296 あとは……アマンダ!
「その時は、オーキナート様と同様に、人類の敵になるわねー」
ルナ姉様が天丼に舌鼓を打ちつつ答えた。
天丼と云っても、載っているものは海老天ではない。……いや、海老天といえば海老天になるか。正確には、海老とゴボウのかき揚天だ。
ゴボウを調理に使うにあたって、それそのままに分かるような料理よりは、かき揚みたいに分かりにくいものがいいと思ったのよ。
あと、実際的な問題として、海老天がちょっとね。作ることを断念したんだよ。
いや、ジョスランさんに海老をお願いしたらさ、伊勢海老かロブスターか、っていうような感じの海老を届けられてさ。個人での注文だから、特別に魔道具を使って鮮度そのままに送って貰えたんだよ。
なんか、小さいのは漁の対象外らしくて、手に入るのが基本そのサイズなんだって。というか、このデカいのが沢山いるのか……。
五十センチ近いサイズの海老をさ、天ぷらにして丼に載せるとか無茶だからね。やるとしたら、海老をいいサイズに切り分けて天ぷらにして、丼に載せることになるけれど……。
一応、試しに刻んだものを揚げたさ。で、揚がったものをみて真っ先に頭に浮かんだのがね、イカ天かな? なんだよ。
切り方が悪かったのかもしれないけれどさ。
うん。現実から目を逸らすのを止めようか。
まぁ、だいたい察してはいたんだよ。
神様方のお仕事は、惑星の管理。で、このアムルロスの場合、世界獣なんてものが落っこちているため、それに干渉するものが無い様にも苦心している。
その一環として、人類への過干渉があるわけだ。世界獣へと干渉しないように管理している。
そのために文明が過度に発展したりしないようにしているわけだけれど、それが過ぎて文化面の伸びが偏ったりしていたわけだ。
ほら、私に食文化の促進云々の話が来たでしょ。あと、魔法の頒布もそれに繋がるんだよ。まったく発展させないわけにはいかないし、下手に促進するとロクなことにならないから、私が丁度よかったわけだ。
文明の発展って、人が堕落するために必要な物を作ろう、ってところから始まるものだ。その必要、需要を魔法で埋めてしまえば、それが発展する速度は激減する。上手くいけば停滞するほどに。
これまでは、ダンジョンから産出する物品がそれを行っていた感じかな。
この辺が上手くいくと、後の懸念は人類の人口抑制くらいだと思うし。
……まさかと思うけれど、今回の騒動で宗教戦争じみたことを起こして、人口を減らそうとか考えてないよね?
そこまで人類の数は多くないよ? ダンジョンの暴走災害やらなんやらで人は結構バタバタ死ぬし。
「人口のコントロールは余程のことがない限りやらないわよー。放置しておけば、勝手に殺し合って減るしねー」
あはは、筒抜けだよ。
とはいえ、確かにそんな感じか。実際、私の命もゴミくず以下の扱いされてたわけだしね。
……そういえば、私が殺された場合はどうなるんだ?
死んだ時点で、神様側に完全に移行することは確定しているわけだけれど。報復の許可がでるなら、私の事だ、面白がって変なことするぞ、きっと。その時点で何を思いつくか分からないから、なにをやらかすのかは分からないけれど。
「ところでキッカちゃん。天丼って、意味はあるの?」
「なんですかいきなり」
「だってー。これ、天ぷらとご飯を別にしていてもいいんじゃないかなー。ご飯と一緒に口に運ぶわけでもないしー」
あぁ、確かに、他の丼物と比べると、天丼はそんな感じだよね……。でもそういうものだと私は思ってたからなぁ。
そういう違和感だと、お高いうな重なんかは、ウナギとご飯が別々になってるんだよね。うな重の良さは、ご飯に掛けられたタレと、ご飯の暖かさで程よい温度が保たれてるウナギだと私は思うのよ。
そのウナギをお箸でほぐすように切って、ご飯と一緒に戴く。
それを、ご飯とウナギを分けて配膳して、ウナギが冷めるような真似をするのはうな重の美味しさをスポイルしているのではないかと。
いや、そうじゃなくて天丼。
「私はそういうものだと思っていましたからねー」
「そういうものって思った方がいいのかしらねー」
「そういえば、天ぷらとご飯といえば、天むすなんてものもありましたね。私はあれ、納得いかなくて気にくわないんですけど」
「……それはなにかしらー?」
「天ぷらを具材にしたおにぎりですよ」
【菊花の奥義書】に記載されている画像を見せる。
「食べにくそうねー」
まぁ、海老の尻尾が飛び出しているしね。
それから世間話を少しして、私は王都のイリアルテ家へと戻った。
あ、今は八月一日の夜中……もう、二日の早朝かな?
