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261 お酒を造ってみる


 久しぶりに惰眠を貪る。よくよく考えたら、寝なくても平気になっている時点で何かおかしいんだよ。

 生命維持を魔法でなんとかできるし、そういうものだろうとか思っていたけれど、生命維持と睡眠不要はまた別だよね?


 事故の後遺症で、以降数十年眠っていない人がいるらしいけれど、私はそんなことになっていないし。


 大木さんの家とイリアルテ家で厄介になっている時? 一応、その時は寝ているけれどね。でもぐっすりと眠れているかと云うと、どうにもね。枕が変わると眠れない、というのではなく、他所の家だと落ち着けない部分があるんだよ。


 それに街から街への移動中は寝ずに進んでいるんだよ。いや、ソロで移動しているわけだし。スケさんを召んで番をさせてもいいけれど、それで誰かに見つかったら面倒臭いことになるし。


 なにより虫だのなんだのが群がってきそうだから、野営は無しの方向で。あ、虫は大丈夫なんだっけ。究極の虫除けを持っているし。でもヘビだのナメクジだのは避けらんないしね。


 そんなわけで、しっかりとした睡眠をとったのは久しぶりな感じがするよ。


 ベッドの上に起き上がり、ボーっとしていたところ、ルナ姉様が起こしに来た。


 あぁ、この感じ。またお昼近くまで寝てたみたいだ。




「よく寝てたわねー」


 着替え、一階へと降りると大テーブルについていたルナ姉様がいつもののんびりした調子で座っている。


 私が向かいの席にすわると、ワゴンに三人分の食事とお茶を載せたララー姉様が台所からでてきた。


 テーブルの置かれたものはカツ丼と味噌汁。うん。完全に日本風の食事路線にシフトしているよ。


 ララー姉様も私の向かい、ルナ姉様の隣に座ると、おもむろに口を開いた。


「キッカちゃん。お話があります」


 急に畏まった感じでララー姉様が私をじっと見つめた。


 え? お説教? なにかやったっけ?


「ララー、それは後にしましょー。

 キッカちゃんに話しておくことがあるのよー。まぁ、聞いてももう、意味のないことなんだけれどねー。

 まずキッカちゃんが半ば煙に巻いてきた【バンビーナ】でのことよー。

 モリスは死亡扱いの行方不明で処理されたわー。だからキッカちゃんに殺人云々での面倒事はないわよー。カッポーネのことで他の教派の者が離れていなければ、彼をまともに尋問して幽閉なり出来ていたかもしれないのにねー。ほんと、テスの管理不行き届きはロクなもんじゃないわー。……ララーもねー」


 あぁ、そういえば確かに。嘘だけなら簡単に見破れるからね。あとルナ姉様、ララー姉様をあまりいじめないでください。そっちのが面倒なことになりそうです。

 なんだかララー姉様、泣きそうな顔をしているし。


「新人国王陛下はこれで一安心でしょうねー。とはいえキッカちゃんがアレに追いかけ回されていたのは兵士が見ているし、兵士も命を助けられたのも事実でしょー。それに関しての褒賞を検討しているわねー。これには非公式にモリスを始末した褒賞も含まれているわー」


 ……結局あの顎割れ、こっちにきてから何人殺したんだろう? 考えてみると、ダンジョンって殺人にはうってつけの場所だよね。死体は掃除屋スライムが処理してくれるし。探索者が帰ってこなくても、魔物に殺されたって判断されるだろうし。


「次に、今回のトラブルのあの小坊主と鍛冶師のことよー。小坊主の方だけれど、次期当主に決まったわー。彼の兄三人が、デラロサ家を出奔しちゃったからねー。母親であるデラロサ夫人もとうとう愛想を尽かして実家に戻ったわねー。あぁ、この四人はまともよー。ちょーっと尊大だけれど、貴族としては普通の範疇かしらねー」


 あぁ、なるほど、これまでもやらかしてたのか、あの親子。で、まともだったほうの家族が、このままだととのっぴきならないとばっちりと尻拭いをさせられると感じて逃げたと。


