272 ストレスが溜まってたのかなぁ
順調、順調。実に順調。
本当にお散歩気分で四階層まで来てしまいましたよ。確かタマラさんが『三階層まではお散歩気分で歩けます』とか云っていたような気がしたけれど、本当にそうだったよ。
骸炭を満載にした背負い籠を背負って、死んだ目で縦隊を組んで歩く労役中の人たちを見かけたりしたよ。
なんというか、単調作業が過ぎたせいで、あんなゾンビの群れみたいな有様になってるみたいだ。
……というか、それに付き添ってる兵士さんたちの方が大変なんじゃないかな?
ただ穴を掘って埋める作業とか、延々と木を数え続ける作業よりはマシだと思うんだけれどねぇ。
邪魔しちゃ悪いから、こそこそと覗き見てただけなんだけれどね。
見張り役、兼魔物排除役の兵士さんたちも、こんな有様だとダレそうな感じなんだけれど、すっごいしっかりしてたよ。
……よくよく考えたら、この兵士さんたち、イリアルテ領の領兵さんたちだよね。ってことは、親分はバレリオ様な訳で。あぁ、うん。納得だよ。一部を除いて領兵の人たちはしっかりしてるからね。
北門と東門、あとあの三馬鹿くらいか、ダメなの。あれ? 意外に多い? でもシモン隊長とかロクスさんとナナイさんはすごいしっかりしてるしね。
あ、領兵といっても、兵役でやってる人もいるのか。さすがににわか兵士をダンジョンで仕事させないだろうから、ここに派遣されている兵士さんは、職業軍人なんだろうね。
そんなこんなで四階層。ここらあたりから、魔物がちらほらと。労役の犯罪者連中も、五階層までは潜ったりしているようだ。
四階層、五階層はより重い犯罪を犯した連中かな?
殺人とかはそのまま断罪されることが多いから、強盗傷害とか、そういった方面だろう。
あ、そうそう。私が特製デスソースで遊んだあの連中を見かけたよ。あの時みたいなふてぶてしさは失くなってたね。
四階層は魔物がそれなりにでるからね。それもネズミだ。サイズは、尻尾を除いて三十センチから一メートルくらい。三十センチサイズは日本でも……いたかなぁ? 二十センチくらいのドブネズミはいるって聞いたことはあるけれど。
しかも病気持ちだ。見るからに病気持ちって分かるくらいに。ところどころ毛が抜けてて、しかも肌がぼこぼこと腫れ……膿んでる感じ。
そんなのがネズミ特有の素早さで襲ってくるのだ。
しかも掛かる病気が嫌らしい。ダンジョン仕様なんだろうね。それともまだ浅い階層だからかもしれないけれど、致命的なものは一切ない。
というか、死に至ることは絶対にない。
どちらかというと、状態異常を添加するとでもいうのかな。
分かりやすいのだと、リウマチみたいな症状がでたりするみたいだ。
もちろん、痛みがあるだけで、健康にはまったく問題ないので、治療などされずに労役を続行させられる。そんなわけで犯罪者連中は戦々恐々としているわけだ。
ひと思いに死ぬのならともかく、延々と苦しみが続くと云うね。
……というか、これ、治せるの? 私の作った薬ならともかく、一般的な薬でどうにかなるのかな? あぁ、そうか。ダンジョン産の薬があるのか。
回復薬の話しか聞いていないけれど、きっと他にもあるのだろう。
とか思っていたら、ランダム生成される宝箱から拾ったよ。
【筋攣炎治療薬】なるものが三本。薬をダンジョンで手に入れたのは初めてだったから、一瞬、なんじゃこりゃ? とか思っちゃったよ。で「おー、これが回復薬か!」と、香水瓶みたいなのをインベントリにいれて、インベントリ鑑定したところ、さきほどの名称が。
これ、ネズミとか、一部の動物系の魔物が媒介して掛かる病気……というより、呪いかな。永続的な状態異常を回復するための薬だ。ちなみにお値段はそこまで高くはない。とはいっても、金貨一~二枚程度のお値段らしい。
なので、ネズミは探索者の人たちには嫌われまくっている。あとは犬も猫も嫌われてる。いや、噛んだり引っ掻いたりする魔物全般かな。
罹患する確率は低いらしいんだけれど、掛かるとリウマチみたいな症状がでるらしい。リウマチ、かなり痛いというか、歩くのが辛いらしいね。私が仲良くしてた陶芸家のじっちゃんがリウマチ持ちで「急に足の力が抜けやがるんだ」とか、苦々し気に云ってたのを憶えているよ。もちろん、痛みも辛いらしい。
