267 ダンジョン【ミヤマ】調査隊 ④
調査は非常に順調だ。あの変な雌鶏に続き、身の丈七メートルもあるトロールさえも、さしたる問題もなく討伐に成功した。
ロープで足を掛け、転ばせればいい。という記録を通しての神子様からのアドバイスは、これ以上にないほどに嵌った。
ボーラでも使えればもっと楽だったのかもしれないが、七メートルの巨人を転ばせることのできるサイズとなると、現実的ではないな。
そもそも、投げることが困難になるだろう。
頭に油でも投げつけて燃やせばいい、と云った神子様の言葉通りのことをして、火傷をした者がひとりいたが、些細な事だ。というかだ、なんで炎上している頭を殴りに行ったんだよ。火傷するのは当たり前だ。
だいたいだ、そんなことをせずとも、今回、近衛より貸与されている武器で殴っていれば、炎上させることは簡単だろうに。
神子様が云ったのは、魔剣等の装備が無い場合の対処法だ。
さて、魔剣の引き起こす魔法の炎については面白いことがわかった。この炎として見えるモノは、いわばまやかしだ。とはいえ、熱がないわけではない。というよりも、熱だけがあるようだ。
剣の打撃に加え、そこに熱のダメージがはいる。そして稀にではあるが、対象を炎上させる効果が発生する。
斬り付けた際に、一瞬だけ炎が燃え上がるのが見える。そして炎上となると、対象は火だるまになるのだ。尚、この状態で抱き着かれたりしようものなら、こちらも当然、高熱によるダメージを受けることになる。
そしてその炎……熱が物品に影響を及ぼすことは殆どないようだ。
どいうことかというと、熱による影響は受けるが、燃えている様に見えても燃えてはいないということだ。
まぁ、熱に弱いものだと、熔けたり発火したりはするようだ。
トロールだが、全身が炎上していた。だが、実際に燃えた状態になった部分は、毛髪の類だけ。熱による火傷は負うようだが、焼け焦げると云うことはなかった。
トロールを撃破したそのままの勢いで、俺たちは上層へと突入した。これに伴い、拠点を上層へと続く階段のある部屋へと移設。
この次の階層へと至る部屋は、いわば安全地帯だ。ここに魔物が突如として現れることはない。階下から階段を登ってくることが、それこそ極々稀にある程度だ。
もっとも、もしそのようなことがあったならば、それは魔物溢れによる暴走災害の予兆でもあるが。
また、この部屋には宝箱が存在する。ただし、前の部屋のルームガーダーを倒した場合のみだが。
今回も宝箱はあった。ただ、部屋の広さのために、端にぽつんとある宝箱は、なんともさみしさを感じさせるが。
中に入っていたものは小盾。……盾だよな? これ。やたらとリアルで立体的な豚のレリーフの施された小盾。豚の頭というか、顔の部分を盾にくっつけたんじゃないかって思えるような代物だ。
まぁ、色合いは鉛色の盾なんだが。俺の感想としては、盾として使うには、非常に癖がありそうだ。扱いにくいんじゃないのか? これ。立体的すぎて。
鑑定の結果は、魔法の掛かった小盾。受けたダメージの約二割を、攻撃者に反射するというものだ。
カジョの奴が「試してみようぜ!」などといって盾を剣で殴ったところ、ダメージ反射を受けて右手首をねん挫した。アホか。
こんなことで貴重なトニックを使うわけにはいかない。奴はバックアップに回され、代わりにポンシオが前線に入った。
ちなみに、説明文のところには「豚を馬鹿にすることなかれ」と書かれていた。
そうそう、雌鶏のところででた宝物は、普通に宝物だった。指輪、イヤリング、ネックレス、ブローチのセットだ。翡翠でできたそれらは見た目通りの価値があるだろう。
ふたつ以上装備することで、毒を無効化する効果を得るそうだ。
