283 前もこんなのなかったっけ?
アムルロスの宗教周りは、地球のそれとくらべると結構ヤバいと、今回のことで自覚した。
うん。信仰の自由が無い。
いや、これだとちょっと意味合いが、いやいや、ちょっとどころじゃなく違う意味になっちゃうな。
えーっと……まず、信仰の自由という点では、みんなが自主的に制限を掛けている、という感じだ。まぁ、それもさもありなんということなんだけれど。
だってさ。神様が実在していることが確認されているからね、この世界。となれば、いるかいないかわからん神様よりも、実在している神様を信仰しようというのは、当然の流れというものだよ。
農業に従事している皆は、当然のことながらディルルルナ様を信仰。
商人は商売、取引や契約を司っているノルニバーラ様を信仰。
芸術家たちは文化関連と政治関連……謀略を司っているアンララー様を信仰。
学者や医者は学問を司っているナルキジャ様を信仰。
狩人や牧畜業の人たちは、狩猟や薬学を司っているナナウナルル様を信仰。
で、テスカカカ様が……なんていえばいいんだ。一言で云うと根性を鍛えようが一番近い? 勇気と恐怖、戦いの神ということで、兵士さんたちが信仰している。
だいたいこんな感じ。
大陸中をさがせば、独自の神様を信仰している人なんかもいるかもしれない。無神論者も一定数いるみたいだしね。もしかすると「ゴブリンこそ神!」などという変な人もいるかもしれない。
ん? なんでゴブリンなのかって? いや、お兄ちゃんが昔やったTRPGのセッションで、そんな宗教団体が出て来たんだそうな。あまりな話だったから、印象に残ってるんだよね。……ラスボスが酷かったし。
さて、宗教ヤバイ、といったけれど、何がヤバいかと云うとね、パオリーノ、連行されたよ。
審神教の司祭を筆頭に、どこからどうみても武闘派実働部隊みたいな感じの人たちがどやどやと取調室に入ってきて、腕が消失して騒いでいるパオリーノを引き摺って行ったよ。
なにがどういうことかと司祭さんに訊いてみたところ――
「アレカンドラ様を利用して私腹を肥やそうなど、言語道断です」
……私が捕まえた連中を尋問し、そこから得た情報の裏取りができた結果だそうな。
ダリオ様が苦笑いしていたよ。
なんだか教会絡みだと、司法関係が結構面倒臭い構造になっているみたいだ。今回は殺人事件ということで、侯爵家が裁くことになるようだ。
「こちらで調べた結果に関しては、後程、お渡し致します」
「あぁ。よろしく頼むよ」
審神教の司祭さんは一礼すると、取調室から出ていった。
「やれやれ。これでどうにか方がつきそうだ」
「なにか問題でもあったんですか?」
「あいつらは一応、トップレベルの探索者でしたからね。それになにより、勇神教の司教だった人物ですからね。有力者や貴族などとも強い繋がりがあるんですよ。
下手なことをすると、面倒な事この上ないですからね」
あぁ……なんとなく想像がつくな。宗教絡みで利権が絡んでいたりすると、面倒どころじゃなさそう。
「審神教が徹底した罪人認定を降すでしょうから、こっちはそれに相応しい刑を執行すればいいだけです」
「ちなみに?」
「もちろん死罪ですよ。問題なく公開処刑にできそうです」
おぉ、一番重いやつだ。
こっち……というか、私はイリアルテ領の量刑のことしか知らないんだけれど、公開処刑は一番重い奴だ。
死罪、といっても、その執行方法がいくつかあるんだよ。一番軽い執行方法が薬殺だったかな?
で、公開処刑だけれど、基本が処刑人による斬首。他には磔けたところを槍で突く。だいたいこの二種類の方法が取られている。
処刑とゾンビ化対策を兼ねて焚刑にする、ということはないみたいだ。
あやつらはどうなるんだろう?
「それぞれ個別に決めることになりますが、パオリーノに関しては鞭打ち刑になりますね」
「鞭打ちですか?」
百叩きとかそういうのかな? あぁ、いや、昔の日本の百叩きは鞭を使ったものじゃなかったよね。
というか、鞭だと百に達する前に死んじゃうんじゃなかったっけ?
