242 重力は最高の武器
【道標】さん発動!
足元から現れる白いもやに沿って進み、途切れた場所で止まる。えーっと、ここに埋まっているのかな?
砂を掻き分けると、すぐに目的のものは見つかった。
モンゴリアン・デス・ワームを呼び出すのに使った銅貨。うん。見つかってよかったよ。
モンゴリアン・デス・ワームは一応、インベントリにしまってはある。正直、現状、一番いらない代物だけれど。
あの体表面の外殻は、砂の固まったものだった。多分、体液と混じって固まったものなのだろう。まさに鎧を纏ったワーム、ということだ。
さて、これでもう、このボスエリアには用はないんだけれど、出口はどこだろう?
面倒だけれど、いちど入り口にまでもどって、壁沿いに進むとしよう。
小一時間ほど歩いて、やっと出口を発見。このボスエリア、どれだけ広かったのさ。こうなると、四十階層のボス部屋が思いやられるんだけれど。
お宝部屋で宝物を入手する。宝物は魔法の武器。【神の裁き】なんて銘のついた戦槌。両手持ちのハンマーだったよ。形状は大木槌みたいなシンプルなもの。あ、もちろん素材は木じゃなくて、金属だよ。
これで殴ると、ワンテンポ遅れて雷がどっからか降って来て追撃するとのこと。
また癖のある武器だなぁ。時間差で追撃って。
というか、雷か。ディルルルナ様由来とか云われそうだね。【神の裁き】なんて名前だし。いや『裁き』だから、ノルニバーラ様由来ってことにもなりそうだ。
さすがにまた王家に献上とかするのもあれだしなぁ。
うん。なんというかね、聖武具が邪魔だから全部献上したじゃない。ほかにもこれまでに、下心込みで献上していたりしたわけなんだけれど、さすがに多すぎたみたいでね。
いや、多過ぎというのもあれだけれど。それに加えて新作物やら錬金薬やらのこともあって、私、税金が免除されたんだよ。
少なくとも向こう十年くらい。
近衛からの鎧の注文で、結構どころか、とんでもない額を得たわけだけれど、税金で回収しなくてよかったのかな? まぁ、いいって云われたんだから、気にしなくていいか。
あぁ、それと、モルガーナ女王から土地を貰ったよ。なんか、権利書みたいなものを渡されたよ。例の暗殺のお詫びとして。
場所はディルガエアとの国境近く。アルカラス領の隣。今回の大粛清で領主のいなくなった領地のひとつであるその場所を王家直轄地にして、その一角を私がもらった感じだ。土地としてはあまり価値の高くない土地なのかな? 一応、森林になっているみたいだけれど。
というか、国境地帯を王家の直轄地にしていいのかな。いろいろと問題になりそうだけれど。
なんだか家も用意されるみたいだから、一度見に行ってみようと思うよ。まぁ、まだ建築されていないから、先の話だけれど。
お宝部屋で暫し休憩し、録画デッキから記録媒体を取り出し交換する。えーと、モンゴリアン・デス・ワーム戦とタグをつけてと。
正直、このダンジョンは中層以降は立入禁止のがいいんじゃないだろうか。
平原と森林はともかく、湿地は移動が制限された上に、左右から鰐が食らいついてくるし、砂漠に至ってはサソリが硬くてうざい。あと、バッタ。イナゴだと思うけれど、私にはバッタと一緒くたにしかできないよ。判別できるのは、ショウリョウバッタとそれ以外だ。
しかもみんな、最低サイズが約五メートル。
群れを成していないのが救いといえば救いだけれど、こんな化け物を相手にして救いも何もあったもんじゃないよね。
とりあえず、この記録映像を見れば、下へ進もうなんて無謀なことは思わないだろう。私も最下層を覗いたら帰るつもりだよ。
四十五階層からはじまるであろう、ボスラッシュなんてやりたくないからね。
さぁ、先へと進もう。方針は決まっているよ。ステルスプレイだ。
幸い、モンゴリアン・デス・ワームの感知能力はお察しであることが分かった。
……あぁ、いや、私にとって、だけれど。ほら、私、足音はもとより、どういうわけだか衣擦れの音とかもしないし。下手すると、心音とかも体外に漏れていないのかもしれない。
隠形技術は体術だと思っていたけれど、それだと水溜まりを歩いた時とか、藪をくぐった時に出る音まで消えるはずがないからね。
なので隠形状態で進めば、戦闘を高確率で回避できるだろう。途中でサソリに引っ掛かって戦闘になると大変なことになるだろうけれど。
あれ? これって、ボス戦より厳しいんじゃないの?
