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26 ディルルルナ様は手厳しい

侯爵家の家名を『クアドラド』から『イリアルテ』に変更しました。


 馬車から降りて、教会を見上げる。

 日本にいたときの、隣町にあった教会と同じような大きさかな。

 いや、教会というか、礼拝堂っていうのが正しいのか。

 領都だからといって、大きな建物ではないね。

 本当にこぢんまりとした建物だ。


 まぁ、基本的に礼拝堂としての機能だけみたいだから、こぢんまりしているんだろう。教会としての執務とかは、隣の建物で行っているのだろうし。

 宿舎にもなっているのかな。正直、礼拝堂より大きな建物だ。


 そして目につく、天辺に設置されているシンボル。


 当然だけれどこっちの宗教なのだから、シンボルは十字架ではない。えーと、あれはなんていったっけ? 七支刀? 七支剣? それに形が似ているよ。


 多分、枝(っていうの?)のひとつひとつが、神様がたそれぞれを示しているのだろう。もちろん、中央はアレカンドラ様を示しているわけだ。


 それぞれの枝の先には、色のついた石(さすがに宝石じゃないと思う)が埋め込まれている。中央天辺の先には透明の石。次いで上から黄色、紫色、黒色、青色、緑色、赤色の石が枝の先それぞれに埋め込まれている。

 それぞれが神様方を象徴する色なのだろう。


 確かテスカカカ様を象徴する石がルビーだから、赤色が象徴する色なんだろうな。あの枢機卿の法衣も赤だったし。


 そういえば、テスカセベルムの礼拝堂だと、すべての神様を祭ってあったね。となると、宗教としてはひとつで、宗派という形でそれぞれの神様を信奉してるのかな? いや、確かテスカセベルムは勇神教っていってたし、ディルルルナ様の宗教は地神教よね。んん?


 よくはわからないけれど、宗教間での対立はなさそうだ。


 ……でもそれなりに対立はあるだろうけど。いや、神様がこれだけ身近にあるわけだから、その辺りは大丈夫なのかな?

 まぁ、関わらなければ問題ないだろう。


 バレンシア様について扉を潜り、教会内へ。中へはバレンシア様、私、リスリお嬢様、リリアナさんに隊長さんが入った。あの三人とラミロさんは外で待機だ。


 教会の作りは、テスカセベルム王城にあった礼拝堂とほぼ同じ作りだ。違いは、正面に置かれている神の立像が獣頭人身の神像ではなく、羊の角を生やした優し気な女神像であることくらいだ。


 テスカカカ様の立像は剣を鞘ごと前面に突き立て、そこに両手を載せた勇ましい姿。それに対しディルルルナ様の立像は、やや俯き加減で、胸元に両手を当てた穏やかなものだ。


 さっと周囲に視線をまわす。

 思ったよりも明るい。明り取りの窓が十分に機能している。イメージ的にはステンドグラスでも嵌っていそうだけれど、こちらでは普通の硝子、擦りガラスのようだ。ただ、その色味は少々赤っぽい。

 教会内には誰ひとり見当たらなかった。


 ……あれ? 誰もいない?


「バレンシア様、誰もいないように見えるんですが?」

「えぇ。今日は人払いをしてあります。ディルルルナ様からの指示です」

「あぁ、それでわかりました。ここは教会だから大丈夫なのかなぁ」


 バレンシア様の言葉で、私は思い当たった。

 ディルルルナ様、降臨なさるのね。ただ、アレカンドラ様が、神の存在に耐えられる場所は基本的に存在しないとか云っていたのを思い出す。神域になっている教会は大丈夫なようなことは云っていたけれど。


 あれ? バレンシア様が足を止めたまま私をじっとみてるんだけど?


「どうしましたか?」

「あの、教会ならば大丈夫というのは、どういうことなのでしょう?」

「神様は降臨する場所を選ばないと、地上が大変なことになるらしいですよ」


 そう答えると、バレンシア様は顔を引き攣らせた。


 ? どうしたんだろ?


