、パンがネックか。柔っこいパンはこっちじゃ主流じゃないからなぁ。腸詰はすぐに作れるけれど。
あ、アメリカンドッグがあったよ。あれならソーセージに衣つけて揚げるだけだ。
あとは、お祭りの屋台を思い浮かべると、焼きそば、イカ焼き、タコ焼き、焼きトウモロコシ、フランクフルト。甘味ならリンゴ飴に、チョコバナナ、そうそう、忘れちゃいけない綿あめ!
「キッカちゃん、綿あめってなに!?」
いきなりエメリナ様に肩を掴まれた。
「あ、あれ? 声に出てました?」
「出てたわねぇ。ほかにも気になるものがあったけれど。チョコバナナとか聞いたこともないわねぇ」
オクタビア様まで。そういや、バナナは農研に回したけれど、収穫は再来年くらいだろうしねぇ。それ以前にチョコがないよ。私が持っているモノ以外には。
「えーっと、チョコバナナは素材の関係上、ちょっと難しいですね。まだバナナは農研でも試験栽培中でしょうし。綿あめは……作るのはできますけれど、屋台を工夫しないと、周囲が大変なことになると思います」
「周囲が大変って、飛び散ったりするの?」
「飛び散りますねぇ。ちょっと作ってみましょうか。多分、なんとかなると思うので。あ、コンロを覆う壁になるようなものを準備していただけるとありがたいです」
と、それとだ。多分レシピの問題もでてくるか。
「これ、レシピはどうしましょう?」
「買うわ!」
エメリナ様、即決ですか!? というかですね――
「いや、まだ現物を見てもいないじゃないですか。まぁ、購入される場合の扱いを聞きたかっただけですけれど。ほら、多分、料理長さんとかも見るじゃないですか」
ここ、王宮だし。
「あぁ……王家では買うことはしないけれど、ルイスが騒ぎそうねぇ。いまだにカニクリームコロッケを作れなくて、悶々としているみたいだし」
多分、揚げるところで躓いているんだろうなぁ。冷やして固めるだけなんだけれど、その方法がないからかなり難しいんじゃないかなぁ。
冒険者組合で杖の素体を手に入れて、教会で冷気魔法の杖を作ればなんとか、って感じだろうけれど。
そもそも、魔法の杖=武器、って認識だから、調理に使おうって発想が出てこないんだろうな。
……教えないけど。
で、レシピの扱いはというと、イリアルテ家が購入。王家がいくばくか料金を支払い、王宮のみで使用可能としたみたいだ。王宮限定で格安とのことだよ。単に形式的なものらしいけれど。
「あ、云い忘れていましたけれど、多分これ、一目で盗めますからレシピの販売云々はなくても構いませんよ」
「キッカちゃん。さすがに立場的にそういうわけにもいかないわ。それとね、キッカちゃんはもう少し貪欲になりなさい」
なんかエメリナ様にしみじみと云われた。
あれ?
★ ☆ ★
さぁ、綿あめを作ろう。作ったことはないけれど、作り方は知ってる。
能力ドーピングをしておこう。技巧と知力を上げておけば、なんとかなるでしょ。
さて、綿あめを作るには、遠心力で熱したお砂糖を撒き散らして、それを芯棒……割りばしで絡めとって作り上げるわけだ。
肝となるのは、この遠心力を生み出す回転機構。これに関しては問題なし。以前、生クリームとか攪拌するのに、人力が面倒と思って作った電動……じゃなかった、魔導泡立て器が。
オートマトンのクルクル回るマニピュレータを改造して作ったものだよ。
こいつの泡立て器部分に穴を開けたカンカンをくっつけて、中にザラメを放り込んでやればいいだろう。
周囲を覆っておかないと、辺り一面砂糖だらけになるから、覆いだけはしっかりしておかないとね。
そんなこんなで、即席だけれども綿あめ用にコンロを改修。簡易ながらも屋台のような形になったよ
回転機構部分が発熱するような仕様はもちろんないから、コンロを使うわけだ。だから上からマニピュレータがぶら下がっていて、カンカン部分をコンロで熱する感じになる。カンカンの部分は、金属製のマグカップを使ったよ。
とりあえず作ってみよう。
……周囲にギャラリーがいっぱいいるけれど。さすが王宮というべきか、イリアルテ家の比じゃない数なんだけれど。
まぁ、いいか。実際、周囲からは見えないしね。
コンロの周囲の覆いは、金属板で覆われたよ。この金属板はなんだろう? なんに使うのかな?
