282 事情聴取って、必要ですか
「こんなの絶対おかしいよ」
こいつの頭にはネタしか詰まっていないんじゃなかろうか? どうしてどっかで聞いたことのあるような台詞ばっかりでてくるんだろ?
「なにがおかしいのよ」
私は扉の端っこで三角座りをしているビスクドールに問うた。
戦闘には参加できないため、こ奴はここで大人しくしていたのだ。
「あんた人間でしょう?」
「この世界の人間じゃないけどね」
……あれ? 私は人間といっていいのかな? この体は神様方が創った作りものだし。有機サイボーグ? いや、サイボーグとも違うか。創った人体に魂と記憶を放り込んだのが私、だよね?
……あれ? 私ってなんだろう?
「……多分、人間だよ」
「なんで疑問形なのよ!」
「私はここに召喚されるときに死んだっていったじゃない。いまの私は女神様に作り直された私だからね。魂と記憶以外は」
「……」
「なんで黙り込むのさ」
「ごめんなさい、こういう時どんな顔すればいいかわからないのよ」
「あんた、表情なんて変わらないでしょ!」
だから、なんで無表情なのにそんな、はっ!? とした雰囲気を出せるんだよ。
つか、本当にどっかで聞いた台詞ばっかり出てくるな。
人形を抱え上げると、お宝部屋へとはいる。ボスの死骸はすでに格納済みだ。これは組合に売ってしまおう。予算がどうのって云いだしたら寄付で。それもダメならオークションに回す感じかなぁ。
標本にするには見栄えはいいと思うのよ。この牛頭鬼。あぁ、インベントリに放り込んだから、正式名称がわかったんだっけ。こいつ、タウラスヘッドオーガって云うみたいだよ。無理矢理日本語にするなら“牛頭食人鬼”とでもすればいいのかな?
いや、“食人鬼”と“人食い鬼”だと、微妙にニュアンスというか、意味合いが変わるな。
後者は文字通りの人外ってことになるけれど、前者はカニバリストの人間を意味するんじゃないかな。
“牛頭人食い鬼”というのが適当か。
で、このボスで一番驚いたところは、得物としていたあの大斧。
木製だった。
木だよ、木。びっくりだよ。木を叩いて押し固めて作り上げた代物だよ。そこらの鋼なんかよりはるかに堅かったよ。なんだあれ。
そもそも木製ってことがわかっただけで、素材が何の木なのか不明だから、まったくもって得体が知れないよ。
世界樹の枝が素材と云われても信じそうだ。そんなものは存在しないけれどね。世界獣は存在しているけれど。
さて、答えの出ない思索は放り投げて、お宝を拝見といきましょう。そうそう、都合四つお宝をゲットしたわけだけれど、うちふたつは開封もしないままにインベントリに放り込んであるよ。これは家に帰ってから開ける予定。
いや、時間がないからさ。
本当はこれもインベントリに放り込みたいんだけれど、ショートカット用のメダルだけは取り出しておきたいからね。
それじゃ、オープン!
なかに入っていたのはやや大きめの中盾とメダル。メダルにはバイソンの頭が刻印されている。
そして中盾の方はカイトシールドに分類されるかな。この形は。デザインは黄色地に白い花をあしらったレリーフが施されたものだ。この花はマーガレットかな?