 私は首を傾げた。


「き、キッカさん。神様が降臨というのは……」

「言葉通りですよ。恐らく、ディルルルナ様が降臨なさるのではないかと」


 そうリスリお嬢様に答えたら、みんなが絶句して固まった。


 あれ? この世界だと神様って、結構身近な存在なんじゃないの?

 地下牢にいたとき、普通に来てたし。

 まぁ、いいや。まずはこっちの用事を済ませてしまおう。本当はひとりでこそことやりたかったんだけど、仕方ない。


 多分、リリアナさんはもとより、リスリお嬢さまと隊長さんには、ゾンビ退治の時に見られてるだろうしね。バレンシア様に至っては、神託のせいで私を神子と思っているし、見られてもいいだろう。


 人間、諦めが肝心ですよ。とほほ。


「それじゃ、ディルルルナ様にお祈りをさせていただきますね」


 いまだに私を凝視している皆を置いて立像の前に進むと、跪き台に膝をついた。

 そしてフードを外し、両手を組み、祈りを捧げる。


 ……って、祈りの文言とか知らないよ。どうしよう。


 えーと、ディルルルナ様、聞こえますか? キッカです。招集に応じ、参上しました!


 とりあえず声に出さずに念じてみる。


 すると、私と立像の間に突如として上から光の柱が降り、その中に人影が現れた。


「はぁい、キッカ様、お久しぶりですー」


 光の柱が消えると、以前と変わらず、ほんわかとした雰囲気でディルルルナ様が目の前に降臨された。服装は変わらず、あのギリシア神話っぽい格好で、ふんわりした癖のあるセミショートの金髪。そしてその髪に半ば埋もれている、褐色の羊のような角が目立っている。

 地下牢で会った時と違うところは、後光を発し、ふわふわと浮いていることだけだ。


「はい。お久しぶりです、ディルルルナ様。だいたいひと月半くらいですね」

「神託なんて使って呼び出したりしてごめんなさいねー。そうでもしないとキッカ様が殺されかねなかったのよー。不自由を掛けてしまってごめんなさいねー」

「……あの三人ですか」

「そうよー。仕事が面倒になるくらいなら殺せとか、酷い怠慢よねー。『誠実な仕事には相応しい対価を。不誠実な仕事には然るべき報いを』というのが私のモットーなのよねー」


 相変わらずディルルルナ様は手厳しい。

 でもこういうはっきりとした性格は非常に好ましい。私は大好きだ。

 賞罰のはっきりした人を嫌う人がいるけれど、私にはそういう人はさっぱり理解できない。そもそも罰せられたくないのなら、罰せられるようなことをしなければよいのだ。


 そんなことは子供でもわかることだろう。……きちんと躾さえされていれば。


「そんなわけで、彼らには適当に罰を与えておきましょー」


 うふふふふふ。と、にこやかにディルルルナ様。

 罰と云うより、ご褒美を上げるような調子ですよ。

 さすが嵐の女神様。簡単に波乱が巻き起こりそうですね。


 やばいな。すっごいワクワクするんだけど。

 確か、ディルルルナ様って、健康も司ってたよね?


 と、そうそう。宝珠を渡さないと。これが目的だもの。


 私はインベントリから宝珠を取り出すと、両手で掲げるようにディルルルナ様に差し出した。


「ディルルルナ様、件の宝珠を回収しましたので、どうぞお納めください」

「まぁ。まぁまぁまぁ。ありがとー。ふぅむ。これが例の召喚アイテムねー。私は以前に回収されたモノは見ていなかったから、どんなものか興味があったのよー。

 ……なにこれ。もの凄く不快。忌々しい」


 でぃ、ディルルルナ様!?


 喋り方が変わっただけでもの凄く怖いんだけど!?


