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279 異常なドワーフ


 どこで間違えた?


 なにを誤った?


 なぜこんな有様になった?


 檻の中。いま俺たちはそこに放り込まれている。装備の一切合切は剥ぎ取られ、身に着けているモノと云えば、折れた足を支える、添え木代わりの剣の鞘くらいだ。


 両足をへし折られ、とてもじゃないが立つことなんてできやしない。もちろん、この状態は俺だけじゃなく、仲間全員が同じ状態だ。


 なんとか身を起こし、ズルズルと後方に移動して、格子に背を預ける。


 この檻はどういうことだ?


 こんなもの、俺たちは用意なんかしちゃいない。ということは、あの鎧のドワーフがどうにかしたってことだ。


 考えつくのは【底なしの鞄】に入れておいた、ってことだろうが、普通、こんなものを鞄に入れて持ち歩くか?


 それと、格子の向こうに見えるふたり。俺たちを監視、檻の番をしている鬼人。

赤い模様のある真っ黒な鎧に身を包んだ、暗褐色の肌に赤褐色の髪をした大男。


 鬼人は良く知ってる。なにせ、総組合長が鬼人だからな。【飛竜斬り】を知らない奴の方が少ないくらいだ。


 だが、目の前にいるこのふたりは違う。こんな黒い肌の鬼人なんて知らない。いや、こんな肌の色の人種を俺は知らない。


 それに装備している鎧。禍々しいなんて言葉がここまで似合う鎧が他にあるか?

 赤い紋様が、心の臓が鼓動するように明滅しているんだ。それこそ、まるで生きているみたいに。


 そしてなにより、ふたりが何事が話しているが、なにを話しているのかさっぱりわからない。


 まるで歌うような調子の流麗な言葉で話している。どこの言葉だ? すくなくとも、六王国で話されている言葉じゃない。南方人たちの言葉だろうか?


 急にふたりの内のひとりが剣を抜き構えた。


 あぁ……なんだよあの剣の禍々しさは。鎧と同じじゃないか……。


 そのひとりが駆けていく。魔物が来たのか? 確かに、このあたりにはちょくちょくやって来る。大抵は単体。多くても二匹。それを俺たち六人総出で始末していた。


 基本的に囲んで殴ることをしていたから、被害らしい被害はない。たまに前衛が殴られるが、それなりの装備をしているし、盾受けできれば問題ない。せいぜいしくじって手首を挫くくらいだ。


 駆けて行った鬼人はすぐに戻って来た。ずるずるとオークを二体引き摺って。


 オークは結構タフな魔物だ。それをこんな短時間で討伐するのか。それも二匹をひとりで。


 目の前でオークの解体をはじめた鬼人ふたりの姿に、俺は口元を引き攣らせた。



 どのくらい時間が経っただろうか。ドワーフが大きな荷車を曳いて戻って来た。荷車に載せられているのは……あぁ、嘘だろ。全滅したのか!?


「はいはい、お仲間さん追加ですよー」


 ドワーフがふたりを檻に放り込んだ。顔色が真っ青で、生きているようには見えない。

 当然、全裸だ。


 俺がドワーフを見つめていると、ドワーフは首を傾げたようだ。体ごと少しばかり傾いた。


「なに?」

「い、いや……」


 俺はふたりをみた。怪我は一切ない様だ。一体、なにがあった?


 そんな俺の疑問を察したのか、ドワーフは答えてくれた。


「死にかけてたから薬をぶっかけたわ。値段を考えると、酷い散財よ」


 くす……り? 回復薬!?


「こういうのって、あんたたちの借金になったりするのかしら? いや、ならないよね。なんで助けちゃったんだろ?」


 大仰にドワーフはため息をついた。


 俺は空恐ろしくなった。そして自分の幸運に感謝した。こうして俺がいま生きているのは、なんてことはない、目の前のドワーフの気まぐれでだ。

 その気になれば、俺たちの首だけを括って領兵に放り投げれば済むことなのだ。なにせ、真偽は教会で簡単に確認することができるんだからな。


 ドワーフはウサギを置いてまた二十階層へと降りて行き、数時間後に戻って来た。そして再びウサギを連れて降りていく。


 いったい、なにをしているんだ?


 それから体感で二日ほど過ぎた頃だろうか、ドワーフが変な人形を抱えて戻って来た。

 なにか、変な音がでているが、あれは【ラファエル】に出るって云う、機械の魔物かなんかか?


「あんたたち、待たせたわね。地上に戻るわよ」

「なんだと?」

「予定があんたたちのせいで狂いまくってんのよ。どうせなら最下層まで行こうと思ってたのに、なんで戻らなくちゃなんないのさ。それもこれも、お前らがこんなところで変な事やってるからだ。せめて私を素通しさせとけば、足を折らずにすんだろうに。せいぜい、残りの人生を悲観しながら生きると良いよ」


 まるで感情の籠っていない平坦な声でいうと、ドワーフは鞄から布のロールを取り出した。


 いや、なんだってそんなもんを鞄に入れているんだよ。他に入れるものがあるだろう? いくら、いくらでも入るからって、そんなどこで使うかもわからんものを……。


 そんなことを考えていると、ドワーフはその布で檻を覆い、目隠しをした。


「騒がれても困るからね。それじゃ、二十階層を抜けて、ショトカ使って帰るわよ」


 は? なんて云った? 二十階層を抜ける?


「ふ、フロアガーダーはどうしたんだ?」

「フロ……あぁ、ボス? 倒したけど」


 嘘だろ?


