243 蒸かし芋とじゃがバター
王都に戻ってきましたよ。
大木さんのところで時間調整をして、本日は三月の三日。これでもちょっと早いんだけれどね。まぁ、なんとか誤魔化しましょう。
侯爵様方がまだ王都に滞在していれば問題ないんだけれど、すでにサンレアンに戻っていたらどうしよう。
ダンジョンの動画に関しては、調査隊の人たちが観た方がいいんだろうけれど。正直、自分で観たいと思わないので、侯爵様に丸投げしたいんだよ。
自分が映っているのを観るとか、私にとっては拷問でしかないよ。
侯爵様不在なら、しょうがないから私が王宮へと足を運んで……って、取り次いでもらえるかな?
そんなわけで、とりあえずはイリアルテ家へと向かいましょう。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「はい。戻りました。ベニートさん。侯爵様はまだ王都に?」
いつものように執事のベニートさんが出迎えてくれた。なんというか、サンレアンにあるイリアルテ家本邸執事であるミゲルさんより見知った仲になってるよ。
もう完全に私のお家みたいになりつつあるなぁ。もう王都に家を買っちゃったほうがいいのかな? さすがにこれは良い状況ではない気がする。いや、でも家を買ってもほとんど放置になりそうだしなぁ。
「はい。旦那様はこちらに滞在しております。新規ダンジョンのことで、連日、管理体制をどうするのかと会議をおこなっております」
「調査隊のほうは?」
「現在、訓練中とのことです。赤羊騎士団を中心に編成されたようです」
まぁ、王宮騎士団の白羊騎士はでるわけがないし、黒羊騎士は諜報だしねぇ。……まさかまた、あの頭を抱えてた男爵さんが指揮官とかないよね。あの人じゃ無理だよ。やる気皆無だったし、あのおじさん。
思わずアッハト砦の時のことを思い出す。悪い人ではなさそうだったけれど、あのおじさん、残念な人な印象しかなかったし。
「となると、今、侯爵様は……?」
「王宮にいってらっしゃいます」
そうだよね。
「分かりました。では、侯爵様に頼まれていたものは、侯爵様が戻られた時に渡すことにします。
えーっと、ベニートさん。またお土産があるんですけれど、お肉の保存環境とかどうなってます?」
「基本はその日に使う分だけを置いておく程度ですが。量が多いので?」
「丸ごとですからねぇ。切り分けた分だけにすることもできますけれど」
「確か、【底抜けの収納箱】があったはずです。奥様に訊いてきましょう」
「それじゃ、私は厨房にいますね」
玄関ホールでベニートさんと別れ、私は厨房へと移動。もう、すっかりこの広いお屋敷の間取りを憶えちゃったよ。
……小腹空いたな。すこし時間があるだろうし、なにか作らせてもらおう。
厨房へ行き、ナタンさんたちに挨拶してすぐに、ちょっとご飯を作らせてと云ったところ、苦笑されたよ。
いや、まぁ、ほぼ開口一番お腹減っただとそうなるのは分かるけれどさ。
あ、蒸し器を作ったんですね。丁度いいや、それ貸してください。
それじゃ、簡単に蒸かし芋とじゃがバターを作ろう。そういや、蒸し料理で一番シンプルなこれを作っていなかったからね。多分、ナタンさんもまだ作ってはいないはず。なにせまだサツマイモもジャガイモも出回っていないからね。早くても今年の冬くらいからだろう、出回るの。
ということで、蒸し器をふたつ借りて、蒸かし芋とじゃがバターを作るよ。といっても、輪切りにして蒸し器に並べる。十字に切れ目をいれて蒸し器に並べる。これだけだからね。
……調理といえるのかな? これ。まぁいいや。美味しければいいのよ!