ということで、索敵し、魔物を片っ端から回避して四十階層まで通り抜けた。
劣化版モンゴリアン・デス・ワームは、それなりにいたよ。みんな躱して来たけれど。あんな面倒臭いの相手にできないよ。というか、戦闘音を察知して、わらわらと集まってきそうだ。そうなったら絶望しかないもの。
そんなこんなで、目の前にはボス部屋ですよ。マップ端が岩山で塞がれ、その一画が綺麗に切り出した石を積み上げた壁にっていた。
そしてその巨大な壁に作られている、これまた巨大な観音扉。
うん。ボス部屋だ。さて、ここにいるのはなんだろうね。
最下層から現れる魔物がボスを張っているはずだけれど。
扉を抜け、ボスエリアへと入る。
扉の向こう。そこは剣の峰々がそびえる山岳地帯……っぽい場所。
いや、ここの天井は高いけれど、さすがに山は……ねぇ。
でもボスはいましたよ。飛行して来るよ。赤い色の蜥蜴! おぉ、まさにドラゴンという感じのドラゴンだ。ちょっぴりスマートすぎる感じだけれど。
レッドドラゴン? ファイアドレーク? どっちだろ? まだ遠くて大きさは正確には測れないけれど、最低でも五メートルはあるはずだ。
おっと、装備を耐火に切り替えよう。
赤竜は私をすでに認識し、まっすぐこっちに飛んでくる。
ふふふ。ここはボーナスステージだね。もはやアレは空飛ぶ蜥蜴ではなく、ネギを背負った鴨だ。
言音魔法発動!
『――――――――――!』
迫りくる赤竜に向け【竜墜】を撃つ。
狙い違わず……というより、ただまっすぐ飛んで来ているんだ。外す方が難しいと云うものだろう。
【竜墜】を受け、がくんと赤竜の高度が落ちる。赤竜は何とか飛行しようともがいているが……無理矢理なにかに押さえつけられたかのように、墜ちた。
赤竜は真下の岩山の中腹に墜落し、その体を岩肌にしたたかに打ち付けながら、転げ落ちていく。
これは、ただ墜落しただけよりダメージが大きいんじゃないかな?
あ、死んだ。
やっぱり重力は最高の武器だよね。落下ダメージ最強。それじゃ、回収にいこう。
このエリアはそこかしこに突き立った岩山があるみたいだ。天辺まであるわけじゃないみたいだね。天井に当たって、そっから先は映像になってる。というか、天井を支えている柱が岩山になってるみたいだ。
で、それを迂回する感じでボスは飛んできたわけだけれど、丁度、その岩山の所で落とされたから、激突して、転げ落ちたと。
天井まで数百メートルはありそうだからね。ボス、多分だけれど、二、三百メートルほど岩に体を叩きつけながら落っこちたんじゃないかな。
いま、目の前に転がってるけれど、ボロボロだし。
……死んでからまだ数分ってところだよね。回復魔法を掛けたら、このボロボロの皮、修復されないかな?
