27 ねんがんの わがやを てにいれたぞ!
「よう、嬢ちゃん。できたぞ」
「は?」
玄関を開けた途端に云われた言葉に、私は間の抜けた声を上げた。
玄関先にいたのは大工の棟梁、ドワーフのゼッペルさん。私より背丈が低いものの、まさに筋肉だるまともいうべき頑強な肉体を持つ彼が、私がこの世界に来て初めて見た人類以外の人型種族だ。
いや、もともとは同じ人類だったのは知っているけどさ。
◇ ◆ ◇
サンレアンの街について十日が過ぎた。
十日前、教会から領主邸へとリスリお嬢様に連行された私は、領主様と謁見――とはいかなかった。私が会ったのは侯爵夫人であるエメリナ様。リスリお嬢様の母君だ。
領主様は王都へと出張中とのこと。どうも火急の事態が起きているらしく、王様に呼び出されたらしい。
……話の外側というか、端々から入る情報から察するに、テスカセベルムのことらしいんだよね。物資の流れやらなんやから、どうも戦争の準備をしていると考えているらしい。
そのため、テスカセベルムと隣接していることもあり、イリアルテ家は少々ピリピリしていた。
うん。もう過去形だ。その翌日に、テスカセベルム王が乱心し、現在は療養中などという知らせが入ったからだ。
テスカセベルムはいま、戦争どころの話ではなくなったようだ。
えーと、これ、私の仕込んだ悪戯がうまくいったのかなぁ。
地味に指輪のアレも効いてるのかしら?
玉座や指輪に仕込んだ魔法の事を思い出す。もう一ヵ月くらい前だよ。
そんなわけで、現在はテスカセベルムへの警戒レベルが下がり、多少は落ち着いている。
さて、私の話。
リスリお嬢様が私への褒賞の件で、エメリナ様にかなりオーバーにゾンビ退治の話から呪文書に至るまでを伝えた。
もっとも、ゾンビ退治については魔法を実演すれば問題なかったものの、呪文書については半信半疑となったので、こちらも実演することに。
えぇ、リスリお嬢様に呪文書を一冊渡しましたよ。
リスリお嬢様の策略勝ちですよ。
策略といえるほどのものではないけど。
もう、今はこれしかここにありませんよ。と云って【照明】の呪文書をお嬢様に渡したよ。さすがにこれ以上だと、『どこに持っていたんだ?』ってことになりそうだからね。
で、素人魔法の【照明】だけど、これは術者に追従する、半径二メートル半くらいの範囲を照らす光源を生み出す魔法だ。屋内でならかなり便利な魔法ではあるが、屋外だと微妙、というか個人的には害悪扱いの魔法だ。
いや、屋外だと、この魔法の範囲とその外側とのメリハリがはっきりし過ぎるんだよ。要は、範囲外は本当に真っ暗でなにも見えなくなるんだ。
さらにいうと、隠形なんて無理なくらいに目立つしね。スポットライトを浴びているようなものだから、当たり前か。
だから個人的には、任意の場所に張り付けることのできる【灯光】の方が使い勝手はいい。
とはいえ、お嬢様が夜中に外をうろうろすることなどまずないのだ。この魔法なら便利に使えるだろう。燭台を持ってうろついて、うっかり火事に、なんてこともないし。
そしてエメリナ様にもねだられました。仕方ないので、新しく作ったら献上しますといっておいたけど。まぁ、夜中に燭台持って歩くのは危ないしね。
ただ、そのかわりというのだろうか、あっさりと土地を貰えた。正確には土地の使用権というべきかな。場所は丁度、大通りを挟んだ教会の向かい側。
うん。たしかに広い更地があった。広さ的には、教会の敷地と同じくらいの広さかな。かなり広い草ひとつ生えていない更地。
なんでも、あの一角に薬屋を営んでいる偏屈な年寄りがいたらしいんだけど、その婆さん、なにを調合したのか、その一帯を吹き飛ばしたらしいんだよね。
当然、その婆さんは死亡。隣近所も巻き込まれて死亡。と、死者を二十二名も出す大惨事だったそうな。
教会もその事故により半壊したとか。
ふむ。もしかしたら、教会にも拘わらずディルルルナ様の降臨に耐えられなかったのは、まだ神域として不完全だったからかな。
そういえば、あの砂になった床石は掃き集められ、いまでは祭られている。
まぁ、女神様が砕いた石だからねぇ。ご利益はないと思うけど。
そんなことがあった土地だから、縁起が悪いと噂になって、ここ一年放置状態だったとか。
その話を聞いてリスリ様が『キッカ様にそんな土地を渡すなんて、お母様酷い!』と怒っていたけれど。
まぁ、私はそんなこと気にはしませんよ。人の死んだことのない場所なんて、探す方が難しいでしょうに。
そんなわけで土地を確保。家が建つまでは、イリアルテ家に厄介になることになりました。ただ、住む場所は、使われなくなっていた庭師の小屋を借りることに。
えぇ、本宅に厄介になることは遠慮しましたよ。
これにもリスリお嬢様が不満をぶちまけていたけれど、私はひとりの時間が欲しいのよ。
そしてその翌日、紹介されたドワーフの大工さんのところへと行き建築を依頼。インベントリの中に、DLCのハウスMODの建築設計図があったから、せっかくなので、それで建築をお願いすることに。
ただ、ゲームとは違って、ちゃんと土台を造ってもらうけれど。
ゲームの家は箱モノをベタ置きしてるような作りだからね。というか、確か昔のヨーロッパの建物の作りがそんな感じなんだっけ? ここらの建物もそんな感じだし。雨の降る度に床上浸水は嫌だよ。
そんな依頼をし、建築設計図を見せたら大工の棟梁であるゼッペルさんが異常なやる気をみせた。
ここのところ暇だったこともあるらしいんだけど、私の出した変な建築依頼が、なにかゼッペルさんの琴線に触れたらしい。
その建築設計図をくれ! と云われたけれど、それはさすがにお断りした。欲しいなら書き写してと云ったら、なんか狂喜乱舞してたけど。
……大丈夫かなぁ、このドワーフのおじさん。
◇ ◆ ◇
そんなやり取りがあったのが一週間前。
ちまちまと差し入れとかはしていたけれど、一昨日に行ったときは、まだ土台と骨組みが出来ていただけだ。
え、それが完成? 嘘でしょ? ゲームじゃないんだよ?
