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25 こうして外堀が埋まっていくのか


「キッカお姉様、ズルいです」


 ガタゴト揺れる馬車の中で、突然リスリお嬢様に咎められた。

 二頭立ての四人乗りの馬車。私はリリアナさんと並んで座り、正面にはリスリお嬢様が座っている。


 うん。私、お嬢様にお姉様なんて呼ばれてるんだよ。最初は様付けされていたんだけど、貴族のお嬢様にそう呼ばれるのは問題しかないでしょ。だから止めてもらうようにどうにかこうにかお願いしたんだけど、どういうわけか『お姉様』で落ち着いてしまって、直してもらえない。


 ……これ、なにか問題になりやしないかしら?


 私の運勢を考えるとロクでもないことにしかならなそう。アレカンドラ様の加護は頑張ってるとは思うけど、私の不運のほうが強いんじゃないかしら。

 正確には不運というより、巡り合わせの悪さ、って云った方がいいのかな。実際、私に降りかかったロクでもない事って、すべて誰かに意図的にもたらされたものだからね。誘拐然り、いじめ然り、量販店で殺されたこと然り。


「どういうことでしょう? リスリ様」


 とりえず訊かない事には訳が分からん。


「リリアナのことです。どうしてリリアナには魔法を教えて、私には教えてくださらないのですか!」


 万歳三唱しているみたいに、リスリ様が両手を上げ下げして不満を表している。


 リスリ・イリアルテ侯爵令嬢。十三歳。金茶色の髪が印象的な美人さんだ。背丈は私と同じくらいで、十七の私よりずっと大人っぽく見える。


 日本人は子供っぽく見えるっていうことを、思い知らされるような容姿ですよ。


 それにしても十三歳でこの背丈は高いよね。なんというか、みんな背が高いんだよ。この世界の年代が地球でいうとろこの中世くらいなら、平均的な背丈は結構低かったと思うんだけれど。

 日本だとその時代、平均身長は成人男性で今の私(百五十四センチ)と同じくらいだったと思うし。


 これも魔素の影響だったりするのかな?


「キッカお姉様、聞いているのですか!?」


 リスリお嬢様がぱしぱしと膝を叩く。


「リスリ様に魔法を伝授すると、いろいろと厄介なことになりそうなのですよ」

「なにが問題なのですか!?」


 ぷくぅと頬を膨らませる。


「リスリ様、はしたないですよ」

「リリアナもズルいです。ひとりだけ教えてもらうなんて!」


 もはや完全に駄々っ子だなぁ。


 いまの私は、いわゆる遠い目というやつをしているんじゃなかろうか。


「リリアナさん。なんでいまになってリスリ様に魔法の事が露見したのですか? てっきり私はとっくに知られていると思ったのですが」

「その、ついに【神の霊気(ディヴァインオーラ)】が使えるようになったのですが、光っているところをリスリ様に見つかりまして……」


 おぉ、もう【神の霊気】を使えるようになったんだ。リリアナさんには云わなかったけど、アレ、玄人級だけど、必要魔力はほぼ熟練級なんだよね。

 となると、数値でいうと魔力が二百五十に達したのか。随分がんばったな、リリアナさん。それじゃそろそろ魔力容量増量はひとまず頭打ちか。ここの壁を破れるかなぁ。


 魔力容量を増やすには、魔力を空っぽにしてから満タンにするを繰り返すのが一番簡単で手っ取り早い。というか、私はほかにやり方を知らない。

 で、この魔力容量だけど、いくらでも増えていくわけではないんだ。


 一定量に達すると途端に増えなくなる。このあたりがゲームとは違うところ。ゲームだと、五作目ならレベルアップ時に増量を選択できたし、四作目は完全にパラメータ依存だった。


