252 子爵の馬鹿な小倅
バイコーンたちを引き連れて、王都に戻ってきましたよ。
さすがに【バンビーナ】からディルガエア王都までとなると、急いでも一ヵ月は掛かる。なので、その時間は無駄になるので、またしても大木さんのところへと転移して、その移動にかかる期間を別の事をしていたよ。
具体的に何をしていたかというと、趣味に走ったモノづくり。主に鍛冶と彫金。
ん? 一般的な日本の建売住宅を模した大木さん家に、鍛冶場なんてないって? うん。だから造ったよ。大木さん家の近所に。我ながらやりたい放題やってるとは思うけれど。
この空いた時間に、作ることのできる武具を造ろうと思ってね。とりあえず一通り……は無理だから、鎧一式と武器。具体的にいうと軽金属鎧。いや、これは金属鎧といっていいのかな?
セシリオ様に入学祝でナイフを造って贈ったわけだけれど、あの素材で鎧を造ったんだよ。ゲームに登場した時のデザインはアレだから、普通の鎧のデザインにしたけれど。まぁ、それでも装飾をしたような感じにはどうしてもなるんだけれど。
えーと、どういう鎧かというと、ステンドグラス。うん、まさにステンドグラスを鎧にしたような感じになるんだよ。葉っぱの葉脈みたいな骨組みに半透明の装甲が嵌ってるみたいな鎧だからね。
基本は透き通った翠色。見た目が硝子だから、翠晶鎧はすぐにパキッ! とか割れそうだけれど、軽装鎧ではかなりの高性能。もちろん割れたりなんかしない。
……透けるのがアレだけれどね。いろいろと試した結果、色を変えることに成功したよ。赤褐色と黄色が出せるようになった。黄色は若干緑色がかっているけれど、ほぼ黄色。
武器はデフォ通りの翠色。盾と鎧は翠と赤褐色を組み合わせて作ったよ。うん。いい感じ。単色より、アクセントがあったほうが防具は映えるね。
ただ、キラキラと光って、とてつもなく派手ですよ。実用性あるのかな、これ。いや、鎧としての性能は高いんだけれどさ、とてつもなく目立つよ。軽装鎧で、各関節部までガチガチに覆っては居ないから、余計な騒音を立てることはないんだよ。だから、隠密行動をとるにも問題はない。とてつもなく視覚的に目立つけれど。
で、彫金。アクセサリーの方は、指輪を量産してたよ。ムーンストーンの銀製の指環。これに【月光】の魔法を付術する。
【星光】【月光】【陽光】は、自身が発光する魔法。【照明】や【灯光】のように光源を産みだす魔法とは違うタイプの明かりの魔法だ。
なぜか前者みっつは呪文書化ができないんだよね。私は付術できるけれど、多分、この付術した指輪を分解しても、この魔法は覚えられないと思う。
まぁ、こっちが普及できるようになったら、少なくとも【照明】の魔法は用済みになるだろうけれど。
【灯光】は注意を惹く効果がなぜかあるから、一所に敵を集めて魔法で吹っ飛ばす、ということにつかえるからね。あぁ、あと、なぜか物理的な重さがわずかばかりあるみたいで、感圧式の罠とか、魔法罠を発動させるのにも使えるんだよ、これ。
指輪は二十五個ほど作ったから、いくつか配って、残りは組合に委託しよう。
これら制作活動以外では、大木さんからいろいろとお話を聞きましたよ。
主にダンジョンの魔物関連の話。とりあえず、モンゴリアン・デス・ワームに関しては文句を云っておいたよ。いくらなんでも強すぎると。
「侵入した人類撃退用だもの、当然だろう?」
しれっと云われたよ。いや、確かに、魔素の固形化システムを壊されたら大変なことになるから、当然なんだけれど。
【バンビーナ】もそうだったけれど、下層部から厳しくなって、最下層部は鬼だったからね。
なかなか興味深い話を聞くことができたよ。
例えば――
Q:ダンジョン内の魔物の生態はどうなっているのですか?
