293 宗教関係は面倒臭いんだよ
『アムルロスよ、私は帰って来た!』
目の前で高らかに人形が叫ぶ。
『あぁ、うん。お帰り。……なんで帰って来たの?』
『ひどいっ!?』
私の言に、人形は両手を振り回した。
『それで、私は殺されるのかな?』
『えっ!?』
フヨフヨと浮かんだまま、人形は驚愕した。
うん。相変わらずの無表情な顔芸。本当、なんで無表情なのにこんなに感情表現が豊かなんだろう?
あ、こうして普通にわざと会話しているのは、エリーさんとエミーさんが攻撃をしないようにするためだよ。
とりあえず、普通に話していれば友好的にみえるだろうからね。
『殺すの?』
『うん』
『誰が?』
『あんたが』
『誰を?』
『私を』
『なんで!?』
Оh! Nо! と云わんばかりに、頭を抱えて天を仰ぐお人形。相変わらず面白いな、こいつ。
『なんでもなにも、メリーさんはそういうお人形だよ。いろいろと派生の話もあるけれど、大抵は相手を殺すね』
『殺さないわよ! そんなことをしたら私が消えちゃう!』
『消える?』
『トキワさま怖い』
あぁ、常盤お兄さん、やっぱりやらかしたんだ。なんとなく面白がって魔改造しそうだと思ってたんだけれどね。そうなったか。
『自爆装置をつけてもらった?』
『自爆装置!?』
『必須でしょう?』
『なんで!?』
人形はオロオロとしている。相も変わらず、やたらとオーバーアクションだ。
「あ、あの、キッカ様。その人形は……」
エリーさんが顔を引き攣らせながら尋ねて来た。
えーっと、月神教の諜報の人だった……いや、いまでもそうか。それなら、召喚器のことは知ってるよね。勇神教がやらかしたことはもう周知のことだし、多分、ノルヨルム神聖国でも召喚器が回収されたことは知っている筈。
その辺りをエリーさんに確認したところ、召喚器に関する情報は十分に知っているようだ。
ということで、この人形のことを紹介した。
「召喚器、なんですか?」
「この人形が?」
「そう。【アリリオ】から私が回収してきたヤツ。女神様に渡したんだけれど……あんた、召喚機能は外されたのよね?」
人形に問う。が、返って来たのは傾げた首。
『なに?』
……まさかと思うけれど。
『あんた、六王国語はインストールされてる?』
『んーん。日本語だけ。変態の母国語も削除された』
『あんたのパパでしょ? 変態でいいの?』
『トキワ様による尋問の記録を見せてもらった。あんなのが制作者なんて認めないわ! あの変態! ド変態!! 変態大人っ!!!』
『認めないって云っても、親は選べないでしょ。ってか、最後のは日本語じゃないわね。常盤お兄さん、なにをインストールしたのさ』
『私の制作者はトキワ様よ! 作り直されたんだから、トキワ様が制作者で問題ないわ!』
……こいつのこの中身はどうなんだろう? 器になってる人形部分を常盤お兄さんが作ったとして、中身は元のままだよね?
変態呼ばわりされてる神様作じゃないとしたら、マジで適当な人間の魂でも突っ込んであるんじゃないだろうね?
