表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
251/363

251 目の前に幼女がいる


 私は壁に額を打ち付けていた。


 ゴツゴツと。


 歯を食いしばり、左手は右腕を思い切り力を入れて掴んでいる。


 云っておくけれど、『キッカは悪い子、キッカは悪い子……』とかブツブツ連呼していたりはしていないよ。


 いや、痛いんだよ。右腕。滅茶苦茶。それこそ耐え難いくらいに。


 あのあと究極回復薬を飲んだら、右腕の中でブチブチ千切れるような音がして激痛が……。


 どうも、ズレて腕をくっつけちゃったみたいで、それを強制的に修正されたみたいなんだよ。


 ふ……ふふ……痛みでボロボロ泣いてますよ、私。


 そう云えばこんな話を聞いたことがあるよ。私の足を治してくれたお医者様から聞いた話。子供に対しても大人と同じような対応をする先生だったな。


 その話は、怪我の治りの話。


 怪我をして病院に来た患者さんは、大雑把に分けて二タイプ。治療の痛みをじっと我慢して声を出さないようにする人と、ギャーギャー騒ぎまくる人。


 怪我の治りは、騒ぐ人のほうが格段に早いそうだ。痛みを我慢しないから、ストレスが溜まらないんだろうとのこと。


 ちっちゃいころは「?」と思ってたけれど、いまでは納得だよ。


 でも私は声をださないタイプだけれどね。


 だから歯を食いしばって泣きながら腕を抑えて我慢してる。ゴツゴツとダンジョンの壁に頭突きして痛みをごまかしながら。


 少しして、やっと痛みが治まった。時間的にはさして経っていないんだろうけれど、ものすごく長く感じた。


 今度くっつけるときは慎重に……いや、そうじゃない。そもそも斬られるなという話だ。


 いやいや、それ以前にだ。


 なんでこんなことにばっかり遭遇するんだ? 私。


 いったい私はどんな星の元に生まれついたのよ。ちょっと酷すぎやしないかな? 誰に文句言っていいのかわからないけれど。少なくとも神様方が原因じゃないのは知ってるし。


 くそぅ。


 涙をごしごしと左手で拭い、ノロノロと階段を登る。目指すのは三十階層。すぐそこだ。そこから三十一階層へといって、バイコーンを捕獲する。牡牝五頭ずつの計十頭。一ダースのほうがいいかな? 二頭増えたところで、大所帯なのは変わりないしね。


 三十階層に到着し、ドアノブすらない扉の窪みに【鰐のメダル】をはめる。すると扉がガチャリと勝手に開く。


 私は開いた扉からメダルを外し、三十階層のお宝部屋へ足を踏み入れた。


「お疲れさまでした、キッカさん」

「……あれ?」


 目の前に幼女がいる。というかですね……。


「アレカンドラ様!? なんでここ……に? あれ?」

「はい、ちょっと扉をここと繋いで、キッカさんを招待しました」

「あ、ありがとうございます? あれ?」


 キョロキョロとあたりを見回す。


 真っ黒な世界に浮かぶ、よくわからない雲みたいなフカフカの床。そしてアレカンドラ様の向こうには、八畳くらいの畳敷きの場所にコタツ。もちろんそこにあるのが当たり前だと云わんばかりにみかんの盛られた器が載っていた。


「えーっと、常盤お兄さんのいた場所とそっくりなんですが」

「はい。快適でしたので、真似をさせて頂きました。なにせリソースをほとんど使わないですからね。実にすばらしいです」


 ニコニコと答えたあと、オホンと咳ばらいをして、改めてアレカンドラ様は私に話しかけて来た。


「モリス・エドモンドの始末、ありがとうございます。私たちが手を出す訳にはいかなったので、助かりました」

「……どういうことです?」


 私は首を傾いだ。




 私たち被召喚者はこの世界にとって異物だ。他の世界の論理で構成された魂は、こちらの世界では受け入れることができない。その上、世界を移動したことにより、どうしても移動した先の影響がでる。結果、魂は変質し、元居た世界にとっても異物となってしまう。


 つまり、魂の損失が元の世界で起こるため、その世界の管理者、神様とこちらの世界の神様とで喧嘩になるわけだ。向こうとしては「よくも魂を盗みやがったな!」ってことだからね。


 この喧嘩に関しては、常盤お兄さんがなにをやらかしたのかは不明だけれど、なんとか鎮静化させたらしい。凄いな、常盤お兄さん。この神様ってこの宇宙……えーっと、時間軸を管理している神様でしょう? 常盤お兄さんよりも上位の神様だよ。


