256 茶番劇のはじまり
おはようございます。本日は学院に来ていますよ。えぇ、子爵の小倅との決着を、セシリオ様がつけるのですよ。
場所は講堂。子爵の小倅、とにかくことをガンガンと大きくした結果、多くのギャラリーを招き寄せたんだよ。
本当は会議室で今回の話し合い? は行われるはずだったんだけれど、とてもじゃないけれど会議室じゃ入りきらないということで、この規模に。
……本当に頭の中身を心配になるレベルなんだけれど。
自身の嘘が暴かれるとは、欠片も思っていないのかしら? それとも、これが噂に聞いた認知バイアスとかいうやつなのかな?
さて、私はというと、昨日の内に学園関係者と打ち合わせ済みです。王家と侯爵家からの申し入れとあっては、学院も頷くと云うものです。それも、ちょっと貴賓席の配置を変えさせてくれ、というだけのことであるのだから、なおさらだ。
私がいま座っている場所は、講堂の二階席。正面の……舞台? 演壇だっけ? がよくみえる。
今回、私が茶番で人形の振りをするといったところ、国王陛下がそれに乗った結果、二階貴賓席の中央に私の席が用意された。
いわゆる、オブジェ的な形に設えられた席だ。
予定としては演壇に近いところのつもりだったんだけれど、まぁ、いいか。目立たないけれど目につく、という位置がベストだったんだけれど、会場が講堂になってしまったから、そうもいかなくなったんだよ。
途中で演壇に乱入することになると思うけれど、そこから下の通路へ飛び降りればいいや。ドーピングしておけば、問題ないし。スカートだけめくれたりしないよう、そこだけは気を付けておこう。
現時刻は……七時になったところ? 私はというと、六時くらいからここで待機中だ。結構辛い。なぜかイルダさんが私に付き合ってここにいてくれるから、多少は気分は紛れているけれど。なんだろう、久しぶりに益もない世間話をしているよ。ちょっぴり楽しい。
ん? なんで辛いのかって? いや、話はしているけれど私、お人形さんの振りをしているからさ。笑ったりとかできないのよ。面白がって、変なことを始めるからだと云われるかもしれないけれど、娯楽は必要なのよ。
そしてイルダさんとの話は、定期的にトマトの話題になるあたり、本当にどれだけトマトはイルダさんの心を引っ掴んだのか。よし、プチトマトも追加してやろう。それと今度、トマト煮でも作ろうかな。煮詰めればミートソースにもなるやつ。パスタマシンも拵えたから、スパゲッティも簡単に作れるようになったし。
さて、私はまたしてもお人形さんをやっているわけだけれど、今回は問題が発覚したよ。和ゴスにしたところ、肌の露出がモノの見事にでるんだよ。これだと中身が人だとバレる。どこが露出しているかというと首回り。前の時は首回りまでぴっちりとしたドレスだったけれど、振袖だとそうもいかないよ。なので、首回りから胸元、余裕をもって肩の方までを覆う服? を急遽作ったよ。それと肘丈の手袋も。髪も簡単に結ってあるけれど、苦心して耳を髪で隠しつつなんとかしたよ。なんだか和風というより、できそこないの中華風な結い方になったけれど。そこに簪を刺してあるという。うん。凄い微妙。
途中から努力がおかしな方向に進んでる気がしたけれど気にしない。
あ、私の隣、イルダさんとは反対側には本物のお人形が座っているよ。以前のゴスロリ衣装を着せたマネキン。これを以てして、私をより人形と思わせるのだ。
ちなみにマネキンはゆうべ物質変換で作った。
……冷静に考えると、本当に私の思考はどこに突き進んでいるんだ?
それから一時間程経過しただろうか。侯爵様方が会場入りした。イルダさんと代わるようにリスリお嬢様が座り、その隣にバレリオ様、エメリナ様。それから少しして王家の方々も見えられた。
ゴスロリ人形の隣にセレステ様。そして国王陛下、オクタビア様と座る。その後ろの席にはアキレス王太子、アレクス王子、そしてマルコス宰相閣下と国の重鎮揃い踏み。
侯爵様方が挨拶をしたあとに、私もご挨拶。座ったままであるのをご容赦願うことも含めて、私は今回、いろいろと間違っているのかもしれない。
「……で、どちらがキッカ殿かね?」
「赤い方です」
訊ねる国王陛下に答えた。するとセレステ様がマネキンの手を握り、次いで私の手を握った。
「本当です!」
「本日はネタバラしの時までこのままの状態で過ごします。どうかご容赦ください。それと、内緒にしてくださいね」
後、例の子爵が来るはずだからね。
まともな人物なのか、ただの高慢ちきな阿呆なのか。どっちかな?
それから少しして、やってきましたよ、デラロサ子爵。ここに来る者は、王家とイリアルテ家、そしてデラロサ家だけだからね。あ、教会からもだれか来るんだっけ?
