281 トロールよりもずっと強そう
さぁ、やってきましたよ。中層ボス部屋。
あいつらを押し付けて、事情を立て板に水のような調子で説明した後、ダンジョンにとんぼ返りしましたよ。
道中はほぼマラソン。いや、時間があまりないからさ。それに、確認したいことは【生命石】とかの鉱脈……って云っていいのかな? それだからね。
道中の魔物は、ライカンスロープとかピッグマンとかが殆どだ。あ。そうそう。私がコボルドだと思っていた、あのドーベルマンみたいな容姿の犬人間。コボルドじゃなくてノールっていう魔物だったよ。
それと、食料用とかいわれてたのもウロウロしてた。あいつらは浅層、上層、中層と、どこにでもいるみたいだ。
中ボスは人熊。強かったよ。とはいっても、中層の中ボスだしパワー一辺倒だったけれど。動きも遅いし。問題なく対処できたよ。武器も持っていないから、リーチも分かりやすかったしね。
……あぁ、そうか。そういえば私、丸一日熊と殴り合いとかやったっけね。そう云った意味では経験済みだったわけだ。
髭面の半裸のおっちゃんが、いきなり毛むくじゃらになって熊に変身したのには驚いたけれど。
ただ……その……ね。変身すると来ていた服が弾け飛んでね。全裸になるわけよ。それでね、熊に変身したといっても、人熊だからさ、いろいろと丸見え状態。
これがフィクションとノンフィクションの違いか! とかアホなことを思っていたら、ボーがあっという間に殴り倒したよ。
思わず「お前はなんのために変身したんだ」とか云っちゃったよ。
そして、ここまでで、もっとも手強かったのがウサギ。
サイズも、まんま日本でよく見るサイズのウサギ。
遭遇したのは一回だけだから、もしかしたら中層の魔物じゃないのかもしれない。下層から上がってきて、上層へと行けずに中層でとどまっている魔物。
あのスケルトン共が中層への道をブロックしていたようなものだから、その可能性はあるんじゃないかな。
毛色は白黒八割れ。
通路で遭遇し「え、普通のウサギ?」とか思っていたら姿が消えて、私の首に衝撃。
この玉ねぎ鎧は構造上、兜を胴鎧に乗っけるような形になっているから、首回りもしっかりと守られている。
単に頭に被るだけの兜だったら、ネックガードの付いた鎧でもなければまともに一撃喰らっていただろう。
馬鹿みたいに速い速度でヒットアンドアウェイを繰り返していたウサギだけれど、ボーのカウンターで頭を砕かれて死んだ。
【菊花の奥義書】で確認してみたところ、思わず冷汗をかいたよ。
【首刈り兎】。
……本当にいたよ。
怖っ!
タマネギ装備でよかった。いつもの魔女装備だと首と胴がお別れしてたかも知れない。いや、私の事だから、きっとしてる。
いくら私が一日に一回まで死ねるとはいっても、さすがに首と胴が離れちゃったら、生き返れないと思うのよ。
いや、生き返るのとは違うか。ゲーム的に云えば、HPが1の状態で踏みとどまるみたいな感じだよね。しかも困ったことに、そんな有様になると、恐らくは私は意識を失ってるってことだ。
以前、暗殺者にやられた時がそうだったからね。
とりあえず、ディルルルナ様の加護である【即死回避】が、どの程度のものなのか不明だから、盲目的に信頼するわけにはいかないよね。
なんとか首回りを護るような装備も考えた方がいいのかなぁ。常に鎧装備っていうのはさすがにアレだしねぇ。
まぁ、それはおいおい考えよう。普通に暮らしている分には、遭遇することもないんだし。
それと、私の目的のひとつである、鉱物関連の確認。それもしてきたよ。浅層とかにある骸炭や岩塩は、壁から生えてポロポロおちているんだけれど、中層は違ったよ。
ふつうに鉱脈ができてた。【アリリオ】の内装は石を積み上げられて作られたようになっているんだけれど、岩肌が剥き出しになっている場所がところどころにあるんだよ。
で、そのそばには錆びの浮いたつるはしが落ちている。
……なんだろう、この、微妙な至れり感は。つるはしに錆びが浮いているのが、妙なリアリティを醸し出しているし。近くに岩に潰された骨があったりしたら、雰囲気倍増だけれど、さすがにそれはなかったよ。
試しに掘ってみたら、生命石が掘れたよ。三個ほど。個数制限があるみたいだ。ひとりにつき、なのか、それとも一ヵ所につきなのかはわからないけれど。
まぁ、しばらくしたらまた掘れるようになるんだろう。
つるはしは持ちだしたりできるのかな? こんなのを持って行く奴はいないと思うけれど。
ここまでの道中はこんな感じかな。
そして中層のボスとこれから戦いますよ。
トン、と扉に手を当てる。
さーて、ボスはなにかな?
