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29 こうして信者は増えていく

23~26話辺りのリスリお嬢様視点。


 私は頭を抱えたくなりました。まさか、本当にこんな表現がぴったりな気持ちになるだなんて、今日まで思いもしませんでした。

 なぜなら、本の中にあるだけの、比喩的表現だと思っていたのですから。


 ここで起きたいくつもの奇跡。


 突如として現れた、顕現された女神様の奇跡の浄火により、ゾンビの群れは灰と消え、そして傷を負ったリリアナはたちどころに癒されました。


 傷だけではなく、ゾンビに至る病までも。


 これほどの恩を受けたのです。たとえ女神様でなくとも、このまま帰す訳にはまいりません。是非とも礼をしなければ、イリアルテ家の名に泥を塗ることになってしまいます。


 ですが、女神様はにべもなく断られました。


 そして、イワン、ニカノール、サントスの三人を指差し、こう仰ったのです。


「そちらの三名、彼と彼と彼は、私に先ほどから悪意を向けていますし。そんな方と共に行動したいとは思いませんよ」


 これが、私がいま頭を抱えたくなっている理由です。


 確かにイリアルテ家は現在、攻撃を受けています。おそらくはモンデハル伯爵かバインドラー公爵の仕業でしょう。


 目的はダンジョンから産出される骸炭。両家の領地から産出される瀝青炭よりも、炭としての性能がはるかに良いですからね。瀝青炭も精錬? すれば骸炭になると聞きますが、当然のことながら手間がかかる上に目減りします。


 それに埋蔵量のこともありますからね。こちらは無尽蔵ですが、バインドラー領では産出量が減っていると聞いていますしね。新たに鉱脈を探すとなると、莫大な資金が掛かります。


 それらを考えれば、奪う方が楽だと考えるでしょう。


 どうせなら我が家に堂々と戦争を仕掛ければよいのです。それをこそこそと、事故に見せかけた間の抜けた攻撃を。


 ……まさかとは思いますが、この三人は、ゾンビ共をこの方が準備してけしかけたとか思っているのではないでしょうね?

 馬鹿なことを。ゾンビのように理性も知性も失せた者を、どうやって操るというのですか。


 その上、それを自ら倒すとか。

 恩を売って内部に入り込むとでも考えたのでしょうか?


 もしそれをするのなら、少なくともあなたたちの何人かが命を落としてから助けに入るでしょうし、リリアナを助けたような、あのような奇跡の薬を使うことなどしないでしょう。


 あれを市場に流そうものなら、あきらかに大混乱が起こるほどの代物ですよ。


 王都でオークションにかけようものなら、王家よりストップが掛かり、適当な爵位に領地を合わせて、交換されるようなレベルの代物ですよ。


 怪我をたちどころに治し、ゾンビ病をも癒す薬など、これまでどんな優秀な薬師も作り出せなかったものなのですし、なによりダンジョンからも発見されたことすらないのですから。


 まったく、なんと愚かな。

 そもそもこの方は、我が家に取り入ろうなどとせず、ここから立ち去ろうとしていたではありませんか。そしてそれを引き留めたのは他ならぬ私なのです。


 あぁ、そういうことですか。きっとこの三人は、私がロクにものも知らぬ愚かな娘だとでも思っているのでしょう。


 ……いえ、あの表情を見る限り、ただ面倒な事が嫌なだけですね。監視が面倒でやりたくないということでしょう。そういえばお母様が見極めてくるように云っていましたね。なんのことかと思いましたが。


 そういえば監視対象の商人のひとりが、橋から転落し、首の骨を折って死亡する事故がありましたね。


 ですがあの橋から事故で転落というのはあり得ません。欄干をわざわざ乗り越えでもしない限り。そしてそんなことをするのは、自殺志願者か、突如空を飛ぼうと思い至った酔っ払いくらいでしょう。

 羽振りの良い商人が自殺とはあり得ませんし、なによりその商人は酒が飲めぬことで有名でしたしね。


 お母様が云っているのです。こういうことなのでしょう。


 いくら忠誠心があろうとも、これでは困りものです。

 面倒事しか起こらないじゃないですか。というか、この邪推が真実なら面倒事を越えて厄介ごとでしかありません。やってることは、当家を護るために当家に打撃を与えているようなことですよ。


 あたりまえですが、我が家は不当な殺人を容認したりはしません!


