284 捌き方は知っている
昨日は報告がなかなか終わらず、結局、泊まりとなったよ。組合職員用の寮、といっても、ログハウス風の一軒家だけれど、そこの一室を貸してもらえたよ。
そうそう、安地。しっかりと【アリリオ】にも実装されていたよ。ただ、浅層は従来通り。上層後半から追加されたみたいだ。以前の仕様を知らないから、聞いた話との比較だけだけれど。
中層の安全地帯はいろいろと確認したけれど、大木さん、それはそれはサービスをした感じだよ。
まず、鉱脈は安全地帯にもある。ただ、安全地帯にある鉱脈は、レア度の低い鉱石になるのかな。ひとりが一度に採掘できるのは三~五個で、得られる鉱石はランダムっぽい。
ひとつめの鉱脈を掘ってみた時は、なぜか生命石ばっかり三つでたけれどね。ふたつめに見つけた奴だと、月長石とオリハルコン……えーっと、神鉄って名前になったんだっけ? それが掘れた。
レア度の高い鉱石は、安全地帯の外に設置されているみたいだ。プラチナに黒檀鋼、更にはオリハルコン、緋緋色金とか。
そういや、プラチナの扱いってどうなっているんだろう? 貴金属関係でも見ないけれど。
……もしかして、こっちの冶金技術って、プラチナの加工とかできない?
それは今度、おじさんのところで確認してみよう。
今は安全地帯の話だ。先ず、安全地帯にも鉱脈があるから、安心して採掘ができる、というのがひとつ。
あともうひとつ。お手洗いが追加されてた。これはありがたいんじゃないかな。正直な話、女性探索者が少ないのは、そのあたりが原因なんじゃないかと。実際、【燃ゆる短剣】のひとたち以外で、女性の探索者は知らないしね。私の交流が狭いというのもあるけれど。【燃ゆる短剣】は傭兵業と兼任だから、四六時中ダンジョンに潜っているわけじゃないし。
ん? 野営とかなら、手洗いなんてないだろうって? あぁ、うん。その通りなんだけれどさ、基本ダンジョンって、いわゆる迷宮型。洞窟か石積みの建物風で、あの大物ダンジョンみたいな屋外風じゃないんだよ。
用を足すにしても、隠れようがないわけでね。
出したものを埋めることもできないし。あ、二十階層ならできるか。あそこは地面になってたから。……不用意に掘ると、死体が出てきそうだけれど。
それに女性の場合、用を足してるところを襲われるとか……ね。まぁ、仲間がいるから、そういうことは滅多にないだろうけれど。
私? 私は基本、絶食で突き進んでるから、用を足すことはないよ。
……お外で用を足したことはあるけれどね。テスカセベルムからディルガエアへ向かう途中で。
まぁ、とにかく。ダンジョン内にトイレが作られたのは良いことだと思う。願わくは、そこが犯罪の温床にならないように。主に婦女暴行的な方で。
ダンジョンは基本的に無法地帯だからなぁ。死人に口無しを簡単にできるもの。審神教がある程度は抑止になっているけれど、それも微々たるものだろうしね。
……また微妙に脱線してる気がするな。
ネリッサさんへの報告は、出現する魔物、採掘できる鉱石、地図(不完全)といったところ。二十階層は魔物を一掃したので、現状は弱体化していること。それと、二十階層のボスに関しては、ちょっと神様に文句を云っておくと報告しておいたよ。
最後のを云ったところ、ネリッサさんとダリオ様に凝視されたけれど。
ただ、二十階層のアレは、魔物溢れの抑止としては優秀だとは思うんだよね。数を減らして弱体化すると、結構な数の魔物が、下層や最下層から登って来るかも知れないけれど、そこはまぁ頑張ってもらうしかないだろう。他のダンジョンは、こんなストッパーはいないんだし。大丈夫大丈夫。
さて、現在、私はサンレアンに向かって南下中……ではなく、途中で右に折れて西に突き進んでいますよ。