全てセットし、蒸し始めた頃にベニートさんが箱を抱え、エメリナ様と一緒にやってきた。
「おかえりなさい、キッカちゃん。無事でよかったわ」
「はい。なんとか無事に、上手く行きました」
あとで魔道具と記録媒体を返さないとね。
「それで、お土産があるそうだけれど、そんなに大きいの?」
「あのダンジョンの最低サイズが基本五メートルですからね。今回も食材として狩ってきました。
えーっと、外の解体場所で出した方がいいですよね?」
「えぇ、お願いするわね」
全員で裏口から裏庭の解体場所へと移動し、そこに赤竜……ファイアドレークをだした。このファイアドレークは、岩棚で寝こけているところを弓で射貫いて仕留めた奴だ。
ほら、さすがに【竜墜】で墜として全身を骨折させたものだと「どうやればこんな状態になるんだ?」と騒ぎになりそうだからね。
幸い、寝ているファイアドレークはほかにも二頭見つけたから、計三頭、弓で頭を射貫いて仕留めて来たよ。
狩った数はボスを含めて六頭だ。
うん。こいつも射貫いた後は転落して傷だらけになったけれど、ちゃんと修復したからきれいなものだよ。矢を抜かずに修復したから、矢の穴はしっかりと頭に残っている。
うん。我ながらいい仕事だと思うよ。
「ね、ねぇ、キッカちゃん……」
「どうしましたか?」
「そ、その、これ、ドラゴンに見えるんだけれど」
「はい。ドラゴンですよ。ファイアドレークです。ちょっと小ぶりですけれど、これで成体みたいですね」
尻尾を含めて八メートルほどの赤竜、ファイアドレーク。赤竜というよりは、火竜と呼んだ方がいいのかな?
「竜のお肉は美味しいと聞いたことがあるので、お土産には丁度いいかなと思ったんですけれど」
「お、お土産には破格過ぎるわよ!?」
おや、珍しくエメリナ様が狼狽え……いや、慌ててる?
「な、ナタン、解体はできるかしら?」
「奥様、さすがにドラゴンの解体はしたことがありません」
「そ、そうようね。どうしましょう。……あぁ、そうだ、王家お抱えの剥製師なら適切な解体を――」
そこで言葉を斬り、エメリナ様が私をじっと見つめた。
なんだろ?
「キッカちゃん、王家にはもう、ドラゴンを献上したのかしら」
「いえ。していませんけれど」
「王家の分はある?」
「ありますけれど、献上して大丈夫ですかね?」
「どういうこと?」
「いえ、献上品が多すぎるというようなことを、苦言じみた感じで宰相閣下に云われまして」
そう答えたところ、エメリナ様は額に手を当て項垂れた。
「そうね……確かに、一個人としては、キッカちゃんの献上品の数は尋常じゃないわね。この間のトロル、聖武具四種に神剣、装飾品に錬金薬……他にもあるのでしょう?」
「セレステ様に楽器を渡しましたね。他になにかあったかな……」
多分、これくらいだと思うんだけれど。あぁ、神剣(笑)の姉妹品の大斧と弓があったか。
「ところで、このドラゴンはどこで?」
「例のダンジョンの最下層部ですよ。ちょっとだけ覗いて帰ってきました。下層以上に魔境ですね、あそこ。人間が立ち入るような場所じゃありません。
これが雑魚枠ですよ。雑魚。二百年前に出たっていう地竜の古竜体もいました。見てきましたけれど、あまりの大きさに変な笑い声がでましたよ。でもなにより恐ろしいのは、それが狩られてましたからね。他の竜に」
「え?」
エメリナ様を始め。皆が目を瞬いた。そりゃそうだろう。こっちじゃ最悪の災害扱いされてる竜だもの。
というか、最下層部は生態系のモデルみたいな感じなのか、食物連鎖みたいなことが起きてたんだよ。それまでの階層にはなかったのに。
たぶん、それが大木さんが仕込んだ安全装置のひとつなのだと思うけれど。
いや、地竜。ティラノサウルスに狩られててさ。ティラノサウルスも大概デカいのに、それ以上にデカい地竜を狩ってたからね。数頭での集団戦を仕掛けられてて、地竜は出血で弱る一方って感じだったよ。機動性の差がもろに出てたね。
あ、地竜とティラノサウルス? 狩らなかったよ。地竜は【バンビーナ】で狩ったのがあるし、ティラノサウルスは……こういっちゃなんだけれど、あんまり美味しそうには見えなかったからね。
現物を見たわけだけれど、怖いね、ティラノサウルス。なんなのあの強面。ピットブル顔のケルベロス以上に怖かったよ。
「奥様、ひとまずこちらに入れて保存しましょう」
「そうね、ベニート。お願い」
箱を抱えていたベニートさんは暫しファイアドレークを見てから、おもむろに尻尾の方へ歩いていく。そして尻尾の先を箱の中に差し込んだ。
するとたちまちファイアドレークが吸い込まれるように箱の中に消えていった。
この光景、【底抜けの鞄】を使う時にも見るけれど、何度見ても出来の悪いCGみたいに見えるんだよね。ひゅるるるるるる……すぽん。って感じで中に入るから。
「オクタビア様にお願いして、剥製師を借りましょう。あぁ、でもその前に」
「わかりました。あとで届けてきます。いまちょっと、調理をしているので」
そろそろ蒸かしあがったかな?
