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247 ものすごい行列ができている


 三月も半ばに突入しました。本日は三月の十日。


 サンレアンに戻ってきましたよ。アイリスに乗ってのんびり帰って来たよ。あぁ、アイリスっていうのは私の乗ってるバイコーンの牝馬のことね。また花から名前をとったよ。菖蒲(アヤメ)だとアレだから、アイリスにしたよ。


 毛色はアイリスよりもっと濃いけれどね。


 西門から問題なく入り、自宅へ――


 あ、そうだ。ベレンさんのお店はどうなっただろ?


 丁度いまいるのは西側だし、ちょっと回ってみよう。


 ということで、西門から北の方へと向かう。ベレンさんのお店は貴族街というか、富裕層の集まってる地区の外れにあるからね。


 いや、商業地区の外れ、というほうが正しいかな。あの嫌がらせ騒動でせっかくついたお客が離れたって云ってたけれど、うまくいってるかな。


 まずはイリアルテ家の方にいって、アイリスを預けてこよう。と、そうだ。フィルマンさんにベヘモスのお肉をおすそ分けしておかないとね。

 王都邸の人たちだけにお土産で渡して、本邸の人たちに渡さないと云うのはさすがになんだしね。


 すっかり顔パスになったイリアルテ家のお屋敷に、アイリスを預ける。そして厨房へと回ってお肉の塊を渡してきたよ。えーっと……五十キロくらい? これだけあれば、使用人のみんなにいきわたるでしょう。


 バレリオ様たちには、王都で渡してあるとも伝えておいた。そうしないとみんなで食べずに保存しそうだったからね。


 さて、それじゃベレンさんのお店へ行ってみよう。


 ということで、やってきたんだけれど、なにこれ?


 ものすごい行列ができているんだけれど?


 身なりがそれなりに立派な方々が並んでいますよ。あれ? 普通、こういった行列には代理で使用人とかを並ばせるんじゃなかったっけ?


 もしかして、そういうのを禁止してる? そういえば、日本でもあったね。転売屋対策……だっけ? そんなニュースを見た覚えがあるよ。


 聞いてみればいいんだけれど……ははは、自分から話しかけるなんて無理ですよ。基本的に人見知りですからね。というか、よっぽどじゃなければ自分から人に話しかけたりしませんよ。


 相手がお年寄りとかなら、なぜかそれなりに大丈夫なんだけれど。


 とりあえず裏手に回ってみようか。これ、下手すると厨房が回ってないかもしれないし。


 裏手に回る、新人さんかな? 前に来た時にはいなかったと思われる男の子が野菜の下準備をしていた。えーっと、豆を鞘からだしてるみたいだね。白あんを作った時につかった白えんどうみたいな豆だ。これは白じゃなくて普通に緑色だけれど。


 あ、こっちみた。


「こっちからは入れないよ。失せな」


 ……口悪いな。ついでに目つきも悪いな。さらにいうと雰囲気全体が悪いな。

 チンピラかな? つか、調理道具(ナイフ)をこっちに向けんな!


 ベレンさんも雇うならまともなのを雇えばいいのに。人材がいないのかな?


 あ、ナイフを突き出したままこっちにきたよ。あぁ、ビー、前にでて威嚇しないでいいから。


「アミルー、豆はまだ……って、なにして――キッカ様!?」


 あ、料理人のお姉さんがでてきた。チリコンカーニをやたらと気に入っていたお姉さん。


 いや、前にデスソースとかを使って地上げ屋もどきの連中をこらしめたじゃない。その後に、そのデスソースをつかってちょっと作ってみたんだよ。そうしたらあのお姉さん、辛党だったみたいで、やたらと気に入っちゃったんだよね。