「これでデラロサ家の血は一応残ることになるけれど、お家が潰えるのは確定になるわねー。バッソルーナに来たら呪うからねー。そうそう、レブロン領だけれど、バッソルーナ以外にあった農村みっつはもう、放棄されて領民は他領へ引っ越しちゃったわよー」

「あぁ……ルナ姉様に喧嘩を売った連中のとばっちりなんて、たまったモノじゃないでしょうしね」

「そんな感じかしらねー。あとを任された代官は泣いてたけれど、もう少し辛抱してもらいましょー」


 ……ルナ姉様、楽しそうですね。


「で、鍛冶師の方だけれど、アレ、所属していた工房を追い出されたのも同じ原因ねー」

「はい?」

「妄想が過ぎて、いろいろとトラブルを起こしていたのよー。でもなぜか人望を得るのはうまかったみたいで、工房から多数の者と一緒にまとめて放逐。その後にあの小倅と意気投合して、今回の件につながった感じねー。

 自分の妄想が事実だと思い込めるふたりが手を組んだのが、今回の事件の発端といえるかしらねー」

「あぁ……本当にそういう人物だったんですね」


 面倒臭ぇ。これは強引に決闘にもっていって決着をつけてよかったよ。いや、きっと目を覚ましたら自分が負けているのはおかしいと、ごねただろうし。


「それで彼だけれど、暫くは幽閉。後に、例のダンジョンまでの道を切り開くための労働要員として使い潰されることになったわよー。改心が見込めない以上、妥当なところかしらねー。各種の兎さんを相手に、生き残れるといいわねー」


 あぁ、これ以上、私や他所に迷惑を掛けなければ、それが一番いいや。というか、各種の兎さんという表現のほうが気になるんですが。アルミラージや格闘兎、ジャッカロープにヴォルパーティンガー。他にも危険な兎がいるのかな? もしや、本当に首狩りウサギ(ヴォーパルバニー)がいたりするの?


「こっちはこのくらいかしらねー。それじゃ、ララー」

「キッカちゃん、お話があります」


 軽く咳ばらいをすると、ララー姉様は真面目な顔をしてこういった。


「お酒を造りましょう」

「は?」

「話は聞かせてもらったわ。お酒の造り方について聞いていたみたいだし、造るんでしょう?」


 あぁ、あの食事会でのことか。


「まぁ、面白そうだったのと、身近にあるものでちょっと作ってみようと思ったお酒もあるので」

「是非とも造るわよぉ」


 あ、口調が戻った。


「えーっと、お酒、好きなんですか?」

「そうでもないわねぇ」

「あれだものねー」


 あれ? それならなんで? と思ったら、私の作るお酒なら美味しいに違いないと確信している模様。

 いや、いくつかのお酒のレシピは知っているよ。葡萄酒なんかは簡単だし。奥義書をみれば、蒸留酒のほうも載っているだろうし。でも、だからといってねぇ。


「それじゃ、キッカちゃんが【アリリオ】に行くまではお酒造りねー」

「ズルは任せてねぇ」


 ズル……あぁ、時間操作か。というか、このやる気はなんだろう? まぁ、いいか。それじゃ、こっちでは造られてないお酒を造ってみるとしよう。


 そんなことを考えつつ。私はカツ丼を食べ始めたのです。あ、そういや、まともな食事も一週間ぶりだ。ひとりだからって、不眠不休食事なしで移動するもんじゃないな。うん。


 ★ ☆ ★


 なんで一介の女子高生が酒の造り方を知っているんだ? と思われるかもしれない。

 まぁ、奥義書があるから、っていうこともあるけれど、それ以前に調べたことがあるんだよ。


 ある読み物にあるお酒のことが載っていたんだよね。すごい身近にあるもの。で、どうやってそんなのからお酒を造るんだ? と疑問に思って調べたんだよ。

 そのついでに蜂蜜酒も調べたから、そのふたつのお酒の造り方については知っているんだ。


 ん? 濁酒(どぶろく)じゃないよ。濁酒の作り方は知らないよ。多分、奥義書には載ってると思うけれど。作るとしたら、こっちは次の機会だね。


 それじゃ、作って行こうか。自家製のものだから、簡単なお酒造りだよ。


 壜を用意します。とりえず灯油タンクサイズの大壜を物質変換で作成。以前、ネットでみた鉄並みだかそれ以上に硬いガラスを使って生成したよ。出来るかどうか不安だったけれど、できるものだね。……どれだけチートなんだ、この能力。なんで大木さんはこんなのをホイホイと私に教えたんだろう? ……まぁ、いいや。


