253 子爵を飛ばして伯爵ですか?
件の子爵の小倅とやり合うのは、五日後とのこと。
五日後となっている理由は、なんでもその小倅が父親である子爵を呼び出すためだとか。ちなみに、この云いがかり自体は十日ほど前の出来事だそうな。
ほほう、自ら熾した火に薪と油をがんがんぶち込んでいるねぇ。
「パパに頼めば、何でも思い通りにできるんだ!」
とか思ってそう。
家格とか分かっているのかね? 分かっていないんだろうなぁ。
なんでも、セシリオ様のことを田舎貴族とかいったらしいし。
それにしても、その子爵の小倅、どこまで馬鹿なんだろう。私は容赦しないよ。そもそもだ、四男坊だろう? その子爵は自分の首を掛けてまでそのガキを護るのかね。まぁ、どうでもいいか。未成年の子供の引き起こした問題の責任は、親にもあるからね。子供の特権、というよりは躾の責任だろう。いや、貴族だから、教育係の責任になるのかしら?
そして、あのナイフを造ったと吹聴している鍛冶師。こいつは絶対に許すつもりはありませんからね。なにがあろうとも許しはしないよ。こういうのを許すと、いずれ私が嘘をついて盗んだのなんだのと云いだすに違いないからね。薬の時にレブロンに散々やられたしね。絶対に許しません。
えぇ、あのナイフの作者の名は、絶対に奪わせませんとも。
そのトラブル関連の話をバレリオ様から聞きながら、国王陛下のところへ移動。
……いや、おかしくないかな? 本当に。前から何度も思っているけれど。
私、一般人……あぁ、いや、名誉男爵だかなんだかになってるのか。勲章をもらったから。それなら大丈夫……なのかな?
国王陛下の執務室へと、なんの問題もなく辿り着いた。で、困ったことに武装解除するように云われることもなく、扉の前で警護でしている近衛騎士が扉の前から退いた。
え、いや、さすがにダメじゃないの? 武装解除とかしないの? そりゃ、今までは何故だか普通に案内されてたけれど、その時は武器は携帯していなかったからね(インベントリには山ほど入ってるけれど)。でも今は背に弓、左肩のところに短剣を装備してるんだよ。武器を預かるとかしないと、さすがにダメなんじゃないの? 問題視されたりするのは嫌なんだけれど?
「どうしたかね? キッカ殿」
急に足を止めた私に、バレリオ様がノックをしようとする手を止め、訊ねて来た。なので、武装のことを云ってみると、納得したように近衛のふたりに視線を向けた。すると、近衛のふたりは恐縮したように、そんなことはできないと云いだす始末。
いや、どういうことよ?
「キッカ殿、その弓と短剣はどういったものなのかね? 見たこともない金属? でできているようだが」
「これですか? これは溶けることのない魔法の氷で作った武器ですよ。私が作ることのできる武器では最高のものです」
「性能の程は?」
「えーと、どうなんでしょう。付術の関係上、使い手によって威力が増減しますから、この武器。少なくとも近衛に納品した弓よりは高性能になっています。
あぁ、誤解のないようにいいますが、近衛の装備を作った時には、この素材を扱うだけの技量はなかったんですよ。もちろん近衛の装備は、当時の私の持てる技術をもって全力で作りましたよ」
「いや、キッカ殿。キッカ殿を疑っているわけではないのだ。そうではなくてだな。あー……価値的な意味の話でな」
はい?
「いや、侯爵様。価値とかそういうことではなく」
「さすがに国宝級の代物を預かるとなるとな……」
そんな大げさな。というか、なんで近衛のお二方も頷いていますかね。
その鎧も似たようなものでしょう? 魔法の鎧フル装備ですよ。
そんなこんなで、私がごねて……いや、私、間違っていないよね?
