280 檻を牽引して移動中
ただ今、檻を牽引して移動中ですよ。
まったくもって面倒臭い。なんで私はこんな肉体労働をしているのだろう?
まぁ、とりあえず思い付きで行動を起こして後悔するのはいつものことだ。一応、起動させていないオートマトンがまだ三体残っているから、それを使って檻を運ぼうかともおもったんだけれど、さすがに目立ちすぎるよね。
仕方がないので私と狂乱候とで牽引しているよ。スケさんチームを出して運ぼうかとも思ったけれど、さすがにスケさんたちを見られるのはマズそうだしね。
連中を放り込んだ檻は布で目隠しをしたけれど、サイズの問題で下の方がちょろっと隙間が空いているんだよね。
……考えたら、隙間、上に空くようにすればよかったかな? 連中、どうせ立てないんだし。あとから放り込んだふたりだって、貧血でまともに動けないだろうし。
目隠しの意味? いや、戦闘になった時に、殺されるだのなんだのと、ギャーギャー騒がれたらうざいからさ。
さて、十九階層から二十階層へと降りて、ガタゴトと檻を牽引して二十階層を突き進み、やっとこさボス部屋の前にまで到着したんだけれど……。
あぁ……いやな予感というのは当たるものだよ。まぁ、途中で再配置がされ始めていたから、察してはいたんだけれど。
ボスが再配置されてるよ。
実は、あのファランクスはあとから集めて支配下に置いてあったものでは、などと考えていたんだけれど、しっかりとその考えは外れたよ。
あのファランクス二隊もボスに含まれるみたいだ。
あぁ、もう。【夜明けの剣】で蹴散らせるとは云え、倒すのが面倒なんだよ。生き残ったヤツは逃げまくるから。
ん?
え、戦いたい?
狂乱候のふたりが、私の所に来てアピールを始めた。
まぁ、お留守番を任せただけだしねぇ。なんか、豚が何匹かちょっかいを掛けに来ただけだっていうし。
うん。それじゃ、やっちゃってもらおうかな。
扉に手を触れる。
内開きの扉が開いていく。
人がひとり通れるほどの隙間が開いたところで、狂乱候が連れ立って室内へと突撃していった。
うーむ。そこまでストレスが溜まってたのかな?
と、こっちに来ないとも限らないから、武器は出しておこう。そうだな、【夜明けの剣】はふたりに水を差しそうだから……そうだ、昨日、脅し半分に出したハンマーを出そう。
私の右手に【召喚武器】が現れる。
みるからにバランスの悪いハンマーだ。
本来、戦槌というものはメイスサイズの片手武器だ。それも槌の部分は、ゲームなんかによくあるような馬鹿げた大きさではなく、普通の金槌の槌の部分が少しばかり伸ばした程度だ。……一回り二回りくらいは大きいかな? で、片側は鈎になっているのが一般的だ。
両手持ちの長柄の物でも、要の槌の部分は同様だ。
いや、そうじゃないと、樽サイズのハンマーってどれだけの重さになるのかと。某狩りゲーのハンマーみたいに、気軽にブンブン振り回すなんてできる訳がない。
これ?
