254 農業研究所を見学です!
もはや実家のような安心感。
とはいかないものの……というより、そうなっちゃさすがにダメだと私でも思うよ。
ここはイリアルテ家王都邸。いつものようにご厄介になっていますよ。
ついに四月も終わり、五月へと突入しました。子爵の小倅との対決は四日後。子爵の到着待ちです。
そうそう、この決着は学院で行われるそうですよ。私の造ったナイフは現状、剣術教師預かりになっているとのこと。
なんだかイベント扱いになっているような気がするよ。国王陛下も見物に行くとか云っていたし。
執務は大丈夫なのかな?
あぁ、それとセレステ様ともお会いしたけれど、酷くご立腹。セシリオ様のナイフのことは、王女様も知っていたからね。王女様としては、私の贈ったペンダントを強奪されたのと同じように感じたみたいだ。
実のところ、強奪云々に関してはあまり私は怒ってはいない。いや、気分は悪いけれどね。でもそれ以上に私が造ったという事実を盗んだ鍛冶師の方に怒りを覚えている、というのが私の気持ちだ。
その場で即時決闘を申し入れますので、と、国王陛下に宣言しておいたよ。そしてその場でその鍛冶師を殴り倒すとも。
構わん、やってしまえ! と、国王陛下からお墨付きをもらいましたよ。
自分で宣言して置いてなんだけれど、許可して大丈夫なのか心配になったけれど、ここで私が制作した事実をたばかっていた、なんてことになった方が面倒なことになるのだそうな。
ほら、近衛の装備を造ったのが私だから。
ナイフの制作者がそのどこぞの鍛冶師となると、近衛の装備の制作者もそいつということになるのだとか。
そうなったら私は盗人で詐欺師になるじゃないですか。
そんなことになったら教会が激怒するじゃないですか。
国と教会の戦争に発展しかねませんからね。私が神子ってことになっている以上。そして戦争になったら国が潰れるのは確定しているわけで。
……その馬鹿な小倅の父親が、まともであることを祈るばかりだよ。でも望み薄だよね。子供をみれば親の質もわかろうというものです。
さて、それじゃあ、来るべき対決にむけて準備をしましょう……といっても、やることはなんにもないんだよね。
一応、助っ人というか、ご意見番的な位置づけでジラルモさんに来てもらえるように、昨日、王宮の帰りにジラルモさんの工房に寄ってお願いしてきたけれど。
快く引き受けて貰えたよ。あ、そうそう。ジラルモさん、ドワーフ金属(真鍮合金)の加工ができるようになってたよ。鋼とは違うから、できるようになるのに結構な試行錯誤しなくちゃならなかっただろうに、凄いな。
ドワーフ金属が加工可能であるなら、エルフ金属ともいえる月長石を用いた合金(月鋼合金と私は呼んでいる)も扱えるはずだから、それを教えて来たよ。
……そんな秘伝じみたことを簡単に教えるなと怒られたけれど。
だから云ってやったのさ。
「技術とは継承されるべきものでしょう? 私は弟子を取る気なんてありませんので、その役目をジラルモさんにやってもらおうと思いまして」
と。そしたら、もの凄い疲れ切った顔でがっくりと項垂れられたけれど。
その月鋼だけれど、多分、お値段が結構なものになると思う。なにせ月長石を使うからね。宝石の類だし。そんなものを武具の素材にしようという点で、色々とおかしいんだけれど。その上、普通の鋼より上質の金属にできるなんてなると、なにか間違ってると叫びたくなること請け合いだろう。
魔素がいろいろと働いているからだろうけれど、いろいろと常識が崩れているよ。こっちの人には当たり前のことなのかも知れないけれど。
いや、そんなことないか、それだったら、誰かが鋼に宝石を混ぜ込むとかやってるよね。
そうそう、ジラルモさん、ちゃんと付術を覚えたみたいだよ。工房の隅っこに、付術台を作ってあったからね。ゲームだと頭蓋骨があしらってあったりしたんだけれど、そこの部分がアンララー様の像になっていたよ。うん。アンララー様、魔法の女神様だからね。
でも付術台を作るの、結構大変だったんじゃないかな。いや、作る手間的な意味じゃなくて、資材的な意味で。結構な額がかかったと思う。
実を云うと、ジラルモさんに立ち合いを頼んだのには、別の意味合いもあったりする。お遊び的なことだけれどね。
いや、またお人形さんの振りをしてみようかと思って。
もちろん、この辺のことは、国王陛下と侯爵様にも云ってあるよ。侯爵様には呆れられたけれど。国王陛下? なんだか爆笑してたよ。
そうだ。どうせならドレスを新調しよう。今回もゴスロリ路線でいくけれど、ゴスロリはゴスロリでも、和ゴスでいってみようと思うよ。
私のバストサイズだと、和装は似合わないんだけれど、和ゴスだし大丈夫だと信じよう。
ふふふ、楽しくなってきましたよ。
我ながら酷いことをしているような気もするけれど、相手を哀れに思う必要もないしね。私は既に殴られたのだ。殴り返して何が悪い、ということですよ。
だから、相手を楽しいおもちゃ扱いしてもいいじゃない!