……あぁ、コンロの蓋。使っていない時に被せるんだ。そういや、家にもあるや。使ったことないけど。隅っこで埃……は被っていないけれど、放置されてる。
それじゃ、ザラメを放り込んで、マニピュレータを起動。魔石を入れてスイッチオン!
くるくるとカンカンが回りだす。
熱が通って、穴から溶けたザラメが飛び出してくるまで待ってと。
それじゃ、芯棒を準備しよう。
割りばしなんてものはないから、串焼き用の金属製の串を使ってつくるよ。もうちょっと太い方がいいんだけれど、贅沢は言うまい。
頃合いをみて、串を突っ込み絡めていく。
お、お? 結構難しいな。えーっと、こうか。
すぐにコツを掴めて、初めて作ると云うのに、しっかりとした綿あめが出来上がっていく。
こうしてみると、能力ドーピングのヤバさがわかるな。
よし。こんなものかな。
「綿あめができあがりましたよ。日持ちはまったくしないので、出来上がったらその場で食べるのがいいんじゃないですかね」
「お砂糖がほんとうに綿みたいになるのねぇ。日を置くとどうなるのかしら?」
「ぺしゃんこになって溶けますね。なかなか悲しいことになりますよ」
出来上がった綿あめをエメリナ様に手渡す。サイズは普通の綿あめサイズだ。
「甘い……まぁ、お砂糖だものね」
「なんだか雲を食べている気分になるわねぇ」
オクタビア様とエメリナ様が、綿あめを千切って食べている。屋台用の料理ということで、作法云々は脇に置いたみたいだ。
そういや、砂糖菓子はけっこうあるよね。金平糖とか、カルメ焼きとか。カルメ焼きはともかく、金平糖は作るのが大変かな。
「これは屋台で売るにはいいわね。買った人がそのまま宣伝になるわ」
「問題は、機械のほうかしらねぇ」
「今作ったそれでよければどうぞ」
お二方に凝視された。
「……値段は?」
「いやですね、エメリナ様。私に適正な値段をつけられるわけがないじゃないですか」
近衛の鎧でもやらかしたらしいし。いや、あれは、アレクス様がやらかしたことになるのか?
「魔道具となるわけだから、相応の値段が……」
「ただ回転するだけの部品を改造しただけですよ」
「エマ、他の機械系の魔道具の値段と照らし合わせて、適正価格をつけましょう」
なんだか話し合いがはじまったよ。綿あめの屋台は決定かな? となると、次は綿あめ職人の育成なんだけれど、地味に難しそうだし。
「キッカ殿、私も作ってみていいかね」
料理長さん……えっと、ルイスさん、だっけ? が私の所にやってきた。なんだか強面をワクワクとさせているよ。
「どうぞ。あ、お砂糖を入れるときには気を付けてくださいね。まだ熱いと思いますから」
「おう。……ここに砂糖を入れればいいんだな?」
「はい。スイッチは上の、この部分です。魔石はさっきセットしたものでまだ十分つかえますから、スイッチを入れるだけで作り始められますよ」
かくして、料理長さんが綿あめづくりを開始した。……なんだか苦戦してるな。というか、普通はこうなんだろうね。初めてでいきなり立派なものを作れるのがおかしいだけで。
指輪ひとつで超人レベルになるからなぁ。そりゃおかしくもなるか。
あぁ、そういえば、こうして機械で熱してっていうやつなら、ポップコーンがあったや。そっちの方が簡単だったね。ポップ種のトウモロコシさえあればできるもの。
今度、クリストバル様に入り用かどうか訊いてみよう。ついでに普通のトウモロコシも。
いわゆる主食枠の食材が増えれば、それだけ食の幅は増えやすいからね。
そんなことを考えながら、料理長さんがつくるいびつな綿あめを、私は眺めていたのでした。
誤字報告ありがとうございます。