【召喚武器】は別だよ。なにせ重量ゼロの代物だからね。まぁ、だから扱うにはちょっとしたコツもいるんだけれど。
自重を威力としている武器なんかだと、その調子で扱うとまるっきり威力がでないからね。大型武器なんかは軒並みそんな感じになるだろう。青龍偃月刀なんか造った日にゃ、まさに見掛け倒しな武器になりかねない。
居合い刀なんかにはぴったりかも知れない。……あぁ、いや、あれもある程度の重量は必要そうな気がする。となると、短剣とか、刺突系の武器が一番扱いやすいかな。主に、使い手の技量と腕力が要になるような武器が。
扉が開き切ったのを見て、檻を引いてボス部屋へと入る。
単なる力仕事であれば、なにも考えずに【筋力】だけをドーピングしても問題ないのはありがたい。あんまり下手なことをすると、自身の筋力で骨が折れたりしそうだけれど。
檻がすっかり扉を通り抜けると、バタンと扉は閉まった。
これで、ボスを討伐するまではどうやっても開けることはできない。
目の前では、ふたりの狂乱候が暴れまわっている。剣の一振りで、スケルトンが一瞬だけ炎に包まれて砕け散っていく。ファランクスの構えている盾も槍もお構いなしだ。
「お?」
一体のスケルトンが槍を突き出しつつ突っ込んできた。
私はそれを左手で掴んで、ぐいと手前に引っ張る。そして引っ張られてたたらを踏んでいるスケルトンを右手のハンマーで叩き潰した。
このハンマーには重さなんてないから、主にドーピングした私の力の振り下ろしのみの威力だ。それでもスケルトンはぺしゃんこになり、粉々に砕けて潰れた。
うーむ。我ながらここまでドーピングすると酷いことになるな。多分、ステータス評価は【S】になっているだろうけれど。
そうそう、“工神”の件について聞いたんだよ。女神さま方に。そうしたら、ドーピングして【技巧】を【S】にまで引き上げたからだそうな。
【S】は神様の領域とかで、人がどう頑張っても到達できないみたいだ。
で、鑑定盤はそれに基づいて、自動的にあのフレーバーテキストを捻りだしているらしい。らしい、なのは、あの鑑定盤を作り出したのも大木さんだからだ。
私が接触するまで、大木さんは今の神さま方と一切接触していなかったからね。細かい仕様に関しては神様方も把握していないそうだ。
こっちに数体ほどファランクスが流れて来たけれど、ほぼすべてのファランクスは狂乱候に破壊されてしまった。
それにしても、狂乱候は相変わらず戦闘中はうるさいな。こんなところもゲーム仕様か。
さて、ファランクス。私のところに流れて来た三体ほどを叩き潰しただけだけれど、かなり弱体化しているように思えたよ。最初に戦った時はそれなりに堅かったんだけれど、今回のは簡単に潰せたもの。
まぁ、ドーピングしていることもあるんだろうけれど、それを差し引いても弱いと思う。
なにより、いま狂乱候が襲い掛かっているボスの取り巻き二体の装備が、全身金属鎧になっていないからね。
その装備も魔法の掛かったものではなく、普通の鋼製の装備だ。
これなら階層に妥当な強さかな? いや、数が三百近いって時点で問題しかないか。例え最弱の魔物だったとしても、数の暴力の前には敵わないよ。こっちに殲滅できる武器があるならともかく。
やっぱりここは難易度調整をやってもらおう。そうしないと中層での資源回収なんて無理だよ。
あ、終わった。
護衛のスケルトン。狂乱候の最初の一撃は防いだものの、そこで体勢を崩され両断された。
そして最後のワイト。冷気系の魔法を使っていたけれど……威力が弱いな。あれじゃ狂乱候は止まらない。
首を刎ねられて炎上。
これで二回目のボス戦は終了した。
これではっきりしたね。ダンジョンの魔物の強さは固定じゃないって。
うーん……となると、まったく攻略の手がはいっていない階層の魔物は、馬鹿げた強さになってる可能性があるのか。
魔物溢れの際に、魔物同士で殺し合ったりしているおかげで、強個体っていうのは稀にしかいないだろうけれど。
ん? あ。あいつら、布を剥ぎ取ってる。ちょっと目を離すとこれだ。まぁ、こっからさきは戦闘なんてないから、このままでいいや。
落ちている装備を拾い集めて、お宝部屋へ。
宝箱はそのまま鞄へと放り込み、地上への直通路へと入る。
扉の大きさを加味して檻は造ったけれど、ちゃんと通路に入れるかな?
