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244 黒羊騎士団長は地味に苦労している?


 黒羊騎士団団長であるパクスアル・エスパルサは目の前の光景に、うーむと唸り声をあげた。

 その側では団員のひとりであるマヌエラが顔を引きつらせている。


 彼らがそんなことになっている原因は、目の前に置かれている弓の的だ。


 五本の矢が突き刺さっている的。そのすべてが中央を射貫いている。射貫いているだけならまだよかったのだが、先に射貫いた矢に次ぎの矢が当たり、矢軸が左右に割れる、などという状況が五連になっていようものなら話は別だ。


 命中精度が異常だ。


 それに練兵所はまったくの無風というわけでもない。強風が吹いているわけでもないが、それでもその環境でこの状況を作り出すなど、不可能に近いことだ。


 いや、例え無風でもできる者などいないだろう。


「マヌエラ、お前ならできるか?」

「無茶いわないでくださいよ。こんなの神業ですよ、神業! 初めて見ましたよ、射貫いた矢をさらに射貫くとか」


 マヌエラが両手を振り上げ声を上げる。


「なんであんな芝居をさせたんですか! 絶対に私の印象が悪くなってるじゃないですか!」

「人となりを見抜くには丁度いいかと思ったんだがな。お人好しであると聞いていたしな」

「絶対に茶番だってバレてますよ、アレ。私が弟子にしてくださいって云ったら、拍子抜けしたみたいで素が出ていましたし」


 マヌエラはつい先ほどあったやり取りを思い出す。即答で拒否をされたことが、実のところショックではあった。


「それで団長。団長としては神子様のことをどう見ます」


 マヌエラの問いにパクスアルは思わせぶりにニヤリとした笑みを浮かべる。


「わからん」

「えぇっ、わからんって。私にあんな芝居までさせてそれはないでしょう!?」

「わからんものはわからん。大抵、二、三言葉を交わせばその人となりは分かるつもりだったが、彼女のことはまるで掴めん。得体が知れん」

「酷い云いようですね、団長。……まぁ、神罰が落ちないところを見ると、女神様が見逃してくださったのだと思いますけれど」


 マヌエラの言葉に、パクスアルは不安そうに空を見上げた。


 見えるのは青い空を流れる雲だけだ。


「そもそも団長。なんで神子様を探るような真似をしたんです?」

「当然だろう。あんな化け物をひとりで狩るような人物だぞ。警戒しないでどうする」


 すぐそばで解体作業中のトロールを指差す。


「……危険人物なら、あんなにポンポンと神剣や神弓を献上したり、有用な薬を公開したりとかしないと思いますよ。どちらもオークションに流せば一財産どころか、莫大な財が得られますもん」

「それはそうなんだがな……」

「まさかと思いますけれど、黒羊騎士団に魔法の鎧を作ってもらえなかったからですか?」

「そんなわけあるか!」


 パクスアルは否定するが、マヌエラは懐疑的だ。なにしろ、あの金色の鎧の話を聞いた時のパクスアルは、あからさまに機嫌が悪かったのだ。


 エスパルサ家は武門の誉れ高き家系だ。特に先代公爵のサロモンは白羊騎士団長を務めていた人物であり、その息子たるパクスアルも武人としての心得が叩き込まれている。


 故に、武具に関しては並々ならぬ執着も持っているのだ。


「頼んでみたらいいじゃないですか」

「そんな予算はどこにもないわ!」

「私たちは儀礼の時くらいしか金属鎧は着ませんし、実用的な革鎧なんかを頼んでみたらどうです?」


 マヌエラの言葉に、パクスアルはため息をついた。


「お前が欲しいだけだろう?」

「当たり前じゃないですか。身を護るものですもん。より良いものを求めるのは当然ですよ。あの金鎧を見ましたし、無理を云って一度装備させてもらいましたけれど、いろいろおかしかったですからね。金属鎧の重さじゃないんですもん。信じられます? あれを着て普通に全力疾走できるんですよ!」