「いったいなにを騒いでおるのだ? 騒々しい」
バタンと急に扉が開き、国王陛下が姿を現した。
「あぁ、警備の話か」
国王陛下の執務室から応接室へと移り、さきほどの騒ぎの詳細を訊いた国王陛下が納得したような顔で頷いた。
「キッカ殿なら問題無かろう。もとより、大抵の場所には自由に行き来できるように、通達してあるのだし」
「え、初耳ですよ?」
「キッカ殿はすでに貴族扱いなのだ。王宮内での行動制限はさほどないと思ってくれていい。許可の必要な場所には白羊が警備をしておるしな」
うむむ。いいのかな? いや、私が悩むこともないのか。もう気にしないことにしよう。というか、武器を出したまま来なければいいだけだし。
「それで、キッカ殿はどういった用向きかな?」
「王妃殿下より依頼されていた、バイコーンを連れてきました。牡牝十頭ずつ、計二十頭です」
私がそう答えると、国王陛下は目を瞬いた。私の隣ではバレリオ様がニヤニヤとしている。いくら国王陛下と馴染み(バレリオ様、国王陛下のご学友だったそうな)とはいえ。
私は見ないふりをしてお茶をいただく。
「またすごい頭数だな。そんなに簡単に捕まえられるものでもないのだろう? さらに云うことを聞かせるとなれば、並大抵ではないはずだ」
「えぇ。ちょっとズルをしてますので。私の連れて来たバイコーンは、私の云うことを第一として聞きますから、気になるようでしたら、私の連れて来たバイコーンたちは繁殖用と割り切った方がいいかと思います」
国王陛下が推し量るように私を見つめた。
「魔法……かね?」
「そういった類のものです。まるっきり融通が利かないのが難点ですけれど」
「まぁ、問題無かろう。キッカ殿に懐いている、という認識で問題ないのだろう?」
「えぇ、それで問題ないです。イリアルテ家の格闘兎もそうですし」
私とバレリオ様がやり込めた後に、掛けておいたからね。そうしておかないと、給餌に来た人を殺しかねないから。
「あぁ、そうだ。キッカ殿は良い顔をされないかも知れぬが、また八ノ月の一日には王宮に来てもらわねばならん」
「八月ですか。え? 一日と云うと……」
「そうだ。勲章の授与だな」
今度は私が目を瞬いた。
「え? 今度はなんですか? そんな大それたことをした覚えがないのですが」
「なにを云っておるのだキッカ殿」
「我らにとって、もっとも意味のあるダンジョンを発見したであろう」
……あぁ、あれか。え? でも――
「私、見つけただけですよ」
「それが重要なのだよ。それに加え、ダンジョン内部の情報も非常に有用であった。現在、その情報を公式のものとするため、調査隊も出ている」
本当、無事に帰って来るといいんだけれど。
「えぇと、あのダンジョンに関してですけれども、神様にちょっと確認を取りました。あのダンジョンに関しては、魔物の暴走が起こることを心配する必要はないそうです。二百年前の暴走自体がイレギュラーであったらしく、その後、そのイレギュラーに対する対策も取ったとのことで、暴走が起こることはないそうです」
「それは……例の古代の神かね?」
「そうですよ」
ケーキをいただく。炒ったナッツに蜂蜜を絡めたものを用いたショートケーキだ。エメリナ様のお店は頑張ってるみたいだね。カラメルソースが欲しいところ。
国王陛下は呆然としている。
あれ? バレリオ様、報告していなかったのかな? ……いや、魔の森に神様が住んでいます、なんて云おうものなら、頭を疑われるか。
「そうそう。現在の人々の暮らしぶりを見たいと、一度サンレアンに来ましたよ。エメリナ様も一度会って話していますよ。まぁ、神様だとは思ってもいないと思いますけれど。私も紹介するわけにもいきませんでしたし」
あ、バレリオ様、愕然とした顔をしたかと思うと、頭を抱えた。
そこまでのことなのかなぁ。
「き、キッカ殿、すまぬが、詳しく話してはくれんか」
なんだか狼狽えている国王陛下に、大木さんが神様を辞めた経緯を簡単に説明する。
いや、説明になってないな。具体的なことは一切云っていないし。そうしたら今度は国王陛下が頭を抱えた。
「行っても会うことは叶いませんよ。ちなみに、私の母国にはこんな言葉があります。『触らぬ神に祟りなし』と。むやみに接触しようとするのはやめましょう。
かつての人類に喧嘩を売られたのが原因で、やってられるかと神様を代替わりした方ですからね」
「いったいなにをやらかしたんだ? 我らが先祖は」
よく考えたら、この世界って神様がかなり身近にいて、ディルルルナ様なんかは結構簡単に神罰を落としているんだよね。
……神罰、極小か極大かのどっちかしかできないみたいなんだけれど。多少はできるみたいだけれど、出力を極小からちょっとでも上げると、山が消し飛ぶレベルの災害になるらしいからね。
アレカンドラ様が嘆いてたよ。ルナは大雑把でいけないと。他の神様方も似たり寄ったりみたいだけれど。
故に、神様に対する畏れは、私が考えている以上のものなのだろう。
「た、確かに、二百年前の大災害以外では、暴走の記録はありませんな」
「むぅ……ならば安心してよいのか?」
「さすがにあのダンジョンの暴走は問題だからと、調整したみたいですよ。他はそのままですけれど」
お茶を飲み終わる。すると侍女さんが来て、おかわりの確認をされたのでお願いした。
ハーブティーもいいんだけれど、紅茶も飲みたいな。お茶の葉はあるんだし、あとはそれを発酵させれば出来上がるはず。サンレアンに戻ったら作ってみよう。
少しして国王陛下と侯爵様も立ち直った。二百年前の暴走の原因を知らないかと訊かれたから、喧嘩に勝った地竜が調子に乗って、地上にまで喧嘩相手を探しに来たせいだと答えておいたよ。
で、話が私への勲章授与の件に戻ったんだけれど……。
「褒賞を与えなくてはならんのだよ。功績を考えると爵位と領地を与える方向になるのだが……」
「教会が面倒ですからな」
「いや、領地を貰っても運営とかできませんよ」
というより、領民に対する責任なんて持ちたくないです。
「あぁ、領地に関しては安心するといい。与える予定はない。下手にそんなことをするとキッカ殿を囲い込んだとされて、教会からなにを云われるかわからんからな。故に、責任の伴わない名誉爵位を与える方向になるだろう」
「名誉子爵に陞爵ということですか?」
「いや、名誉伯爵だ」
は?
