285 封印じゃないんですか?
えーっと、ウナギの捌き方の手順って、どうだったかな?
何しろ、昔、ネットに転がっていた動画で見た限りだから、少しばかりうろ覚えだ。
とりあえず、背開きではなく、腹開きで捌く予定だ。私は関東人だけれど。腹開きにした理由は、その方が腸をとりやすそう、というだけの理由からだ。
本日の釣果であるウナギ三匹。若干の心配があるとしたら、この皮の堅さだろうか。一度、どこぞの料理屋のウナギで酷いものに当たったことがあった。
いや、皮がさ、ゴムみたいに堅いんだよ。それまでに……そしてその後に食べたことのあるウナギは、普通に噛み切れておいしく頂けたというのに、その時のウナギだけは悪戦苦闘したのだ。
あんな感じにならなければいいけれど。
手順としては、捌いて切り分けて、まず白焼きにしてから蒸して、その後、タレに付けて焼く、という感じか。
そうだ、タレ!
タレをどうしよう。さすがにそんなものを用意してはいない。物質変換で作ることはできるだろうけれど、それをするのはなぁ……。
あれ、材料としては照り焼きのタレと変わらないよね? よし、照り焼きのタレの作り方はわかっているから、それで代用しよう。
もしかしたら、材料的には代用じゃなくてそのものかも知れないけれど。
そもそも、このふたつのタレの違いはなんぞ。成分比?
人形を抱えてテクテクと街に向かって歩いていく。
《ねぇねぇ》
《なぁに?》
《これから神様に会うんでしょ?》
《そうよ》
《どうしたらいいかな?》
抱えている人形がそんなことを問うてきた。
《好きにしなさいよ》
《私は幸せになりたいのよ!》
《諦めたら》
《酷い!?》
《被害者の私に訊くのが間違ってると思うな》
正直なところ、本当にこいつが人形なのか怪しく感じて来たんだけれど。これを作った神様は、まさかと思うけれど、コレの中に人間の魂を突っ込んだとかしていないよね?
《で、なにを云うつもりだったの? それがまずいと思ったから訊いてきたんでしょ?》
《力が欲しいか――》
《それはスライムがもうやった》
《三号がやっちゃったの? ズルい!》
なにがズルいのよ。
《足元に叩きつけて踏んづけてやったわよ》
《え?》
《女神様もやってたわね。私もだけど、イラっとしたのかしらね》
《……ご褒美?》
《あんたの知識はどうなってるのよ》
《マスターの趣味に決まってるじゃない!》
《……》
《幼女に虐げられることこそ至高! って、云ってた》
《滅んで正解だったわね。というか、そっちの時間軸管理者は、なんでそんな変態を管理者に抜擢したのさ》
《金の力だ! って云ってた》
は?
いやいや、お金なんて意味ないでしょ。なにかしら取引したってこと? 賄賂? いやいやいや、それダメでしょ。その時間軸管理者は大丈夫なの?
……あとで女神さま方に訊いてみよう。なんだか気になってしょうがない。
《ところでさ……》
《なに?》
《あんたさ、私に蹴られた時に《なにをするー!》って、怒ってたじゃない。あれはあんた的にご褒美じゃなかったの?》
人形は驚愕の雰囲気を醸し出した。
……こいつの、無表情のまま感情を表現する様は、完全にひとつの芸なんじゃないかな。なぜに驚きの表現ができるのさ。
《マスターが嘘をついた!》
《いや、変態なだけでしょ》
あまりのショックだったのか、人形は喋らなくなった。もしかしたら、それが真実なのかどうか、記憶を反芻しているのかもしれない。
陽の傾き始めた頃に北門を抜け、組合には寄らずにまっすぐ家へと帰る。
【アリリオ】でのことはネリッサさんに報告してあるし、問題ないだろう。多分、早ければ明日にでもこっちにも報告が回るだろうし。何かあれば、私に声が掛かるだろう。
人通りのまばらになった大通りを歩いていく。さすがに全身鎧を着こんだ小柄な人物が、人形を抱えて歩いているなんて愉快な絵面はすれ違う人の視線を集める。なにせ、先導するのはボーで、私の背中、背負っている鞄の上にはビーが腰掛けているからね。
そもそも玉ねぎ鎧は、その奇特なデザイン故に目立つのだから、さもありなん。
まだまだ明るい時間だけれど、日照時間に合わせた生活ペースのこっちだと、この時間はもう夕飯の支度を終えている頃で、どこも夕食をはじめているんじゃないかな。