 なかなか上手くできたんだよ。入れたソースは一、二滴だったんだけれど。


「クレスさん、このガキ――がっ!?」


 クレスさん、えーっと、クレスセンシアさん、だったかな確か。クレスさんが小僧の頭を問答無用で殴った。


「あんた、なんてことしてくれてんの! 頭下げる! 謝まれ馬鹿野郎! すいませんキッカ様! こいつの処分はきっちりとしますので、どうかご容赦を」

「あ、謝罪はいりません。この状況だとどうせ口先だけの謝罪でしょうし、なにが悪かったのかも理解できていると思えませんしね。育ちが知れます。それにクレスさんは関係ないじゃないですか。とりあえず、それは脇に退けといてください」


 従業員教育という点では責任はあるのかもしれないけれど、いきなりナイフを突きつけてっていうのは、教育以前の問題だと思うんだ。要は、この小僧の本質的なところだと思う。そんなところをどうこう云うつもりはないよ。


 あるとしたら、なんでこんなの雇ったの? という点だけれど。まぁ、それはさておいてと。


「ちょっと様子を見に来たんですよ。凄いことになってるみたいですし、お手伝いしますよ」

「で、ですがキッカ様にそんな……」

「やるといっても、皿洗いとか下拵えとかですよ。私がつくると味が変わっちゃいますからね。それじゃお邪魔しますね」


 私はクレスさんの肩を掴んでくるんと回れ右をさせると、クレスさんの背を押して裏口から店内へと入った。


 厨房はまさに修羅場状態。ベレンさんが延々とコロッケを揚げ、副料理長さんは懸命にコロッケ種を作っている。かなりの勢いで商品は出来上がって行っているけれど、こうもお客が多いと回転が間に合わないみたいだ。


 給仕の女の子や男の子はいったりきたり。皿洗いが全力でお皿を洗ってる。……あぁ、水道なんてないから、水汲みにひとり手を取られてるのか。水汲みの子、かなりフラフラしてるじゃないの。いまにも倒れそう。


「クレスさん、あの水汲み役の子にこれ飲ませてください。すぐに。私は着替えて、手の足りないところに入りますね」


 持久力回復薬をクレスさんに渡し、私はバックヤードに入って着替え。インベントリを使っての着替えだから一瞬だ。荷物はビーに番をしておいてもらおう。


 以前にもらった、イリアルテ家のメイドの恰好に着替えて準備完了。


 さて、それじゃヘルプにはいるとしますか。


 ★ ☆ ★


 日が暮れました。


 やっと客足が落ち着きましたよ。とはいえ、いまもほぼ満席状態だけれど。行列はできていないから大丈夫かな。


 多分、これが本来の、このお店のあるべき姿なんだろうと思うよ。料理はすでに出し終わり、追加があれば作るというまでに落ち着いている。


 そもそも高級志向のお店で、狙う客層も富裕層とか貴族がメインだ。双方とも、あんなふうに並ぶなんてありえないから、イレギュラーもいいところだと思うんだけれどね。


 あとは副料理長に任せておいても大丈夫ということで、ここでやっとベレンさんと話ができるよ。


「ありがとうございます、キッカ様。おかげで助かりました」

「凄い盛況ですね。ただ、注文がみんなクロケットばかりだったのが気になりましたけれど」


 うん。注文。みんながみんなクロケット……コロッケだったんだよね。材料の関係で、現状のコロッケの材料はひき肉と豆、そして玉ねぎだ。

 私はずっと、茹でた豆を半殺しにするお仕事をしていましたよ。


 ……そういや、クロケットとコロッケ。私は一緒くたにしてるけど、厳密には違うんだっけ? カニクリームコロッケみたいなのがクロケットで、ジャガイモを使ったりしているのがコロッケだったかな。


 まぁ、見た目が殆ど一緒だし、細けぇこたぁいいんだよ! の精神でこのあたりは適当ですよ。


 でだ。


 聞いたところ、あのときの騒動が原因みたいだ。あの連中、というか、実行犯のチンピラ共、いろんなところでやらかしてたみたいで、ダンジョン送りになったということがあっという間に被害者たちに知れ渡ったらしい。