不躾かも知れないけれど聞いてみるか。
……。
あぁ、スケさんたちと一緒なのね。疑似魂魄っていうやつ。そういや、スケさんもジェスチャーだけで私と意思疎通できてるよね。あれは、この人形の無表情顔芸に通ずるものがあるよ。うん。
「あの、キッカ様?」
エリーさんが不安そうな面持ちで私を呼んだ。
「あー。なんというか、この人形、私の母国語しか喋れないみたいです。いや、人形が喋る時点でおかしいですけれど。
見ての通り、かなりユニークな人形ですので、神様方が半ば面白がって、召喚機能を外していろいろ改造したみたいなんですけれど……」
私はフヨフヨと浮いている人形をみた。
『あんた、どう改造されたの?』
『空を飛べるようになった。馬くらいの速さはだせるよ』
『原理はなによ。イオンクラフト?』
『なにそれ?』
『科学の力よ。あぁ、でも、もしそうなら、下手すると近くの人が感電死とかしそうだから、ないか。となると魔法的ななにか?』
『わかんない!』
わかんないのかよ。まあ、人形だしね。
『召喚できるよ。自衛用』
『は?』
『リビングメイルをよべるよ!』
あ、ちょっと羨ましい。私もよべないかな? あとで魔法周りを確認してみよう。
『で、なんで私の所に来たの?』
『助手をするように仰せつかった!』
助手って……私に助手は必要なのかな? まぁ、暇つぶしの話し相手にはなるか。日本語で会話していれば、日本語の発音がおかしくなったりもしないだろうし。
いや、地味に日本語を維持するの難しいんだよ。使わないと錆びるっていうけれど、本当にそうでさ。ひとりだけだと、どうしても不安になっちゃってね。
さてと、エリーさんに説明をしておかないと。……なんて云おうか。実際の所、こいつ、私の目付け役なんじゃないかな? それとも私がこいつの目付け役? まぁ、実害はなさそうだし、とりあえず、私の手伝いとでも云っておこう。
★ ☆ ★
一晩過ぎて、朝食も済み、いざ王都へ向かって出発ですよ。
人形はと云うと、昨晩は歩哨をしていた英雄スケさん二体と、なにかしら会話をしていたようだ。なにを話していたのかはさっぱりなんだけれど、人形の私を見る目が変わったような気がする。
スケさんたち、なにを話したんだろう?
バイコーンに跨り、背にはビー、そして前には人形がちょこんと座った状態だ。
……かなり愉快な画面になってないかな?
野っ原をのんびりと進んでいく。スケジュール的には余裕があるから、急いで行く必要もない。
人形はと云うと、やたらと周囲をキョロキョロとしている。
変わり映えのしない風景なんだけれど、そこまで興味を惹くものがあるのかしら?
そういやこいつ、ダンジョンの外のことは、ほぼまったく知らないんだよね。私が【アリリオ】から連れて出して、そのまま女神様に渡しちゃったから。
そういった意味では、ちょっと可哀想かな。【アリリオ】だと、あの骨共のせいで、上に上がれなかったらしいし。一度試したら壊されそうになったとか云ってたしね。
何年くらい、あそこで過ごしてたんだろ?
そう考えると、ちょっぴり可哀想かな。まぁ、話し相手ぐらいにはなってやろう。
……。
……。
……。
さぁ、王都に到着しましたよ。予定より一日早くついたよ。
本日は七月の二十四日。時刻はお昼過ぎだ。
そしてどういうわけか、またしてもジェシカさんが私を出迎えてくれた。エリーさんに目を向けると、ブンブンと首を振っている。
ということは、私の気付かない内に、何かしらの方法で連絡を取ったと云うことではなさそうだ。
教会は王都のほぼ中央にあるから、たとえ街壁の上から遠眼鏡とか使って監視していたとしても、私を発見してから連絡だのなんだのの時間を考えると、出迎えが間に合うとは思えないんだけれど。
これはなにかしらの通信方法があるんだろうなぁ。鏡を使ってのモールス信号的ななにかとか。
バイコーンと馬をジェシカさんと一緒に来た軍犬隊の人に預け、私たちはジェシカさんの後ろをついていく。
私たちの後ろにも軍犬隊の人がふたりほど。
なんだろう。連行されてるみたいな気分になるんだけれど。
あ、バイコーンたちは門近くの厩に預けられるみたいだ。実のところ、街中を馬で進むことは、大通り以外は勧められることじゃないからね。
「どうかされましたか?」
「いえ、どうやって私が来るのを察知しているのかなぁ、と」
「優秀な連絡員がいますので」
ジェシカさんがこともなげに答える。
まぁ、私の【察知】とかは、私に敵意なり悪意なりが無い限りは、ほぼ仕事をしないからねぇ。
「いまの時期は芸術祭の準備で人手が足りないんじゃ?」
