294 キャベツを斬ります!
21/01/06 台詞抜けを修正しました。
はぁ。やっと解放された。
教会の重鎮三名と会談なんて、気疲れしかしませんよ。唯一の救いは、日本語と違って、尊敬語だの謙譲語だのないから、普通に丁寧に話していれば無礼にならないということだ。
こうしてみると、日本語はとことん面倒臭いな。
さて、話した内容はというと、例の新興宗教のこと。ここにきて、教会でも問題視をし始めたみたいだ。
勇神教から離脱した連中が興した宗教団体で、【陽神教】と名乗っている。で、そこの下部団体として【女神の剣】、【女神の盾】、【恵の光】他諸々、多数の宗教団体ができているとのこと。大半は資金稼ぎのための団体。
この辺りの事は、ここに来るまでにエリーさんから聞いたね。
そして【恵の光】が信者を集めている団体。そこかしこで問題を引き起こしているそうだ。
私に一番接触をしてくる可能性のある団体なので、気を付けるようにと忠告されたよ。
うん。新興宗教は嫌いだよ。私自身も一度、迷惑を掛けられたしね。基本的にあいつら、会話ができないんだよ。
話したこともないクラスメートが話しかけて来たと思ったら、宗教の勧誘でさ。教室で取り囲まれて延々と、いかに素晴らしいかを話すんだけれど、もう突っ込みどころ満載の、脳みそお花畑で矛盾だらけの話なんだよ。で、そのことを指摘するとね――
「それは、あなたの心が穢れているからです」
とか大真面目な顔で云うわけ。仮にも勧誘している相手を罵倒するとか、どうなんだろうね?
私は基本的にそういった宗教は大嫌いだ。今云った経験もそうだけれど、じっちゃんのところは家庭崩壊したからね。息子さん夫婦と縁切りしたって云ってたし。
それじゃ、七神教もそうだろ? って云われそうだけれど、七神教はどちらかというと、自然崇拝みたいな宗教なんだよ。いうなれば日本の神道に近い? だから変な教義とか面倒な戒律がないんだよね。ぶっちゃけ、自然を畏れ、清く正しく生きましょう、が基本の宗教だから。かなーり緩いよ。
で、他にはお酒のことで質問をされたよ。
ほら、地神教の祭祀の時に使うように、たんぽぽ酒を提供したでしょ。それを生産するようにルナ姉様が指示もしてたし。その生産の為に、レモンを栽培することになったから、その栽培方法に関しての確認をされたんだよ。
なんでも、ミレレス男爵領で大々的に果樹園をつくるのだとか。
前教皇猊下の嫁ぎ先だそうな。男爵様が教皇猊下を娶ったのか。凄いな。教会と国家は別物だけれど、身分的なことを考えると……ねぇ。
教皇猊下って、たしか国王陛下より身分的には上ってことらしいし。
ちょっと興味あるけれど、訊くのは止めておこう。藪蛇になりそうだ。
私の結婚相手だのなんだのって話に成ったら面倒なことこの上ないからね。
ついでに月神教の方のお酒のことも訊いてみたよ。ララー姉様が神託をだしてると思うんだけれど……。
あれ、まだみたいだ。折角だから渡しておこう。でもこれ、アンラで生産するのは難しいよね? ミストラル商会がカカオ豆を卸すのかな?
……そういや、南方に農場を持ってるようなことを云ってたけれど、どの辺なんだろう? ノルヨルムじゃないことは確かだけれど。
む? あぁ、いま月神教本部は、黒百合を育ててるのね。上手く色がでてくれるといいけれど。ある程度寒くないと、黒色がでないみたいだからね。
★ ☆ ★
夕方になりましたよ。
お酒を出さなければよかった。いや、自業自得なんだけれど。あのあと飲み会みたいなことになっちゃってね。
まぁ、皆さん分別ある方々だから、酔うような飲み方はしていなかったけれどさ。どちらかというと利き酒……っていうんだっけ? そんな感じになってたよ。
私? 飲まないよ。飲んでないよ。なにやらかすかわかったもんじゃないのに飲めないよ。
あの方々に対してやらかしたら洒落にならないもの。
シドニー様が真剣にお酒の生産部門を起ち上げることを検討していたよ。検討して、すごい渋い顔をしていたけれど。
……ほら、人が思いっきり減ったからさ。責任者の立場になれる位階の人たちが。主に私のせいで。
このところ教会絡みで、組織が潰れたり人が死にまくったりしてるのって、原因が全部私なんじゃないかな?
こう云うと、私は疫病神なんじゃないかなと思うよ。でもただの被害者なんだけれど。与り知らぬ理由で殺されそうになっただけだからね。
……報復したけれどさ。
それはさておいて。教会をでたところで、今度はイルダさんに私は捕まった。ジェシカさんがイリアルテ家に連絡をしていたらしく、イルダさんとバルキンさんが迎えに来てくれたよ。
王都に来るたびに厄介になるものなんだよね。本当に王都に家を買おうかな。お金が無駄に貯まってるから、さすがに使わないと駄目な気がするし。
すっかり見知ってしまったイリアルテ家の王都別邸に到着。リスリお嬢様、イネス様、エメリナ様の順番に抱き着かれた。
西洋の挨拶? とかだと、映画とかで見た限りだと抱き合ったりしていたりするけれど、そんな感じじゃないんだよ。なんだろう。ぬいぐるみを抱える感じ?