「え、名誉子爵を飛ばして名誉伯爵ですか?」
「そうだ。キッカ殿。自分の成したことを考えてくれ。彼のダンジョンの発見に、ドラゴンの献上ともなれば、これでも足りないくらいだ」
「ドラゴンはなにかしらの害を与えていたものでもなく、ダンジョンに居たヤツなんですけれど」
「それでもだよ。というよりはだ、ドラゴンを殺せるだけの者を囲う手段としての取り決めとなっているのだ。もちろん、力を示した名誉ということもある。である以上、与えぬわけにはいかん。
それらを目指す者たちも少なからずおるしな」
あぁ。対外的なこともあるのか。それなら仕方ないか。名誉伯爵なんて史上初らしいけれど。
「分かりました。謹んでお受けいたします」
私は座ったまま一礼した。
「うむ。でだ、バレリオ、またしても厄介ごとが起こったらしいな」
話は此度の揉め事へと移った。私の造ったナイフが発端となったトラブル。
「田舎貴族と罵ったと聞いて、私の母国に伝わる話を思いだしましたよ」
そんなことを私がいったら、詳しく教えてくれとかいわれたよ。
うん。忠臣蔵のことだ。
田舎大名と罵ったのが発端だったよね。格下が格上を侮辱したのも一緒だし。
大雑把に話の内容を話したところ、国王陛下は困ったような表情を浮かべていたよ。
まぁ、貴族を束ねる立場とあっては、いろいろと思うことがあるのだろう。
ここのところ、問題を起こしている貴族がポコポコでてるし。それら全部に私が関わっていると云うのもアレだけれど。
こうなってくると、私は厄災なんじゃないかと思えてくるよ。いや、でも、私はなんにも悪いことしていないしなぁ。
「やれやれ、ただの賊ではないか」
「まったく。嘆かわしいですな」
……なんでお二方とも、悪戯っ子みたいな顔で私を見るんですか?
私がやらかすことを期待していませんか? 期待しているのなら、ご期待に応えますよ。やっちまいますよ。なので「どんな人物かは知りませんけれど、ダメな人物であったら、容赦しなくても構いませんよね?」と、国王陛下に確認を取ったら、苦笑いをされたよ。
「しかし、それほど執着されるとは、さぞかし美しいナイフなのであろうな」
「えぇ、実に美しいナイフでした」
「同じものではありませんけれど、同じ材質の短剣ならありますよ」
そういって私は翠晶の短剣を取り出した。バレリオ様に乞われたので、魔氷の短剣も隣に並べた。
ふふふ。自信作ですからね。上手くできた物は、やっぱり評価をしてもらいたいじゃないですか。
「これは……素晴らしいが、実用には耐えられるのかね?」
「問題ありませんよ。見た目は硝子細工みたいですけれど、鋼よりも強いです」
「すると、あの神剣と同じ材質なのかね?」
「いえ、違いますよ。あの剣の材質はまったくの謎ですからね。それこそ神世の物質なんじゃないですかね」
「キッカ殿、こちらの氷のような短剣は?」
「溶けない魔法の氷から造った短剣です。私の造る短剣では、最高のものです。あぁ、いや。武器として最高峰は竜骨を用いたものになるんですけれど、魔法使いが扱うのであれば、それが最高の武器になります」
魔氷武器は、冷気の付術の威力を増幅するからね。
「竜の骨から武器を作れるのかね?」
「できますよ」
「短剣を頼めないだろうか?」
「構いませんけれど、竜骨武器は鋼よりも重いですよ」
国王陛下はそれで構わないと、短剣をひとつ私に注文。バレリオ様も便乗するように鉈を二振り注文されたよ。あの菜切り包丁の親分みたいなやつ。
うん。肩甲骨か骨盤あたり削りだして作るとしよう。
その後、私たちは武具に関し、話に花を咲かせたのです。
感想、誤字報告ありがとうございます。
※転移の指環:有用なので、キッカは使い倒しています。大木邸からは大木さんに送って貰っていますが、見返りとして、キッカはご飯を作っていたりします。
※名誉だの侮辱だのを持ち出されると、非常に面倒臭くなる貴族社会。故にある決闘システムですが、欠点だらけですよね。