259 食べ比べてみましょう
決闘終了。このまますんなり終わればよかったんだけれど、そうはいかなかったんだよねぇ。
デラロサ子爵が乱入というか、審判の先生が決着宣言だした直後に難癖をつけてきました。
我が息子が負けるわけがないとか騒いで。しかも抜剣しやがったよ。
せめて決闘の作法ぐらいしようよ。これだとただの犯罪者になるのに。さすがに護衛のふたりが取り押さえてたけれど。
うん。護衛はすくなくとも良識があるみたいだ。
これはどうしたものかと思っていたら、国王陛下がのんびりとした調子で試合場へと入って来て、場を治めてくれたよ。
「デラロサ子爵、あまりにみっともないことをしてくれるな。冗談ではなく、我がディルガエアの貴族の質が問われる」
「陛下! このような愚民に貴族が愚弄されるなど、あってはならないことです! どうか、いまここで――」
デラロサ子爵が喚きだすが、国王陛下は皆まで云わせず説教を始める。
というかさ、陛下の前で許可なく抜剣しちゃだめでしょ。
「ん? 聞いていなかったのか? キッカ殿は伯爵位を持つ者だぞ。貴様より格上だ。なんの問題があるのだ? そもそもだ、貴様の自慢の息子が小賢しくも合法に見せかけてナイフを強奪しようとしたからだろう。しかも、ただ強奪するだけでなく、製作者の名をも奪うとか、恥を知れ」
デラロサ子爵は、ぐぅ、とか唸って私を睨みつける。
「このような小娘が、伯爵だと……」
うーん。私の素顔を直視して臆さない人は久しぶりだな。
「なかなか新鮮な反応ですね。大抵、初対面の人は私の顔を見ると驚くというか、たじろぐというか、そんな感じなんですけれど」
「ふむ、確かに私もそうだったな。オクタビアは後になってから狼狽えたと聞いたぞ。恐らくこやつは、信心深くないのであろうな」
私の言葉に、国王陛下がため息をついた。
あぁ、うん。王妃様との初対面の時には、私、血反吐を吐いていたから。
「さてと、デラロサ子爵。貴様は領地に戻ったならば、すぐにも引っ越しの準備を始めることを勧める。貴様は男爵に降爵だ。それに伴い領地の配置換えを行う」
「なっ!? 陛下、それはあまりに――」
「貴族籍を失わないだけマシだと思え。貴様の息子が馬鹿なことをしでかしたのだ。本来ならばこの程度では済まんぞ。そもそもだ、子供の躾も教育もなっていないというのは問題でしかない。貴様は理解しているのか? 貴様の自慢の四男坊は、イリアルテ侯爵家、アルカラス伯爵家、両家に喧嘩を売った上に、教会にも喧嘩を売ったのだよ。実に剛毅なことだ。だが、そんな者はディルガエアには不要だ」
おや、降爵で済むのか。……いや、なんだろう、多分これが一番きっつい罰になるような気がする。
なにせ、ニヤニヤと悪戯を考えている子供みたいな顔をしてたし、国王陛下。
「こうなれば、いまここで、私が貴様に決闘を……」
「おぉ、子爵も息子同様に剛毅だな。まさか竜殺しに決闘を挑むとは。だが勢い任せでは無駄に終わると思うぞ。悪いことは云わぬ。止めておけ」
国王陛下が茶化すように子爵を止めた。
なんか、凄い目で睨んで来るんだけれど。そんなに悔しいのかな? というかさ――
「ドラマ……芝居なんかだと『こいつは王の名を騙る偽物だ! 切り捨ててしまえ!』とかなるんですよねぇ」
ついそんな風に思ったことを、ボソっ云っちゃったんだよね。
すると近衛のお二方が陛下の前に、さっと立ちふさがった。
「キッカ殿、こ奴もさすがにそんなことはせんだろう」
「いや、以前見たお芝居の話ですよ。そこから立ち回りが始まって、悪代官が仕置かれるという、勧善懲悪なお話です。ちなみに、主人公は殿さ……王様ですね。お忍びで街にでては悪事を解決していくお話ですよ」
「ほほぅ、興味があるな。あとで詳しく教えてくれぬか?」
「構いませんよ」
国王陛下と私が世間話じみたことを始めたことが癇に障ったのか、子爵が暴れ始めた。が、護衛のふたりがしっかりと取り押さえているのでまるっきり動けない。口も塞がれてるから、むーむー云ってるようにしか聞こえない。
いや、本当に大丈夫なの? この人。ディルガエアはかなり緩いとはいえ、しっかりとした身分制度の社会だよ。他の国もそうだけれど。
そんな中で子爵が王族に食って掛かるとかダメでしょ。
あの残念なロリコン侯爵だって、そこらあたりは遵守してたぞ。確か。……いや、これが王侯貴族と下級貴族との意識の違いなのかな?