大きなボス部屋の扉がゆっくりと開いていく。そして見えるボスの姿。
身の丈は三……いや、四メートルくらいあるかな?
牛頭人身……あれ、下半身が牛だ。
パンっているじゃない。上半身が人で下半身が山羊、そして山羊の角を生やした神様。あんな感じ。いや、頭は完全に牛……バイソンなんだけれど。
黒褐色の体毛が全身を覆った、筋肉だるま。
えっと、某漫画のノスフェラトゥかな?
とりあえず牛頭鬼と呼ぼう。
手にしているのは柄の短い大斧。グレートアックスとかいうやつだ。でも、あれ、斧の形をしているけれど、斧じゃないよね。
いや、刃の部分がさ、ぶっといのよ。斧の刃を前歯と例えるなら、あの斧のような物の刃は奥歯だよ。
切るのではなく、磨り潰すのに特化しているように思える。
えぇ、あれと戦うの? トロールよりもずっと強そうなんだけれど!?
トロールは、私からすると図体が大きすぎたこともあって、意外に攻撃は避け易かったんだよ。動きも大味だったし。
でも、アレはトロールより小柄な身の丈四メートルとはいっても、小回りが利きそうな感じだ。
あの斧を盾受けするのは無理だろうし、いなすなんてできっこないよねぇ。絶対に力がたりない。
ここは安心安定の【氷杭】を中心に使って行くとしよう。
麻痺毒が効けば楽なんだけれど、あのサイズだとちょっと無理そうだ。
と、そうだ。
「ボー。あんたは攻撃を避けることに専念するのよ。一撃でももらったら死んじゃうからね!」
ボーに云い聞かせる。ビーはもとより回避タンクだから云う必要もない。
こっから攻撃出来たらいいんだけれど、そう都合よくはないんだよね。魔法にしろ、弓にしろ無効化されるのは嫌ってほど確認済みだ。
さぁ、行こう。
ボス部屋に飛び込む。同時にボスが動き始め、そして扉も閉まる。
って、速っ!
一気に間合いを詰めて来た牛頭鬼が大斧を振り下ろす。
石畳に当たった刃が、まるで金属をこすり合わせるような不快な音の混じった騒音を撒き散らした。
あの斧、なんでできてるんだろ? 見た目は木製みたいなんだけれど。
ボーが隙を見て牛頭鬼の足元へと入ろうとするも、凄まじい勢いでブンブンと斧を振り始めた。
振りの回転が早いな。やたらめったら振り回しているように見えるけれど、しっかりボーを狙ってるよね。
豪快にして繊細というのはこういうことなのかな!?
【氷杭】を狙い撃つ。
が、頭を狙って撃ちだされた魔法は、斧の柄で防がれてしまった。
ビーが雷撃を放つ。だがそれもステップひとつで躱された。
こいつ、これまでに戦った中でもトップクラスに強いな。ケルベロスやモンゴリアン・デス・ワーム並なんじゃないかな?
ん? オリハルコンスライム? あれは強いんじゃなくて、堅いんだよ。いうなれば、無敵を目指した魔物。
そして目の前のこいつは、まさに最強を目指して産み出された魔物だろう。
すぅっと、ゆるりと前のめりになったかと思うと、そこから一気にステップインしてきて大斧を振り下ろす。
その一撃で床に振動が伝わる。
だが攻撃はそれで終わらない。二撃、三撃と大斧を振る。はた目から見ると鍬をブンブン振ってるみたいだけれど、こんな一撃を喰らったら一発で終わる。
こっちも魔法を放っているが、それらはすべて防がれてしまった。
くっそ、大味な攻撃ばっかりしてくる割に、かなり小器用だぞコイツ!