A:不老不死。ゴーレムみたいなもの。ただし、ダンジョンから一度出れば、生物として生理機能が働き始める。その場合、再度ダンジョンに戻っても、不老不死に戻ることはない。
Q:知性を持つ魔物はいますか。
A:いる。魂の自然発生が起こるか否かの実験も兼ねている。この実験は時間軸管理者よりの依頼。故に、それらがダンジョン外に出ることはまずない。絶対ではないが。
Q:なんでゾンビ病なんて作ったのですか? (ダンジョン産と思っていた)
A:あれはカビが魔素により変異したもの。ダンジョン内で生み出された不死の怪物とは無関係。実のところ、感染力はそこまで高くはない。
さすがに手に負えなくなるような無茶なものは作っていなかったみたいだ。大木さん。
さて。【バンビーナ】でのモリス戦後のことだけれども、アレカンドラ様の云う通りに、ヴィオレッタパパたちが待ち構えていましたよ。
あれやこれや聞かれたけれど――
「最下層のボス部屋に閉じ込めてきました」
と、簡単に説明しておしまい。のつもりだったんだけれど、この発言から【バンビーナ】を踏破したのかと訊かれたよ。
あれ? 私の話は周知されていると思ったんだけれどな? どうなっているんだろう?
「はい。踏破しましたよ」
「最後のボスは?」
「スライムです」
私は答えた。バレルトリ辺境伯は呆気にとられたような顔をしていたよ。
「三日三晩、不眠不休で殴り合って勝ちました。一匹と」
三日三晩? 休みなく? スライムだろ? なんて言葉が集まった兵士たちの間から聞こえてくる。
まぁ、スライムとだけ聞けばそうか。でも、ダンジョンの最後のボスが普通のスライムの訳ないだろ。なんでそう思わないのかしら?
うん。これ以上質問はなさそうだ。それじゃ、帰りましょ。
私の後ろをついてくるバイコーンに兵士さんたちがギョっとしているけれど、とりあえず手をだすようなことはなく、端に寄ってくれた。
もしなんかしたら、容赦なく攻撃するよ。バイコーンが。
「待て、娘。一匹と云ったな?」
通り抜け様、辺境伯が訊いてきた。
うん。ちゃんと話を聞いているんだね。
「えぇ、最後のボスは二体ですよ」
そう答え、私たちは、そそくさとその場を離れた。
兵士さんたちが端に寄って空けられた場所を進む。
「あの、怪我の手当てを!」
最後列にいた兵士、なのかな? 鎧を着けていないけれど。救急箱みたいなものを抱えて私の所に走って来た。
……あぁ。私の右腕、見ると、乾いた血で酷いことになってる。結構出血したからね。【清浄】を掛けるのをすっかり忘れてたよ。
「怪我は大丈夫よ。薬の準備はしておくものね。スパンと切断されたけれど、見ての通りちゃんとくっつけたから。ありがとう」
その兵士さんに手を振って見せた後、兵士が居なくなって広くなった場所バイコーンに跨り下山を開始した。
なんか、上の方で女神様とかなんとか云ってるような気がするけれど、聞こえない聞こえない。
どうやら腕をくっつけた薬と云うことで、私が誰か漸く思い当たったみたいだ。でも立ち止まろうものなら、面倒臭いことになるから、私は逃げるのだ。
そんな感じで十分に離れたところで、私は例の指環を使って、大木さん宅へとバイコーンたちと共に転移。【バンビーナ】からディルガエア王都まで掛かる約一ヵ月ほどの期間を、大木さん家で過ごしていたわけだ。
そしてやって来ました王都東門。前回はバイコーンを連れていたことで入都を断られたけれど、今回はどうだろう?
一応、王家からの依頼書はあるから、これを見せれば通してもらえるかな?
「おぉう、またお嬢ちゃんか」
「あぁ、この間の。こんにちは」
前回、私を留めた中年兵士さんだ。
「……今回はまた数が多いな」
「献上したところ、繁殖させたいからと捕獲を依頼されまして」
「あぁ……なんというか、お疲れさまだな」
「あはは……。それで、審査の方は?」
「あぁ、問題ない。というか、お嬢ちゃんは素通しさせていいって通達があったからな。あぁ、とはいえ、本人確認はするぞ」
ということで、組合員証を見せるだけで入都できたよ。
さすがに頭数が多いから、先に王宮へと向かって、引き渡しを完了させてからイリアルテ家へと挨拶に行こう。
そうして王宮に行ったところ、バレリオ様に掴まったよ。まだ王都にいたみたいで、丁度王都邸へ戻るところだったみたいだ。
バレリオ様はこのまま王都に暫くいるみたいだ。ダンジョン関連の仕事ということで、調査部隊が戻るまでは王都にいるのだとか。
なるほど、調査隊は出発したんですね。誰ひとり欠けることなく戻って来ることを願うよ。無茶はしないと思うけれど。あの映像を見たのなら、さすがに無謀なことはしないと思うけれど。予定では調査は上層までだそうだ。