さて、浅層を突破し上層部へと到達した。
上層部は森林地帯だ。記録で見てはいたが、実際に目の当たりにすると巨木の森というのは圧倒される。まるで小人にでもなった気分だ。トロールが普通に闊歩しているのを見ると、なおさらそう感じる。
次のルームガーダーは十五層にいるアンキロサウルスとかいう竜だ。ただ、これを竜とするのかということで、学者共が騒いでいるようだが。
「神子様も当初竜と云っていたが、途中で変節……というか、違うのではないかといっていたそうだぞ」
「そうなのか? というか、どっから仕入れて来るんだよ、そんな情報」
「それが専門だからな。まぁ、陛下との雑談での話だ。俺たちが竜と呼んでいるものをドラゴン、アンキロサウルスなどのようなものをダイナソアと呼んでいたようだ。ただ、上層のシャモティラヌスと、最下層にいるとかいうティラノサウルスをみて、そいつらを竜とするかどうかを決めた方がいいとのことだぞ
「最下層なんて無理だろ。あのでっかいミミズを見ただろ? あれの先だぞ。あんなのどうやって倒すんだよ」
俺が云うと、アブランはお手上げとでもいう仕草をしてみせた。
「神子様の使っていた魔法も不明だしなぁ。多分、あれは達人級の魔法だろうな。もちろん、公開されていない」
「ディルルルナ様の権能なんじゃないのか? あれ、雷だっただろう?」
「あー、そうだな。どうなんだろうな。神子様本人に訊かない事には、ここであれこれ推測していても無駄だな」
再びアブランは肩をすくめて見せた。
……あの神様に訊けば分かりそうなものだが、それはいくらなんでも神子様に対して礼儀知らずというものだろう。
上層の探索が開始された。森というのは地味に厄介だ。視界が遮られることはもとより、張り出した根が地味に足をとる。
トロールサイズともなれば、この程度は問題ないのだろうが、我々にとっては歩きにくいことこの上ない。
そういえば、上層にはコボルドが住みついているとのことだ。
「コボルドはダンジョンが生み出した種族なんだそうです」
金色の弓を背負ったマヌエラが、突然そんなことを云いだした。視界の悪さから、またしても俺たちが斥候として先行している。
「なんだよ、いきなり。魔物の大半はダンジョン産だろう」
「そうだと思ってたんですよ」
「……例の世界のヒミツとやらなら、聞かんぞ」
「私の心の安寧の為にも聞いてくださいよ!」
「君のお婆様である枢機卿に聞いて貰いなさい」
「うぅ……」
いやほんと、何を聞かされたんだよ。気にはなるが、俺は聞かないぞ。
お?
「反応だ。前方やや左に人型が三体。サイズはほぼ人間と同程度」
「コボルドですかね」
「戦うとなるとゴブリンよりも厄介だからな」
あいつら、隊列を組んで突撃というか、特攻してくるからな。普通に乱戦に持ち込むのかというと、そのままこっちの隊列を突き抜けて、そこから包囲するように戦闘を仕掛けてくるんだ。
もちろん、そんな戦い方で犠牲がでないわけがない。だが連中は、それも織り込み済みでそれをやって来る。どこの死兵だよ! やられる側としたらたまったモノじゃない。
「どうします?」
俺が後方に合図を送っていると、マヌエラが弓を準備しながら問うてきた。
「できれば巣を確認したい。ゴブリンほどじゃないが、こいつらも野放しにしておくわけにはいかないからな」
なにせ、奴らにとって人間は、ただの食肉だ。
「じゃ、ちょっと報せてきますね」
マヌエラが数十メートル離れている本隊へと身をかがめたまま向かう。
姿を確認できた。コボルドだ。あとは、連中を追えればいいんだが。とはいえ、奴らは鼻がいい。なにせ犬だからな。ダンジョン内は無風だが、気付かれたりしないだろうか?