 マヌエラの云ったことはパクスアルも知っている。だからこそ臍を噛んでいるのだ。


「まぁ、音の事もあるので、隠密には向きませんけれど。でもあれほどの鎧を作るのですし、革鎧も手掛けているというんですから、依頼してもいいと思いますけど」


 パクスアルが胡乱気にマヌエラを見つめた。


「お前、私を誘導しようとしていないか?」

「違いますよ。おねだりです」


 悪びれない部下に、パクスアルはため息をついた。


「なんとか予算を組めるかやってみよう」

「やった! 隠密仕様とかできるかどうか聞いてみましょう!」


 気楽に云うマヌエラの姿に、パクスアルは再度ため息をついた。


 ★ ☆ ★


「は? 一昨日にドラゴンが運び込まれた?」


 翌日のこと。もたらされた報告にパクスアルは書類から顔を上げた。


 ドラゴンなどが王都に持ち込まれたのなら、大層な騒ぎになっている筈だ。それがこうして今頃に報告されるということ自体がおかしなことだ。


「魔法の鞄でも使われたのか? 確か、所有者リストが――」

「運び込んだのは神子様です。そして運び込まれた場所は地神教会です」


 アブランの言葉にパクスアルは眉をひそめた。


「なぜ教会に?」

「その……差し入れとして。食肉だそうです」

「は?」


 食肉? ドラゴンを? そのためにポンと渡したのか?

 いや、ドラゴンであれば寄進の品としては十分以上ではあるが、食肉として渡したと云うのは……。


 確かに、ドラゴンの肉は美味いと、二百年前の記録にはあるが。


「何分、教会内でのことでしたので、確認が遅れました」

「いや、それは問題ない。……例のダンジョン産、ということだな?」

「そうだと思われます。翼の無い、なんというか、特異な姿のドラゴンです」

「翼が無い? 地竜ではないのか?」


 パクスアルが問うと、アブランが一枚の紙を差し出した。そこにはその持ち込まれたドラゴンの姿が描かれていた。


「これがそのドラゴンか? また変わった姿だな。翼が無く、背に並んでいるこれは……角か?」

「厳密にはドラゴンではない、と云う話も聞いています」

「どういうことだ?」


 アブランが聞き及んだところによると、キッカがそれを出した時に、それがドラゴンであるかどうかで少しばかり議論になったそうだ。


 尚――


『そういや、日本語だと恐竜ってことで、竜みたいな扱いだけれど、英語だとダイナソアだよね……。違うってことにしたほうがいいかな? いや、でも、地竜は背びれ? のないスピノサウルスみたいなもんだったしなぁ。サイズはアルゼンチノサウルスみたいに馬鹿でっかかったけれど』