 ここに水を入れて、あとは蜂蜜を加えて放置するだけ。きちんと栓をしてと。


「こ、これだけ?」

「これだけですよ。あとは発酵させるだけですね」


 イーストを入れた方が発酵は確実なんだろうけれど、そんなものはないからね。酵母はあるけれど、まずは昔ながらの方法でいってみよう。多分大丈夫。


 つかう蜂蜜は温室で取れたやつだ。結構な量が集まっているんだけれど、蜂蜜、あんまり使わないからね。


 そういや、なんで蜂蜜酒は生まれなかったんだろう?


「蜂が脅威なのよねー」

「はい? ミツバチですよね? 確かに群がられたら大変ですけれど――」

「魔素のせいで、凶悪に変質しているのよー。日本のアシナガバチくらいの強さかしらねー。しかも刺しても死なないわー」


 ミツバチは刺すと針が抜ける。その際に内臓も一緒に抜けるから死んでしまうんだけれど、こっちのミツバチは死なないらしい。スズメバチとかと一緒か!


「性格も敵対者には容赦しないし、困った場所に巣が造られた場合は、大抵焼く方向で駆除するから、蜂蜜はまともに出回っていないのよー。貴族が依頼を出して手に入れるくらいかしらねー」


 予想以上に入手ルートが少ない!?


 なるほど、それじゃお酒の方向にはいかないか。そんな貴重なものを、水で薄めるなんてことはするかもしれないけれど、放置とかしないだろうし。


「温室の蜂を増やして養蜂なんてやったら、大儲けできるわよー。というか、ララー、やりなさい」

「えっ!? でもあの蜂はキッカちゃんの蜂よぉ」

「いや、別にいいんですけれど、養蜂やります? 確か、花ごとにできる蜜が違うらしいですし、つきつめるのも面白そうですよ」


 コーヒーの花の蜂蜜をみたことがあるけれど、その色に驚いたからね。コーヒー色をしていて。


 さて、蜂蜜酒。この後は発酵させていくんだけれど、完全な密封だと発生したガスで壜が爆発したりしそう。……いや、今使っている壜なら大丈夫かな? いやいや、そんなことをしたら、蓋を開けるときが恐怖だ。


 発酵栓っていうんだっけ? それを急遽つくってくっつけたよ。コルク栓に管をさして、コップをひっくり返して塞いだだけみたいな簡単な奴だけれど。

 虫除けは大木さんの鱗があるから問題なし。


「それじゃ、ちょっと時間を進めるわねぇ。どのくらいかしらぁ?」

「一、二週間? いや、水と蜂蜜だけだからもっとかかるかな? 発酵が終わればできあがりですよ。発酵している間はシュワシュワと音がするんで、それが聞こえ無くなれば出来上がりですね」


 ということで、ルナ姉様がチクタクと。


 うん。ちゃんと発酵をはじめてる。よかったよ。ただ腐らせるだけになったらどうしようかと思ったから……。いや、それだったら最初からこんな大きな壜で作らなければよかったんだよ。なにをやってんだ私は。