ゼッペルさんは驚く私をみて、まさにしてやったりとでもいうような、ニヤリとした笑みを、顔のほぼ半分を覆うような灰色のお髭の中に浮かべている。
「嬢ちゃん、なに呆けてるんだ? 出来を見てくれ!」
ゼッペルさんはそういうなり、私の手を引っ張って、建築現場へと歩き出した。
うわぁ、本当にできてる。
周囲の家とはちょっと毛並みの違う、白漆喰の壁の木造家屋。
ゼッペルさんの隣で、私は馬鹿みたいに口を開けて驚いていた。
多分、ある意味異様だったと思う。
なにしろいまは、仮面をつけているからね。
この一週間で造った木彫りの仮面だ。デザインは竜司祭の仮面だけれど、すこしばかり改造して、下半分を切り落としている。
いや、そうしないと、飲食できないから。
そのため、見た感じは顔上面を覆う遮光器土偶みたいなお面を被っているように見える。
フードを被ってそんな仮面をつけた無駄に胸のでかい小娘である。
すれ違う人にギョっとされるが、まぁ、仕方ないね。
そんな異様な私の隣で、ゼッペルさんは腕組みし、自信満々だ。
「どうだ、注文通りだろう? 別棟の倉庫か? そっちもできてるぞ」
「おじさん、仕事早すぎでしょ。あ、積んだ煉瓦とかは大丈夫? 漆喰とか乾いてる?」
「まだちっと乾ききっちゃいないかも知れんが、問題ない。もうちゃんと住めるぞ」
ゼッペルさんは請け合った。
目の前にはゲームで散々見たのと同じ家がある。
唯一違うところは、煉瓦で土台が作られ、一段高くなっているところだ。
扉を開け、中にはいる。だいたい八畳間ほどの玄関ホール。ここは土間仕様で、ゲームと全く同じだ。まぁ、土間といっても床石は敷かれてはいるけれど。
そして奥、一段上がって扉を開くとメインホール。正面に暖炉のある大きな部屋だ。広さはどのくらいだろ? 三十畳……いや、もうちょっとあるか。
左右に二階へと上がる階段。二階部分は吹き抜けで、二階と云うよりは広いロフトといった感じだ。この二階部分の部屋となるのは、暖炉の位置よりも向こう側の部分。煙突の関係で左右に分断されたようになっているけれど、そこが寝室だ。 ちょっぴり狭いけれど、寝るだけなのだから、十分な広さだ。
で、手前側は手摺のある猫走りのような通路と、一階出入り口上部分にやや広いスペース。なんて説明したらいいだろ……あ、あれだ。体育館。学校の体育館の二階部分の通路。ほとんどカーテンを閉めるためだけにあるんじゃないかっていう存在のあの通路。うん、それが一番分かりやすいかな。
メインホール右の部屋はキッチン。縦長に広い造りだ。
あ、オーブンが置いてある。
「おじさん、オーブンが設置してあるけど、どうしたの?」
「おぅ、煉瓦が余ったからな。折角だから造っておいたぞ。なに、こいつは勝手に造ったやつだからな、お代はいらんよ」
「おぉう、ありがとう。今度また差し入れを持っていくね。この窯で焼いたパウンドケーキ」
「あれか! あれは美味かったなぁ。楽しみにしてるぞ。ただ嬢ちゃんの差し入れは取り合いになっちまうのがなぁ」
「それじゃちょっと多めに焼いていくよ」
「……余計に争いが酷くなりそうだな」
そんなことを云って、一緒にケラケラと笑う。
次は反対側の部屋。
ゲームの時は、こっちは温室にしていた部屋だ。だがリアルな此処では、温室は別棟で造ってもらっている。なのでこの部屋は現状なにもないただの部屋。
客間の予定ではあるが、物置小屋になるかもしれない。
生産用の錬金台やら付術台やらは、二階のロフト部分に設置する予定だし、この部屋の使い道はないんだよね。
最後に一階奥。暖炉の後ろ側の部屋。
ここはトイレと風呂場。
お風呂、作ってもらいましたよ。水はいくらでも出せるからね。【聖水】という名の水だけど。
そうそう、トイレと風呂を作ってもらうにあたり、排水はどうなっているのか聞いてみたら、サンレアンには排水路がきちんと整備されているそうですよ。
通りの敷石の下に排水路があるのだそうな。