で、今日、私はなにをしているのかというと、クリストバル様につれられて農研に来ていますよ。
見学してみるかい? と誘われたので、お願いしたよ。
そんなわけで、農業研究所を見学です!
農研の場所は王都の南に馬車で三十分くらいの場所。見たところ、普通の農場……じゃないな。
研究員? の人が野良着で畑仕事をしている向こう。そこになんというか、近代的? な建物がある。いや、コンセプトを考えたら形なんて、今も昔もほぼ一緒か。うん。
温室があるよ。温室。それもガラス張りの。
ガラス張りの温室なんて、こっちの文明レベルじゃかなり厳しいハズだよ。腐食硝子とかいう、強化ガラスを使っているみたいだけれど、それを作るのに使う腐食液とやらが劇薬どころか完全に毒薬らしいから、作るのが相当危ないって聞いたし。
そもそもの話、歪みの無い大きな板ガラスは作るのも大変なはずだしね。
看板の建てられた畑の間を通り抜け、収穫の終わったらしい畑の前でクリストバル様が足を止めた。
「ジャガイモの収穫が終わったんだよ」
まっさらになった畑を指差し、クリストバル様が云った。
「豊作だったよ。土地もさほど選ばないし、実に素晴らしいね。八月には新作物として、希望する領地に回す予定だよ」
「連作障害には気を付けてくださいね」
「あぁ。一年は土地を休ませるように指導するよ」
「あと大丈夫だとは思いますけれど、ジャガイモばっかり育てるような状態にはしないでくださいね」
そういうと、クリストバル様はなにか不思議そうな顔をした。
「なにか問題があるのかい? いや、さすがにじゃがいもばかりを育てることにはならないだろうけれど」
「いえ、植物が掛かる疫病に感染したら、あっという間に全滅しますからね。食糧がなくなっちゃいますよ。さすがに肉は狩り放題でも、国民全員の飢えを満たすには足りないでしょうし。そもそも肉だけだと健康に問題もでますしね」
「あぁ、なるほど。それは大丈夫だよ」
「そういえば、ディルガエアはディルルルナ様の祝福がありますから、そういったことは気にしていないとか?」
「いや。育てる手間は変わらないよ。ただ、手間を掛ければ、確実に収穫できると、確約される、という感じかな。それに記録だと、疫病で一度、茄子が全滅しているしね。その時は茄子の種を確保するのに苦労したらしいよ」
あー、経験済みなのね。
それもそうか、植えて放置しておけば豊作とか、さすがにそれは過保護過ぎると云うか、作物をつくる技術が上がらないよ。そして病気は、掛かる時には掛かると。
考えてみればそうか。ルナ姉様がそこまで過保護だったら、人間だって病気にならないハズだもの。ルナ姉様、健康も司ってるわけだし。
ジャガイモ畑を通り抜けると、クリストバル様が向こうに見える果樹園……かな? を指差した。
「向こうには果樹エリアがあるんだ。そっちでもキッカちゃんから貰ったものを育てているよ」
「えーと、柿と桃と栗。それと……そうだ、バナナって届きました?」
「あぁ、株分けされたやつだろう? みんな困惑していたんだけれど……あれはなんなんだい?」
あぁ、クリストバル様は……というか、バナナは私の家でしか出してなかったっけ。
「えーと、果物……じゃないや。野菜枠になりますね。分類としては。スイカといっしょですよ。ただ、木みたいに大きくなりますが。
だいたい二年から三年くらいで実をつけます。収穫をしたら株分けをして、という感じですね。種ができない植物ですから」
「種が無いのかい?」
「えぇ」
種が無い、ということが衝撃的だった模様。確か、地球でもバナナって、種なしの変異種を人間が見つけて、株分けして増やしていったらしいし。それが無かったら終わってたんじゃないかなぁ。
そうだ。提案しようしようと思っていたものの、すっかり忘れてて、ほったらかしにしてたことがあったんだ。折角の機会だし云っておこう。
「栗なんですけれど、植林事業に組み込めませんか?」
「植林にかい?」
「えぇ。栗って実を採れるのが二十年くらいなんですよ。人工林って、たしか二十年ごとに伐採しているんですよね? そこに組み込めば、栗も収穫できますし。あぁ、もちろん、栗は建材としても優秀ですよ」
「ふむ。建材に使えるなら問題はないな。明日にでもマルコスに提案しておこうか」
果樹のほうも順調だそうだ。いちど植え替えをすると、実が生り始めるまでの期間が短くなるんですよねー。とかいったら、食いつかれた。
どうやら知らなかったらしい。
桃栗三年柿八年、なんていうように、果樹が実をつけるようになるまで、結構な時間がかかる。
でも。植えてから一年ぐらいしたときに、植え替えをしてやると、生り始めるまでの期間が短くなるんだよ。一度、柿でやったことがあるけれど、確か五年目くらいから実が生りだしたはず。
一度、試してみるか、とクリストバル様は呟いていたよ。
看板の立てられた畑を通り抜け、奥にある屋敷へと私たちは入って行った。ここがクリストバル様の職場である、農業研究所だ。
とはいっても、特別なことはしておらず、農法とか肥料の研究が主のようだ。あと、新作の発見と栽培方法の確立、かな?