 あぁ、もう本当に頭を抱えて蹲ろうかしら。


 あぁ、よかった。なんとかシモン隊長が収めてくれました。この方の気が変わらないうちに、馬車に乗り込んでもらいましょう。


 馬鹿共がゾンビたちの装備を回収しはじめましたね。身元が判明するとは思えませんが、ここで放置するものでもないですしね。




 馬車に乗り込み、私は進行方向側に座り、女神様とリリアナは向かいの席に座ります。

 あぁ、そういえば女神様をなんとお呼びすればいいのでしょうか? 女神様ではないと否定されていましたし。


「それでは、人里までご厄介になります」

「いえ、それではお礼にすらなっていません。是非とも当家までおいでください」


 この方には申し訳ないですが、なんとしても来ていただかなくては。これだけの力を持った方です。放置するわけにはまいりません。

 あああ、あからさまに気落ちしています。

 なんでですか!?


「では、今更ではありますが、ご挨拶を。

 イリアルテ侯爵家が二女、リスリにございます。どうぞ見知りおきくださいませ」

「お、お嬢様!」

「リリアナ、このような場所で儀礼もなにもないでしょう。あなたもご挨拶なさい」


 ……おや? リリアナの姿が綺麗になっていますね。血の痕が一切見当たりません。いつのまに洗ったのでしょう? い、いえ、おかしいですね。エプロンドレスに飛んでいた血も綺麗に消えています。


 私は目の前の、灰色の服に身を包んだ少女を見つめました。

 彼女がなにかをしたとしか思えません。

 あ、丁度リリアナの挨拶が終わりましたね。


「フードを被ったまま失礼します。私はキッカと申します。顔をさらすことは、どうかご容赦ください」


 キッカ。確か、テスカセベルムの東の方の名前でしたか。テスカカカ様の名より『カカカ』の部分を貰い受け、女性名に変化させた名前のひとつだった筈です。もっとも、最近ではあまり名付ける人はいないそうですが。


 テスカカカ様の加護を受けているとのことですし、テスカセベルムの方でしょうか? ですが、これだけの奇跡の業を持つ方です。ひとりで行動しているなどあり得ないと思うのですが。そもそも教会が手放さないでしょう。


 はて? なぜあのような場所にひとりでいたのでしょうか? そもそも、私とそう変わらぬ歳に見えます。十二、三の娘が一人旅などありえませんよ。


 不躾でしょうが、いろいろと訊いてみましょう。


「なぜ今もフードを被っていらっしゃるのでしょう?」

「……面倒事避けです。これまでロクなことになっていないので」


 そういってキッカ様がリリアナに視線を向けました。

 私は馬車の中でずっと伏せていましたので、外が静かになるまで一切を見ていないのです。


「……確かに。大変なことになるかと思います」

「黙っててくださいね。きっと面倒なことにしかならないと思うので」

「かしこまりました。命果てるまで守り通しましょう」

「大袈裟ですよ!?」


 り、リリアナ!? え、こんなこと云う娘だったかしら? いくら命を助けて戴いたにせよ、本当に大袈裟ですよ?