 と、いうようなことをキッカが云っている。


 だが地竜と似たような雰囲気の姿であることから、結局のところ竜で構わないだろう、ということでこの議論は落ち着いている。


「大きさはどのくらいだったのだ?」

「尻尾までを含めて、約六メートルほどでしたね。解体をできる職人を探すことに難儀していましたよ」

「まぁ、そうだろうな。竜ともなれば、その素材は貴重だ。血の一滴たりとも無駄にしたくないだろうよ。確か、血は滋養強壮剤になるんだったか?」

「えぇ。まぁ、いまでも調剤できる薬師がいるのかは不明ですが」


 アブランの言葉に、パクスアルが苦笑じみた笑みを浮かべた。


「しかし、本当に大型の魔物ばかりのダンジョンのようだな。調査隊にはウチからも何人か加える予定だが……」

「行きたがる者がいますかね?」

「マヌエラは確実に参加するな」


 あの騒がしい、弓を得意とする団員を思い浮かべ、パクスアルは顔を顰めた。


「あぁ……。彼女は確かに。まぁ、何人かは血気盛んな者もいますし、彼女に引き摺られて参加させられるでしょう」


 そういってアブランは肩を竦めて見せた。


 ★ ☆ ★


 慌ただしいまま二ノ月が終わり、三ノ月となった。黒羊騎士団では調査隊に同行するメンバーも決定し、現在は任務の割り振りを見直している最中だ。


 そんな中、急にアキレス王太子殿下より呼び出しを受け、パクスアルは調査隊同行メンバーと共に、指定された大広間へと向かっていた。


 途中、近衛をふたりを従えた白羊騎士団長ヘルマンと遭遇し、足を止めた。


「パクスアル卿、よく参られた。案内しよう」

「白羊騎士団長自らの案内とは光栄だ。……ヘルマン、一体何事だ?」

「キッカ殿が例のダンジョンの情報を持ってきてくれたのだよ、パクスアル。今日はこれから、その情報、記録を調査隊関係者全員で見、検討するのさ」


 ヘルマンが先導しつつ、パクスアルに答えた。近衛のふたりは先ほどの場所で待機したままだ。恐らくは、あそこで無関係の者が入らないように番をしているのだろう。


「ヘルマン、その情報如何によっては、調査隊を出さずとも良いのではないか?」

「いや、今回の情報は、調査隊が向かうに必要な準備をするためのもののようだ。階層ボスの情報もある程度あるらしいが……かなり衝撃的な内容もあるらしい」

「どういうことだ?」

「下層部のフロアガーダーとの戦闘の記録がある。バレリオ卿が既に見ているのだが『どうやって勝てばいいのかわからん』と、ぼやいていた」


 ヘルマンの言葉にパクスアルの目が険しくなる。


「血鬼と謳われたバレリオ卿がか? いや、話だけでそう云い切るものではないだろう? こういってはなんだが、キッカ殿が大袈裟に云った可能性もあるのだろうし」

「話ではないのだよ、パクスアル卿。文字通り、その戦いを見ることができるのだ。これまで我楽多扱いされていた不明の魔道具の使用方法が判明したらしく、見たままのものをそのまま記録できるらしい。それも絵に描くよりも精巧にだ」


 パクスアルは目を見開いた。


 そのような魔導具があるとはきいたこともない。いや、それよりも、なぜそれが用途不明のままであったのかも気になるところだ。


「あぁ、魔道具が気になるのか。まぁ、黒羊としてはそうだろうな。一番有用に使えそうだ」


 苦笑しつつ、ヘルマンは大広間の扉を開いた。中には既に赤羊騎士団からの選出メンバーが席についていた。


「なんでもその魔道具は単体で完結していないそうなのだ。全部で四つ。ふたつ一組で、別個の機能を持っているそうだぞ。そのせいで扱い方が不明であったようだな」


 その説明にパクスアルは得心した。鑑定盤を使えばどんな魔道具かはわかるのだ。だが、その使用方法までは記されない。説明文のようなものも記されるが、その内容は大抵は無意味なものであるのだから。


「ヘルマンはもう見たのか?」

「いや。私もこれからだ。だから一緒に見ようではないか。あの小さな神子様が、いかにしてバレリオ卿が諦めるほどの化け物を討伐したのかを」


 その言葉に再度パクスアルは驚愕した。てっきり、キッカはフロアガーダーには勝てず、撤退したのだと思っていたのだ。


 暫しのち、アキレス王太子殿下の挨拶があり、記録の上映がはじまった。


 大広間正面の壁に、四角く光が投影され、おぉ……、会場のなかから声が漏れた。


 そして映し出される、キッカの顔のドアップ。それも目のあたりだけ。


『……これで大丈夫かな? 大丈夫だよね。録れていると思おう。確認できないのが辛いな』


 ぶつぶつと云うキッカの声が響き、再度、会場からは感嘆の声が漏れた。


 やがて映し出されていたキッカはその場から離れ、その全身が見えるあたりにまで移動した。

 そして背後にみえる、明らかに人工的に造られたような巨大なダンジョンの入り口を指差し、説明をし始めた。




 この日。彼らは地上最悪のダンジョンの姿を目の当たりにするのである。


感想、誤字報告ありがとうございます。


※疑問が呈されたので回答を。

 管理者・神の地上への干渉は実のところ融通が効きません。特殊なもの、精神干渉とかであれば問題なく可能ではあるものの、物理的干渉は融通が効きません。極小か極大かの二択みたいなものと考えて差し支えありません。

