249 助けてーっ!
【バンビーナ】に到着しましたよ。正確には【バンビーナ】の仮宿場。本宿場は現在、建築中であるようだ。仮宿場よりはバンビーナに近い場所に作られているんだろう。
ここ、【バンビーナ】から結構遠いからね。【バンビーナ】のある山の麓から二十キロくらいあるかな?
いまいる仮宿場は、大型のテントと普通のテントが幾つか張られている。周囲には畑と……あっちは植林しているのかな? それとも果樹? 等間隔に苗木が植えられているよ。
えーっと、天幕っていうんだっけ? サーカスのテントって云えばわかるかな? そこまでは大きくはないけれど、そんな感じのテントが、冒険者組合の仮事務所になっているよ。
すでに管理は開始されていて、現状は基本的に立入禁止にされているから、入るためには許可をとらないといけない。
カリダードさんから書面を預かってきているから、これを出せば許可は出るだろう。
出なかったら出なかったで、勝手にショトカから入るけれど。
というかね。大きなテントをいくつか回ったけれど、ここの組合の責任者が見つからないんだけれど? どこにいるのさ。
作業をしているおじさんに、どのテントにいるのか聞いて、そのテントに行ってみても書類ばっかりで誰もいない。
しかたないからまた人に訊いてと、私としては酷くハードルの高いことをやってあちこちウロウロしてたよ。
そしたら、ここにいるはずのない人を見つけちゃったんだけれど。
髭の似合う黒づくめのダンディなおじさん。
うん。バレルトリ辺境伯だ。ヴィオレッタのお父さん。辺境伯の領地は【メルキオッレ】のある北のはず。ここはテスカセベルム南東部だよ。ほぼ正反対なんだけれど。
なんでいるの?
あ、こっち見た。そのまま視線が通り過ぎた。あ、もう一度見られた。
綺麗な二度見――うわ、こっち来た。
逃げたいんだけれど、逃げちゃダメだよね、これ。
というか、バレてるのかな? 恰好は以前とまるで違うんだけれど。
いまの私の恰好は、例の魔女装備に甲殻鎧のゴーグルという姿だ。尚、このゴーグルはスチームパンクっぽい、丸眼鏡みたいな奴だ。背中には鞄、そして弓と矢筒を下げている。
尖がり帽子なんて被っているから、みるからに変な狩人にみえると思う。あと、今回はビーもお留守番だから、完全にひとりだ。
「娘、見ない顔だな。ここには何用だ?」
私の目の前にまできた辺境伯が問う。うん、去年会った時と一緒だ。相変わらず威圧的な感じ。
でも普通は取り巻き……お供の人が問うようなことじゃないかな? まぁ、いいか。
「【バンビーナ】に用があって来たんですよ。いまはここの組合の責任者を捜している最中です」
「もう聞きつけて来たのか。【バンビーナ】は現在一般に開かれてはいない。他を当たれ」
「そんなの知っていますよ。だからわざわざ組合本部から許可を貰って来たんです」
お、目に変化がでたぞ。小癪な、っていわれてるみたいだ。
「……仲間は?」
「私ひとりですがなにか?」
「無謀にもほどがある。仲間を――」
「あぁ、私は探索ではなく、依頼でバイコーンを捕まえにいくだけですから。ショートカットを通ればすぐなので、魔物と戦うことはないですよ」
絶句された。
「どうしました?」
「いや……。娘、以前に【バンビーナ】に潜ったことがあるのか?」
「はい、ありますよ」
うん。なんでいつもおかしなものを見るような目で見られるんだろう?
失敬な。
「そのバイコーンとやらは聞いたこともないが」
「三十一階層の魔物ですからね」
またしても凝視されたよ。
「……あの?」
「あ? あぁ、失礼をした。三十一階だと?」
「そうですよ。ですから、ショートカットを使えばすぐなんです」
私は答えた。
そろそろ切り上げて逃げたいんだけれど。多分、この格好のせいで不審者扱いされているだけだろうし。
なんだか話しあぐねてる? よし、今の内だ。
「では、私はこれで失礼しますね」
軽く一礼して、私はそそくさとその場から逃げ出した。逃げながら【道標】さんを発動。組合職員のところへと向かう。
最初から使っておけばよかったよ。
はたして、組合職員は最初に覗いたテントにいた。どうも用を足しにでていたようだ。
★ ☆ ★
やって来ましたよ【バンビーナ】!