 で、どうやって連中の事を捕まえられたのか? という話題から、例の激辛コロッケの話にまでなったとのこと。


 そうなると、件のコロッケを食べたいという奇特な人もでてくるわけで。かといって、アレをそのまま出すと事件にしかならないから、ピリ辛よりちょっと刺激的な程度に調整したものを出したのだそうな。もちろん、連中をこらしめたものは、悶絶して床で転げまわる程に辛くした、と説明して。


 ここまで云えばわかるよね。


 その調整して作ったコロッケが大好評。あれよあれよと話が広まって、いまの状況にまでなってしまったとのこと。


 辛味を前面に出した料理ってないようなものだったから、物珍しさもあったのかな? やっぱり調味料系が塩とマスタードぐらいだったということもあってか、人気になったみたいだ。……カプサイシンは食欲増進効果もあるしね。


「盛況なのは嬉しいのですが、お待たせしてしまうのが心苦しくもありまして」

「いっその事、お持ち帰り用を作ってみたらどうです?」

「持ち帰りですか?」


 ベレンさんが目をパチクリとさせた。


 コロッケと云えばお肉屋さん。お肉屋さんだと、油紙で作った袋にいれてコロッケを販売していたりする。よくお兄ちゃんが学校帰りに買ってたんだよ。もちろん、私もその時は一緒だったから、ふたりでぱくつきながら帰ったんだ。


 ちなみに、秋はコロッケから焼き芋に変わる。


 さすがに毎日じゃなかったけれどね。


 で、お持ち帰りを提案したわけだ。問題はお持ち帰り用の器かな。これは木製の器、重箱の小さいものでも用意した方がいいのかな?


「器に関しては、各自で持参してもらいましょう。持ち帰りの件を入り口にでも掲示して、誰かひとり、そのことを告知する者を置いておけば問題ないでしょう。道端に立っているよりは、商品を買って自宅でという方々もいるでしょう」



 傍で聞いていた副料理長さんが提案した。


「うぅ……料理屋としてはそれはどうかと思うけれど、仕方がないかなぁ」


 聞くと、行列を見て帰る人も結構いるのだとか。


「店長。一度やってみましょう」

「そうね……」

「その日のうちに食べる様、云い添えることを忘れないようにしてくださいね。数日置いて食べて、お腹壊したとか云われても困りますからね」


 そういう人がいるからね。炎天下の車内に買ったお弁当を放置して、それを食べて食中毒を起こしたって訴えた、アホな主婦の話もあったし。


「それで、ソースの方は大丈夫? 残ってます?」

「そろそろ厳しいです」

「それじゃ、これを置いていきますね」


 以前作ったデスソースの壜をふたつおいた。作ったはいいけれど、ほとんど使わないから、手つかずで残ってるんだよね。とはいっても、大量に作った訳じゃないから、これが最後の二壜だ。


 この分だと、また作っておいた方がいいかな。唐辛子もルナ姉様が持って行ったから、多分、農研に渡っていると思うんだけれど。出回るまでは私がデスソースを納品した方がいいかなぁ。


「連絡をもらえれば、また持って来ます。そのうち、これとは別のトウガラシが出回ると思いますから、そうなったらソースは自作してください。これみたいにおかしなレベルの辛さではありませんから、扱いやすい筈です。ソースではなく、乾燥させて粉末にしたほうがいいかもしれませんね」


 いや、なんでそんな絶望したような顔をするんですか。


 ぐー。


 誰かのお腹がなった。


 そういえば、忙しくて賄いとかも作ってなかったね。私もお腹がすこし空いたし、厨房を借りてつくろうか。


「厨房を使わせてもらってもいいですか? 一品作らせてください。といっても、前に作ったチリコンカーニですけれど」


 ということで、厨房を借りて作って行こう。こんなことを云ったのは、茹でた豆が余っちゃったんだよね。鍋ふたつ分あるんだけれど、ひとつあれば十分とのこと。明日の分にしてもいいんだけれど、使ってしまっても問題ないということだから、必要なだけ使わせてもらおう。もともと、今日の分として仕込んだものだし。