例の【陽神教】への対処に関して、ルナ姉様に連絡をとったところ、サンレアンの自宅に呼ばれたんだよ。で、ご飯を作って一緒に食べてた。ララー姉様は不在。レイヴンとリンクスを動かしてたみたいだ。
神様方は【陽神教】に関しては放置の方針のようだ。ただ、教会の者がそれに対して行動する場合は、止めることもしないとのこと。
例外事項としては、バッソルーナの連中がやらかしたように、教会の破壊だのなんだのをした場合は、全力で叩き潰すとのことだ。
ということなので、私もそれに倣うとしよう。
とりあえず、私自身に実害がない限りは放置だ。変な勧誘があっても断る方向で。その後で実力行使じみたことをされたら、全力で殴り返すと云うことで。
よし。そうしよう。
さて、ベッドに入ろうと思ったんだけれど、リスリお嬢様とイネス様が占拠してるんだよなぁ。ふたりして抱き合っているのは、多分、私を抱き枕にしているつもりなんだろうなぁ。
そういや、女神様方にしろ、お嬢様方にしろ、やたらと私に抱き着くよね。抱き心地がいいのかな、私。
まぁ、自分じゃわからないや。
『お帰りなさい』
『ただいま。変わったことはあった?』
サイドボードの上に腰掛けさせて置いた人形に確認する。
『なにもなかったー』
右手を挙げて、人形が元気に、だが声をひそめて答えた。そして言葉を続ける。
『ご主人ご主人』
『ご主人って……まぁ、いいか。なぁに?』
『名前をください!』
あぁ、そういやつけてなかったね。どうしようか?
……。
『アナベルとかどう?』
『……なにか不穏な物を感じる』
『君のような勘のいい人形は嫌いだよ』
『ちょっと!?』
人形が立ち上がった。
『なんなのなの!?』
『一応、とある人形の名前よ』
呪いの人形として有名な人形だけれどね。
『あんた、自律して動いているし、丁度いいかなって』
『やり直しを、やり直しを要求する!』
『しょうがないなぁ』
こめかみに指を当て、頭の中で相応しい名前を探す。
『えーっと、ロバートは男性名だから却下でしょ。マンディーはおじいちゃんだっけ? エミリア、べべ、キャロライン、ジュリエット、あとは……アマンダ!
どれがいい?』
『……謂れは?』
『全部呪いの人形』
『やめて!』
人形が頭を抱えて身悶えている。
もう、十分に呪いの人形だと思うんだけれどなぁ。
『私、呪われてなんかないから!』
『呪う方だからね』
『呪うなんてできないから!』
むぅ。しょうがないなぁ。
『それじゃ、なにか花からつけてあげるわよ』
『お願いします。ビーちゃんみたいなのをお願いします』
花言葉から選ぼうか……。
……。
……。
……。
『リリィでいい?』
『リリィ?』
『この花ね』
奥義書で百合の花を見せる。
『……変な謂れとかない?』
『桜じゃあるまいし。ないと思うわよ。少なくとも私の知る限りは』
『桜の謂れって?』
『根元には死体が埋まってる』
人形が驚愕の無表情を見せる。
常盤お兄さん、変な演出とか加えてなかったんだよね。さすが常盤お兄さん、よくわかっている。
『で、どうする?』
『それでいい』
ということで、人形の名前はリリィに決定。
尚、ユリを名前にしたのは、その花言葉が『陽気』『愉快』だったからだ。
黒百合だと『呪い』って花言葉もあるけれどね。
誤字報告ありがとうございます。