 本来の化身の出現できる場所が教会限定である、というのは五話で話している通りです。世界が壊れます。

 キッカと暮らしている端末は、キッカの肉体をベースに作ったモノで、基本、ただの人です。本体から得られる力をわずかながらに行使できる程度です。

 で、疑問に思われたクラリスへの対処ですが、実のところ、本当は殺すと厄介な状況であったのですよ。アムルロスに召喚されてはいますが、その魂は依然として元の世界の物であるため、その所有権が元の世界の管理者(直接的な管理者は処分されているので、その上位管理者)にあります。

 魂の状態にした場合、最低でも返還しないといけないわけですが、召喚された際に変質してしまっているので、いろいろと責任問題が起こっています。

 キッカと同時に召喚されたふたりの方の管理者とは話がついていますが、クラリスの世界の管理者とは、あの時点ではまだ接触できておらず、手出しは基本でできない状態でした。キッカが衝動的にやらかして一回死にましたけれど。

 実のところ、キッカがクラリスを始末した時点でも、まだ交渉中でありました。その後、トキワがどうにかまとめています。

 簡単にいうと、クラリスを半ば放置したのは、神様方の事情です。クラリスをあの時点で殺すと、下手すると神様同士の戦争になるため、ちょっと待って、という状況であったと。あと魂を封印する短剣は、そのまま相手方に渡すためでもあったわけです。まぁ、封印しないと、捜すのがとんでもなく面倒になることも理由でしたけれど。


 そうそう、トキワはかなりやらかしています。召喚器を送り込んだ件の管理者へ、化け物二体を作ってけしかけたわけですが、その結果、かの管理者の管理する惑星の文明は崩壊しています。管理者がその惑星に逃げたからね。化け物も追って暴れまわった結果です。

 この時点でその世界の時間軸管理者に見つかった訳ですが、時間軸管理者もその化け物を持て余したため、トキワを通じて地球のある世界の時間軸管理者と交渉という流れになりました。

 結果として、トキワの思惑通りとなっています。トキワはお説教されたみたいだけれど。

 

 神の人間への干渉について。ディルルナは神罰(極小。基本気絶程度の落雷。運が悪いと心臓が止まる)を落としまくっていますが、基本は無干渉です(ディルルルナは干渉し過ぎ)。理由は、テスカカカが以前やらかして、世界征服だなどという状況を作り出したことがあるため。現在のテスカカカは作り直された二柱目。

 アムルロスの世界は、世界獣に干渉させないために、ある一定の文明レベルでの停滞を徹底させています。結果、停滞させなくてもよいところまで止まってしまったために、そこをキッカに推進してもらっているというのが現状です。


 神託に関しては、選んだ者にのみ行っているのが基本です。神託を受けるということは、この世界の人間にとっては誉れみたいなものなので、罪人扱いの連中に行うことはありません。したところで信じることはないでしょうしね。


 そうそう、キッカの話はすべてを真に受けてはいけません。嘘はいわないけれど本当の事は話さないということを普通にしていますので。

 Aという質問に対し、Bという質問の答えを返すみたいなことをして、相手にミスリードをさせまくっていますからね。あやつ。


 余談。ノルニバーラもかなりの干渉をしていますが、ノルヨルム神聖国の場合、あれです。『市民、幸福は義務です』的なことになっています。まぁ、そこまで酷くはありませんが。

 なにせ嘘をつけない国、みたいなものですからね。結構な数の聖職者が、ノルニバーラから祝福と云う形で、嘘を看破する能力(魔法)を授かっています。

 ちなみに、祝福持ちがそれを悪用した場合、祝福を失います。祝福を失った聖職者は一気に背信者、罪人とされ最悪の末路を辿ることになります。

 ……ディルルルナの神罰より厳しい。

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