やたらと職員さんに恐縮されたけれど、無事に探索許可証を貰えましたよ。
あとついでに、インベントリのこやしになってる【聖斧オッフェルトリウム】を渡してきたよ。王家への献上品として。
なぜか職員さんが爆弾でも持たされたみたな感じになっていたけれど。
さて、【バンビーナ】ですが、入り口のところに警備の人が立ってるね。入場……入ダン? 制限をしているみたいだ。
こっち見てるね。でも私はそっちにはいかないんだよ。山道を登って、山肌を削って水平な道を作ったような場所。山道を登り切ったそこに丁度入り口があるんだけれど、そこを手前に折れて右に……三百メートルくらいかな。歩いたところにショートカットの出入り口がある。
この出入り口は、ショトカのメダルを持っていないと認識できず、ただの崖にしかみえない。もちろん出入り口を通過することもできない。
私はそこを通り抜けると、やや急な階段を降りていく。
このショートカットの通路も、ダンジョンのようなオレンジ色の明かりだ。
微妙に足元が危ないので、ゆっくりと降りていく。
ん? 足音が聞こえるな。
私は足音がでないから、これは誰かが登って来ているということだ。
少なくとも十階層を突破したのか。まぁ、ボスは怪獣猪だしね。
やがてその姿が視界に入る。ひとりだ。互いに端によけてすれ違う。
登って来たのは男性。革鎧に胸甲という、探索者によくいるタイプの鎧構成。でもなにより目を引いたのが、その男の顔。
見たことのある顔。
えーっと、名前はなんだっけ? も、も、モーリス? 確かそんな名前だった――
急に感じる殺意に、私は慌てて振り向きつつ、その一撃を奇跡的に躱した。
モなんとか……顎割れは剣を振り降ろした姿勢のまま、驚いたような顔で私をみていた。
うーむ。どうして私はこうも、不意打ちで攻撃をされるのかな?
顎割れ。私と一緒に召喚された人物だ。聞いたところによると、女性を撲殺することに無上の喜びを感じる殺人鬼。確か、アレカンドラ様はそう云っていた。
顎割れは両手でもった剣をダラリと下げながら、私を見ている。無表情に。
さぁ、どうしよう? 殺人の話を聞かないから、その手の衝動は魔物を殺して満足してたのかと思ったけれど、そうじゃないみたいだね。
多分これ、【メルキオッレ】で他の探索者を殺してたりするんじゃないかな。【メルキオッレ】がどのくらい賑わっているのかは知らないけれど、どこにいても常に第三者の目があるような状況とは思えないし。
というか、この感じだと【死の宣告】を克服してるよね? どうやったんだろ。というか、ここで殺したりしたら問題にしかならないよね。
いまだに顎割れ、英雄として扱われているんだろうし。
『――――!』
剣を振り上げ、再度、私に斬りかかってきたところを、【氷の棺】で迎え撃つ。
たちまちの内に顎割れは氷に包まれて、滑るように階段を下って行った。
【氷の棺】は一時的に行動不能にするだけの言音魔法、時間稼ぎが主目的の魔法だ。魔法が解けたら、すぐに私を追って来るだろう。
さぁ、どうしよう?
考え、あることを思い出す。
それは四作目の方のクエストのひとつ。あのゲーム、クエストをクリアするのに、自分で敵を倒さなくてもいいんだよね。下手に倒すと、自分が犯罪者になったりする場合もあったし。
お、氷の割れる音がした。棺が消えたね。……走って来る音がする。
よし。【狂暴化】を掛けて、私をみんなの前で襲ってもらおう。
思わず笑みが浮かぶ。
多分、いまの私は悪い笑顔を浮かべているに違いない。
そうだ! ゴーグルを外しておこう。どうしようかな? おでこにずり上げておくか。それとも胸元にぶら下げておくか。
駆け上って来る姿が見える。
私はゴーグルを額にずり上げ、そして顎割れに右手を向け、魔法を撃つ。
それじゃ逃げるよ!
私は階段を駆け上がる。
って、思った以上に顎割れの速度が速い!
慌ててドーピング指輪を着けて、走る速度を上げる。
さすがに誰にも見られていない場所で斬られるわけにはいかない。いや、見られていても斬られたくはないけれど。
恐らく、階数にして五階程度を登り、私は外へと飛び出した。そして【バンビーナ】の入り口で警護をしている人たちの方へと走る。
後ろを振り向く。
顎割れも剣を抜いたまま飛び出して来た。
よし、それじゃあ――
「助けてーっ!」
私は思い切り叫んだ。
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