 でだ。先日のアプデに魔法普及に関してあれこれ書かれていたわけだけど、そこに魔力容量に関しても詳しく載ってたんだよね。

 魔力容量は鍛えれば簡単に伸びるんだけど、数値にして約二百五十あたりで一度頭打ちになるみたいなんだよ。いわゆる限界。レベルキャップと云ってもいいかな。

 で、ここを乗り越えると、三百くらいまで解放。また壁があって――と云う感じで、魔力容量アップが厳しくなってくる。


 私? 私は地下牢で飲まず食わずな無茶苦茶な修行してたから、知らず知らずのうちに壁を越えまくってたみたいだよ。多分、今は数値にすると千近くあるんじゃないかな。


 この限界値はいわゆる安全装置のようなものだ。肉体が内包する魔力にきちんと馴染んだ上に、それをきちんと制御できない限り、限界の壁を超えることはできない。なんでこんなことになっているのかというと、これを容易に超えると魔力異常過多となって変質、変異を起こす可能性が高まるからだ。


 以前、アレカンドラ様が云っていた、彼の生物のいる島に近づくと魔物化するというアレだ。これは魔素の異常濃度のために引き起こされるものだ。

 つまり、肉体の魔力容量を一気に引き上げて、より多く魔素を取り込むと同様の状況を引き起こしてしまうわけだ。


 そのようなことが起こらないように、大昔の管理者、アレカンドラ様の先代だか先々代が人類……いや、生物全般にかな? に細工というか、いわゆる限界値を埋め込んだ(っていえばいいの?)ようだ。


 その限界を超えること、それはより魔素、魔力を操る技量を身に着けるということ。つまり、魔法使いとして大成するかどうかは、この限界を超えることができるか否かで決まると云ってもいいだろう。


「キッカお姉様! 私にも魔法を教えてください!」

「そうは云われましても、もう呪文書がありませんし」


 荷物の都合上、あれ以上持っているとは云えないからね。


 だがそう云った途端、右隣に座っていたリリアナさんがビクリと震えた。


「そんな貴重なものを、私のために――」

「気にしなくてもいいですよ。またそのうち作りますから。それに、魔法の普及を考えているので、いろいろと確認もしたかったのですよ」


 そう答えると、リスリお嬢様の顔が真剣なものに変わった。


 ほほぅ。十三歳といえど、さすが貴族のお嬢様。でもここは、顔色を変えずに、のほほんと情報収集をしたほうがよかったんじゃないかな?

 まぁ、アレカンドラ様の意向を云うつもりはないけど。


「実際、いくつか問題があるのも分かりましたしね。ただ呪文書を渡しただけでは魔法を使えませんでしたし」


 リスリお嬢様が目をそばめた。


「お姉様は商人なのですか?」

「そうですね。対アンデッド用の呪文書の販売をする予定ですので、そうなってしまうのでしょうか? もっとも、自分で販売するのではなく、委託することになると思いますが」

「わかりました。その手筈は我がイリアルテ家が整えます」


 リスリお嬢様が胸を叩いた。

 歳の割にはよく実っていると思う。リリアナさんはちょっと薄いけど。

 そして一番背の低い私が一番大きいというおかしな構図。

 ……なんでここまで育ったかな。そしてどうして背丈にこの栄養が行かなかったのかと。


「リスリ様?」

「お任せください、キッカお姉様。我がイリアルテ家はダンジョン『アリリオ』の管理を代々任されている家系。特にダンジョン二十層の地下墓地における魔物掃討には非常に難儀しているのです。なにしろダンジョン発見から今に至るまで、突破できていない状況ですからね。