 ということで、妙に大きいえんどう豆、茄子、人参、玉ねぎ、トマト、セロリっぽいなにかと挽肉を使って作って行こう。あぁ、豆以外の材料は私の持ち込み。インベントリに放り込んでおいたものだ。


 これらを適度なサイズに切って、炒めて、煮るだけの簡単な料理だ。


 トマトは潰してペーストにしてもいいんだけれど、今回はぶつ切りで使うよ。


 あぁ、そうだ。茄子と人参。白いんだよ。だから茄子に関しては凄い違和感がある。市場で初めて見た時は、思わず二度見したからね。人参のほうは、白人参っていうんだっけ? 一応、聞いたことはあるから知ってはいたんだけれど。現物をみるとちょっと驚くよね。


 それとセロリだけれど、セロリなのかな? 味がセロリだからセロリっていってるけれど、形が球根みたいに丸いんだよ。……そういやいまだにこの野菜の名前をしらないな。いや、聞いたんだけれど忘れてる。おばちゃん、それ頂戴! みたいな調子でしか買い物してないからなぁ。


 しっかりと火が通り、野菜から出た汁っ気でしっとりとしてくる。


 それじゃ、これを鍋に移して煮詰めよう。


 水を加えて、そこに乾燥させた昆布を砕いて粉末にした、粉末出汁を投入。塩で簡単に味を調えてと。


 最後に例のデスソースを一、二滴加えて辛味を調整して完成。


 ……なんか、チリコンカーニじゃなくなってる気がするけれど、まぁ、いいか。美味しければいいんだよ。


 これ、パンに載せて食べると美味しいんだよ。


 鍋に一杯にできたチリコンカーニ。これだけあれば、従業員の全員分にはなるでしょ。


 お皿によそってベレンさんにスプーンと一緒に渡す。ついで私の分もよそってと。


 いただきます。


 ひと匙掬ってぱくり。うん。適当だったけれど、美味しくできてる。あれだけでしっかりと辛味がでているんだから、本当にとんでもないな、デスソース。


「あの、キッカ様、これのレシピは……」

「レシピもなにも、見ていた通り、適当に豆と肉と野菜を炒めて煮ただけですよ。それに、前にも一度作ったじゃないですか。野菜の構成はちがったかもしれませんが、一緒ですよ。レシピはエメリナ様が購入済みですから、ここでも出せるはずです」


 このお店はベレンさんのお店で、エメリナ様がパトロンという形になっているからね。イリアルテ家が買ったレシピはすべて使える。ただ、それらすべてのレシピをひっくるめたレシピ使用料をイリアルテ家に納めているみたいだけれど。


 この盛況ぶりをみるに、それらの支払いをしても問題ないくらいには黒字をだせているみたいだ。


 日が暮れてからは、コロッケばかりが注文されることもなくなったしね。


 私は一皿頂いた後、お店を後にした。


 ベレンさんが慌ててお金を持ってきたけれど、遠慮したよ。勝手に来て手伝っただけだし。


 あと、あの小僧っ子をクビにはしないように云っておいたよ。まだベレンさんには話が通っていないみたいで、きょとんとしていたけれど。


 いや、これでクビにでもなろうものなら、絶対に逆恨みして、なにかしら私に対してやらかしそうだからさ。


 面倒事は嫌いですよ。


 しょうもない理由で人を殺すなんてことはもっと嫌いだ。


 すっかり暗くなった道をテクテクと歩いていく。自宅まで十分くらいかな。


 ビーは背負った鞄の上にちょこんと座って、私の頭にしがみついている。


 空には雲ひとつなく、月が綺麗に見えた。


 明日はいちにちゆっくりして、【バンビーナ】に向かうのは明後日にしよう。




 そして私は、帰って来るのがおそいと、女神さま方に叱られたのです。


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