「今年は昨年と違って平和でしたから、準備も滞りなく進んでいます。皆、余裕をもって仕事をしていますよ」
あぁ……去年はいろいろとあったからねぇ。吸血鬼騒ぎに、月神教のあの……司祭? 主教だっけ? が、勝手に従軍して引っ掻き回したりしてたしねぇ。
そういや私、一回、教会で死んだんだっけね。
急にジェシカさんが足を止めた。
「どうしました?」
「キッカ様、いまなんと?」
ありゃ、声にでてた? あぁ、でも教会で死んだとか云うわけにもいかないし。あの時はリンクスの恰好だったわけだから。……そうだ。
「いやぁ、去年は私、王宮で死にかけたなぁと、思い出してたんですよ。今年はそんなことにならないように気をつけないと」
「ご安心ください。王都にいる間、キッカ様の護衛は私が致します」
「え、教皇猊下の護衛は!?」
「護衛は私だけではありません。ご安心を」
なんだろう、私の重要度が上がってない? これ、近いうちに自分で護衛をつけないとダメそうだ。【狂乱候】を護衛代わりにしようと思っていた時期もあったけれど、召喚枠二枠のうちひとつが潰れるのがちょっと嫌なんだよねぇ。
もうひとつの方法もあるんだけれど、そっちはとてつもなく目立つという問題があるし……。
そのあたりはサンレアンに帰ってから考えよう。
「あの、ジェシカさん。なぜ私たちも一緒に?」
「今年はシドニー枢機卿がお見えです。あなたたちに話があるそうです」
「シドニー様が!?」
エリーさんが声を上げ、エミーさんは……あ、目がぐるぐるしてる。
シドニー枢機卿って、確か月神教の前教皇だよね。通例通り、引退後は相談役の枢機卿に収まっているはずだから。
「お姉ちゃん、どうしましょう」
「どうしましょうも、行くしかないでしょう」
「誰がお姉ちゃんか! は?」
「それどころじゃないでしょう、阿呆」
きっと粛清者がらみのことだろうなぁ。ふたりが【ブラッドハンド】へと入団したことは知れているから。
「多分、悪いことにはならないでしょうから、そこまで怖がらなくても」
「いや、キッカ様、前教皇猊下に拝謁すると云うのは……その……」
うわぁ、エリーさん、顔色真っ青だよ。
ま、まぁ、確かに。下っ端がいきなりトップの呼び出しを喰らったようなものだものね。緊張もするか。
とはいえ、月神教の上層部はアンララー様がレイヴンやリンクスを使って脅しつけているから、変なことを聞かれたりはしないだろう。
まぁ、頑張ってくださいとしか云えないよね。
「キッカ様も一緒ですよ」
「私もですか? あれ? というと、シドニー枢機卿はビシタシオン教皇猊下と一緒に?」
「はい。あとテオフィラ枢機卿も」
おぉう、なんでそんな重鎮ばっかり?
「もうキッカ様はご存じでしょうが、【陽神教】のことでお話が」
あぁ……それがあったね。どうでもいいと思って、すっかり記憶の隅に押しやってたよ。
ということは、注意喚起かな? でもそんなことをするってことは、結構な規模にまで膨れ上がってる? まぁ、アムルロスの人たちの、アレカンドラ様への信仰心を考えるとさもありなんってことなんだろうけれど。
……もう、いっそのこと、アレカンドラ様に、一度、降臨して貰ったほうが早いんじゃないかな。少なくとも連中の掲げている御姿とはかけ離れているんだから。
まだ呪いは解けていないみたいだけれど、幻術かなにかで、大人バージョンの姿に化けることはできるだろうしね。
よし、今晩辺り連絡して、ちょっと話し合ってみよう。
また『魔王を倒すのだ!』とか云いだされたらたまったモノじゃないからね。世界獣を叩き起こしでもしたら、その癇癪で星が破壊されちゃうもの。というか、そんなことにならないようにするために、六神が生み出されて、アムルロスの管理を行っているわけだし。
とはいえ、宗教関係は面倒臭いんだよねぇ。
じっちゃんも嘆いていたし。息子さんたちと縁切りまでしたって云ってたし。こう、なんで宗教に転ぶと、身内に金を無心するというか、根こそぎ持っていこうとするのかしらね? 自分で稼いだ金だけ貢いでりゃいいと思うのに。
『ねぇねぇ、どうしたの?』
抱えている人形が私に問うてきた。
『また面倒事が起こったみたいでねぇ。私に火の粉が降りかかりそうなのよ』
私が肩を竦めて見せると、人形は両手を上げてこう宣言した。
『大丈夫だよ。残さずぶっとばすから!』
えぇ……。
『右ストレートでぶっとばす!』
だから、ネタを挟んで来るなと。
『考えるな! 殴れ!』
それは『殴れ』じゃなくて『感じろ』でしょ!
そうじゃなくて、お願いだから考えて。揉め事にしかならないから。
かくして、私は大きく、ひとつため息をついたのです。
誤字報告ありがとうございます。