いや、もしもこっちに来られたら確実にバレるな。
つか、あのコボルド、【アリリオ】にいるやつとは違うな。なんか、ノルヨルムの戦闘犬みたいな顔なんだが。
怖っ!
体格も大分違うな。横に広い。本当にあれコボルドか? なんであんな筋肉だるまなんだよ。こりゃ、普通のコボルドと思って戦うと痛い目を見そうだ。
さて、どうするかね。
幸いというか、コボルドはそのまま真っすぐ巣へと戻った。水辺の程近くに集落を築き、神子様が温厚な竜と称した大型の魔物が食い散らかされていた。
まぁ、放っておけばスライムが掃除するからだろうが。
数はそれほど多くはない。いいところ百匹といったところか。
……我らが小隊三十六人。三分隊中一分隊はバックアップに回っているから、実際の戦闘要員は二分隊二十四名。そこに副隊長である俺とマヌエラが加わる。
小隊長とアブラン? もちろん後方にいるよ。指揮官は後方にいるものだからな。アブランに至っては、今回も非戦闘要員扱いだし。
夜になると夜目の効く連中相手には不利になる。叩くなら日の出ているうちにやりたい。
焼き討ちが一番楽だろうが、森林火災にでもなったら目も当てられない。単なる自殺行為だ。結局のところ、包囲しての奇襲を行うこととなった。
コボルド自体はそこまで強くはない。徒党を組ませず、各個撃破してしまえば問題はない。
戦端はマヌエラが開いた。弓による狙撃。あまりにもあっさりと頭を射貫いていく。そして時折炎上し、火だるまとなる仲間の姿に、すでに奴らは浮足立っていた。
八匹目。いまだ連中は狙撃手であるマヌエラの居場所を感知できていない。とはいえ、そろそろ気付くだろう。
コボルドの一体が雄たけびを上げた。たちまちオロオロとしていたコボルドたちの統制が取れ始める。
「あれがリーダーみたいですね。排除」
マヌエラの射た矢が、吠えるリーダーと思しきコボルドの喉を貫いた。貫き、炎上させる。
この状況に、統制をとれつつあったコボルドたちは、完全にパニックに陥った。
よし。
「突撃ーっ!」
俺の号令の下、赤羊二十五人が森から飛び出した。ノルマはひとりあたり四体。何とかなるだろう。
コボルドの集落を無事に潰すことができた。
背丈はコボルドらしく小柄。ゴブリンよりは大きいが、人間よりは小さいというサイズだ。
だが、やたらと筋肉の発達した者ばかりだった。もうコボルドじゃねぇよ、こいつら。コボルドって、こう、もっとシュッとした、スマートな感じじゃなかったか? いわゆる猟犬みたいな。
さしたる戦利品は無し。武具は自作した物と思われる骨製のものだ。無骨ではあるが、妙な洗練さを感じる。
コボルドはドワーフ並みの鍛冶技術があるとか聞くが、どうやら事実であるようだ。
……斬れ味がゴブリン共の使っていた魔剣並なんだが、まさかこれ竜骨武器か?