 アンデッドに対し有用な魔法。それを下手な商人に扱われては困ります」

「法外な値段で売り出され、大半をピン撥ねされるのが目に見えますね」


 お嬢様に次いでリリアナさんが補足する。


 あー、ピン撥ねかー。それは考えてなかったな。というか、値段を勝手に変えて売られたりするのか。委託になってないじゃん。つか、それはもう転売と一緒だ。

 そもそもちゃんとした委託販売なんて形式がないんだろうな。


「販売する呪文書の選定もありますし、なにより値段をまったく決めていません。なので、いますぐお願いというわけにはいきませんよ」


 ひとまずは、こう答えておこう。

 一応、神様方にも確認しておかないとね。


「わかりました。ですが、販売に関しては当家にお任せを」


 うーん。お願いしたほうがいいのかなぁ。でも侯爵様がどういう人物かわからないからなぁ。

 まぁ、リスリお嬢様の印象から察するに、ロクでもない悪党ってことはないだろうけど。


「リスリお嬢様、サンレアンに到着します」


 御者のラミロさんが知らせてくれた。


 やっと着いた。

 【魔力変換】を使っていれば、餓死もしなければ睡眠もほとんど取らなくてもいいくらいに疲れ知らずになるけれど、やはり夜は寝たい。

 コロなんとかで一晩寝て以来、まともに寝ていないんだよ。

 眠いわけじゃないけど、ちゃんと寝たいんだ。

 まったく。あの三人がクソ忌々しくて仕方がないな。


 やがて馬車が止まった。


 入都手続きかな?

 あ、私はどうなるんだろ?


「そういえば、私はなにも身分を証明するものを持っていませんが、大丈夫なのでしょうか?」


 リスリお嬢様に聞いてみた。


「問題ありません。キッカお姉様の身分に関しては、我がイリアルテ家が保証しますので、ご安心ください」


 ……こうして外堀が埋まっていくのか。


「リスリお嬢様、バレンシア大主教が面会を求めています」

「なんですって? ここはまだ街門よね? どうしてここに大主教様が!?」


 リスリお嬢様が慌てて立ち上がった。

 おぉう、馬車がちょっと揺れたよ。


「どうなさいますか?」

「どうするもなにも、会うわよ! 会わないわけにはいかないでしょう!」


 さすがにリスリお嬢様も慌ててるな。

 大主教ってかなり地位の高い人よね。枢機卿よりは下だと思うけど。

 そんな人が街門で待ち構えてるってどういうこと? そもそも、なんで今日来ることを知ってたのかな? 先触れとか出してないよね?


 あ、私はどうしたらいいんだろ?


「私はどうしましょう? 私も降りた方がいいですよね? 順番とかは?」

「キッカ様は私と一緒に先に降りてください」


 あぁ、助かる。こういう作法とか私はまったく知らないからね。

 権力や宗教相手に、極力面倒なことになりそうなことはしませんよ。長いものには巻かれろ、に恭順するつもりはないけれど、進んでもめ事を起こすような真似はしたくないからね。


 テスカセベルムでのこと? あれは殴られたから殴り返したようなものだよ。あとあのクズふたりは野放しにしちゃダメでしょ。あれは女の敵だ!


 馬車が再び進み始めた。まぁ、街門に止まったままだと邪魔だものね。

 進み、すぐに右折して再び止まった。

 ややあって、ラミロさんが馬車の扉を開いた。私はリリアナさんに続いて馬車を降り、すぐ脇にリリアナさんと並んで立つ。

 少し離れたところでは、明らかに教会関係者とわかる女性が三人立っていた。


 あの立派な黄色の法衣を着ている女性が大主教様かな? 思ったより若いね。見たところ三十代くらいに見えるよ。側に控えているふたりは司祭さんかな? このふたりも女性で法衣も黄色だ。

 そういや、あの豚の尻尾髭の枢機卿は赤い法衣だったな。信奉する神様ごとに色が違うのかしら?


 あれ? 大主教様、まっすぐこっちに来てない?


 あ、リスリお嬢様、緊張した面持ちで降りてきた……けど、あれ、大主教様?


 え、ちょっと待って、なんで私の前で跪くの?

 待って待って待って、なんでそのまま倒れ込むの?

 これってあれだよ、五体投地ってやつだよね? え、なんで?

 大主教様が得体の知れない小娘に五体投地って大事だよ。唯一の救いは、なぜか周囲に人通りがまったくないことだよ。時間的に人通りがないのかな?