盾のサイズに合わせた形になっているから、下方向の花弁が長くなっているけれど。
さてさて。盾か。嫌な予感がするな。凄く嫌な予感がするんだよ。
インベントリに入れてみる。
【聖盾サンクトゥス】
Oh……。やっぱりだよ。またしても聖武具。もう、私はダンジョンで下手に宝箱を掘ったりしない方がいいんじゃないかな。
聖武具は各国で特別視されているから、下手に掘りだすと面倒臭いんだよ。なんというか、ディルガエアとは良好な関係を結べているからいいけれど。
あぁ、でも、名誉付きとはいえ爵位を賜る状況に陥っているし。というか、国王陛下も褒美に苦慮しているみたいだしね。一度に聖武具四個も献上されるとは思わないよね。
国としては褒美を出さないわけにはいかないしね。面子ってものがあるもの。
とはいえ、そろそろ私もお金が貯まる一方になっているから、ある程度は使わないといけないし。
まぁ、その辺はなにか考えよう。
これもインベントリにしまってと。
ちょっと下層を覗いて来よう。
……。
……。
……。
絶対になにか間違ったんだよ。下層、不死の怪物階層だったよ。
あれ? でも二十階層のボス共のところに、さっきの“牛頭人食い鬼”を放り込んだら、十中八九、牛頭さんが勝つぞ。
やっぱりどっか調整が間違っているに違いない。あとで大木さんに確認してみよう。このままだと中層の探索ができる探索者がほぼ皆無だ。
この宝箱も回収してと。それじゃ、帰るとしよう。もう七月に入っちゃってるだろうし、今月中に王都に入らないといけないからね。
ショートカットの扉を開き、ボーを先頭に、私たちは階段を上っていく。
「おぉ、嬢ちゃん、戻って来たか!」
「はい、ただいま戻りましたよ。……えーっと、なにか?」
去年、私が森から戻ってこない、ということで心配してくれた兵士さんが出迎えてくれた。ただ、このショトカの出入り口の番をしている兵士さんはちゃんといるから、私を待っていたんだと思うんだけれど、なんだろう?
「いや、嬢ちゃん、事情聴取もなにもしないでまた潜っただろう」
「事情聴取って、必要ですかね? 殺されそうになったところを返り討ちにしただけですよ」
「いや、連中の元締めが騒いでてなぁ」
「あれ? あの中にいなかったんですか?」
「連中、使いっぱしりみたいなもんだな」
使いっぱしりねぇ。
そういや、連中、なんであんなことをしてたんだろ。いや、一番に二十階層攻略を果たしたい、ってことだろうけれど、それならその元締めとやらも前線にいないとおかしいよね?
「探索者のクランですよね?」
「クランっていえばクランといえるんだが……ありゃ、新興宗教だな」
「……そういや、そんな感じのこと云ってましたね。なに云ってんだコイツ、とか思って聞き流してましたけれど。アレカンドラ様信仰でしたっけ?」
基本的にアレカンドラ様を直接的に崇めるようなことは、暗黙の了解の形で禁じられているんだよね。
ほら、六神がアレカンドラ様の属神であるからさ、そうするとアレカンドラ様を祭神とする宗教が一強になってしまうんだよ。だからアレカンドラ様を祭神とした教派が存在しないんだし。
この辺のことは、アレカンドラ様が六神を創った時に取り決めたんじゃなかったかな。
確か、前任の管理者から完全に引継ぎが完了して、ひとりで管理をすることになった際に六神を創って――って聞いたよ。
いや、宗教周りは怖いからね。ララー姉様と同居を始めた時に、細かいところを確認しておいたんだよ。
「それで、なんでまた私の話を? 引き渡すときに云ったこと以上のことはありませんよ」
「それがなぁ、嬢ちゃんの指示で動いているとか云いだしててなぁ」
「はぁ!?」
なんだそりゃ?
私は思わず目を瞬いた。
「私の指示って……まさか神子云々ですか?」
「連中はそう云ってる」
「私は自分が神子だって云ったことはないんですけどねぇ」
「そういうわけだから、連中の前ではっきり云ってやってくれ」
「云ったところで、私を偽物呼ばわりするだけじゃないですか? まぁ、私はアレカンドラ様の神子というわけじゃないので、本物偽物以前の問題ですけど」
思わずため息をついた。
なんだかどっと疲れた気分で兵士さんの後をついて、留置所へ。連中は私の創った檻から、留置所の檻へと移されたようだ。
屋外に置かれた檻のところにボーとビーを待機させ、人形もそこに置いていく。
人形には喋らないように云い聞かせてあるから、大人しくしているだろう。その辺の兵士を捕まえて、召喚云々を云いだしたら、ボーが容赦なく殴ることになっている。