鞭っていうと、さして威力がないものって勘違いされがちだけれど、戦闘に使われるような鞭って、かなりえげつないからね。
叩かれると皮膚が裂けるから。
背中を百回も叩こうものなら、皮膚どころか肉も削げて骨が露出するような有様になるよ。例え丈夫さゆえに百回耐えたとしても、そんな有様の負傷を負えば、それが元で死に至るだろう。
「ダンジョン内は無法地帯となっているようなものですからね。ですから、そこで行われた犯罪に関しては、地上で行われたものよりも遥かに厳しいものを適用しています。
今回は、元とはいえ勇神教の司教が絡んでいましたからね。結構な数の支援者がいたのですよ。
彼らの名を上げ、この逮捕は不当だと騒ぐこと騒ぐこと。カッポーネ枢機卿の時も思いましたけれど、かつての勇神教の腐敗っぷりが伺えますね」
あぁ……支援者の名前をだして、圧力を掛けようとしたのか。
阿呆か。
イリアルテ家だぞ。普通の貴族と違って、派閥に入らず、派閥も作らずに我が道を突っ走っている、普通なら絶対に有り得ない異端の貴族家だぞ。そんな圧力なんか無意味だって。
「それでキッカ殿。先ほどパオリーノの腕を焼いた光は?」
「恐らく、アンララー様かと。連中の掲げていたアレカンドラ様の肖像を見ましたか? 似ても似つかないものをアレカンドラ様と称し、いろいろとやっていたみたいですからね。なにせ、アレカンドラ様の剣と自称していましたし」
そういやアレカンドラ様って、剣をつかったりしたのかな? そんなイメージはまるっきりないんだけれど。……まぁ、あの幼女姿の印象しかないからだけど。
「で、ここに来て先ほどの発言ですからね」
私は肩をすくめて見せた。
「連中のことはもういいでしょう。勇神教からの情報待ちです。まだ捕縛できていないメンバーも既に手配済みですしね。
それでキッカ殿、【アリリオ】のほうはどうでしたか?」
私は問われるままに、今回の探索に関してダリオ様に話した。とりあえず、二十階層のボスに関しては話しておかないとね。
「三百!?」
「はい。正確には二百と八十七体です」
「さすがにそれは……」
「ちょっと厳しいと思いますね。神聖魔法をしっかりと使えればなんとかなりそうですけれど、それでも数が数ですからね。進入禁止にしておいたほうがいいと思います。
さすがに酷いので、お伺いを立ててみようと思います」
そういうと、ダリオ様は怪訝な顔をした。
「お伺い、ですか?」
「はい。神様方に確認をとれば、なにかしらの調整をしてもらえるのではないかと。二十階層の一層だけ、ぽつんと不死の怪物階層になっているのも変ですしね」
「魔法の修行を始めた探索者も増えていますし、注意喚起をしておいたほうがよさそうですね。今のところは、フロアガーダーに辿り着けている探索者は、キッカ殿以外にはおりませんが」
不死の怪物に対しては、私はチート武器を持ってるからなぁ。
そして中層のことについても報告。これはあとで組合にも云っておかないと。
あの兎は危険すぎる。
てっきり下層から登ってきたやつかと思っていたけれど、下層は不死の怪物層。さすがに最下層から登って来たとは思いにくい。【首刎ね】は確かに脅威だったけれど、あのウサギを最下層の魔物とするには弱すぎる。
きっと、低確率で中層にポップする魔物なんじゃないかと思うんだ。
いわゆるレアモンスター。
「【首刈り兎】ですか……」
「一応、回収はしてきてあるんですけれど、ほとんど普通の兎と見分けがつかないんですよね。まぁ、こっちの兎は一メートルくらいのが殆どですから、三十センチくらいの兎は珍しいですかね」
「標本があるのはありがたいですね。買取りに関する交渉は組合のほうでやりましょう。まぁ、交渉はネリッサ殿とすることになりますが」
ダリオ様が席を立ち、取調室からでていく。私も慌てて後をついていった。
組合の解体場へと移動し、解体師のペペさんと再会。一年ぶりくらい? バジリスクの時以来だ。
「頭が酷いことになってるな」
「ウチのボーがぶん殴ったから」
私の足元で、ボーが右腕を突き上げた。
「相当、動きが速かったんだろう? さすが【殺人兎】といったところか」
おー、褒められているのがわかってるのか、跳ねて喜んでるよ。かわいい。
ペペさんは検分を再開した。
「ウーム……んん? おー、すげぇな、これ」
検分していたペペさんが声を上げた。
「どうしました?」
「ほれ、この腕」
ペペさんが兎の肘辺りを押す。すると手首あたりから爪? が飛び出して来た。刃渡り十センチくらいの鎌みたいだ。
「こんなんなってたんだ」
「これで首を刈るのか……」
「この爪、このまま短剣につかえそうだな。これが出回るようなら、若手の鍛冶屋が泣くぞ」
ペペさんがニヤニヤしながら【首刈り兎】の検分を進めていく。
「ペペさん、相変わらずだな……」
ぼそっとダリオ様が呟いた。
あぁ……ペペさん、これが通常運転なのね。これで変な笑い声でも上げてたら、ドン引きものだけれど。いや、このニヤニヤ加減も相当だけれどさ。
ガタン!