目指すは川。
サンレアンを縦断……いや、横断? どっちでもいいや。とにかくサンレアンを突っ切っている川へと向かいますよ。
今更ながらに気が付いたんだよ。私、こっちに来てからお店でお魚を見ていない。魚自体は、ララー姉様のミストラル商会経由で、干物がちょこちょこ届いているし、せんだっての大物ダンジョンで獲ったイトウとナマズがある。
でも、このあたりで獲った魚、なんてものは終ぞ見ていない。
そもそも『魚屋』なんてものも存在していない。
私は愕然としたよ。そしてそのことに気付かなかった自分に唖然としたよ。
日本人としてあるまじきことだと。
日本は海洋国家だぞ。猫といえば魚というくらいに、本来は肉食の猫が魚大好きになるくらいにお魚国家である日ノ本の民だぞ。
魚を食わずして何とする。
……いや、馬鹿みたいに大袈裟にいっているけれどさ、やっぱり普通にお魚を食べたいのよ。干物じゃなくて。
ダンジョン産のお魚はあるけれど、正直、それは一般的には凄まじくハードルが高い。というか、現状、獲れるの私だけだし。多分。
なので、魚食を広めようとはいかないまでも、料理を供給できないかな、と。
そうえいば、王子殿下も漁業を!って云っていたしね。ほら【アリリオ】の北にあるでっかい湖。あの滑空する蛙の親分がいたところね。あそこを整備して新しく町をつくる計画がでていたみたいだし。
あぁ、でも、多分その計画は延期になるかな。恐らくは大物ダンジョン回りの整備が先になりそうだ。
まぁ、そんなわけで、手軽にできるお魚料理を作ってみようかなと。そのためにはどんな魚がいるのかを確かめなくてはならないからね。
そういや、なんで魚を食べる習慣がないんだろ? これはあれか、魚を獲るよりも、兎や鹿、猪を狩った方が効率がいいのかもしれない。
鹿に関しては、こっちでも害獣扱いだし。兎ほどじゃないけれど、しかも馬鹿みたいにいっぱいいるからね。
ヘラジカなんて、体高三メートル近い化け物だし。いや、アルミラージに普通に狩られて食べられたりしているけれどさ。
さて、突如お魚を獲ろうと思い立ったのは、手に入れたパルチザンを見て『釣り竿にぴったりだ』とか阿呆なことを思ったからだ。
日本にいた時には外出なんてほぼ皆無だった私を、お兄ちゃんがたまーに遠出に連れ出してくれたんだよ。
そのひとつが釣り。基本は海釣り。たまーに近所の川。
理由:アウトドアで、且つ、ほぼ動かないで済む。
これに尽きる。
ゴカイを触るのにはさすがにちょっと抵抗はあったけれどね。ミミズとかなら平気なんだけれど。
妙に迫力のあるお爺ちゃんと一緒によく釣りをしたよ。お兄ちゃんのバイト先の飲食店の社長さんって話だったけれど。
そういや、お爺ちゃんと意気投合している私を見て、秘書? の人が目をまん丸くしてたな。なぜか頑固一徹なお年寄りとは仲良くなれるからね、私。
こういったことを定期的にやっていたんだよ。だから、そこそこ釣りはやったことがあるよ。仕掛けとかは詳しくないけれど。
……どっちかというと、釣った魚やイカをさばいていた方が多かったかな。私は渡された竿を使って釣っていただけだ。
川に到着。名前は知らない。さてさて、どんなお魚がいるのかな? まぁ、魚の種類よりも、美味しく食べられるかどうかだ。虫の問題もあるけれど、そっちはどうにでもできるからね。
このあたりはもう下流といってもいいような場所かな。そんなに岩が転がっているわけでもない。これだと、魚は泥臭い感じかも知れない。いや、ものによるか。鮒とかだとかなーり微妙だけれど。
鮒の甘露煮はどうしても好きになれなかったしねぇ。
それじゃ釣り竿を用意して、まったりと釣りといきましょう。
餌は蚯蚓か……川縁の石の下に、なんか虫とかいないかな?