イリアルテ家の女性陣にとって、私は愛玩動物枠なんじゃないかという気がしてきたよ。
そしてエメリナ様からの依頼がひとつ。今年も芸術祭で料理勝負イベントを行うのだそうだ。そこへ前回と同様にゲスト枠での出場を依頼されたよ。
今回はお芋がテーマだそうな。
あ、王都ではジャガイモが出回り始めたそうだよ。まだまだ数が少ないため、一般には渡らずに、レストランとかが買い占めているみたいだけれど。
イリアルテ家関連のレストラン……冒険者食堂は、独自に栽培しているから、そういった買占めには参加してはいないそうだ。
ほら、以前、私がジャガイモ尽くしをやったじゃない。その時にいくつか種芋を確保して、いまでは自給しているのだそうだ。さすがに全店舗を賄えるほどではないみたいだけれど。
なので、私にはジャガイモでなにか料理を作ってほしいとのことだ。
なにを作りましょうかね。どうせなら、ジャガイモ尽くしの時に作らなかったものを作りたいけれど……ほとんど作っちゃったんだよなぁ。
まぁ、なにか考えよう。
あぁ、それと、肝心なことを報告したよ。多分、ダリオ様から連絡が来ているとは思うけれど。
【アリリオ】の二十階層の攻略。
二十階層の不死の怪物はボスを含めて弱体化したので、攻略は……可能? あれ、数の暴力だからね。準備をしっかりしないと、かなりきついかな。
現状、ボスに辿り着くことも出来ない状態だったわけだしねぇ。
あ、そうそう。なんで二十階層だけ、ポツンと不死の怪物の階層があるのかを大木さんに訊いてみたよ。
答えは不明。
どうも大木さんの後任。例の名前を捨てた神様が変更調整したみたい。
「多分、中層の魔物のどれかに危機感を持ったんじゃないかなぁ」
と、大木さんは分析してたよ。
中層で出た魔物で厄介な奴って云うと、私が遭遇した中だと【首刈り兎】くらいなんだけれど。
……もしかして、アレ、外に出るとヤバイ? ダンジョン産の魔物は、ダンジョンからでると、不老不死状態から普通の生物として機能し始めるわけだけれど、まさか普通のウサギ並みに繁殖力があるとか?
だとしたら、洒落にならないんだけれど。アレの天敵なんていないだろうし。
こ、怖くなってきたな。これ、あとで大木さんに確認しておこう。
そういえば、ダリオ様がいないな。まだ王都入りしていないみたいだ。そのことをバレリオ様に確認したところ、王都入りは八月半ばになるそうだ。
多分、【女神の剣】関連の後始末だよね。ダリオ様、激怒してたから。まだ捕り物をやってるんじゃないかな。幹部の何人かはいまだに逃亡中らしいし。
「ふふふ。領地運営の厳しさをいまの内に知っておくといい。これも教育だ」
「仕事を押し付けたいだけでしょう?」
エメリナ様に云われ、バレリオ様は顔を強張らせていたよ。
「な、なに、アレックス嬢も一緒なのだ。今頃はイチャイチャしとるだろう」
「アレクサンドラ様、ほぼ連日、私の所に遊びに来てましたけれど」
私が答えたら、バレリオ様の顔がはた目にもわかるくらいに引き攣った。
「さすがに婚姻前に、嫁ぐことが決まったと云っても、現状他家であるイリアルテ家の実務を手伝うのはできないでしょう?」
「いずれはやることになるのだから、いまからやっても問題ないだろう」
「そういうわけにも行かないでしょう」
エメリナ様はため息をついた。
まぁ、社交シーズンに半ば出られないとしても、さほど問題はないだろう。情報交換の側面もあるけれど、それ以上に、年頃の令息令嬢がお相手を物色するのがメインのパーティだしね。
で、そのアレクサンドラ様だけれど、ドレスを数着頼まれたよ。サクッと縫ったけれど。今年は和ゴスをお願いされたよ。
和服の下部分。タイトになっている部分を、フレアスカートっぽく改造したもの。帯は和服そのまま。
洋装もいいけれど、振袖の雰囲気は素晴らしいものがあると、私は思うのよ。
アレクサンドラ様のあの様子から見るに、今年はこの和ゴスドレスを流行らせようと画策しているみたいだ。
そうして二十四日は終わり。翌二十五日。
おはようございます。キッカですよ。朝食を済ませて早々に、私は王宮へと来ていますよ。
目の前には国王陛下。そして、やや痩せぎすの中年男性。そのふたりを前に、私は云ってやったさ。
「効果音は大事なのですよ」
と。
なんの話かって? 演劇の話ですよ。
こっちの演劇ってさ、なんというか、演者のついた弾き語りみたいな感じなんだよ。オペラとかミュージカルっぽいともいえるけれど、そこまでのものじゃないしなぁ。なんていえばいいんだろ?