ボーの打撃力は中層の道中でしっかりと見ているから、きっと大人しくしている事だろう。
留置所にはいると、そこではダリオ様が三十くらいの男と睨み合っていた。
「ダリオ様を睨みつけているのは誰です?」
「名前はパオリーノ。クラン【女神の剣】のリーダーで創始者だ」
なるほど、新興宗教の教祖様ですか。ポイントをつけるとしては、へんな髭を生やしていないってことだけだな。
兵士さんは睨み合っているふたりのところへと進む。
「ダリオ閣下、キッカ様をお連れしました」
「お久しぶりです、ダリオ様」
睨み合っているふたりのいる机の脇に立ち、軽く会釈をひとつ。
「あぁ、キッカ殿、お呼びだてしてもうしわけない」
「おぉ、神子殿。お初にお目にかかる。私はパオリーノと申す。以後、見知り置きを」
フレンドリーな笑顔を向けるパオリーノを、私は胡散臭げに見つめた。
なんだろう。すごい気持ち悪い。背中がむやむやする。
「ダリオ様、これは殺人の取り調べですよね?」
「えぇ。ですがこの御仁は認めないのですよ」
「まぁ、確かに殺人はしていませんよ。指示をしただけで」
「神子殿、私は閉鎖の指示はしたが、殺害は指示しておらんぞ」
心外な、とでもいうように、パオリーノは顔をしかめた。
「なら、なぜ二十階層への階段を閉鎖させたんです?」
「不死の怪物の殲滅は我らが使命。他の者に任せるわけにはいかん」
「また傲慢な。亡ぼせるのなら、誰でもいいでしょうに」
「これは異なことをおっしゃる。太陽神であらせられるアレカンドラ様の御力こそ、不浄の輩を滅する力。それを得た我らが行うのが必定よ」
……ところどころ論理が綻んでいないかな? アレカンドラ様は太陽を象徴としているけれど、太陽神じゃないし。
「監督責任は?」
「む?」
「監督責任。あんたの思想だの意義だの、そんなものはどうでもいいのよ。あんたの信者があんたの言葉を受けて人を殺し、私も殺そうとした。いまここで話すべきはそれだけよ」
私がズバリというと、パオリーノは目を見開き、わなわなと震えだした。
「貴様、何者だ! 我らの教義をないがしろにするとは! 神子殿がそのようなことを云う筈がない!」
パオリーノが立ち上がり、私に指を突き付けた。
あぁ、もう。これ面倒臭い奴だ。勇神教くずれだと思うけれど、ちゃんとどうにかしてよライオン丸。
兜に手を掛け、外す。タマネギ兜はその形状のおかげもあって、さほど閉塞感は感じない。感じないが、やはりフルフェイスの兜を脱げば、ほっとした気分にはなる。
「神子、神子とうるさく云っているけれど、私はアレカンドラ様の神子などではないわよ。もちろん、六神、いずれの神々の神子でもないわ。私を引き合いに出して、勝手に利用しないで欲しいんだけど」
「我らをたばかったのか!」
「だから、私は自分を神子だなんて云った覚えはないの」
勇神教の神官はこんなんばっかりなの?
「パオリーノ、座れ」
ダリオ様が目の前で立っている中年男性に命じる。だがパオリーノはそんな言葉なぞ知ったことではない。
「おのれ、この背信者共め。いまここに我が信仰の力を示し、貴様らを――」
パオリーノが私を指差した途端、その右腕を突如現れた光の柱が飲みこんだ。
光の柱が現れたのは一瞬。ほんの一瞬。その一瞬で、パオリーノの右腕は消失した。
あたりには微かに肉の焼けたような臭いが広がる。
「おやおや、神罰が落ちたみたいだよ。光栄に思うと良いよ。いまのは、アレカンドラ様が直々に落とされた神罰だ」
神様方は象徴としているモノに合わせた神罰を落とすからね。
ディルルルナ様が雷を使うように。
パオリーノは呆けたように蒸発した右ひじから先を見つめていたが、ようやく現実を受け入れることができたのか、悲鳴を上げた。
「……ダリオ様、審神教の神官に、審議をしてもらったほうが良いと思うのですが」
「一応、彼らに配慮したんだがね。元は、若くして勇神教の司教にまでなった御仁だ。ここにきて別宗派の厄介になったとなれば、面目は丸つぶれだろう?」
またダリオ様は変なところに気を使って。自分たちが一番になりたいって理由だけで殺人を犯した連中ですよ。容赦なく断罪してしまえばいいのに。
そんなことを思いつつ、私は腕を押さえて呻いているパオリーノを見つめた。
でも実際のところ、いまの神罰は誰がやったんだろ? アレカンドラ様じゃないよねぇ。
誤字報告ありがとうございます。