排水路から下水路にはいり、汚水は街の数か所に設置されている汚水溜めに溜められ、そこで浄化されるのだそうな。
浄化に使われているのが、スライムの亜種。森にいたやつではなく、ダンジョンに出没する魔物の方のスライムで、掃除屋とか糞喰らいと呼ばれている無害な魔物だ。こいつを浄化槽に放り込んでおくことで、汚水を浄化できるらしい。
とはいえ、浄化された水は飲料水とはならず、街周囲に広がる畑を巡る水路を流れているとのこと。さすがに気分的に、飲料水にはしたくはないのかな。
私だって気分的には飲みたくはないしね。
最後に地下室。地下室はありませんよ。正直使わないしね。
さー、そんなわけで――
ねんがんの わがやを てにいれたぞ!
思わず万歳しちゃうよ! やったぁ!
「おじさんありがとー、さいっこーだよ!」
「おう、そんだけ喜んでもらえりゃ、俺もうちの連中も仕事をした甲斐があったってもんだ。
ただこれでまた暫く暇になっちまうな」
ゼッペルさんが苦笑する。
「そんなポコポコと新築とか建て替えってないものね」
「この仕事の前の大仕事は、教会の建て直しだったしな」
あ、教会、被害どころか倒壊したのか。
「そういえばおじさん、普段は家具を造ってるんだっけ? うちの内装品も造ってよ。ベッドとか箪笥とかチェストとか。あ、あと樽もいくつか」
「ん? 侯爵様の伝手で手に入れるんじゃないのか?」
髭をしごきながら、ゼッペルさんが私を見上げた。
「あぁ、私、いまは侯爵様のところに厄介になっているけど、部外者みたいなものよ。それで、お願いしていいかな? 白金貨一枚で足りる?」
そう云ったらいきなりゼッペルさんが驚いたように噴出した。
「おま、白金貨って多すぎだ! どんな高級家具を入れるつもりだ! うちじゃそんなもん造れんぞ」
「だって私相場知らないし。家具は任せるからさ、適当に合うように造ってよ。質実剛健なのがいいな。使いやすさと丈夫さは正義よ。
あ、二階にはベッドをひとり用のがふたつと、大きいのをひとつね。それに、もちろんこのホールに合うでっかいテーブルも。……あれ? いれられる?」
「あー無理かもしれんな」
「……どうにかする算段はあるから、一応造ってよ。大丈夫、キャンセルとかはしないから」
ゲームに合わせたちょっとしたこだわりだ。これは譲れない。
最悪、インベントリを使うからいいさ。
「適当に造れとか云っておきながら、お前が適当だな。……はぁ、じゃあ、うちのカミさんと相談して、今云われたものと、最低限必要なものだけを造るぞ。それで足りなかったら、改めて注文してくれ」
その後、ゼッペルさんと一緒に別の二棟を見て回った。ひとつは温室、ひとつは鍛冶場。これだけの建物を建てたのに、敷地はまだ半分ほど空いていますよ。
ここには適当に果樹とお花を植えておこう。
もちろん、いずれも錬金素材だ。
ゼッペルさんと別れ、改めて家の中にはいる。
受け取った鍵を見て、思わずニヤニヤしちゃうよ。
さー、今日からここで生活しよう。ベッドないけど。
とりあえず、二階ロフト部分の両角に錬金台と付術台を設置。ゲームだと錬金台は一階だったけど、二階のほうが都合がよさそうだしね。
そしてそのふたつの間、ほぼ中央、ちょうど玄関ホール扉の真上あたりに魔法合成台を設置。
これで二階のこのエリアは生産用。
よし、これで本格的に始動できそうだ。
あしたは探索者組合? ダンジョン探索兼魔物の間引きをしている探索者たちの組合……だっけ? まぁ、いけばわかるか。
そこへいって、探索者登録をしよう。
そうすれば、身分証明にもなる探索者証を貰えるからね。
さぁ、今日はこれからなにをしようか。
と、そうだ。リスリ様に、向こうを引き払うことを云っておかないとね。
……なんだかごねられそうだけど、なんとかしよう。
そうと決まったら侯爵邸へと出発だー。
こうして、私の本格的な異世界生活がやっとはじまりを告げたのです。