「あの、キッカ様?」

「これも見られたからかなぁ。えぇ、いくらなんでもここまではないでしょう? いや、全員が、当人も似てるとか云ってたけれどさぁ。これ、どうにかしないとまともに生活できないんじゃ……」


 な、なにか頭を抱えてブツブツいってますね。見たところ、この状況は意図したものではないようです。それどころか不本意なようです。


 ……キッカ様の素顔に俄然興味がでてきましたよ。


「すいません。やはり問題しか起きそうにないので、顔をさらすことはご容赦ください。……あぁ、本当にどうしよう、これ」


 な、なにやらご苦労されているようですね。


「その、キッカ様は何故あのような場所にひとりで? おかげで私どもは助かりましたが」

「あぁ、ちょっと誘拐されまして。隙を見て逃げて来たのですよ」


 ……。

 ……。

 ……。

 ……は?


 私は目を瞬きました。

 え、なんといいましたか? 誘拐?


「まったく、誘拐なんて、短い人生、一回あるだけでも十分だというのに、二回目ですよ二回目。我ながら運がないと嘆くばかりです」

「ゆ、誘拐ですか?」

「えぇ。頑張ってなんとか逃げて、その後は北の森に沿って西に移動していたんですよ。街道を通るのが少々怖かったので」


 いやいやいや、魔の森の方が危ないでしょう? 街道を通って、追っ手に掴まるのが嫌だったのかもしれませんが、あの森は魔物の巣窟なんですよ!


「よ、よくご無事でしたね」

「森は中に入り込みさえしなければ安全でしたよ。やたらといろんな兎は見ましたけど。あ、そうだ。皆さん、食料とかはどうしているんです? お肉いりませんか? 私ひとりだと食べきれずに傷みそうなので、よろしければどうぞ」


 そういって、キッカ様が背嚢に括りつけてあった毛皮を解き、膝の上で開きました。

 そこから出てきたのはスクヴェイダーが二羽!?


「す、スクヴェイダーですか!?」

「お嬢さま。私、捌かれていないものは初めて見ました」

「あ、あれ?」


 キッカ様が首を傾げます。


「これ、大層なものだったりしますか?」

「はい。スクヴェイダーは非常に用心深いので、狩猟するのが難しいのですよ。市場に出回るのは、年間でも十数羽がいいところです」

「ほぅほぅ。でも重要なのは味ですよ」


 キッカ様が云います。確かにその通りです。


「味はかなり淡泊ですね。ですが、なんといいますか……」

「病みつきになる味があるのです。食べだしたら止まらなくなるというか」

「まぁ、料理人の腕によるところが大きいのですが。お嬢様、こちらはコロナードの宿で、厨房を借りて調理いたします。さすがに野営での調理に使うにはもったいないです」

「そうしましょう。リリアナ、楽しみにしてますよ」


 あぁ、スクヴェイダー。昨年は手に入りませんでしたからね。本当に久しぶりです。

 しかし実物を初めて見ましたが、図鑑の絵と比べると、あまり美しい姿ではありませんね。なんというか、ちぐはぐな感じがします。

 もしかしたらこの生物も、もとはダンジョンから生まれたものなのかもしれません。


「あ、し、失礼しました。キッカ様。ありがとうございます。こちら、ありがたく頂戴いたします」

「キッカ様、腕によりをかけますので、楽しみにしていてください」


 いつになくやる気ですね。本当にどうしたのでしょう? リリアナは。


「話を戻しまして。キッカ様は誘拐されてここに来たのですね? ではご家族の元へと帰るお手伝いは私共にお任せください」

「あ、それは結構ですよ。すでに家族とは死別して、縁ある者は誰もいませんから。ですから、こちらに腰を据えようかと。

 ただ、テスカセベルムには住みたいとは思わないので、ディルガエアに向かっていたのですよ。ダンジョンにも興味がありましたし」

「まぁ。それなら我がイリアルテ家が正解です。ダンジョン【アリリオ】は当家が管理していますから」


 我がイリアルテ家を興した始祖アリリオ。魔物蔓延る森を探索し、森津波を引き起こしていたダンジョンを発見。さらには森を切り拓き、ダンジョンを森から露出させた偉丈夫。その功績よりイリアルテの名と子爵位を国王陛下より戴き、以来ダンジョンの管理を行ってきました。