所内へと入り、クリストバル様の執務室へ。
執務室内は応接室を兼ねているみたいだ。奥の机には小さな鉢植えがいくつかと、書類が置かれている。
書類はみんな植物紙だね。羊皮紙は……あぁ、一、二枚あるね。
秘書さん? がお茶を出してくれた。
「それでクリストバル様。私をここまで連れて来たのはなぜでしょう?」
さすがに執務室を休憩所代わりにするとは思えないんだよね。研究所員用の食堂があったし。
「あー。実はひとつお願いがあるんだよ。もちろん、キッカちゃんに提供してもらった作物の出来を見てもらいたいというのもあるし、育てる上でのアドバイスを貰えたら、というのもあるんだ」
あー。未知の作物を育てるとなると、手さぐりになるものね。それは仕方ないか。でもそれはお願いとは違うってことみたいだね。お願いってなんだろう?
私はクリストバル様を見つめた。
「リスリちゃんがやたらと美味しかったといっていた物があってね。それに非常に興味があるんだ」
「リスリ様がですか?」
なんだろう? リスリお嬢様、うちで出す食事はみんな美味しいって云ってくれるし。なにか変わった素材のものって出したっけ? 大抵はここに流れていると思うんだけれど。
「『米』なる穀物を提供してもらえないだろうか?」
「お米ですか!?」
意外だ。正直、米の味を分かる人は少ないと思っていたからね。私も、米の銘柄を変えるまでは、米の味は分からなかったし。
そもそも米は主食枠になるから、生産はされないだろうと思って出していなかったんだよ。ディルガエアの主食枠はバレ芋だし。次点で麦。
「丼物が美味しかったとか、生姜焼きには米が一番とか云っていてね」
あぁ、丼物。リスリお嬢様、やたらと他人丼を気に入っていたなぁ、そういえば。使ったお肉は豚じゃなくて、猪だけれど。
丼物を食べるためだけに、お箸の練習まで始めていたし。最初はスプーンで食べていたけれど、微妙に食べにくかったみたいだ。カツ丼とかはねぇ。
さすがに丼物をナイフとフォークとスプーンを駆使してたべるというのは……。
と、それはさておいて。お米を生産してもらえるかもしれないというのであれば、それは願ったりだ。ここは提供する一択ですよ。
でも、提供する銘柄はどうしよう。コシヒカリ、ササニシキ、アキタコマチあたりかな。こっちの料理の標準を考えると、コシヒカリが無難かな。育てやすさとかはわからないし。
それとも陸稲をだしたほうがいいのかな?
いや、どうせなら水田を作ってもらおう。
「わかりました。ただ、お米って水田で作る作物ですよ。普通の畑でも育てられる種類もありますけれど」
いいながら、私は【菊花の奥義書】をだし、稲の頁をひらく。栽培方法もきちんと記してあるから安心だ。もちろん、水田の写真も記載されている。
クリストバル様に見せ……って、日本語なんか読めないよね。
かくして、その日の午後は稲の栽培方法を私が読み上げ、クリストバル様をはじめ数名の研究員が筆記する、ということをすることになったのでした。
あ、ちゃんと種もみも出して置いてきたよ。
誤字報告ありがとうございます。