「さてキッカ殿、少々悪い話というか、面倒な話だ」
「はい?」
バイコーンたちを馬丁さんたちに任せ、王宮本殿……っていうのかな? そこへと向かう途中、なんだか深刻そうな感じでバレリオ様が話し出した。
「セシリオに贈って貰ったナイフがあるだろう?」
「はい。護身用にも十分使える用に造りましたよ」
ペーパーナイフとして贈ったけれど、見た目は小ぶりの普通のナイフだ。
「うむ。それをだな、盗品といいだした馬鹿がいてな。騒いでいるのだよ」
「は?」
詳しく聞いたところ、学院……学園だっけ? でのトラブルのようだ。
セシリオ様にはあのナイフを気に入って貰えたようで、常に携帯しているのだそうな。
うん。嬉しい限りだ。
で、剣術の教師が刀剣オタクのようで、目敏くそのナイフを見つけ、見せてくれと頼んできた。
セシリオ様がナイフを見せたところ、その教師は自分も短剣を一振り依頼したいと、そんな話になっていたらしい。
ただ、その様子を見ていた同じクラスの生徒のひとりが難癖をつけだしたとのこと。曰く、それは盗品で、本来の持ち主は自分であると。
要は「お前、いいナイフ持ってるな。俺にくれよ」ということだ。
……馬鹿じゃないの? いくら学院では身分というか、肩書は無効とされているとはいえ、あくまでもそれは学院での生活に関しての事。
これがこういった、犯罪云々のこととなれば、お家同士の話となるだろうに。
そのトラブルの元はデラロサ子爵の馬鹿な小倅。それも跡取ではなく、スペア枠の四男坊。
うん。まず、家から出されるのが確定している小僧だ。騎士を目指すか、文官を目指すか。それができなければ、どこぞの商家にでも婿入りできれば御の字というところだろう。
そんなのがアルカラス伯爵家を継ぐことの決まっているセシリオ様に喧嘩を売るとか。家格ももちろんのこと、個人でも負けてるじゃないのさ。
犯罪者呼ばわりはただの侮辱だけじゃ済まないよ。
「ですが、ナイフの出自はしっかりしているのですし、問題ないでしょう?」
「それがな、それを打ったのは自分だという鍛冶師を連れて来てだな、ややこしいことになっているのだよ」
……あぁ、そういうこと。
「なるほど。わかりました。私が自分の作品であると、証明すればいいんですね?」
「そうしてもらえると助かる」
でも、こういうことなら簡単に蹴りがつくと思うんだけれどな。訊いてみよう。
「審神教の神官さんに、審議はしてもらえなかったんですか?」
「しようとしたのだが、侮辱するのかと騒ぎだしてな。決闘騒ぎになりかねん。現状セシリオは、まだ正式ではないが、アルカラス家の者となっておるからな。代理をだそうにも、王都にはおらんのだ。イリアルテ家から出す訳にいかんし」
あれ?
「ナランホ侯爵はバルキンさんを借りてましたよね?」
「あぁ、あれは一時的にだが、ナランホがバルキンの雇用主になっていたのだよ。バインドラー公爵のところを退職し、ナランホが雇い入れたことにしてあった」
ズルい。そんなことしてたのか、あの変態。
「本来は自分の子飼いか、でなければ傭兵を雇うものだからな」
「決闘騒ぎになったら、私がでてもいいですよ。私のナイフを強奪するばかりか、その製作者の地位まで奪おうとか、ふざけているにもほどがありますからね」
「さすがにキッカ殿をだすのは憚られるな。とはいえ、キッカ殿が造ったと証明してもらえるとありがたい」
ふふふ。これは丁度良かったよ。翠晶シリーズを一式作ってきたところだからね。それらを出せばそれが証拠になるというものですよ。
そもそも、あれを造れる職人は私以外に存在しないからね、現状。
「バレリオ様、どうやってやり込めたら面白いですかね?」
「やる気かね? それなら、調子に乗らせるだけ乗らせたところで、叩き潰してやればいいだろう。一番確実だ」
うん。王道だね。
かくして、侯爵様といかにして馬鹿共を懲らしめるかを相談しながら、私たちは王妃殿下の下へと向かったのです。
※入れなかった応答。
Q:私の血を石像とかに注入したら、動きだしたりしますか?
A:え? イーコール(神の血)か? ってこと? というか、さすがにそれはないよ。僕の血をいれても疑似生物になったりしないからね。
※キッカのミス
最下層のお宝部屋にモリスを閉じ込めましたが、昆虫ダンジョンの方へ入り込んだ場合、モリスはダンジョンを突破する可能性がわずかながらにありました。キッカは完全に失念していましたが。
もっとも、昆虫ダンジョンへの扉は、監視していたアレカンドラが隠蔽していたので、モリスは詰んでいた。