 それが約二百年前の事。


 もっとも、二十層で探索は止まってしまっていますが。あの地下墓地はどうにもなりません。

 傷ひとつなく進むなど、不可能もいいところです。


 あぁ、キッカ様の使う魔法が我々も使えたなら、あの二十層も攻略できるのでしょうけど。


 まぁ、できぬことを望むものではありませんね。魔法は先天的なものだと聞いていますしね。


 ◆ ◇ ◆


 魔法は先天的なものだと聞いていましたし、そう信じていました。


 今の今までは。


 というのも、七歳の時に見た王都魔法兵団の真実を、お父様から詳しく聞いていたからです。……かなり微妙な話でしたが。

 だいたい、魔法兵団などと大層な名前がありながら団員が三名とか、完全に名前負けです。それに使える魔法も、ちょっと火の玉が飛ばせる程度だとか。


 いえ、それだけでも大したものです。火の玉の威力も高く、着弾すると半径二メートルくらいに重度の火傷を引き起こす被害が出るというのですから。


 問題は、三発も撃つと倒れるそうですが。


 なので、大抵は火計用の油を詰めた壺を敵に投げつけ、魔法で点火するのが基本戦術になっているそうです。

 ただこれも問題で、火の点いた魔物がパニックを起こして走り回ることで、周囲に炎による被害が拡大してしまうのです。


 ……使えませんね。


 現状は、アンデッドの後処理の為に、騎士団について行く程度になっているとのこと。要は、バラバラにしたゾンビに油を掛けて焼く係です。


 つまり魔法とは、先天的な才能を持った者だけが使える、残念なモノ。但し、焚き付けには便利。


 それが私の認識でした。


 先日、キッカお姉様の使う魔法を知り、『残念なモノ』という認識は覆りましたが。

 周囲に延焼させず、アンデッドのみを焼き尽くす魔法。なんと素晴らしいのでしょう。まさに羨望するしかない力。


 そして今日。今、目の前で、恐らくはもうひとつの認識が覆っています。


 ……なんでリリアナが金色の光に包まれているんでしょうか?


 あれ、魔法ですよね? リリアナから聞いた、キッカお姉様が使ったという魔法そのものですよ? リリアナが魔法を使えるなんて聞いたことがありませんよ? そもそも使えたのなら、四日前の自殺騒ぎなど起こるはずがありません。


 え? どういうことなのですか?


 半ば混乱し、ただただリリアナを呆然と眺めていると、私の気配に気付いたのか、リリアナがこちらを振り向き、私を見つけるや顔を強張らせました。


「お、おおおお嬢様。おはようございます」

「う、うん。おはよう。……それでリリアナ、ひとつ聞きたいのだけれど」

「なんでしょうか?」

「なんで光ってるの?」


 ◆ ◇ ◆


「キッカお姉様、ズルいです」


 私は馬車に乗るなりなじりました。えぇ、なじりましたとも。

 キッカお姉様が同い年であったなら、さすがにこんなことはできなかったでしょう。ですが、年少の娘が年上の女性に甘えることはおかしなことではありません。えぇ、ありませんとも!


 キッカお姉様が十七歳だと聞いて驚いたものです。私と変わらぬ背格好なのですから。……胸以外。えぇ、ですから嘆くことなどないのです。私の胸が慎ましやかであることなど。なにしろ四つも年の差がありますからね!


 いえ、そうではありません。魔法です。魔法のことなのです。

 なぜリリアナにばかり魔法を伝授して、私には伝授してくれないのかと。私は詰め寄ったのです。


 理由に関してはあとから教えていただけましたが。

 戦闘に使える魔法を覚えようものなら、いいように使い倒されるだけだと。


 ……確かにその通りですね。被害を考えたなら、たとえ貴族令嬢であろうとも、子供であろうとも、最良の兵力を出すべきですからね。


 とはいえ、魔法ですよ。魔法!