いや、さすがにそれはないか。
国王陛下がため息をついた。
「子爵よ。さすがにこれ以上貴様の云い分を聞く気はないぞ。もういい。下がれ。そこでもがいている貴様の息子を忘れるなよ」
……護衛の人が子爵の口を塞ぎながら一礼すると、ズルズルと子爵を引きずって試合場から退場した。もうひとりの護衛の人が、いまだもがいている小倅を引き起こした。
あ、こっち見た。突撃して来るかな?
……父親が引き摺られていくのを見たね。あ、諦めるんだ。護衛の人に慰められながら帰って行ったよ。
でだ、そこで転がってる鍛冶師はどうするんですかね? いまだに気絶しているけれど。
「なんか締まらんが、これで終わりだな。それでだ、嬢ちゃん、そいつの心当たりがあったぞ」
「あれ? 聞いたこともなかったんじゃ?」
ジラルモさんがやってきた。その後ろには教皇猊下とジェシカさんもいる。ギャラリーの生徒たちは先生方に追い立てられるように校舎内へと誘導されている。
いつの間にやら、近衛が勢ぞろいしているね。講堂の外で警護していたのかな? ひーふーみー……うん。本当に勢ぞろいしているよ。非番の人まで駆り出されたみたいだ。
こうしてみると、武器を統一していなかったのは問題だったかな? 各種ふたつずつしか作らなかったからね。
「おーい、嬢ちゃん、聞いてるか?」
「あ、ごめんなさい。いや、私の作った鎧があれだけ整然と、ちゃんと着られて動いているのを見るのが新鮮でつい」
「あぁ……。確かに壮観だな、ありゃ。つーか、あの大斧を持っている奴は異様に様になってんな」
「鎧がゴツイから、武器も無骨な方が似合うのかな?
それでジラルモさん。アレってなんだったの」
私は転がってるグスキに視線を向けた。
「グスキって名前は知らなかったが、ホルガーなら知ってたんだよ。しばらく前にビダル工房でお家騒動的なことがあってな。その時に追放された連中のひとりだ」
「ほう。賊の仲間か?」
国王陛下が顎を擦りながら、眉根を寄せた。
「賊ですか?」
「なんの話だ?」
「盗み目的で資材倉庫に忍び込んだ連中がいてな。それがビダル工房より放逐された鍛冶見習だったのよ」
国王陛下の答えを聞いて、ジラルモさんが顔を顰めた。
「こりゃ、一度ビダル工房を指導せんといかんな。組合長に云っておこう。
だがそいつらは、なんで資材倉庫なんぞに盗みにはいったんだ?」
「トロールの大棍棒が目的だったようだぞ。まぁ、あんなもの盗めるわけもなかろうが」
「あぁ。あれですか。というか、資材倉庫にしまっておいたんですか?」
「五メートルもの棍棒など、他に置く場所などありゃせんよ。魔物博物館ができるまで、そこに保管しておく予定だったのだ」
魔物博物館。なんだか面白そうな単語が。
「陛下。準備ができました」
「お、そうか。よし、帰るとするか。キッカ殿、ジラルモ、これより会食を準備しておるのだ。もちろん、来るだろう?」
「ん? 俺もいいのか? それなら邪魔するぞ」
「私はいかない理由がありませんよ。というかですね、ここから私がひとりで街にでたりすると、必ずトラブルに見舞われます」
私は断言した。王都でひとりで歩いて、無事だった試しがないもの。無事歩けたのは、教会でクラリスと一戦やったあと? でもあの時、一回死んだしねぇ。もっとも、アレは自分からトラブルを起こしたようなものだけれど。
それと国王陛下、そんな哀れむような目で見ないでくださいよ。私については色々と調べて知ってるみたいですけれど。
私がじとっとした目で国王陛下を見つめていると、陛下はひとつ咳ばらいをして教皇猊下に向き直った。
「教皇猊下、お時間が許すのであれば、よろしければいかがでしょう」
国王陛下が丁寧に一礼する。
「アダルベルト陛下、お誘いありがとうございます。お邪魔させていただきますわ」
おぉ、教皇猊下も参加か。王国と教会の仲は良好と見ていいのかな?
