266 ダンジョン【ミヤマ】調査隊 ③
一階層をほぼ踏破しつくし、大雑把ではあるが地図が完成した。基本、野っ原で、そこかしこに林や岩場がある程度の場所だ。
飲料可能な水場があったことは非常に助かる。ただ、当然のことながら水場には魔物が集まってくる。そのそばに拠点を構える訳にはいかない。
アブランが王家から借り受けている【底なしの鞄】が活躍している。空の樽に水を一杯に入れて、鞄に詰め込んで持ち帰る。
簡単に思えるが、大型の魔物が多くいる中でその作業を行うのは、神経をすり減らす仕事だ。
一階層の拠点防衛のために一分隊を残し、残り二分隊で二階層の調査を開始した。
調査を開始するやいなや、俺たちはそれを見つけた。
大規模な集落の跡。いや、燃えずに残ったであろう家屋から集落と云っているだけで、規模だけでみれば都市クラスだ。ダンジョンフロアのおよそ三割を占めているだろう。
これ、神子様の記録にあった集落か? ここまでデカかった印象はなかったんだが……。
いや、まてよ。また出来てる、とか云ってたよな。ということは、あの記録を録る以前に潰した集落がこれか!
……規模からして万単位でゴブリンが居たんじゃないかと思うんだが……え、ひとりで潰したのか? いや、どうやったんだよ、神子様。焼き討ちをしたって訳じゃなさそうだし。
「すごいですね、これ」
「うわっ!?」
いきなり側で話しかけられ、思わず俺はみっともなくも叫んでしまった。
「そんなに驚くことないじゃないですか」
不満然とした表情でマヌエラが俺を見ていた。何故かは知らんが、あのお散歩以降、やたらと俺の側に来るんだが……。
「俺の所にばっかり来てて大丈夫なのか? 隊長がなんか変な邪推を始めてるんだが」
「……他の人といると、うっかり口を滑らしそうで怖いです」
おいおい諜報。そんなんでいいのかよ。
「大丈夫なのかよ。調査の間ならともかく、王都に戻ってからも黙ってなきゃいけないだろ」
「その頃には落ち着いていると思うので大丈夫です」
それはダメだと云っているようなもんだぞ。
結局そのまま、ふたりで辺りを探索し、それを見つけた。
崩れた家屋の奥に、半ば埋もれるようにあった錫杖と冠。どう見てもゴブリンの集落にあるものとしては似つかわしくないものだ。
どこからか強奪してきた? いや、こんな場所に人など来ない。あの神様のところくらいだが、そもそもあの領域には入れない。
となると……。
「時折、その辺にポッとでてくる宝箱産ですかね」
「魔法の物品に疎い俺でも分かるんだが……この杖、相当なものだろ?」
「先輩を探しましょう。多分、鑑定盤も持ってきているハズです」
相変わらず携帯用の筆記具を手に、植物紙にあれこれ書き込んでいるアブランを見つけ出し、鑑定盤を持ってきているかを訊ねた。
「鑑定盤ならそこに出してある。結構、魔剣だのなんだのが見つかってな」
「魔剣!?」
「それもダンジョン産ですか。そんなものを振り回すゴブリンの群れとか、悪夢でしかないですね」
マヌエラがげんなりとした顔をする。
「悪夢どころの騒ぎじゃない。ハイメはアッハト砦のことは、もちろん嫌ってほど聞かされただろう?」
「あぁ。参加した連中の愚痴をさんざん聞かされたよ」
実際、行ったところ何にもすることがなかったそうだからな。殺された友人の敵討ちだと云っていた奴は、帰ってきてやけ酒を飲んでいたし。
確か月神教の司祭だかが横槍をいれて、やらかしたのが原因って話だ。いまじゃその派閥は壊滅したらしい。まぁ、アンララー様の名を使って私欲を肥やそうとしたらしいからな。そのせいで敵討ちをできなかった連中は、恨みタラタラだった。
「あの砦を制圧したゴブリンの親玉は呪い師だ。それと戦争師とかいう個体もいたらしい」
「戦争師?」
「戦闘特化のゴブリンの最上位だ。人食い鬼と普通に殴りあって勝てるレベルらしいぞ」
なんだその化け物。
「そんなのとやり合いたくないぞ。つか、覇者よりも強いだろ、それ」
「……毒矢が一番ですかねぇ」