 二十階層を突破した? 不死の怪物だらけのこのフロアを? ひとりと二羽で? 魔法があっても、とてもじゃないが正攻法は無理だって諦めたんだぞ! いったいどうやって!?


「ちょっとガタガタするけど、文句は云わないでよ。煩いのは嫌いなの」


 布のせいで外の様子はわからない。下の部分が少しばかり隙間があるが、そこから覗いたところでたかが知れてる。


 知れているが、見ることができるなら、這いつくばって見てやるさ。


 どうせへし折れた足じゃ、できることなんてロクにないしな。


 気が付かなかったが、どうやらこの檻の下部には、車輪が取りつけてあったようだ。微かにガラガラとした音を立てて進む。二十階層への階段のところでは、規則的にガコンガコンと、それこそ階段を一歩一歩降りていくような調子で檻が降っていく。


 ……普通の車輪じゃないのか? 落ちる勢いで、一気に進まされると思ったが。


 二十階層はこれまでの階層と違い、石畳ではなく土の敷き詰められた階層だ。そこをゆっくりと進む。さすがに微妙に柔らかな土の上だと、進みが遅くなるのだろう。


 そもそも、この檻をどうやって牽引しているんだ? あの鬼人か? 妙に金属の擦れるような音も聞こえるが。残念ながら、前方部分はしっかりと覆われているため、確認することはできない。


「あー、再配置が始まっちゃったかー。さすがに時間がかかり過ぎたねー」


 ドワーフの声が聞こえた。


 再配置? そういえば、これまで戦闘が一度もなかったな。


 ……おい、まさか、このフロアの不死の怪物を全滅させたってのか!?


 檻はほんの少しの間止まっただけで、すぐに進みだした。どうやら、現れた不死の怪物は始末したようだ。


 乾いた、なにかが砕け散る音が聞こえたから、おそらくはスケルトンが現れたのだろう。


 再び移動が始まる。戦闘はあっという間に終わったようだ。


「……なんなんだよあいつ」

「手を出すべき相手じゃなかったってことだろ。馬鹿野郎」


 吐き捨てるように云った。


 お前が調子に乗って殺そうとしたからこうなったんだろ。別に通しちまっても構わなかったんだ。


 それにだ、あのウサギ。赤い縦縞って、今思い出したが【殺人兎】だろ。そんな化け物を相手に勝てるかってんだ。


 それから数度の戦闘の後のこと。ドワーフのぼやく声が聞こえた。


「うわ、面倒臭。ボスが復活してんじゃん。また三百を相手にしなくちゃいけないのか。これ絶対に設定を間違えたでしょ、大木さん。今度、文句を云ってやろう。いくら苛っとしたからって、仕事が適当過ぎというか、悪辣すぎるよ。絶対に上層ボス級じゃないもん」


 おい、いまなんて云った? 三百? 嘘だろ?


 思わず俺は檻を覆っている布を掴んで引きはがした。


 見えたもの。


 開いた両開きの扉の向こうに居並ぶ、スケルトンの群れ。


 なんだよ、これ……。


「あ、あんたたちやる? 見張りしてただけだしね。いいよ。存分に暴れてきなさい」


 ドワーフがそういうや、ふたりの鬼人が大剣を抜き、雄たけびを上げながら突撃していった。


 異常だった。


 まさに蹴散らすという言葉を表すような光景が広がっていく。


 剣の一振りで、数体のスケルトンが粉々に砕け、炎上していく。


「おー……弱いなー。再配置されたばっかだとこんな程度か。うーん……一応は適正レベルの敵ってことなのかなぁ。数が多いけれど」


 ドワーフがブツブツと云っている。まるで、この【アリリオ】を査定でもしているみたいだ。


 スケルトンはたちまちのうちに全滅し、そこらに砕けた骨が散らばるだけとなった。


 そして俺たちは、布を剥ぎ取ったことをドワーフに咎められたが、再度、檻を目隠しされることはなかった。


 戦闘の際に騒がれるのを避けたかっただけのようだ。


 俺たちは宝物部屋へと入った。この檻は扉の大きさも計算して作られているようだ。問題なく扉を潜り抜けることができた。


 だから、この檻の丈は少しばかり低いのだろう。まぁ、どいつも立つことなどできやしないから、まったく問題はないが。


 問題があるとすれば、男同士で肌が触れ合ってるいうことだけだ。


 ドワーフは現れていた宝箱を、そのまま鞄に放り込んでいた。箱ごと持って帰るのか。


 そしていま、俺たちは運ばれ、階段を登っている。


 ドワーフが牽引し、鬼人が檻を押している。ドワーフ曰く、この檻の車輪は特殊で、階段を問題なく登れるとのことだ。


 時折、ドワーフが俺たちに手を向けるのが謎だが。


 もうすぐ地上に戻る。


 これまでやったきたことを考えれば、処刑を免れることは難しいだろう。


 そういえば、なぜこのドワーフはこんな面倒なことをしているんだ? 最悪、ひとりを残して殺してしまっても問題ないだろうに。


 殺人事件の案件であれば、審神教の神官が出張って来るんだ。たばかる事なんぞ、できやしない。


 どうにも気になって、俺は訊いてみた。答えを聞いたところで、まったく意味なんぞないだろうが。


 ドワーフはなにを分かり切ったことを聞くのかと呆れると、答えを云った。


 その答えに、俺は口元を引きつらせることしかできなかった。




「簡単に殺したら、それこそ面白くなくなっちゃうじゃないのさ」


誤字報告ありがとうございます。

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