 で、魂を盗んだ云々についての揉め事は収まったけれど、その魂に関して、所有権は元の神様のまま。条件として、一生を終えたら魂を返すことになっていたそうだ。変質していても、それを処分するか否かは向こうで決めると。当初はこっちで始末するハズだったらしいけれど、直接の管理者……惑星管理者が首を切られてアレカンドラ様に渡されたらしいから。


 なんでアレカンドラ様に? いろいろと謎だけれど、なにかあったんだろう。


 そんなわけで、モリスとあのアジア人は監視のみで手を出せずにいたとのこと。アジア人はこっちに来てから、四人ほど手に掛けたらしい。殺人はしていなかったみたいだけれど。被害者は泣き寝入り。五人目がヴィオレッタで殺されかけたと。

 尚、こいつはヴィオレッタに階段から突き落とされて死亡。事故死扱い。魂は送付済み。


 ……同じく階段、エスカレーターで突き落とされて死んだ私としては、なんというか複雑な気分だけれど、同情はしない。


 そしてモリス。【死の宣告】の影響下にあった期間は大人しくしていたそうだ。


 そういや、どうやって【死の宣告】を克服したんだ?


「あー。かなりの力技でしたよ。要は、体を壊して修復するを繰り返して、呪われた部分を作り直していったんですよ」

「本当に力技ですね」

「その過程で加護が成長して、吸血鬼もかくやという再生回復能力と、異常なレベルの肉体硬化能力を得た感じですね。

 ……あのまま無茶なことをしていれば、オリハルコンくらいにまで硬くなったと思いますよ」


 頭を抱えた。私が最初にやったことがそもそも悪手だったんじゃないか。


「ほぼ無敵になってましたからねぇ。即死系の毒を使う。焼き殺す。窒息させる。これら以外ではもはや殺せませんでしたからね」

「あとは凍死とかですか?」

「あぁ、それもありましたね。窒息にしても、硬化のせいで絞殺は不可能でしたから、溺れさせるとか埋めるとかでしたしね。普通に戦って勝つのはまず無理でしょう。ひとりで戦争しても勝てるんじゃないですかね」


 そりゃ近接武器と弓矢の世界で、そんなん相手にするのは無理だよ。


 魔法で倒した方が早かったかな? でも逃げられると、それはそれでややこしいことになりそうだったしなぁ。


「まぁ、彼はもうミスリルスライムに飲みこまれましたから、逃げることはできませんよ。あとは死を待つのみです。これで懸念事項がすべて解決です」

「懸念事項?」

「先ほどもいいましたが、魂を返還しなくてはなりませんからね。いつ死ぬかな? と、ずっと監視するのも面倒でしたからね。【メルキオッレ】で結構な人数を殺していましたから。これで【メルキオッレ】の死亡率も下がることでしょう」


 あー、やっぱりやらかしてたんだ。


「【バンビーナ】に来ていましたけれど?」

「さすがに死亡者数増加を不審に思ったバレルトリ辺境伯が、国王に嘆願して【バンビーナ】調査部隊に組み込んだようですね。なにせ、モリスが【メルキオッレ】に潜ると必ず死亡者がでる状況ですし、モリスの正体はキッカさんが教えてもいましたしね。【バンビーナ】で活動させて、死亡者数の推移を調べていたようです」


 あぁ、なるほど。それでヴィオレッタパパが居たのね。


「【バンビーナ】に一緒に潜った仲間はみんな殺してましたね。一応、理由付け的なものはありましたけれど」

「というと?」

「毒を受けた者を容赦なく殺していました。苦しませるな、という名目で」


 あぁ、あの毒ヘビ階層か。そういや、毒無効状態で攻略したから、あのヘビの毒の強さとかはわかんないや。


「そうやって地図作成担当の女性だけを残して殺して、あとは、その女性を追いかけ回して嬲り殺していました。殺害した後、遺体を眺めながら自慰行為に耽っていましたよ」


 うわぁ……。


「キッカさんが【バンビーナ】から出ると、沢山のお出迎えがいると思いますので、そのあたりのことを辺境伯に報告することになると思いますよ」

「えぇ……」


 面倒臭い。


「そう反応すると思いまして。ここにモリスのやらかした悪事を記録した宝玉を用意しました。これを辺境伯に渡すと良いでしょう。我々は“異界の神の持ち物であるモリスに手出しをするわけにはいかなかった”と、言い添えておいてくださいな」


 ゴトリと、ローズクォーツみたいな淡いピンク色の珠をコタツの上においた。途端、ゴロゴロと転がりだすそれを慌てて手にとって、インベントリに入れる。


 あ、右手、ちゃんと動くね。手を握ったり開いたりしたあと、指を一本一本、順に曲げて伸ばす。うん。大丈夫だ。


「分かりました。そういえば、モリスの使っていた剣ですけれど、妙に切れ味が良かったですけれど、あれ、魔剣ですか?」

「魔剣の類ですね。質は微妙なところですが。実際、胸甲を半分ほどまでは容易く断ち割っていましたけれど、そのあと蹴って剣を引き抜いていたでしょう? その程度の代物ですよ」