 とん、と、ディルルルナ様の脚が床に着く。するとたちまち、一段高く敷かれていた床石が数枚砕けて砂となった。


 おぉう、耐えられないってこういうことか。


「あ、あらー。やっちゃったわー。キッカ様ごめんなさいねー。予想していたよりロクでもないから、ちょっと気持ちの制御がはみだしちゃったわー。あー、それにしても、こんなロクでもないモノの侵入を許すとか、なんて私たちは間抜けなのかしらー。恥じ入るしかないわー」


 宝珠を片手に、額を押さえつつディルルルナ様が首を振った。


 まぁ、そこは相手が格上だったというしかないのでは? 相手方は管理者のようですし。


 なんとか話を変えよう。そうそう、魔法のことを確認しないと。


「ディルルルナ様。ひとつ確認したいことがあるのですが」

「んー。なにかしらー?」

「アレカンドラ様が魔法の普及を望んでいるようなのですけれど、どの程度で行えばいいでしょう? 具体的には、普及する魔法の種類はどうしましょう?」


 訊ねると、ディルルナ様は目を瞑ると顎に手を当て、微かに首を傾げた。


「あー、そのことねー。種類かー。そうねー。ひとまず無難なものでお願いしたいわー。もっとも魔法関連は私の担当じゃないから、あとでララーと相談してねー」

「アンララー様とですか?」

「そうよー。お母様と話し合ってたから、なにかしらの手段で近く連絡がいくと思うわー」

「わかりました。では、当面は対アンデッド用の呪文書を準備することにします。あ、普及をはじめる場所はここで問題ないですか? アンララー様が担当なら、アンラ王国の方が良かったりするのでしょうか?」


 ちょっと心配なので訊いてみる。なんだか宗教が絡んできそうな気がするんだよ。


「それは問題ないわよー。むしろダンジョンがある分、ここの方が都合がいいと思うわー。けれど、今云ったように魔法の担当がララーだから、ララーの月神教を絡ませないと面倒なことになるわねー。だから魔法普及の窓口には月神教も加えておいてねー。まぁ、形式だけで、どこの教会も販売窓口にしてしまって構わないからー。ここにも月神教の司祭はいますしねー。

 そもそも教会はみな一緒ですからねー」


 あぁ、やっぱり各宗教そういうことなのかな? 宗派みたいな?

