286 焼ける匂いがたまりません
予定外のこともあったせいか、予想よりも早く戻って来たみたいだ。七月半ばに王都に向けて出発する予定だったんだけれど、十日くらい余裕がある。
【アリリオ】の探索は、下層クリアを目標としていたんだけれどね。最下層? 最下層のボスラッシュは勘弁ですよ。だから下層をクリアして戻ることにしていたんだよ。……実際は、中層をクリアしたところで戻ることになったけれど。
そうそう、召喚器を創ってこっちに放り込んだ、件の管理者のことについて確認してみたよ。
ルナ姉様とララー姉様は詳しいことを聞かされていないとのことで、アレカンドラ様から話を直接聞いたよ。
現在は向こうと交流なんてことはしていないので、確かなことは云えない、という前提での話。
ぶっちゃけると、惑星管理者って、そのすぐ上の星系管理者が任命できてしまうのだそうだ。時間軸管理者が直接選ぶのは、銀河管理者からになるのだとか。なんでも推薦を受けて、審査された上で昇格するとのこと。
とはいえ、なにを賄賂としたのかは不明ではあるが、いわゆる下級神が不正を行うことは可能なのだとか。
要は、どこぞの聖職者かなんかが、神様を買収して自身を神様にさせたってことだろう。
……この話を聞いて、アレカンドラ様は管理している銀河を再調査しているみたいだ。
もっとも、銀河運営の立て直しの際に、かなりの数の不良管理者を処分、そう、処分(物理)したとのことだから、クリーンにはなっていると思うのだけれどね。
なんだか私のどうでもいい疑問で、アレカンドラ様のお仕事を増やしちゃったよ。申し訳ないから、なにか差し入れを作って送ろう。インベントリから適当に持って行ってくださいとは云ってあるんだけれど、あんまり減ってないんだよ。遠慮されてるのかなぁ。
まぁ、直接おくれば、大丈夫だろう。
なにを送るのかって? まだ決めていないよ。
ウナギ?
いや、ウナギのかば焼きはつくるけれど、さすがにぶっつけで作った代物を差し入れするつもりはないよ。何度か試作はしないと。
ここは無難にお菓子で行くとしよう。
そういえば、チョコレート菓子関連は、まだほとんど手を付けていなかったね。ベースのチョコレートは、どうにか合格点を出せる代物になったから。いろいろと使える用になったし。
一番シンプルなのは、チョコレートを使ったクッキーとかだけど、さすがにシンプル過ぎるよね。
チョコレートケーキでもつくるとしようか。
【アリリオ】から戻ってから三日が過ぎた。
そろそろ大丈夫だと思うから、ウナギを調理するよ。
あぁ、泥抜きをしてたんだよ。簡単な生け簀を作って放置してた。あ、水は井戸から自動で汲みだして常時入換え……っていえばいいの? してたよ。
さて、こいつを捌くんだけれど。でかいんだよね。普通のウナギの二倍くらい。さすがに台所で調理するには長すぎるから、屋外でやるよ。
木製の長テーブルをまな板代わりに使うよ。
あ、このテーブルは物質変換で出したよ。いや、このサイズのテーブルとか売っていないからさ。基本的に木材って、人工林から切り出したものしかないからね。地味に高いのよ。
それじゃ、ここにウナギを載っけて目打ち……目打ち……おのれ、うねうね動くなよー。
むぅ……これでも喰らえ!
【麻痺】の魔法を連打。 毒と違って、確実に効果が発揮しないから連打! さすがに無害とはいっても、麻痺毒をぶっかけるのはちょっとね。無味って訳じゃないから。
よし。固まった。今のうちに首を中ほどまで切って目打ちだ。
首に包丁をいれてと。ウナギの目の下の所に、釘をガンッ! と。確か、見た映像だと出刃で打ち込んでたけれど、使うのが普通の釘だから、金槌をつかって打ち込んだよ。
さー、捌くぞ。
お腹を割いてっと。
内臓をはずしてー。
次は骨を……あ。
腹開きよりも、背開きの方が骨を外しやすいじゃないのさ!
考えてみたら、開くんだから腸の取りやすさなんて背開きでも腹開きでも変わんないよ。阿呆か私は。
次は背開きでやろう。
うぅ、骨が開いたほぼ真ん中に。微妙にやりにくいな。
首のところで骨を切って、骨と身の隙間に包丁を差し込んでゾリゾリゾリと。
長いな!
よし、取れた。あとはこびりついてる残った腸をとって。小骨をこそぎ落として、尾びれを外してっと。
できたー。
……ほんとデカいなこれ。開かずに、三枚おろしにしていいんじゃないかな? それで普通のかば焼きサイズになるよ。ほぼ倍のサイズだから。
まぁ、このまま進めよう。
これを切り分けて、串を打っていくよ。使う串は金属製のやつ。竹串なんてないからね。
桃栗三年みたいな言い回しが、ウナギにもあるよね。
えっと、確か“串うち三年、割き八年。焼き一生”だっけ?
だが能力をドーピングしている私に隙はないのだ。……焼だけはどうにもならないけど。
……よし、串うち終了。白焼きにしていこう。
焼きを順調に終え、蒸しにはいる。
幾つかは蒸さずに、白焼きのまま戴く予定だ。これはひとまずインベントリに入れておこう。
蒸し終えたら、タレをつけて再度焼くんだけれど、家の中でやると匂いが大変なことになりそうだから、外で焼くことにするよ。
七輪を出して、火を熾してと。さー、焼いて行こう。
そういえば、焼くときに団扇でパタパタ仰ぐけれど、あれは火力UPではなく、焼きの匂いを拡散させてお客を呼んでいるんだよね?