 いや、そんなことを考えてる場合じゃなくて――


「バ、バレンシア様?」


 リスリお嬢様の戸惑った声が聞こえてきた。


 あ、うん。その反応は普通だね、リスリお嬢様。え、私どうしたらいいの?

 さすがにこんな状況に対応できるほど、柔軟な頭はしてませんよ?


 やがて大主教様は起き上がるも、跪いたまま私に向かって手を組んだ。


「アレカンドラ様が神子、ミヤマ様。お目に掛かれて光栄にございます」


 アレカンドラ様!? って、私の苗字を知ってるってどういうこと?


 慌てて私はしゃがみ込んだ。

 せめて頭の高さは同じにしないと。って、最近もやったな、これ。


「あ、あの、どこから私の名前を?」

「今朝がたディルルルナ様より神託がございまして。ミヤマ様の到着は存じておりました」


 ディルルルナ様、なにやってんですか! なんだか大事なってますよ?

 私は頭を抱えたくなった。

 え? どうしたらいいの? 本当に?


「あの、確かに私にはアレカンドラ様から任された役目がありますが、そんな尊ばれるような者ではありませんよ」


 とりあえずこの状況をなんとかしよう。

 私はのんびり平穏に生きたいのよ。

 変に権力とかに組み込まれたくなんてないよ!


「バレンシア様、その神託とはどういったものかお訊きしてもよろしいでしょうか? それにキッカおね……んんっ、キッカさんはミヤマという名前ではありませんよ」


 リスリお嬢様が大主教様に訊ねた。


 うん。呪文書のことであれだけ息まいていたからね。さすがにこの状況を放置はできないか。とはいえ、このままだと面倒なことなりそうだから、名前のことは云っておいたほうが良さそうだね。


「リスリ様、私の家名がミヤマというのですよ。なので、私のフルネームはキッカ・ミヤマとなります」


 あれ? 私の名前を聞いた途端にリスリお嬢様が急に顔を引き攣らせたけど、どうしたんだろ? あ、隊長さんと騎士共も顔を強張らせてる。

 どういうこと?

 と、このまましゃがんでいても仕方ない。


 私は大主教様に立つように促して、きちんと立ち上がった。

 法衣が汚れてたから、さりげなく【清浄(クリーン)】を掛けて置いた。

 これでよし。ちゃんと綺麗になった。誰も魔法に気付いてないね。完璧。


「バレンシア様、キッカさんにどのような要望があるのでしょう? キッカさんは我らが恩人。この恩に報いるため、我がイリアルテ家においで戴くことになっているのですが」

「リスリ様、ディルルルナ様よりの招集でございます。ミヤマ様には教会に来て戴かねばなりません」


 リスリお嬢様と大主教様が、しっかりと見つめあう。いや、にらみ合う?


 なんだか火花が散ってない?

 まぁ、ディルルルナ様がお呼びなら、行かないとね。あの忌々しい宝珠も渡さないといけないし。


「リスリ様、ディルルルナ様の招集ならば、私は教会へと行かねばなりません」


 私がそういうと、あからさまに絶望じみた表情がリスリ様の顔に浮かんだ。


 うん、なんというか、ポーカーフェイスができていないね。商売もやってる貴族なら、そのへんは覚えないと。

 まぁ、そのコロコロかわる表情はリスリお嬢様の一番の魅力ともいえるけど。

 本当、この娘、可愛いんだよ。見た目の美麗さに反して。


「わかりました。ならば私も同行します」


 リスリお嬢様が胸に手を当て宣言した。


「問題ありませんよね?」

「私は構いませんが、大主教様?」

「ミヤマ様がよろしいのであれば、そのように」


 結果、大主教様が馬車に乗り込み、教会へと向かうこととなった。

 司祭のふたりは徒歩で教会へと戻ることになる。ごめんなさい。


 こうして領都での生活は、私が予想もしていない形で始まったのです。


 おかしいな。私は平穏地味に暮らす予定だったんだけど、どうしてこうなった。


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