 それも残念魔法ではなく、すばらしく実用的な!


 聞いたことを私が正しく理解しているならば、呪文書を読めば(見れば?)、私でも魔法を覚えることができるということじゃないですか!


 しかも、キッカお姉様はそれを販売するとおっしゃっています。


 ならばそのお手伝いをいたしましょう。

 そして直接、戦闘に関わらなさそうな魔法を買いましょう!

 私だって、前線で戦いたいとは思いません。怖いですからね。


 イリアルテ家はダンジョン管理を任されている以上、魔物の集団暴走を防ぐために魔物共の間引きを常時行っています。

 その為、当家はダンジョンを探索し資源の回収を行っている探索者たちの支援を行っています。


 具体的には、物資の販売になりますが。下手な商人に任せると、高値で消耗品を売り出しますからね、連中は。なので当家もダンジョン【アリリオ】の宿場にて物品販売を行っています。値段は領都と同じ値段で。

 これにより、欲深な商人たちは値を吊り上げることができませんからね。


 誰だって安いところから買うものですから。品質が同じであるならば。


 呪文書もそこで販売すれば問題ないでしょう。ただ、値段に関しては慎重に決めなくてはなりませんが。希少性を謳っての高額販売はキッカお姉様の望むところではありませんからね。なにより普及が目的なのですから。


 よし、これは忙しく……いえ、その前に片付けなくてはならないことがありますね。

 ここで呪文書の販売となると、またしても攻撃が激化するやも知れません。

 これはできるだけ早く決着をつけなくては。


 もうこれは、アンラから腕の立つ密偵でも雇ったほうがいいのではないでしょうか? いい加減、相手を特定しなければ。お父様とお母様に相談しましょう。


「リスリお嬢様、バレンシア大主教が面会を求めています」


 これから成すべきことを色々と考えていると、ラミロがあり得ないことを云ってきました。

 大主教様が面会? 街門で? なんのために?


 そもそも、なぜ今日サンレアンに到着することを知っていたのです?

 とはいえ、大主教自らがお越しとあらば、会わなくてはなりません。


 リリアナとキッカお姉様が馬車から降り、少し間を空け私が続きます。


 え?


 バレンシア様が、俯せに倒れています。い、いえ、違いますね。五体投地!?

 え、どういうことです?

 キッカお姉様?

 って、なんでリリアナはさも当然というような顔をしているのですか!?


「バ、バレンシア様?」


 私は戸惑いながらもバレンシア様に声を掛けました。

 いったいなにが起きているのか、さっぱりわかりません。


 バレンシア様が起き上がり、キッカお姉様に祈るように手を組みます。


「アレカンドラ様が神子、ミヤマ様。お目に掛かれて光栄にございます」


 バレンシア様の言葉に目を瞬きました。


 神子? それもアレカンドラ様の? それにミヤマというのは?


 キッカお姉様とバレンシア様がなにかお話ししていますが、まったく頭に入ってきません。

 お、落ち着きましょう。現状、私がイリアルテ家の代表なのです。

 オロオロするだけの小娘でいるわけにはいきません。


 とにかく、どういうことなのか把握しましょう。

 神託とか聞こえましたし、一体、教会はなにを望んでいるのでしょう?


「バレンシア様、その神託とはどういったものかお訊きしてもよろしいでしょうか? それにキッカおね……んんっ、キッカさんはミヤマという名前ではありませんよ」

「リスリ様、私の家名がミヤマというのですよ。なので、私のフルネームはキッカ・ミヤマとなります」


 愕然としました。キッカ様は家名持ち。それも、どこの国にも属していないと思われます。そうでなければ、気軽にどこそこに腰を据えるとか決められるわけがありませんからね。となると、貴族以外に家名を持つことを許された者となります。


 さらに、アレカンドラ様の神子となれば、答えはひとつしかありません。


 母神アレカンドラ様が六神を生み出す以前、人々を導くために、各種族をまとめるそれぞれの代表者をお選びになりました。彼らは神子と呼ばれ、いまでいう王のような立場であったといいます。ただ支配者ではなく、調停者とありましたが。

 そして彼ら神子には、神子である証としてアレカンドラ様より名を与えられたといいます。


 ただその後、六神が生み出され、神子は神の声を伝える役目に変わったと神話に語られています。そう、今や神話の中の存在で、もはや血統は絶え、実在していないのです。


 キッカ様が、その神子?