 かくして、蜂蜜酒の完成。二十リットルくらい。


「この下に淀んでいるのはなにかしらー?」

「それは次につくる蜂蜜酒に使います。発酵させる元ですね」

「え?」

「いや、いまの作り方は、ちょっと博打だったんですよ。それじゃ、沈殿物とお酒とを分けますね」


 インベントリを使って分別。ザルなり茶こしを使って分けてもいいけれど、面倒だからね。


 こうして、琥珀色のお酒のはいった壜と、沈殿物の残った壜とができた。沈殿物の入ったほうには【聖水】と蜂蜜をいれて、放置しておこう。


「試飲していいかしらー」

「えーっと、もう一種類作ってからでいいですか? 試飲は夕飯のときにしましょう」


 材料を摘みに、街の外へいくといったら、ルナ姉様が急に私たちを転移させた。


「なにを摘むのかしらー」


 み、妙にお酒に執着してないかな? ララー姉様は苦笑いしているし。


 三人で目的のものを二時間くらい摘み取り、帰宅。


 結構な量になったよ。


 摘み取って来たもの、それはたんぽぽの花。これでお酒を造っていくよ。


 そう、お酒を造るのだ。梅酒みたいに、酒精の高いお酒に漬け込むわけじゃないよ。


 まずは花びらだけを取ります。本来は手作業で面倒なんだけれど、インベントリを通してさっとやっちまいますよ。


 あとはこれの……四分の一くらいを煮沸消毒済みの鍋に放り込み、水と砂糖を投入。お砂糖がきちんと溶けるまで掻き混ぜ、あとは放置。発酵をさせるよ。


 残りの花びらも鍋……多いな、寸胴鍋を使おう。寸胴鍋に放り込み、水をだばー。それにレモンとオレンジの皮もぽいぽいっと。あ、皮は刻んだものだよ。


 これを煮たたせて十数分掻き混ぜたら火から降ろして、レモンジュースとオレンジジュースを加える。レモンジュースを二リットルにオレンジジュースは三十リットル。


 ……おぉう、全部で八十リットル近くになる。やべぇ、造りすぎたかな? 鍋にはなんとか入りきるだろうけれど。


 発酵用のほうはララー姉様がチクタクして六日間ぐらいとばした。そしていま火にかけた方も数時間分チクタクしてもらって、人肌程度にまで冷ましてもらう。


 双方を濾して花びらだのを取り除き、混ぜ合わせたものを瓶詰に。


 ……ポリタンクサイズの壜がよっつ。さっきの蜂蜜酒をいれて六つできたよ。


 蜂蜜酒が二本。一本はズルをして完成済み。タンポポ酒が四本。一本は同じくズルをして完成済み。


 たんぽぽ酒は最初は不透明なレベルで濁っていたけれど、ララー姉様がチクタクしたらいい感じに色が透けたよ。底に不純物? が澱になってるけれど。


 さて、いい時間になったから、このまま夕飯を作ってしまおう。お酒の試飲をするわけだし、蜂蜜酒はあまいから、ちょっとピリ辛なおかずがいいかな。


 そうだ、燻製肉とソーセージがまだ残っていたっけ。これを焼いて、ピリ辛のソースを添えてだせばいいや。あとはジャガイモとニンジンのバター炒めを添えてと。緑色が欲しいな。適当に豆も使おう。……今度、ブロッコリーを作ろう。


 こんな感じで簡単に夕飯は完成。主食はお米。パンのが合いそうな気もするけれど、大丈夫だろう。というより、私がお米を食べたい。


 とうことで、いただきます。




 お酒は好評だったよ。うまくできていた模様。私も飲んだよ。というか飲まされたよ。蜂蜜酒は金色。タンポポ酒は黄色。


 口当たりがよくて美味しかった。蜂蜜酒は甘い。味としてはべたつきそうとか思っていたけれど、そんなことはなかったよ。でも酒飲みには物足りない味かもしれないね。甘いし。ジュースみたい。女性に好まれそう。


 で、タンポポ酒。こっちは苦みがあったりするのかなと思っていたんだけれど、これもそんなことはなかったよ。こっちも飲みやすかった。スッキリした感じ。考えてみたらレモンジュースが入っているんだから、当たり前だよ。


 ……でだ。さのごとく食事の途中から記憶がないんだけれど。


 翌日、起きたらお二方が微妙なお顔で私を見つめているんだけれど。


 そして云われたよ。


「「外で飲むのは禁止」」




 私はいったいなにをやらかした!?


感想、誤字報告ありがとうございます。

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