「あら、またなにか新しい料理を?」
「料理といえないようなものですけれど。ただ蒸かしただけですしね」
厨房へと戻り、お芋の状態を確かめる。
串を差してと……うん。すんなり通る。蒸かしあがったね。
蒸し器を火から降ろしてと。あとはお皿に適当に盛って。
そうそう、いちど蒸かし芋をバターで食べたこともあるんだよ。普通に美味しかった。まぁ、サツマイモはやっぱり塩を軽く振った方が一番だと思うけれど。
ということで、サツマイモには塩。ジャガイモにはバターを載せて完成。
「え、えーと……キッカちゃん?」
あはは。エメリナ様が戸惑ってるね。まぁ、これだものね。料理といえないようなものだし。
「こういうものですからね。さすがに侯爵家の食卓に載せると云うのはちょっと憚られますね。でも冒険者食堂なら問題ないと思いますよ。サツマイモやジャガイモが流通しだしたら、メニューに加えてもいいんじゃないでしょうか。懐の寂しい人もいるでしょうし」
「そうねぇ……。でも――」
「美味しいですよ。私の好物のひとつですし。それでは、失礼して、いただきます」
お箸をだして、お芋を割って一口大にして、あーん。
出来立ての熱さにほふほふしながら食べる。
うん。美味しい。じゃがバターはたまに猛烈に食べたくなるんだよね。蒸かし芋は毎年食べていたから、なんというか、一年に一度は食べないと微妙に落ち着かない。そろそろ作らないと、というような気分になるんだよ。
ん? 焼き芋じゃないのかって? いや、家で焼き芋を作るのはちょっと難しいからね。電子レンジで作るのは何か違う気がするし、ストーブの上で焼くのもちょっと微妙。焦げるし。
というわけで、深山家では蒸かし芋の頻度の方が多かったんだよ。
庭先で落ち葉集めて焼いたりもしたけれど。
焼き芋のほくほく感もいいけれど、蒸かし芋も負けていないと思うよ。
「あ、エメリナ様も食べてみますか? お芋の味を堪能するには、一番だと思いますよ」
今度は蒸かし芋の方。こちらも箸で割って、皮ごといただく。このほんのりとした塩っ気がお芋の味を引き立ててるんだよね。
「そうね、私も頂こうかしら」
「どうぞ、エメリナ様」
蒸し器からとりだし、バターを乗せてじゃがバターをエメリナ様に渡す。バターを乗せて……スプーン、いや、フォークの方がいいかな? 別のお皿には蒸かし芋を乗せてと。
「美味しい……」
なんだかエメリナ様が感慨深げにつぶやいた。
「シンプルイズベストを体現しているような料理ですからねぇ」
あ、ナタンさんたちが追加で作り始めた。ジャガイモとサツマイモもバケツ一杯に出したからね。ここにいるみんなの分は十分に作れるだろう。
おっと、私の分をもうひとつずつ確保しておかないと。
かくして、その日のお昼はお芋尽くしとなったのでした。
感想、誤字報告ありがとうございます。
※さすがにボーが放置で可哀想なので、【アリリオ】には連れて行きます。