 と、こっちに集中しなくてはいけません。 

 このままではキッカ様が教会に取られてしまいます。


「バレンシア様、キッカさんにどのような要望があるのでしょう? キッカさんは我らが恩人。この恩に報いるため、我がイリアルテ家においで戴くことになっているのですが」

「リスリ様、ディルルルナ様よりの招集でございます。ミヤマ様には教会に来て戴かねばなりません」


 くっ、ディルルルナ様の御神託ですか。

 さすがにこれに反発するわけにはいきません。


 私はキッカ様と一緒に教会に向かうことにしました。

 このまま引き下がるわけにはまいりません。


 そして礼拝堂に入るや、キッカ様が衝撃的なことをおっしゃいました。


『ディルルルナ様が降臨なさる』


 そうはっきりと。


 あ、あの、キッカ様。なにか、普通によくあることのような調子で云っていますけれど、女神様の降臨など、それこそ天変地異的な有事の時ぐらいにしかないことですよ。


 確か記録では、二百数十年前に起きた森津波、災害級の大型の魔物が何十体と出現した際に降臨されたのが最後であったはずです。


 驚いている私たちを置いて、キッカ様がフードを外しながらディルルルナ様の像の前に向かいます。

 フードから現れたのは闇のような黒い髪。


 女神アンララー様にのみ許された髪の色。


 私がその真っ黒な髪に驚き、呆然としているうちに女神様が降臨されました。

 忽然と出現した光の柱。その中に現れた、キトンを纏い、巻き角を生やした優し気な笑みをたたえた金髪の女性。


 あぁ、ディルルルナ様。ディルルルナ様が降臨なされた。


 バレンシア様も私もその場に跪き、手を組み祈りを捧げます。


 きっと私たちは今、歴史書に記されるような出来事に立ち会っているのでしょう。


 キッカ様とお話しされているのでしょうが、なにを話されているのかはまるで聞こえてきません。

 やがてキッカ様がどこからか取り出した水晶玉をディルルルナ様に捧げていました。


 やがて邂逅が終わり、礼拝堂内が先ほどよりも薄暗くなったように感じました。


 キッカ様が戻ってきます。


 闇の如き黒い髪、大き目な切れ長の目、黒い瞳、ふっくらとした唇、やや黄みがかった白い肌、白い顔。


 あぁ、女神様が顕現なされた。


「アンララー様……」


 キッカ様の素顔に、私はそう、小さく呟いたのです。




・誤字報告ありがとうございます。


・暦の設定について(あまり意味のない設定ですが)


 一週間:七日

 一ヵ月:二十八日

 一年 :十三ヵ月プラス一日


 一年最後の日は神の安息日。ハロウィン、もしくはワルプルギスみたいな感じとなっています。仮装したり一晩中丘で鞭を打ち鳴らしたりはしませんが、お祭りっぽいことはします。


 以下に曜日を。


 陽ノ日:アレカンドラ

 地ノ日:ディルルルナ

 金ノ日:ノルニバーラ

 月ノ日:アンララー

 水ノ日:ナルキジャ

 風ノ日:ナナウナルル

 火ノ日:テスカカカ


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― 新着の感想 ―
[一言] テスカカカ様は読むのに詰まらないのにディルルルナ様は音読でもないのに詰まってしまう( ⍨ ) 多分ディルル ルナって読むと読みやすいんでしょうけどディ ルルルナになってしまうのです 和田…
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