で、そんな感じだから、殺陣があってもほぼ無音なのさ。音声拡張の魔道具があるから、台詞に関してはよく聞こえるけれど、剣戟音なんかはないんだよ。
だから、その辺りを改善しましょうと、私は力説している次第。
あ、この痩せぎすのおじさんは、以前私が云って国王陛下が乗り気になった時代劇、【暴れん坊陛下】を上演する劇団の脚本家兼演出家さんだ。
「し、しかし神子殿、まさか本物の剣を用いての剣戟などは――」
「もちろん、危ないですから、木剣にメッキしたものを使いますよ。えーっと、国王陛下、多分、魔道具で音を記録して、自在にその音を再生できるものがあると思うのですよ。それに音を記録して、演技に合わせて出せばいいんですよ」
「ふむ……確かにそうだ。だが、剣を打ち鳴らすのは問題ないが……」
んん??
「戦いのシーンとなれば、最後は斬られるわけだろう?」
「あぁ、斬った時の音ですか」
「こう云ってはなんですが、肉を斬る音というのは……」
あぁ、あんまりいい音しないよね。斬った、という感じはしない。観る側は完璧なリアルを求めているわけじゃないからね。そこは過剰な演出と云うか、斬った、というのがはっきりわかる音が欲しいわけだ。
ふふふ。その点、日本の演出家の方々は、並々ならぬ努力をされたと思うのですよ。
例えば、波の音を出すのに小豆を使うといった、音の代用品を見つけ出す、編み出すくらいに。
そして、当然、そうやって作り出された効果音の中には、人を斬る音もあるのだ。
「大丈夫。よいやり方があります」
「そうなのかね?」
「キャベツを斬ります!」
「「は?」」
「キャベツを斬ります! ノコギリで!!」
私はもう一度云った。
……なぜ可哀想な子視るような目で私を見ますかね。
わかりました。やって見せようじゃありませんか。
ということで、キャベツを取り出して……あ、このままだとマズいね。まな板もだそう。
そして取り出しましたるはノコギリ。
国王陛下と演出家さんには目を瞑ってもらって、音に集中してもらう。
それじゃ、斬りますよ。
ザシュ!
お二方は戸惑ったような、混乱したような表情を浮かべた。
「当然ですが、実際の音ではありません。ですが、人がイメージしている、想像する『斬る音』に近いものであることは確かですよ」
斬ってまったく同じ音がでるわけじゃないから、これを幾つか録音して置いて、ランダムに再生すればいい感じになるんじゃないかな?
剣戟は実際に剣を打ち鳴らせば問題ないだろうし。
って、なんで頭を抱えますか、演出家のおじさん。
「なるほど、納得いきませんか」
「いや、キッカ殿、これはそういうわけではなさそうだぞ」
はい?
……なんかブツブツ云ってるけど。嘆いてる?
「素晴らしい!」
ひゃっ!?
急にガバリと起き上がったかと思うと、両腕を突き上げ叫び出した。
それはキャベツをノコギリで斬るという方法での音作りに関しての賞賛。とにかく、思いつく限りの言葉を片っ端から使って叫びまくっている。
って、なにこれ?
あ、今度は自分が無能だとか云いだした。
なんだかすごい嘆きっぷりなんだけれど!?
「あぁ……またはじまった……」
国王陛下が苦笑いを浮かべてボソリと云った。
「はじまったって、なんなんですかこれ?」
「こやつに例の演劇の話をした時もこうなったのだ。感動に打ち震え、叫び、そして、自身の見識と想像力の狭さに嘆いたのだよ」
えぇ……。嘆くにしても、こう、あるでしょ? なんでこんなドラマティックな有様になってるの? すっごいオーバアクションなんだけれど。
いや、舞台役者っぽいっていえば、そんな感じだけれど。
舞台って、小さい動きだと観客には伝わらないからね。基本的に動きは大きくなるものなんだよ。
「まぁ、数分もすれば落ち着く」
「数分もこの有様なんですか!?」
「そうだ。それくらいで体力が尽きる」
ちょっ!?
「まぁ、芝居を作らせれば、右に出る者はそうは居らんほどの才能のある男だ。少々、視野が狭いところはあるがな。
ほれ、これが奴の書いた今回の脚本だ。読んでみると云い。
……もう暫く掛かりそうだからな」
そういって国王陛下は私に一冊の脚本を手渡した。なんだかヨレヨレになってるけど。
表紙に記されたタイトルはふたつ。『城下の暴れん坊(仮題)』と『暴れん坊陛下(仮題)』。
そのタイトルを読んだ途端、私は思わず変な笑い声を上げたのでした。
感想、誤字報告ありがとうございます。