 もったいなかったかな? まぁ、いいや。私は自分で作ったお気に入りがあるし。


「ついでにクラリス関連もお話しておきましょう。状況はモリスやヨンサムと同様でしたが、クラリスの場合は輪廻のシステムから外れているのが問題だったのですよね。まぁ、ですから、あの封印短剣をつくった訳ですが」

「向こうの時間軸管理者ともめてたんですか?」

「そんな感じです。まぁ、クラリスの魂を返して、事は収まりましたが。というかですね、トキワ様、なにをどうやって交渉したんでしょうか? 普通、私たちは時間軸管理者と交渉などできないのですけれど。そもそも会えないと思うのですが」


 ……常盤お兄さん、なにをやったんだろう? ロクでもないことのような気がするよ。


「まぁ、助かりはしましたが。クラリスの魂に関しては、システムから外れた上に変異していたこともあって、向こうの時間軸管理者は非常に興味をもったらしいですよ。多分、処分はされずに、色々と弄り回されるんじゃないですかね。場合によっては、管理者に据えるかもしれませんね」


 あれが神様になるのか。大丈夫なのかな。まぁ、知らぬ世界のことだから、どうでもいいか。


「それで、今回の呼び出しは、これで?」

「いえ、まだあります」


 アレカンドラ様はおもむろに姿勢を正すと、真面目な顔でこう云った。


「お菓子をください」


 は?


「あの子たち酷いんですよ。あれは美味しかった、これは美味しかったと報告する割には、たまにしか持ってきてくれないんです! 私がどんな思いで食文化の推進をお願いしたのかを知っている筈なのに!」


 アレカンドラ様がみかんを剥いて、ぽいぽいと口に放り込む。


 なにもそんな親の仇みたいな感じでみかんを頬張らなくても。


「えーっと、作り置いたものですけれど、いいですか? というかですね、アレカンドラ様、私のインベントリにアクセスできますよね? 適当に持って行って構いませんよ」


 アレカンドラ様が目を見開く、ごくりとみかんを飲みこんだ。


「いいんですか!?」

「えぇ。私も適当に量を作っているんで、それなりに溜まっていますし」

「そ、それでは、一日にひとつ、いただきますね」

「えぇ、どうぞ。そうだ、折角だからいまひとつ出しましょう」


 前に作ったクロスタータが確かまだ残ってたハズ。……うん、あった。三種のベリーのジャムのクロスタータ。


 私はコタツの上にクロスタータを取り出した。


 かくして、女神様とのお茶会がはじまったのです。


 ★ ☆ ★


 三十階層のお宝部屋に戻ってきましたよ。


 なんだか互いの近況報告会みたいになったよ。


 で、お宝部屋にバイコーンたちが行儀よく並んでいるんですが。その数二十頭。いや、アレカンドラ様が集めておくとは云ってたんだけれど。


 まずは言音魔法で支配して、ひとまず大人しくしていてもらおう。


 そうしてから最下層のショトカ扉に掛けた【施錠】の魔法を解除。そして再び三十階層のお宝部屋に戻って、バイコーンたちを部屋からだす。


 この階段通路はそこそこ幅広だけれど、二頭並べるのは無理だな。一列縦隊で行くとしよう。


 そうそう、アレカンドラ様から預かった珠は、ウエストポーチに入れてと。


 よし。それじゃ、帰るとしよう。




 こうして【バンビーナ】でのお仕事は完了したのです。


感想、誤字報告ありがとうございます。


※キッカがモリス戦【死の宣告】を使わなかったのは、効果の程が不明であったからです。モリスがどのようにして無効化したのかがわからなかった、というのが大きいです。

 麻痺毒を用いての攻撃は、モリスの自己回復速度と異常な硬さを確認した結果、手持ちを全てを使っても殺しきれないと判断したから。

 なら、麻痺+【氷杭】でいいじゃない、ってことですが、そのことについては、キッカの頭からすっかり抜けていただけです。ついでにいうと、直接手を下したくなかった、ということもあります。

 殺人を忌避したわけではなく、後に尋問を受けた時に「殺してませんよ」と答えるために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] モリスがスライムに飲み込まれる所までしか確認せずに死が確定しないまま話を進めたって事はそう言うことかな? よくあるキッチリとトドメ刺したの確認せずに逃がしちゃう詰まらないパターンあるあるだけ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