 アレカンドラ様を主神として、六神のみなさんが属神という形で信奉されてる感じだろうか? ある意味、日本の神道っぽい? まぁ、こっちは八百万じゃなくて、七神だけど。


「わかりました。では呪文書の準備だけ整えておいて、普及、販売に関してはアンララー様と相談して詰めたいと思います」

「よろしくねー。それじゃ、私はそろそろ帰るわー。キッカ様またねー」


 ディルルルナ様は笑顔で、優雅に手を振りながら消えていった。


 ディルルルナ様の後光が消え、再び礼拝堂内が少しばかり暗くなる。


 ふぅ、と、私はひとつ息をついた。

 荷物にあった、あの怪しげな宝珠がなくなって、一安心だ。

 荷物にあるだけで気が気じゃなかったからね。


 それじゃ、後ろで待っている皆の所へ戻りましょうか。


「お待たせしました。ディルルルナ様への報告は、滞りなく終了しました」

「ミヤマ様、ディルルルナ様はなんと?」


 バレンシア様が訊ねてきた。


 ボロボロと涙を流しているけど。あ、リスリお嬢様にリリアナさんも泣いてる。シモン隊長は対照的に真っ青になってるけど。


 ……これはあれかなぁ。ディルルルナ様の御姿を見たからかなぁ。

 あー、うん、なんかそんな感じだね。


 これは私が思い違いをしていたのかな? 確かに神様は身近ではあるけれど、私が思っていたほどではないみたいだ。


 それはさておき、こんなことを聞いてきたってことは、私たちの会話は聞こえていなかったようだ。

 まぁ、そうか。あのフレンドリーな話し方だと威厳もなにもないものね。ディルルルナ様、音声を遮断してたのかな? してたんだろうなぁ。


 とりあえず簡単に説明しておきましょうか。


「アレカンドラ様より任されたお役目に関してですよ。私が宝珠をディルルルナ様に渡しているのは見えましたよね? あれの回収を任されていたのですよ」


 と、そうだ。これもついでに云っておこう。なにが起きるのかは知らないけど、起こることは確定しているしね。


「そうそうシモン隊長、聞いておいたほうが良いことがひとつ。

 ディルルルナ様はこう仰いましたよ。

『誠実な仕事には相応しい対価を。不誠実な仕事には然るべき報いを』

 あの三人はディルルルナ様よりなにかしら賜るそうですよ。楽しみですね」


 とりあえずにっこりと微笑んでやろう。私はあまり表情豊かな方じゃないから、結構貴重だぞ。

 あ、隊長さん、顔を引き攣らせてる。まぁ、連中が私を始末するように進言しまくってたからねぇ。


「これで私が教会に招集された用事は済んだと思いますが、これからどうすればいいのでしょう?」


 侯爵家に行けばいいのかな?

 ……あれ? なんかリスリお嬢様、私を見たまま固まってるけど。


「リスリお嬢様?」

「ふぁっ!? あ、そ、そうですね。キッカ様、我が侯爵家にご案内いたします」


 あれれ? また『キッカ様』に戻っちゃったよ。

 なんとかして直してもらわないと。


「ミヤマ様。サンレアンでの滞在先はもうお決めになりましたか?」


 突然そんなことをバレンシア様が訊いてきた。


 そういや滞在場所なんて決めてなかったね。適当に宿を取ればいいんじゃないかな。とりあえずその旨を話す。


「でしたら、侯爵家での用が済みましたら教会においでください。宿舎も空いておりますので、いくら滞在していただいても問題ありませんよ」

「いえ、バレンシア様。ご心配なく。キッカ様はイリアルテ家に滞在して頂きますので、なんの心配もございません」


 バレンシア様の後に間髪を入れずにリスリお嬢様。

 ふたりとも半ば睨みあうように視線をぶつけあっている。


 なんだかまた火花が散り始めたよ?


 え? 侯爵家と教会って仲悪いの?

 でも、見たところそんな感じはちっともなかったよね? リスリお嬢様はバレンシア様に恐縮してたし。


 私は首を傾げた。

 まぁ、それは私の与り知らぬことだ。置いておいていいだろう。問題は、どちらにお世話になるかだ。


 ……なんだかどっちもどっちで、面倒な感じになりそうな気がするよ。これはもう、家を買っちゃったほうがいいかな? いいよね? よし、買っちゃおう!

 もともといろいろ生産するつもりなんだから、家がないと話にならないし。


「あのー、この領都で家を持つにはどうしたらいいのでしょう? 領主様の許可とか必要になるんですよね?」


 ふたりの視線が一斉にこっちを向いた。


「お任せくださいキッカ様。お屋敷はイリアルテ家でご用意いたします」

「いえいえ、そんな家を丸ごと貰ったりしたら困ってしまいます」


 リスリお嬢様がやたらと怪気炎をあげている。


 いやいやいや。いくらご令嬢でも、勝手にお屋敷とか無理でしょう。というか、お屋敷なんて規模の家はさすがに要りませんよ。絶対に広すぎるもの。


「リスリ様、さすがにリスリ様の独断では無理かと」


 さすがにリリアナさんがリスリお嬢様をたしなめた。


「むぅ、ならばなにがなんでもお父様からもぎとってみせるわ。キッカ様、参りましょう!」


 云うなりリスリお嬢様は私の手を掴むと、ずんずんと歩き始めた。

 私は慌てて左手でフードを被ると、リスリお嬢様の歩調に合わせる。


 なんだろう。テスカセベルムで、ヴィオレッタに手を掴まれてお屋敷に連れ込まれた時を思い出すんだけど。


 かくして、私は半ば連行されるようにして、イリアルテ侯爵家へと向かったのでした。


誤字報告ありがとうございます。

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