周囲をウロウロと探し、転がっている石の下に蚯蚓を見つけた。なんか、小指くらい太さがあるけれど。さすが“所変われば品変わる”なんていうけれど、蚯蚓でかいな。色も紺色だし。そういえば、オーストラリアの蚯蚓が普通にヘビみたいなサイズだって聞いたことがあるようなないような。
それじゃ、こいつを針につけて、川面にぽちゃんと。
針に対して餌が大きすぎるような。大丈夫かな? 十数分待って、当たりがなんにもなかったら、餌の付け方を変えよう。
インベントリから宝箱を取り出して、椅子の代わりに腰掛けた。
釣り竿だけれど、もちろん用意なんてしていなかったから、物質変換で作ったよ。思いっきり現代日本で使われているようなロッドだ。もちろんリールもくっつけてある。誰かにみられるとちょっとまずい気もするけれど、まぁ、こんなところに来る人はいないだろう。街道からも離れているし。
さぁ、どんなのが釣れるかな?
雷魚みたいなのがいたりすると、かなり大きいよね。あのヘビの親分というか、ちっさいシーサペントみたいな魚。
お兄ちゃんと近所の川、堰枠のところで釣りをしていた時に、じっちゃんが釣り上げたんだ。そう、あの陶芸家のじっちゃんね。
はじめて雷魚を見た時はびっくりしたものだよ。魚って認識できなかったもの。
蛇かとも思ったけれど、日本にニシキヘビみたいにデカい蛇は生息していないからね。
そういや、雷魚はどじょうの仲間だとか。……ふむ、食用に十分に足るのか。泥抜きさえうまくできれば、川魚もなんとか美味しく――
ぼちゃん!
いきなり浮きが沈んだ。
はぇっ!? 当たりもなにもなしにいきなり!?
もの凄い勢いで糸が持っていかれる。
ちょちょっ、何が釣れた!? っていうか、この勢い、大物だよね!?
この川の川幅は二百メートルくらいのものだよ。いや、広いけど。深さ? 知らないよ!
右へ左へと振り回される。
あわわわわわ。だ、だけど逃げられないよ。私の創った特別製だからね。竿は絶対に折れないし、糸は絶対に切れないよ。
いや、絶対は云い過ぎか。でもそう簡単に折れたり切れたりしない。なにせ、あのでっかいイトウを釣れる耐久度を想定してあるからね。多分、この手にある代物は、得体の知れない素材でできているに違いない。
本当、物質変換はいろいろヤバイ能力だ。曖昧なイメージでもそれに限りなく近い代物を物質化するんだから。
わたわたとしながら格闘すること暫し。多分、釣り師の人からしてみれば、かなりみっともない有様で私はそいつをどうにか釣り上げた。
えーっと……これはなんだろう?
ウナギ?
でも長さが二メートルちょっとくらいあるんだけれど。色も濃紺。ナマズっぽい雰囲気の体型。長いけど。
そういや、魔素のせいで、生物関連の黒色は、青か赤に変化しちゃうんだっけね。
見た感じは雷魚っぽいんだけれど、頭は――これ、ウナギ……だよね?
インベントリに入れて確認してみる。
【アラテー大ウナギ】
……ウナギだ。ウナギらしく細長い感じじゃなくて、若干ぼてっとしているけれど。南国の魚みたいに微妙に青いし。
雷魚の体をしたウナギ?
一応、食材カテゴリのところに放り込まれたから、食べられるんだと思う。
さすがに、ウナギは捌いたことがないんだけれど。捌き方は知っているけれどさ。
……。
……。
……。
よし。こいつは見なかったことにして、釣りを続けよう。もちろん、リリースなんかしないで、いずれ食べてやるけれどさ。
ということで、改めて餌をつけてぽちゃん。
さぁ、何が釣れるかなー。
結局、その後、ウナギが二匹釣れ、それで時間切れとなった。
感想、誤字報告ありがとうございます。