お?
急にガタガタとした音が聞こえたと思ったら、バタンという激しい音と共に『痛っ……あぅっ!?』という声が聞こえて来た。
……なんか、前もこんなのなかったっけ?
事務所に通じる扉が開き、組合出張所所長であるネリッサさんが鼻をさすりながら入って来た。
「ぺぺ! 本当にいい加減にこの扉を直しなさいよ!」
「だから、その扉はそれでいいんだよ!」
「今日は鼻までぶつけたのよ!」
「お前の不注意だろう」
「スムーズに開かないのが悪いのよ!」
「勢いだけで開けようとするからだ。なんでいつまでたっても落ち着きがねぇんだよ」
「若いからに決まってるでしょ!」
「……俺より年上のくせに」
このふたりはずっとこんな調子なのかな?
「お久しぶりです、ネリッサさん」
「あぁ、キッカさん、今回は災難だったわね。でもならず者を捕縛してもらって助かったわ。組合からも報奨金を出すから、あとでマティウスにいって手続きをしてね」
「あれ、組合からも出るんですか?」
こっちは民間人が犯罪者を捕まえると、報奨金がでるんだよ。賞金首になっていなくても。罪状に合わせて金額は一律だけれどね。殺人犯はさすがにそこそこの金額になってる。
ダンジョン内の犯罪に関しては、行政からの報奨金に加えて、組合からも出るみたいだ。
……となると、ダンジョン内で犯罪を犯す奴は馬鹿じゃないかな? やらかそうものなら、他の探索者に狙われまくることになるわけだし。なにせ、報奨金が二倍はいるってことになるからね。
「それじゃペペさん。ネリッサさんも来ましたし、本命の方を出しますね」
「おぅ、よろしく頼む。そっちの台で載るか?」
「ちょっと小さいかな? 四メートルくらいあるから」
「四メートル!? キッカさん、なにを持ってきたの?」
奥の倉庫から予備の解体台を運び入れて並べ、その上に【牛頭人食い鬼】を出した。
その隣に、あの木製斧を出してと。……これ、よく考えたら斧の形をした槌だよね?
「……また凄いのを持ち込んだわね。これが中層のフロアガーダー? 無傷って、……キッカさん、どうやって討伐したの?」
「魔法ですけど、大変でしたよ。まともに当たりませんでしたから。こんなに図体が大きいのに。あと無傷じゃありませんよ。掌の皮が剥がれていますから」
「いや、なにをどうやったらここだけこんな有様になるんだ?」
「そこは魔法で」
「キッカ殿の公開していない魔法が気になりますね」
「覚える魔法としては公開する予定はありませんけれど、魔法の杖の形では販売されますよ」
【氷杭】の杖は販売しないけれど。販売される【凍気】の杖は、攻撃用というよりは、氷室をつくったりするほうに使われるんじゃないかな。
「こいつは二十五階層のフロアガーダーか?」
「いえ、三十階層のヤツです。二十五階層のフロアガーダーは、クマに変身する普通のおっさんだったので」
「普通の人はクマに変身しないわよ」
それはそうだ。
「まぁ、倒したら変身が解けて、ただの全裸のおっさんになったので、放置してきました。さすがに全裸のおっさんを鞄にいれるのは嫌でしたし、ネリッサさんも、そんなもの渡されても困りますよね?」
「……絶対にいらないわね。というか、フロアガーダーだとしても、見た目が人間のものをどうこうするのは憚られるわね。というか、問題にしかならなそうだわ。
あぁ、その辺りの情報もお願いね。それじゃキッカさん、ダリオ君、事務所の方へ行きましょう。ペペ、これの標本化を頼むわね」
「おう、任せておけ。それとネリッサ、いくら見知った小僧っ子とはいえ、次代の侯爵様だぞ。ちったぁ、敬え」
「バレリオにぞんざいな口を利いているあんたがそれを云うの?」
ネリッサさんは含み笑いをしつつ、事務所に向かって歩き出した。
そういや、このふたりって、バレリオ様の昔のお仲間だっけね。
私とダリオ様も後をついていく。あとは情報を渡して、今回売り払った値段を交渉して終わりかな。
「痛いっ!」
……なんでネリッサさんはいつもここでつま先とか鼻をぶつけてるんだろう?
感想、誤字報告ありがとうございます。
※前回の文章の欠けた部分は修正しました。ご指摘ありがとうございます。