やってみよう。
ということで、回復魔法を掛けてみる。
お、酷いことになってた部分が治るね。回復速度はちょっと遅いけれど。このまま掛け続けよう。
皮素材として使えるレベルに修復できれば十分だからね。
ややあって。
うん。上出来。目の前には傷ひとつない赤竜が転がっているよ。まぁ、中身は骨折とかして、酷い状態だろうけれど。羽根もおかしな方向を向いているし。
よし、最下層でもう何頭か狩ろう。ドラゴンステーキを作るのだ!
美味しいと云うことになっているけれど、実際はどうなんだろ? まぁ、狩っておけばよかったと後悔するより、狩らなきゃよかったと後悔する方がマシだ。飛竜のお肉が美味しいって話だったから、外れることはないだろう。
あと地竜の古竜体がいるはずだから、それも見たいな。もともと、それが目的だったし。
それじゃ、お宝部屋へと行こう。
テクテクと岩場に申し訳程度にある……道? を進む。これは谷をイメージした感じなのかな? とはいえ、谷の部分が縦横無尽な感じだし、岩山を模した柱もポコポコあるけれど。……これ、岩山といっていいのかな? 山と云うにはほっそいけれど。
まぁ、ここはあれだ、湿地だった中層と同じような感じだね。逃げ場の少ないフィールドを進む階層になっているんだろう。
これで、そこかしこにマグマでも流れていたら、いかにもな雰囲気なんだけれどね。
やがて階層の端に到達し、扉を潜り抜ける。
大型の魔物も通れるサイズの扉だから、ここの扉も見上げるほどに大きい。手を触れることで勝手に開く自動扉でなければ、多分、私の腕力だとビクともしないだろう。
そして体育館並みにひろい部屋の隅っこに、ぽつんと置かれた宝箱。
さて、中身はなんぞや。
ショトカのメダルと……篭手? 煤けた感じの黒い篭手だ。
よし。まずはインベントリ鑑定だ。
えーっと……【炎熱の篭手】だって。ふむ。燃える篭手だね。これで殴れということかな?
でもこれ、装備して大丈夫なのかな? テスカセベルムにあるっていう炎の魔剣の話を聞いてるし。嵌めた手が焼失するとかしないよね?
片手だけでも発動するかな? とりあえず回復薬(究極)を出しておこう。
装備してと。
……あれ? なにも起こらないね。
奥義書に詳細が記されてるかな? 確認してみよう。
……。
……。
……。
恥ずいな、これ。発動するのに声を出さないとだめなのか。文言はなんでもいいみたいだけれど、発動させる意思をもって、なんでもいいから声をだせと。
『俺のこの手が真っ赤に燃えるぅ!』
ってフレーズが真っ先に思い浮かんだんだけれど。さすがに……ねぇ。
「……点火」
ボン!
という微かな音と共に右手が燃え上がった。が、私自身には熱さはまるで感じない。試しに左手を炎に突っ込んでみた。
うん。平気だ。装備者には全く影響を与えないみたいだね。
……そうだ!
鎮火、と唱えて火を消し。インベントリからお肉を取り出す。これを適当に串に刺してと。
そして再度篭手を点火して肉を焼いてみる。
む。焼けない。もしかして、私が手に持っているからかな?
スケさんを召喚して、串を持ってもらう。
お、焼ける。これ便利だな。というか、この状態で敵を殴ったとして、どの程度の追加ダメージがあるんだろ。
たかが知れている気がするんだけれど。……もしかして爆発する?
そもそも、こっちの世界で武道家みたいな人を見たことがないからなぁ。どれだけ需要があるんだろ、この篭手。便利とはいっても、私は不要だし。
スケさんから串肉を受け取る。ひとつはビーに、ひとつは私が齧る。
オークションにでも出品してみようか。
どうするかは後で考えよう。とりあえず、次の階層を見物して、赤竜を二、三頭狩ったら帰ろう。
そして私たちはお肉で腹ごしらえを済ませ、最下層部へと進んだのです。
誤字報告ありがとうございます。