蝋燭とか油代は馬鹿にならないからね。
私のところが、現代日本みたいに明るいほうがおかしいからね。
灯り系の装備を売りだしたら、生活習慣が変わりそうだな。夜でも活発なのって、色町くらいだし。
あぁ、そうそう。私のつくる魔法の品って、あくまでも装備品であることが前提なんだよね。人……というか、生物の発する、というか取り入れて溢れて垂れ流される余剰分の魔素で効果が発動するから。
だから調度品とかに魔法を付与しても、接触していない限り効果が発動しない。
だから魔法の灯り、電灯代わりみたいなものはつくれないんだよ。
これはもう、ダンジョン産の機械関係を研究している帝国の努力に期待するところだ。
空が赤く色づき、徐々に青みがかっていく。星がちらほらと姿を見せ始めた頃、私は自宅へと帰り着いた。
私が門をくぐったところで、まるで取り決めてあったかのように、ついてきていた気配が居るべき場所へと散っていく。
まぁ、ついてきたのも北門からだけれどね。
少し増えたかな……。最近、また増えたんだよねぇ。護衛……じゃないな、監視なんだろうなぁ。
護衛は、あのふたり、エリーとエミーがそうか。ララー姉様から、粛清者に入ったって聞いた時には驚いたけれど。教会の密偵組織が崩壊して行き場がなくなってたから入れたって云ってたけれど。
ちっともらしく見えないけれど、優秀なのだそうな。あぁ、優秀だから、らしく見えないのか。
まぁ、害がない限りは放置だ。どうせ、家の中にまでは入ってこれないしね。
ここまでよくわかるって云うのは、頂いた加護も善し悪しなのかなー。
「ただいまー」
「はい、おかえりなさーい。で、それがそうなのねー」
出迎えてくれたルナ姉様が、私の抱えている人形を見つめている。
「みてましたか?」
「みてたわよぉー。ダンジョン内が不穏でもあったしねー」
私はやや目をそばめてルナ姉様を見つめた。
「キッカちゃんなら大丈夫でしょー。今回はボーちゃんも連れて行ったわけだしねー」
これは信頼されていると云うことなのかなぁ。
まぁ、なにかあったとしても止める算段があったんだろうけれど。
それに、確かにボーは微妙に容赦ないからなぁ。云い含めても、賊の足を折るのは規定事項になってるみたいだし。ほら、以前、家に忍び込もうとした輩を撃退した話は聞いているからね。
「それで、その抱えている人形が召喚器なのかしらー?」
分かっていながらも、そう問うルナ姉様に、私は苦笑しながらも人形を足元においた。
人形は自前の足でしっかりと立ちあがると、口を……って、口は開けないな。とにかく、喋り始めた。
《はじめまして、女神様。私は人形。この現で、あなたの――》
なんか、これまたどっかで聞いたようなセリフを吐きだしたな。というか、途中で止まったぞ。どうした?
《……つづきは?》
《女神様に対して《お世話をする者》だなんて、口が裂けても云えないわ! 下手すると、始末するってとられちゃうじゃない。私は死にたくないの!》
《死ぬって……あんたに命ってあるの?》
《人形にだって命はあるのよ!》
《そういえば“人形は顔が命”って云うわね》
こいつがいってる意味合いの命とは違うけれど。
《あらー。それじゃ、その陶器製の顔面を叩き割れば死ぬかしらー?》
ルナ姉様がそういうと、人形はその場に尻餅をつくと、わたわたと私の背後へ隠れた。
《ヤメローシニタクナーイ! シニタクナーイ!》
《……なんで片言になってんのよ》
《なるほど、面白いわね》
あ、語尾が……。
《お母様に見てもらいましょー》
《あれ? 封印じゃないんですか?》
《せっかくだから、トキワ様にも見てもらいましょー》
《うわぁ……》
《え? え?》
人形が私の足にしがみついたまま、私を見上げて来る。
《なにがはじまるんです?》
《大惨事にならないといいわね》
人形が頭に手を当て、天を仰いだ。
本当、この無表情の顔芸はなんなんだろうね、この人形。ある意味、製作者の変態の才能を感じるよ。
「実に興味深いわねー」
「常盤お兄さんが魔改造をしそうですけど」
「楽しみねー」
「えぇ……」
常盤お兄さん、絶対になにかやらかすだろうし。大丈夫なのかなぁ。
私は不安になりながらも、足元で身の不幸を嘆いているビスクドールを見つめたのです。
感想、誤字報告ありがとうございます。