いや、治安維持隊と軍犬隊の仲が悪いって聞いていたからさ。微妙に心配だったんだよね。
と、そうだ。
「国王陛下。折角ですから、私もなにか作ってもいいですか?」
さすがにインベントリのお肉が多すぎるので、ここで少しは処分したい。
「キッカ殿が作るのかね?」
「一品だけですけれどね。時間もさしてないでしょうし。ちょっとレアなお肉を使った料理をお出ししますよ」
そういって私はにっこりとほほ笑んだ。
★ ☆ ★
王宮の厨房にお邪魔しましたよ。側にはマリサさんとリリアナさんがいるよ。私のお手伝いとのこと。マリサさんは、料理人たちへ、私の説明役も兼ねている。
いきなり厨房を貸してと部外者が云って、貸してもらえるわけがないからね。
まぁ、王宮の料理長さんとは、顔見知りではあるから、頼めば貸してもらえそうだったけれど。でもそうするとレシピをひとつふたつ要求されそうだ。
「キッカ様、何を作られるのですか?」
エプロンとほっかむりをしたところで、マリサさんが訊いてきた。
「唐揚げですよ。素材を違えて、三種類作ります」
そう云って、私はまな板の上に切り分けられた肉の入った大きなボウルをみっつ並べた。各十キロくらい。人数的には、ロクスさんたちや近衛、あとマリサさんたちとかも考えると百人分くらい? 多分、これで足りると思うんだけれど。総重量三十キロだし。
お、多いな。まぁ、私ひとりで作るわけじゃなし、大丈夫だろう。
あ、切り分けられているのは、インベントリを使ってズルをしたからだよ。インベントリの解体機能は便利だよ。まぁ、普段はここまで横着はしないんだけれど、今日は無駄な時間を省きたいからね。
会食の料理は大半が仕上がっているみたいだし、私の唐揚げ待ちっぽいし、さっさと作って行こう。漬け込みの時間もあるしね。なんとか一時間くらいで調理を終わらせたい。遅くとも一時間半くらいで。
ということで、厨房を借りて唐揚げを山ほど作ったよ。もちろん二度揚げしたさ。
三種類の唐揚げ。
大皿に三皿にそれぞれを山盛りに盛り付け完成。皿の縁のところに、目印代わりに三色のベリーをそれぞれ乗せておく。見た目が一緒だから、どれがどれだか分かるようにね。
あぁ、もちろん、揚げたすべてを乗せたわけじゃないよ。護衛の人たちは一緒に食べる訳じゃないからね。だから別の皿に分けて置いてある。あと料理人のみなさんの分も。そっちはまだ揚げていないけれど。多分、これから揚げて味見をするんじゃないかな?
……なんの肉か云っていないけれど、大丈夫だよね。料理長は会場に挨拶にいくし、その時には私も唐揚げの説明をするから、なんの唐揚げか知るしね。
ということで、ワゴンに料理を載せて移動。
会食会場は、勲章伝達式のときのパーティに使われた部屋だ。入るのは二回目かな? 去年、ロールケーキを運ぶ場所の確認で下見した程度だ。もっともその後、あの黒マント騎士に蹴られて死にかけたんだけれど。
皆は席について歓談中。テーブルはふたつに分けてあって、その間に料理を載せたテーブルがある。そこから給仕の人が料理を皿に取って――という風になっているみたいだ。
……テーブルをふたつに分けたのは、上座の問題があるからかな。国王陛下と教皇猊下、どちらを上にするかで揉めそうだし。テーブルをふたつにしてしまえば問題ないしね。
料理長が挨拶をし、料理の説明をしていく。そして最後が私。
「まず、赤いベリーの添えられた皿から。こちらは例の大物ダンジョン浅層の中ボス、コカトリスマザーの唐揚げになります」
私の説明に部屋の中がざわめいた。まさかダンジョンのボスの肉が出て来るとは思わなかったからだろう。
隣にいたマリサさんも、えっ!? とか声を出していたしね。
リリアナさんはもう慣れているのか、いつもと変わりないけれど。
私は説明を続ける。
「次に、緑のベリーの添えられた皿、こちらは上層の中ボス、アンキロサウルスの唐揚げ。
最後の青のベリーの皿が、中層のボス、サルコスクスの唐揚げです」
鶏と恐竜と鰐の唐揚げ。
「折角ですから、食べ比べてみましょう」
こうして驚きの声の中、会食は始まったのです。
視界の隅で、料理長さんが頭を抱えていたのは見なかったことにしよう。
誤字報告ありがとうございます。