私も団扇で仰ぐべきなんだろうか?
どうでもいいことを考えながら焼いていく。一度に一枚しか焼けないけれど、焼き上がったらすぐにインベントリに入れてしまえば冷めることもない。
慌てずに焼いて行こう。
タレが炭に落ちて焼ける匂いがたまりませんよ。自然と顔がにやけて来るね。ふふふ。
このサイズはもう、完全にうな重サイズだ。私のイメージだと、うな重というとかば焼きが二枚載っているんだけれど、これだとこの一枚で一杯になりそうだ。
心配なのは皮の堅さだけだね。噛み切れるかな?
あんまり堅いようなら、皮も剥がないといけないね。焼くときに崩れそうだな。
そんなことを考えていると、玄関口のほうから庭に誰かが廻って来た。
ボーに先導されてやってきたのはアレクサンドラ様だ。……あれ? ひとりだ。珍しいな。
「アレクサンドラ様、おひさしぶりです」
「おひさしぶりです。キッカお姉様」
お付きの人はどうしたんだろうと思っていると、馬車で待機しているとのこと。
というか、アレクサンドラ様まで『お姉様』って。公爵令嬢が平民相手にいいんですか?
確認してみたところ、リスリお嬢様がそう呼んでいるから問題ないと。
いや、そういう問題ではないと思うのですけれど? あ、教会が神子として扱っているから大丈夫と。
……諦めた方がいいのかな? もはや無駄な抵抗な気もするよ。神子を否定するの。
「なにを焼いてらっしゃるのですか? 凄く良い香りですが。外でも気にしている人が大勢いますよ」
「え……」
そういえば、豚骨スープを作った時もそんなことになってるって訊いたっけ。いや、確かにうなぎは食欲をそそる香りをだすけれどさ。
人だかりにはなっていないみたいだし、大丈夫だろう。……多分。
「それで、それはなにを?」
「これはウナギですよ。お魚の一種です」
ウナギは七輪の上で、チリチリとほのかに煙を上げている。
すでにしっかりと火は通してあるから、この最後の焼きはタレを馴染ませつつ香ばしさを出すだけの工程……だと思う。
焼き上がったウナギを串から外し、タレを振ったお重の白飯の上に載せて蓋をする。そしてすかさずインベントリ……は不味いから、【底抜けの鞄】へ。
うん。なんだかアレクサンドラ様が悲しそうな顔をしてるから、ちゃんとご馳走すると云っておこう。
これは冷めないようにしているだけだからね。【底抜けの鞄】は時間停止機能つきだから。
ということで、二枚目の焼きにはいるよ。タレにドボンと付けてと。
本日アレクサンドラ様が来たのは、例のダンジョンでの殺人事件の後報を知らせるため。という建前の下、遊びに来たようだ。
まぁ、いまは侯爵家、ダリオ様だけだしね。そのダリオ様は殺人事件のことで忙しいみたい。
なんでも今日は連中のアジトを家宅捜索しているそうだ。
「それでですね、お姉様。今回、お姉様が捕まえた者たちは【女神の剣】の末端部隊のひとつのようです」
「となると、その教団の本体はまだどこぞで活動していると」
「そうなりますね」
面倒臭い! これ、また私に火の粉が振り掛かる奴じゃないのさ。末端とはいえ、ひとつ潰しちゃったから。
まったく。勇神教の連中はロクなもんじゃないな!
騒動ばっかり起こして。あいつら神様を信じてないだろ。
「ですのでお姉様、なにかしら問題がありましたら、すぐに報せてくださいね。私共のほうで対処しますから」
「私が報せなくとも、そっちには届くと思いますけど。なんだかたくさん監視だの護衛だのついているみたいですし」
考えたら、あのふたりが教えてくれなかったら、私、あれを単なる不審者として対処するつもりだったんだよね。実害が出次第。
……苛っとした時点でやらかしそうだったから、予め教えてもらっておいてよかったよ。
いかれたおかしな連中を見つけ次第、排除しているみたいだから。
……最初の頃は、互いに潰しあうようなことがあったらしいけれど。エリーさんが中継ぎをしてとりまとめたらしいけれど。
エリーさん、凄い優秀だよね。普通、別組織のSS? をとりまとめて共闘させたり出来ないと思うよ。
あ、そうだ。あのふたりの装備を渡しておかないと。頼まれてたのを作ってそのまんまだ。私があっちこっち行ってたから。
……あれ? なんだかアレクサンドラ様の顔が強張ってる。
「あ、あの、お姉様は彼らの事をご存じで?」
「いえ、知りませんよ。でも監視されてるのは気が付いてましたけれど。後程、それが護衛と知らされたので、放置しているだけです」
「その、知らされていなかったら、どうしたのでしょう?」
アレクサンドラ様が不安そうな顔をする。
うん。とりあえず笑っておこう。もしかすると、黒羊の人も混じっているのかもしれない。アレクサンドラ様のパパさんが団長だしね。
……そういや、私、会ったんだよね。あの変な茶番劇の監修は、アレクサンドラパパによるものだったのだろうか?
よし。あのことをアレクサンドラ様に教えてあげよう。考えたら、サロモン様にも云っていないし、家族の素行は知りたいだろう。
そうして私は、意地の悪い笑みを浮かべたのです。
誤字報告ありがとうございます。