まぁいいや。
デラロサ子爵はテンプレ通りの挨拶を王家の皆様にしているね。ご機嫌麗しゅうとかなんとか。
で、子爵だけれど、四十くらいの細身の男性。ディルガエア人にしては、珍しく筋肉質な感じではないよ。身のこなしからして、細マッチョってわけでもなさそう。もう少し鍛えた方がいいんじゃないかな? なんか、痩せぎすって言葉がぴったりな感じだよ。
こう、しっかりした体つきのディルガエア人ばかりの中だと、凄い浮いて見えるんだけれど。
文官のマルコス宰相閣下だって、しっかりと筋肉がついているのが、服の上からでも分かるからね。
「それにしても、学院に賊が出るとは、由々しき事態ですな」
そういって子爵は侯爵様にチラリと視線を向けた。
あぁ、うん。これ、ダメなおっさんだ。残念。まともな人物だったら、失脚しなかっただろうに。
国王陛下、どうしたら一番面白くなるかって、嬉々として罰を考えていたからね? あーあ。さようなら子爵。まぁ、せいぜいこの茶番劇を楽しむといいよ。
「ナイフを取り戻した暁には、陛下に献上いたしましょう」
デラロサ子爵が云った。
《へぇ、王家に盗品を献上するんだ。なんて恥知らずなんだろう》
「なっ!? 誰だ!?」
子爵が辺りを見回し、子爵の護衛騎士が声の出所である貴賓席の隅の方へと走って行く。
……子爵を放って。
【声送り】。言音魔法の中でも特殊なものだ。任意の場所から声を発することのできる魔法。魔法発動の為の言葉は発する必要はあるけれど、殆ど発声せずとも発動することができる。ゲームだと文言が決まっていて。ランダムで罵声が発声されていたけれど、リアルでは文言を設定可能。なので、今みたいなこともできる。
そして、それを聞いた者はそれを確かめずにはいられない。まぁ、これは絶対ではない。でも、警備についている者なんかは確実に引っ掛かる。なにせ怪しい者を捕らえるのが仕事ともいえるからね。
苛っとしたからついやっちゃったよ。
でもさ、警護対象を放置というのはどうなんだろうね。
「くっ。どこだ! どこにいる曲者め!」
剣に手を掛け、ふたりの騎士が周囲を見回す。
《あらあら、慌てふためいてみっともない。もう少しどっしりと構えたらいかが?
それと護衛のお二方。護衛対象を放ってふたりとも離れるとか、護衛失格よ》
そういったところ、ふたりは慌てて子爵の側に戻った。
お、こっちを見た。
これはマズいかな? あからさまに怪しいからね。
確認にしようとするふたりを、セレステ王女が手を差し向け、制する。
「触れてはいけませんよ。そこに書いてあるでしょう? 作品に手を触れてはいけませんと」
「で、ですが王女殿下――」
「これは私の知り合いの作品です。勝手に触れることは私が許しません。それとも、私の言葉など従うに値しないと?」
私とマネキンの足元に置かれている注意書きを指差し、王女様がふたりの騎士に云った。
――って、いつのまにか近衛が騎士たちの後ろに立ってる。着こんでいるのは私が作った鎧。面の部分が強面の顔になっているからね。迫力は十分ですよ。
さすがにふたりとも動きを止めたね。にしてもだ――
≪随分と学院を信用していないのね。そんなこと――あら、主役が到着したようね。私は黙るとするわ≫
「姿を現せ!」
≪いいから座りなさいな。大声をだしてみっともない。陛下の御前よ≫
急に国王陛下がむせるように咳き込みだした。
……なにもそんなに笑うことはないじゃないですか。
子爵は苦虫を噛み潰したような顔で右の方の席へと移動した。
講堂内には教師、及び生徒たち。全部で……三百人くらい? これは多いのか少ないのか、いまいちわからないや。
で、演壇には、教師と思しきマッチョな青年。服がピチピチなんだけれど。そういうものなの? ここの教師って? その教師からやや離れたところにジラルモ師。鍛冶師として今回の立会人をお願いした。具足師であるから、立会人としてはちょっとおかしいわけだけれども、今回の場合は事情が事情なので、問題はない。
事情っていうのは、あのナイフの制作者が私だってこと。即ち、近衛の武具の制作者でもあるということ。その関係から、王宮騎士団の鎧全般を請け負っているジラルモ師が、いわばナイフの鑑定人も兼ねて、あそこにいるわけだ。
そして演壇中央にテーブルがひとつ。そこに私の造ったナイフが置いてある。
右側にセシリオ様。左側には子爵の小倅と、あの中年親父が詐欺鍛冶師かな? あいつは徹底的に潰すつもりだ。未来があると思うなよ。
「これより、学院内で起きた窃盗事件に関する審議を始める」