まぁ、私たちは特に問題もなく、ネズミを蹴散らして四層を進んでいく。
小さいやつはビーが魔法で焼却。大きいやつはボーが殴って処理。最初、力の加減というか、殴り方をミスったらしくて、拳がネズミの体を貫通して酷いことになったけれどね。いきなり血まみれになったボーを、私が魔法でキレイにしたよ。その後、ビーにお説教されてたみたいだ。
鳴き声があるわけじゃないから、よくは分からないけれど。
それからは殴り方を変えたみたいで、ネズミはダンジョンの壁に染みを造るのがお仕事になったよ。ちょっといろんなものが飛び散るのが困りものだけれどね。
そうして五階層。ここも基本ネズミがメイン。それに加えて、ライカンスロープが出始めたよ。獣化する人型の魔物。人間の振りをして近づいてきて――って感じのことをするみたいだ。
みたい、というのは、私の遭遇した奴等はみすぼらしいボロを纏っただけの男三人だったから。
多分、下ででるそれなりに強いライカンスロープは、探索者から奪った装備とかで擬態をしてそうだ。
あ、ここででてきたライカンスロープはワーラット。いわゆるネズミ人間。ネズミ男というと、別のを想像しちゃうので、ネズミ人間と云わせてもらおう。
これとは別に、ラットキンなるネズミ獣人も下にはいるようだ。紛らわしい。
そんなこんなで五階層。
ほぼ素通り。いや、ビーとボーがみんなヤっちゃってね。
厄介そうだと思った魔物の群れも、ビーが燃やして終わった。えーっと、虫柱っていえばいいの? 蚊柱っていうのかな? でも羽虫だけれど蚊じゃないしな、これ。
そんなのが玄室の真ん中にいたんだよ。
見るなりビーが速攻で燃やした。びっくりした。
奥義書で調べたらファイアホッパーとか記されてた。
ホッパー……バッタ? いや、バッタには見えないんだけれど。羽虫だよねぇ。羽根アリっぽいけれど、アリとは違うし。
んで、こいつら、ブレスを吐くらしいんだよ。酸性のブレス。もちろん、生物的なものじゃなくて、魔法的な。でなきゃ、質量的におかしいからね。どう見ても自身の質量以上に噴霧してくるし。
炎っぽくはないけれど、これが皮膚に付着すると炎症を起こして火傷したみたいになるらしい。
ビーは知っていたらしく、見敵必殺したらしい。
地味に嫌らしいな、この魔物。松明振り回してれば簡単に殺せるみたいだけれど、虫柱を見落としたりしたら悲劇だよ。
そして五階層ボス。討伐されてて再配置待ち状態。ということでボス部屋は素通り。事前に聞いた情報だと、ボスはオーク鬼。……脈絡もなくでてきてないかな?
あぁ、そうそう。侯爵様から聞いたのはオーク鬼なんだけれど、実際のところは似て非なる物らしい。いや、オークも人類派生の種族だからね。ダンジョンでは生成されないんだよ。
正確にはピッグマンとなるらしい。
並べるとオークとの違いがわかるらしいよ。ピッグマンはまんま豚の頭をしているとのこと。ミノタウロスの豚版だね。
で、オークは豚っぽい容姿の大男? いや、牙とか生えてて、人類とはいいがたい姿とのこと。生活圏が南方の島のひとつに限られているので、こっちにはいないとのこと。ちなみに、戦闘民族らしい。
えーっと、大木さん情報によると、ゴブリン=性欲、オーク=戦闘狂、オーガ=食欲、という方面に、魔素のせいで暴走派生した人類らしい。オークとオーガは数が少ないので、遭遇率は低いということだ。
……戦闘狂と食欲の権化と考えると、なんで少数なのか想像がつくな。
オーガ、共食いとかもしてんじゃないかな。まぁ、世界獣に近づき過ぎた人類の成れの果てみたいなものなんだろう。
ゴブリンははた迷惑極まりないけれど。
北部大陸。私がいま住んでいるところだけれど、ここらに生息しているオーク(ピッグマン)やオーガはダンジョン産の魔物だそうだ。
あ、そうそう。オーガだけれど、角は生えていない。突起みたいのは出ているけれど。あれは……角じゃないな。組合で絵をみたけれどさ。
と、そんな説明はいいか。
さぁ、浅層後半だ。といっても、ワーラットに加え、兎系の魔物が追加された程度。ワーラビットとアルミラージが増えたくらい?