「不意打ちでもないと当たらないと思うぞ。と、話がズレて来てるな。要は、その戦争師もここにいたってことだ。武具が見つかった。死骸が見つからんのは、スライムに処理されたからだろうな」
アブランが肩を竦めた。
「なんで戦争師の武具って分かったんだ?」
「なんでも【不形の武器】なる魔法の装備があるみたいでな。それを手にした者に最適な武器になるらしい。もっとも、一度そうなると、その形状で固定されるようだ」
俺とマヌエラは顔を見合わせた。
「アブラン、この錫杖と冠を向こうで拾ったんだ」
「錫杖と冠? ……王様でもいたってことか?」
さっそく鑑定盤に載せて確認をしてみる。ゴブリン女王の杖とゴブリン女王のティアラ、と結果がでた。
説明文には、先のアブランがいっていた【不形の武器】及び【不形の防具】が変容してできたものらしい。
「ゴブリン女王なんて聞いたことないんだが」
「完全に支配階級の個体だな」
ゴブリン。相手にするには楽な魔物だ。だがこれが徒党を組み、さらには指揮官とでもいうべき個体がはいると、途端に侮れなくなる。
「ここを放置しておくのはマズいんじゃないか?」
「ゴブリンの王国と戦争――なんていうのは、目も当てられんな。このことはきちんと報告しておこう。
それにしてもだ。これまでは運が良かったってことか?」
アブランが顎に手を当て考え込む。
運が良かった? ゴブリンの王国ができなかったことが?
連中は森と平原の狭間あたりに集落をつくり生きている、というのがこれまでの通説だ。だがこうして、森の奥地にも生息していることが確認された。
森の奥地、即ちこのダンジョンのある地域などは、災害級の魔物がうろつくような場所だ。そんな場所に『国』などという大規模なものを作り上げるのは不可能だ。だが、このダンジョンの浅層であれば、その難易度は大幅にさがるだろう。
実際、こうして出来上がっていたわけだし。
これまでできなかった? ねーよ。
そもそも、あの神様がこのダンジョンの側に居を構えているのは何故だ?
ふとそんなことが頭に思い浮かぶ。
そして急に黙りこくったマヌエラが非常に怖いんだが……。
拾得物をアブランに預け、再度、集落の調査を行う。やっぱりマヌエラはくっついてきた。
「ゴブリンは見つけ次第、必ず殺せ」
「なんだいきなり」
やっと口を開いたマヌエラの言葉に、足を止めた。
いまの文言は、昔から云われていることだ。そういや、去年はゴブリン災害が酷かったんだよな。そもそもは、いつの間にか国内に集落をつくっていたらしいゴブリン共が始めた部族間抗争を、メリノ男爵が蹴散らしたことからはじまって、アッハト砦の占拠騒動にまで繋がるんだ。
「この文言は、教会の設立当初から伝えられているモノです。六神がアレカンドラ様に生み出される以前からあるものです」
お、おう。で、なんで突然その話なんだ?
「思ったんですけれど、ゴブリン――」
「あんまり変な邪推はしないで欲しいなぁ」
いつの間にか俺のとなりに神様が腕を組んで立っていた。
思わず俺は飛び退いた。
びっくりだよ。え、なんでここにいるんだ?
「お嬢さん。君に昨日教えたことがあったよね。そこにゴブリンを加えて」
「え?」
「ついでにオークとオーガも。でもライカンスロープとコボルドは別」
あ。マヌエラが頭を抱えて蹲った。
「うん。そうなると思ったから云わなかったんだよ。でも現実は非情なのだよ。受け入れ給え。まぁ、僕がここの神になった時よりも以前のことだから、さほど気にすることもないよ。突き詰めるとみんな一緒になるだろうしね」
「えーと、なんの話で?」
「昨日話した世界の秘密の一端。知りたいなら彼女から聞いて。僕としては、くだらない邪推で君らと戦争なんてしたくないからね。せっかく彼女たちが頑張っているんだ、僕が滅ぼす訳にはいかないだろう?」
思い切り口元が引き攣れた。いったい俺たちの先祖は、この神様になにをやらかしたんだよ。完全に俺たちが喧嘩を売るって確信しているみたいじゃないか!