ピチピチ教師が宣言し、審議が開始された。さぁ、茶番劇のはじまりですよ。
審議というか、論戦かな? 出来損ないの裁判? 生徒たちは陪審員ってところかな? となると、あの教師が裁判官の立場かな。
子爵の小倅。金髪の、これまた細身の小僧っ子が一歩前に進み出た。そして右手を振るように掲げる。
「諸君。証人となってくれ。私はいまここに断言しよう。彼こそが我が短剣を盗みし、薄汚い鼠であると」
おぉ、声がよく聞こえるね。拡声の魔道具……だっけ? それを使っているんだろうね。
「エセキエル、なにを証拠にそんなことをいうんだ?」
セシリオ様が右手を腰に当てた姿勢で、まるで挑むようにエセキエルを睨み問うた。
っていうか、私の知ってるセシリオ様と違う。あれ? あれ? セシリオ様って、もっと可愛らしい感じだったよ? いや、男の子に可愛らしいっていうのはあれだけれども。
「あー……セシリオ、思いっきり怒ってるわね」
リスリお嬢様の呟きが聞こえた。
「証拠? 証拠ならそこにあるだろう。そのナイフを君が所持していたということが何よりの証拠だ」
「君は馬鹿か? それのどこが証拠だ。それは入学の祝いにと、私に贈られたものだ」
「入学の祝い? 嘘をつくのならもっとましなこと云うのだな。入学祝などと、そのような慣習など、聞いたこともない」
「それはそうだろうよ。それを贈ってくれた方の故郷の風習だからな。むしろ、その方はそういった祝い事の無いことを、驚いていたよ」
「くだらん作り話だ」
「事実だ。それよりも、私がそのナイフを持っているのが窃盗の証拠とか、戯言でしかないだろう。そもそもだ、そのナイフが君のものであるという証拠はあるのか?」
「証拠か? あるとも」
そういって小倅は右手をあげた。すると、後ろで待機していた男が小倅のとなりに並び立つ。
「それは俺が造ったナイフだ」
ただひとこと、その男はそう云った。
「お前はどこの誰だ? 知らん面だが」
ジラルモ師が前にでて問うた。
「刀剣鍛冶師のグスキ師。そのナイフの作者だ」
「グスキだ」
随分と大柄だな。二メートル近くあるんじゃないかな?
「騙るだけならだれでもできるぞ」
「それをみれば分かるだろう? 他にない希少鉱石を用いて作ったナイフだ。それを加工する技術は秘儀だ。答える訳がないだろう。どれだけ馬鹿なんだ? あんたも鍛冶師のようだが、どうせロクなものも作れない無能なのだろう?」
「ほう、俺を無能呼ばわりするか。ってぇことはだ、白羊の連中すべてを侮辱するってぇこったな。あ?」
「余程見る目がないんだろうよ」
グスキが挑戦的に笑う。
……馬鹿でしょ。というか、どっから連れて来たんだ? 白羊といえば白羊騎士団のことって、ディルガエアの人間なら誰でもわかるぞ。その鎧の一切を任されているのがジラルモ師だぞ。それを無能って。
「まぁいい。この話はあとでじっくりしようや。今はこのナイフだ。てめえが作ったと、そう云い張るんだな?」
「云い張るも何も、それが事実だ」
「なるほどなるほど。ってぇことはだ、近衛の鎧も、武器も、お前が造ったというんだな?」
あ、どうなんだ? と云わんばかりに、ジラルモ師が問う。さすがにナイフの作者が、近衛の武具を手掛けているとは知らなかったのだろう、グスキの顔がほんの一瞬強張った。
そして、そんなグスキのかわりに、小倅がこう答えた。答えやがった。
「はっ! ならばその職人が、そのナイフを制作したという事実を欲したのだろう。なにせ、それは特別な製法で、グスキ師以外には作れない腐食魔剣だからな」
おい、いまなんつった、くそガキ。
≪おい、いまなんつった、くそガキ≫
演壇に私の声が響く。
突然の声に、演壇にいる者はもちろん、講堂に集まっている皆が驚き、ざわめきだした。
ふざけんなよ。
≪私の鍛えたソレを、鈍らにしかならない腐食魔剣なんぞといっしょにするんじゃねぇよ。カスが≫
私は立ち上がった。正面にいる、演壇の教師が私に気付き、呆然としたようにこっちを見つめている。
ったく、どうしてくれよう。
私は大きく息をつき、気持ちを落ち着かせる。
よし。腹立たしいのは収まらないけれど、多少はマシになった。
さて、それじゃあ行くとしましょうか。
椅子の間に置いておいた鞄を掴むと、国王陛下に一礼する。
「では国王陛下、予定通りに……いえ、それ以上にやっちまいますよ。さすがにいまの発言は我慢なりません」
「構わん。やってしまえ」
よし、お許しがでたぞ。
そして私は、二階から一階へと飛び降りたのです。
誤字報告ありがとうございます。