……。
よ、よし。なんとか通り抜けられた。若干、斜めに入らないとダメだったけれど。
あとはこのまま地上まで戻るだけだ。
いや、それが一番、面倒なんだけれどさ。
ここでこの檻の下部に取りつけられている車輪について説明をしよう。
取り付けられている車輪は、段差を登ることができる車輪だ。車輪がみっつ、三角形に並べられている奴。
見たことないかな? よく駅で自販機の缶コーヒーだのを運んでる業者さんが使ってるカート。その車輪と同じ構造のものを取り付けたんだよ。
これで階段を登っている最中で足を滑らせたりしたとしても、檻に引っ張られて階段を転げ落ちていくなんて心配はないハズだ。
まぁ、その前にだ。この檻の重量を軽くしないと、さすがに登っていけないわけなんだけれど。なにせ重量だけでも三トン近くあるだろうし。
放り込んである八名+死体四名の重さが馬鹿にならないんだよ。
こいつらだけで一トン軽く超えてるし。
全力で檻と、中の連中に軽量化を掛ける。効果時間は五分くらいだから、切れる直前に更新しないと。
地上への直通路。いわゆるショートカット通路の出入り口は、幻影の魔法によって巧妙に隠されている。この幻影も質量を伴っているもので、すり抜けるということは基本的にできない。
例外となっているのは、ショートカットの扉を開くためのメダルを持っている者。もっとも、これは少しばかり判定が緩くなっていて、持っている者に付随している者も出入りはできる。
メダルを持っていると幻影が消えて見えるから、地下道への入り口みたいなのが開いているのがわかるんだよ。
【アリリオ】のショートカットの出入り口は、【アリリオ】の入り口の後ろ。そこに巨石が突き立っているようなところがあるんだけれど、その巨石の側面にある。
やっとのことで二十階分の階段を登り切り、外へと出た。出入り口の両脇には兵士が番人のように立っている。
「ご苦労様です」
「ん? ひとりか? ……その担いでいるロープはなんだ?」
兵士さんが怪訝そうな顔でロープの先を見つめている。
このロープは檻につないであるんだけれど、兵士さんたちは幻影の為にその先を見ることができないのだろう。
と、そうだ。狂乱候のふたりを送還しないと。どうしようか?
ちょっぴり考え、正面の森の中に【走狗】を二体召喚。これで狂乱候は送還されたはずだ。【走狗】は……私の意図がわかっているのか、そこで待機している。
【走狗】は通常召喚だから、時間が来れば自動的に送還されるだろう。
「えーっとですね。殺人犯はここで引き渡しちゃって大丈夫ですか?」
「は?」
私が兵士さんに問うと、なんだか間の抜けた反応が返って来た。
いきなりそんなことを問われるとは思わなかったのだろう。事情を説明すると、兵士のひとりが慌てたように駐屯所……かな? へと走って行った。
私は檻を外へと引っ張り出すと、檻の扉に掛けた【施錠】の魔法を解除する。これで問題なく誰でも開けられるだろう。
一応、紐で縛って留めてあるから、扉がパタパタすることはない。
「……ちょっと質問をしてもいいか?」
「なんです?」
「この檻はどうしたんだ?」
あ、聞くのはそっちなんだ。
「がんばりました」
「え? いや、そうじゃ――」
「がんばりました」
私は再度、同じ言葉を口にした。
「がんばりましたよ」
「……そうか。で、なんで全員素っ裸なんだ?」
「武器とか隠し持たれていたら大変じゃないですか」
「あの袋は?」
「死体です。連中の仲間ですよ。あ、殺したのは私じゃないですよ。詳しいことは、連中を尋問してください。審神教の神官さんを呼べたりします?」
確認すると、すぐには無理だと答えられた。
さすがに常駐はしていないか。
できれば、こいつらを押し付けて中層を探索したいんだけれど――
駐屯所から兵士たちがバタバタと大挙してやってくるのが見える。
――そうもいかないんだろうなぁ。
思わず私は、疲れ果てたようにため息をひとつついたのです。
誤字報告ありがとうございます。