あぁ、ワーラビットだけど、まるで可愛くないよ。少なくともバニガ的な感じではない。むしろ怖い様相だよ。人間の体に肉食ウサギの頭って、どこぞの頭の悪いホラーか! いや、リアルでみると凄い気色悪いんだけれど。
なぜかボーが親の仇のように殴り倒してたけれど。執拗に頭を潰す形で。
銀色だった篭手の色がくすんできたよ。
あ、ダンジョン内はうっすらとした灯りが灯っているよ。こっちも大木さんが対応したみたいだね。五層までは、壁沿いに組合が設置したと思われるランプがあるけれど、もはや不要なんじゃないかな。まぁ、あれは、骸炭や岩塩の採取地までの道標みたいなものだろうけれど。
灯りは白色光。とはいえ、二色ランプと同程度の光量だからたかが知れているけれどね。
何度か探索者のパーティをやり過ごしたけれど、どこも松明を使っていたね。携帯ランタンを併用しているバーティもあったよ。
松明はあれだ、さっきの虫対策だろう。
てくてくと薄暗い通路を無警戒に歩いていく。いや【生命探知の指環】を付けているから、無警戒というわけでもないか。私の少し先をボーがのっしのっしという形容詞がぴったりな調子で歩いている。
まぁ、ウサギだからね。骨格の関係上、跳ねるんじゃなくて歩くとなると、あんな感じになるんだろう。
ちなみに。アルミラージはホッキョクユキウサギみたいな感じで立ち上がって突撃して来るから、とても気味が悪い。
六層、七層と降りていく。
うーん。なんというか、お散歩気分のまんまだ。ボーが無双しているし。
人型魔物を見ていて思うのは……なんだろう。人らしくないって感じ。いや、人じゃないんだけれど、なんていえばいいんだろう?
感情的なものが感じられない? 昆虫みたいな感じ?
知性はあるけれど知能はない、みたいな? ちょっと違うか。
まぁ、なんというか、機械的な感じとまではいかないけれど、それに近いものを感じたよ。
さて、そろそろ気を付けなくてはならないものが、罠。
ダンジョン内に罠が生成されることはない。けれども、魔物共が罠を仕掛けることはある。
基本的に振り子式の罠だね。紐に引っ掛かって外すと、モノが振られて来る。結構凶悪な代物だよ。鎧と剣を組み合わせて潰して球にしたものが、ぶぉん! と振られて来るからね。正面から来たのであれば躱せるかもしれないけれど、後ろからとかだと喰らいそうだよ。
まぁ、大抵、そんな罠の近くには魔物が待機しているから、私からしてみればまるわかりなんだけれどね。
【生命探知の指環】万歳! ですよ。作っておいてよかったよ。
そうこうして十階層。
十階層ボス部屋の前には、リスポーン……いや、リポップのほうが正しいのか?
えっと、ボスの再配置待ちの探索者パーティがいたよ。
簡単に挨拶して、素通りしてきたよ。
うーん。ショトカメダルはちょっと欲しかったんだけれど、まぁ、いいや。
結構、さかんにボスは狩られているみたいだね。この分だと、十五層も素通りかな?
あ、十層のボスはオークブッチャー。またしてもオークですよ。
コボルドが登場し始めましたよ。いかにもなコボルド。大物ダンジョンにいたのと頭が違うんだけれど。なにか理由があるのかな? ドーベルマンみたいな頭をしているよ、ここのコボルド。
……遭遇すると逃げてく。で、調子に乗って追うと、罠にかかると。
逃げるのは放っておこう。多分、召喚器は二十階層以降にあると思うのよ。でなければ、もう他の探索者に見つけられているだろうしね。
十三層を過ぎた当たりで、ついにオークと遭遇。ネズミ、ウサギ、イヌときて、ブタですよ。
ボーがワンパンで仕留めた。
ストレスが溜まってたのかなぁ。長いこと放置してたようなものだし。
まだまだ続くボー無双。
十五階層のボスも討伐済。再配置待ちのパーティを尻目に先へ進む。
このまま二十階層へと突入できそうだ。
そんなことを考えていたんだよ。
もしかしたら、それがフラグだったのかもしれない。
十九階層最奥。そこに次の階層へと続く階段がある。
でもそこには簡易ながらもバリケードが築かれ、探索者たちが二十階層への階段を塞いでいた。
やれやれ。またトラブルの予感しかしないよ。
かくして、私は思わずため息をひとつついたのです。
誤字報告ありがとうございます。