ガン! と大斧を再び床に叩きつける。叩きつけ、そして牛頭鬼はそのままの姿勢で突撃してきた。
ちょっ!? 斧はモップじゃないぞっ!
慌てて横っ飛びに避ける。ごろんと転がり、その勢いのまま立ち上がる。牛頭鬼は壁に大斧を激突させたところで止まるや、大斧を横薙ぎに振り払いつつ振り向いた。
その振り払いで、放っていた【氷杭】は防がれた。
えぇい、後ろに目でもついてるの!?
振り回される大斧の圧力でボーは近づけない。私とビーの放つ魔法はすべて大斧で防がれるか避けられる。いまや大斧は、そこかしこから氷柱が生えている様に見える有様だ。
くぅぅ、あれじゃ、冷気魔法の付与をしたようなもんじゃないのさ!
……ん? 付与? それだ!
付与といったけれど、あれは付与じゃない。当たり前だけれど。そして、いくら大斧で防がれているとはいえ、効果が発揮されていないわけじゃない。
【氷杭】を連射する。
【氷杭】は見習級の魔法だからね。燃費はいい。燃費がいいというのは、魔法を撃つ際の溜め時間の短いということでもある。現状の私の状態だと、装備の補助がなくとも、最低限必要となるの溜め時間以外掛からずに撃つことができる。それも連続して五百発以上! 熟練級の【氷槍】だとこうはいかない。
魔力は時間経過で回復もするから、実際はさらに増えるだろう。
【氷杭】を撃ち続ける。ビーも私の意図を分かったのかは不明だが、同様に【氷杭】を撃ち始めた。
相当に冷え、それこそ氷どころじゃないくらいに冷たくなっているだろう大斧を両手で大きく振りかぶり、ブン! と横殴りに振る。その時、ずるりとその手の大斧が滑るのを私は見逃さなかった。
あれだけの得物だ。重量は相当のものだろう。当然、握る手にも力が入っているハズだ。動けば体温も上がるし汗もかく。
もう、分かるよね。
あまりにも冷えた大斧の柄に、ヤツの掌の皮はくっついてしまい、いままさにそれが皮膚ごと剥がれたのだ。
さぁ、これで傷みはともかくも、流れる血でグリップは滑るはずだ。いままでみたいに力強い攻撃はできないよ。
牛頭鬼が吠える。
あまりの声量に身が竦みそうになる。だがいま足を止めたら死ぬだけだ。
【氷杭】を撃ち続ける。狙いはもちろん頭だ。
牛頭鬼はこれまでと同様に斧で受けるが、その動きはぎこちない。
ふはははは。凍り付いた斧は痛かろう!
そして遂にビーの放った【氷杭】が牛頭鬼の頭に突き刺さった。
物理的ダメージのない魔法だけれど、火照った頭を冷やすどころじゃない冷気が頭に叩き込まれたんだ、人間だったらこの一撃だけで失神し、そのまま死にかねないダメージだ。
数歩たたらを踏むものの、牛頭鬼は耐えた。でも、そこまで。
追撃はとめない。
動きが鈍った牛頭鬼に、向かってくる無数の【氷杭】全てを防ぐことはできなかった。
二本、三本と頭部に【氷杭】を受け、ついに牛頭鬼は倒れた。だが、まだ死んだわけじゃない。
本当に魔物はしぶとい。でも、無力化できた以上、これで終わりだ。
心臓の辺りに【氷杭】を撃ち込む。それこそ、心臓を凍らせるほどに。
正面や脇から【氷杭】を撃ち込むことしばし、不意に奥の扉が開いた。
ボス戦終了の合図。つまりは、ボスが死んだことを意味する。
私は半ば奇怪なオブジェに成り果てた牛頭鬼を見、大きく息をひとつついた。
「あぁ……こいつとはもう二度とやり合いたくないわ……」
誤字報告ありがとうございます。