アブランが一応、すべてを回収していた。
そして十五層。ルームガーダーであるアンキロサウルスとの戦闘だ。
事前に戦い方に関しては聞いているので、あとはそれを実践するだけだ。
さすがに神様が嘘の助言をすることもないだろうから、それを信用しての戦い方となった。
怪獣猪との戦い方と一緒。確かに、それで対処方法はうまくいった。ほぼうまく。
うまくいったが、尻尾の攻撃は聞いてないない! クレマンスが振り回された尻尾の直撃をうけて重症を負った。
アンキロサウルスは倒すことができたが、危うく損失をだすところだった。
クレマンスはトニック二種により、命を落とさずに済んだ。万病薬と回復薬の二種だ。
鎧が酷くへしゃげたため、脱がさないと治療ができない状態となった。アンドレが鎧の留め金を壊し、背甲と胸甲を繋ぐ革ひもを切断して無理矢理クレマンスを鎧から解放しなければ、窒息して死んでいただろう。
なにせ胸骨が折れ、胸が潰れていたのだから。
心臓に折れた骨が刺さらなかったのが幸いだった。
ただ、これでクレマンスも後方送りだ。これだけの出血をしたのでは、完全に回復するまでは戦闘は無理だ。
重傷者が出たのはこれが初めてだが、当然だが軽傷者は大量にでている。打ち身や軽い打撲といった程度だが。あとは、コボルド戦での軽度の裂傷などもある。
冒険者組合から安くトニックを回してもらっていなければ、かなり厳しいことになっていたかもしれない。
現状では、もうかなり手軽な値段で流通させることも可能らしいが、ダンジョン産ポーションとの兼ね合いもあって、値段が落とせないという話だ。
予定では次のルームガーダーを倒せば予定分は終了するのだが、現状だと少々心配だ。
此処いらの雑魚狩りで、連携だのなんだの、とにかく部隊の基礎部分を確認しつつ強化するとしよう。
前言撤回だ。なんだよあれ。どこが雑魚だ! アンキロサウルスよりも凶悪なんだが!? 食い殺されるかと思った!!
二足歩行のデカい蜥蜴。デカいといっても身の丈は三、四メートル程度。全長で六、七メートルといったところか。乱立する巨木と同じような赤茶けた色をした――翼のない竜。竜でもういいよ!
なんとか討伐した。討伐できた。よく討伐できたな。くそがっ!
食用に、と、神子様がいっていた四足のずんぐりとした竜を簡単に噛み殺していた化け物だ。
現在、俺たちは十五層の安全地帯の拠点へと逃げ戻っている。
「やべぇ……侮ってた……」
「……よくみんな無事でしたね。というか、よく討伐できましたね」
マヌエラが死んだような目をしている。
「ブレンドンのおかげだよ。奴が盾を奴の口に突っ込んでつっかえさせてなきゃ、今頃は何人か……下手すると全員食われてたぞ。そういやブレンドンはどこだ?」
「えーっと……尊厳がはみ出したみたいで、いま体を洗いつつ洗濯してます」
マヌエラの答えに、俺は思わず目をパチパチとさせた。
「はみ出したのか?」
「溢れ出たともいいますね」
「あぁ、うん。笑えねぇよ。奴のおかげで生きてるようなもんだしな」
「でも、ほめたたえると、その、いろいろと……」
あぁ、確かに……。なんというか、居たたまれないと云うかなんというか……。
とにかく、そっとしておいてくれという気分だろう。
戻ったら酒でも奢ってやろう。ついでに隊長も巻き込んで支払わせてやる。
「それでハイメさん、どうするんです? あの化け物相手に戦闘訓練を続けます?」
「いや、アレを訓練相手とか無理だろ。さすがに誰か死ぬぞ」
「じゃあ、十五層まで戻って、トロール狩りですかね」
マヌエラがため息をつくように云った。
「あぁ、こんな隅っこにいたのか。ハイメ、マヌエラ、あれがシャモティラヌスって竜だ」
やってきたアブランが前置きもなく報告してきた。
あぁ、やっぱりそうか。身の丈自体はトロールよりも低かったが、戦闘能力がおかしかったからな。尻尾と顎しか攻撃個所がないっていうのに。
「神子様が上層までで止めとけって云った意味が身に染みるな。信じられるか? 最下層にいるティラノサウルスとやらは、アレの約二倍の巨体らしいぞ」
「……あぁ、うん。もう想像つかねぇよ。頭が考えることを放棄してるしな」
ははは……。なんて魔境だ!
「とりあえずトロールを安定して狩れるくらいに鍛えよう。十五層以下はそれからだ」
こうして俺たちは、不毛なトロール狩りに精を出すことにしたのだ。
「トロールの素材、なにかの役に立ちますかね?」
「人型の肉は喰いたくねぇしなぁ」
誤字報告ありがとうございます。