「それじゃ、これで帰るよ。あ、鶏と戦う時は潰されないようにね。君たちの装備だと、倒すのには効率はいいだろうけれど、きっとアレは暴れるだろうからね」
云うだけ云って、神様は消えた。まさに神出鬼没だ。
「ハイメさん、私はどうしたらいいんでしょう?」
「どうもしなくていいんじゃないか?」
「だって、監視されてたじゃないですか!」
「神様との付き合い方なんて知らねーよ。それこそ神子様に訊く案件だろ」
「うぅ……」
結局、世界の秘密とやらを聞かされることはなかった。
二階層の調査から三日後、ついに俺たちはルームガーダーのいる部屋の前にまでやってきた。
三階層にもゴブリンの集落跡があった。ここが神子様の記録にあった集落だろう。
神子様は回収をしなかったらしく、それなりの量の魔法の武器を手に入れることができた。
これで調査隊ほぼ全員に、魔法の武器が行き渡る感じだ。俺が借り受けたのは、近衛の金色の大剣。段平をそのまま大剣サイズにしたような代物だ。神子様謹製で、炎の魔剣なのだそうだ。
見た目は普通の剣にしかみえないが。あぁ、いや、赤色の妙な光沢が波打ってるな。
隊長が扉の前に立ち、隊員たちへ激を飛ばす。
「これより戦うのは、これまでの大型の魔物とは比べ物にならない大きさの怪鳥である。【叫び声】を使うことが確認されている。総員、耳栓を付けることを忘れるな。また、産み出される卵は即時孵るとのことだ。孵る前に潰して殺せ! いいか野郎ども! 誰ひとり死ぬことは許さん! 死ぬのは鶏野郎だ! 今晩の飯の材料にしてしまえ!」
「うらーっ!」
剣を天に衝き上げ叫ぶ。
そんな中、アブランは目を丸くしていた。
「……ハイメ、赤羊はこんな感じなのか?」
「魔物退治の時はこんな感じだ。で、アレはどうしたんだ?」
俺はマヌエラを示した。
マヌエラは金色の弓を持って、心ここにあらずいった調子でニヤニヤとしていた。
「あぁ、神子様謹製の弓を使えるから、浮れてるんだろ」
アブランがそう云っている間に、隊長が扉に手を当てる。
音もなく、扉が開いていき、戦闘が開始された。
結果から云うと、戦闘は数分で終わった。武器が強すぎる、といったところか。
扉が開くと同時に突撃。目の前にみえるのは、巨大な卵に羽毛をくっつけたような雌鶏。
なんだこの間の抜けた姿は!
そんなことを思った直後、雌鶏が鳴いた。
耳栓をしているにも拘らず、耳がイカレそうなレベルの大音声。正面に立っていた連中が、まるで突風に吹き飛ばされる木の葉のように吹き飛ばされ、転げている。
おいおい、鳴き声ひとつでこれかよ!
手筈通りに側面に回り込む。
作戦は簡単だ。囲って殴る。これだけだ。実際のところ、ダンジョンでの戦いでは、戦術などあってないようなものだ。しかもサイズがここまでデカいとなれば、愚直に叩くしかない。
周囲を囲まれ、殴られ、雌鶏は対処しきれない。
数度斬りつけた時、いきなり雌鶏の全身が炎上した。
突然のことに、皆の手が思わず止まった。
そういや、この剣、ときおり斬りつけた相手を炎上させるんだったか。まさかこんな即時に全身が燃えるのかよ!
その隙を逃さず、雌鶏が燃えたまま飛んだ。いや、跳んだ? 慌てて落下点に陣取っていた連中が走って回避する。
そして今しがたまで雌鶏が居た場所には巨大な卵。
雌鶏は着地すると火を消そうと転がった。そして産み落とされた玉子にはたちまちのうちに皹が入り、割れた場所から雄鶏の頭が飛び出した。
コッカトリス。バジリスクと並び災害指定されている魔物だ。
その頭へと大剣を叩きつける。成体で卵から現れたコッカトリスは、卵から這い出す間もなく炎上し、攻撃どころではなくただ叫び声をあげるばかりだ。
コッカトリスはそのまま焼け死に、転がった雌鶏も殴られ続け、やがて動かなくなった。致命傷は、目を貫いたマヌエラの一射だろう。矢羽根の位置まで深く突き刺さった矢は、頭の中身を射ち抜いたに違いない。
「今夜は焼き鳥だーっ!」
「うらーっ!」
いや、隊長、それはどうなんだよ。
こうして、ルームガーダー戦はさしたる被害を出さずに終えることができた。
誤字報告ありがとうございます。