24 魔法を覚えてみませんか?
19/08/01 同行して一週間 → 同行して五日 に変更
イリアルテご令嬢一行に同行して五日が過ぎました。
もうすぐイリアルテ侯爵領領都サンレアンへと到着です。
この五日間、まったく気が休まらなかったよ。
で、なんでこんな敵意バリバリなのか、大雑把ではあるけれどわかったよ。
まぁ、盗み聞き程度での情報収集だから、かなり推測が入るけど。
イリアルテ侯爵家は現在なんらかのトラブルの最中の模様。なにが原因かは不明だけれど、他家と抗争状態にあるらしい。まぁ、権力争いか利権関係だろうけど。
で、その敵対他家がかなり露骨に攻撃をしてきているとのこと。
要は、私がその敵の手先と思われているわけだ。
しかも魔法を使ったこともあってか、あのゾンビも私が用意したもので、イリアルテ家に打撃を与えつつ、取り入ろうとしたんじゃないか、と、騎士共は邪推しているみたい。
邪推にもほどがあるでしょ。なんだそのしょーもないマッチポンプ。
やるなら、そのままお前らを皆殺しにするよ。もし取り入る方向なら、絶対に魔法は見せたりしないよ。わざわざ警戒させてどーする。アホか。
あ、あの隊長さんは、下手に野放しにするより、手元で監視した方がいいと考えたみたいね。見立て通り、しっかりした人物だったよ。一番問題なさそうな人。
敵だったら拘束して情報を引き出せばいい。野良の魔法使いなんていう掘り出し物なら、手ごまに加えればいいってところなんだろう。
問題はお嬢様とメイドさん。あのふたり、お人好し過ぎるでしょ。もうちょっと人を疑えと。周りに疑われまくってる私が心配する有様だよ。
メイドさん、リリアナさんに至っては、なんか私を崇拝しているような気がするし。いや、あのあと私がやらかしたのも原因だろうけど。
あ、リリアナさんなんて呼んでるけど、彼女、私より年下だったよ。今年で十五歳の新成人だそうな。
こっちは十五で成人だそうですよ。昔の日本と同じだね。たしか元服って十五歳だよね? あれ? 男の子と女の子だと別だっけ? まぁいいや。
さて、私がリリアナさんにやらかしたこと。
◇ ◆ ◇
イリアルテ令嬢一行と合流して、馬車に乗せてもらっての移動は楽だった。ガタゴト揺れるのには、かなり慣れが必要だったけど。
ただ、私はあの三人のことはしっかりと警戒している。あの三人は、得体の知れない者は殺せって考えみたいだからね。
たとえそれが冤罪であろうが問題ないと思っているみたいだ。
まぁ、選民思想的な考え方なんだろう。
コロなんとかっていう村では一行とは別の宿に泊まった。リスリお嬢様にゴネられたけど、これは譲れない。安心して寝たいからね。
ここは農村ではあるけれど、交易の中継地となっているため良く栄えており、宿屋は三軒ほどあった。
村で見かけた農民のおじさんたちは、みんなプロレスラーみたいに筋骨隆々。
ディルルルナ様のお言葉が行き届いているようですよ。
私は村で野菜(玉菜大好き)を補充して、あとは宿でゆっくりと就寝。
同行している間は基本徹夜だったからね。あいつらの側で呑気に寝てられるか。
このあたりがひとりの限界なんだろうな。
ひとりで野宿してたときは周囲に魔法罠撒いて寝てたけど、さすがにそれはできなかったしね。
で、翌早朝、宿で食事をした後、合流時間まで時間を潰しつつ村をお散歩。このあたりの家は煉瓦造りの家がほとんどだ。まぁ、森もなければ石もロクになさそうだしね。辺り一面畑だし。さすが農業国家というべきか。
あ、向こうで戦闘訓練やってるね。農夫のおじさんたちが。
……本当にみんながみんな、プロレスラーみたいな体格なんですが。
えぇ……。日本じゃあんな農業従事者なんてまずいないと思うよ。
でも林業とかならいそうな気がする。
ディルルルナ様の教育が行き届いてますね。素の実力差は、農夫も騎士もさほどないんじゃないかな。得物の違いしかないように思えるよ。
向こうじゃ女性も集まって戦闘訓練をしてる。本当に国民皆兵士状態だ。凄いなこれ。
ん? リリアナさんも混じって訓練してるな。なんというか、もの凄い悲壮な感じがするんだけど。これ、ゾンビ相手に死にかけたのが尾を引いてるんだろうなぁ。
ふむ。丁度いいし、ここで使おうか。
「おはようございます」
訓練の終わりを見計らって、リリアナさんに声を掛けた。
手ぬぐいで顔を覆ったまま、微動だにせず休んでいたリリアナさんがビクリと震える。
なんでだろう。私が声を掛けると、大抵の人に驚かれるんだけど。
「き、キッカ様、おはようございます」
「精がでますね。お疲れ様です」
「ありがとうございます」
「よく眠れましたか? 少々元気がないように見えますが」
あー、なんだか似合わねー。言い回しが面倒ー。
うん、私、なんでこんなキャラにしちゃったんだろ。普通に丁寧な言葉遣いのつもりだったのが、なんか上品をこじらせたみたいになっちゃったよ?
「その、私はなんの役にも立てなかったので……」
暗いな! というか、もしかして戦闘能力が第一なのかな? リリアナさん、メイドさんとしては十分優秀だと思うんだけど。これ、ディルルルナ様のお言葉による悪影響なんじゃないかしら?
とはいえ、丁度いいかな?
「先日のゾンビですか。……ふむ。それならリリアナさん、アンデッドに対抗できる魔法を覚えてみませんか?」
私が耳元で囁くと、彼女は大きく目を見開いて私を見つめた。
「私でもできるんですか!?」
「声を抑えて。今はまだあまり知られたくありません」
「あ、も、申し訳ございません」
「で、その質問の答えですが、できますよ。どうしますか?」
私がそう云うと、リリアナさんは真剣な顔つきで私に向き直りこう答えた。
「ぜ、是非にお願いします」
私はリリアナさんを連れて、泊まっていた宿屋の裏手へと移動した。
丁度村の端っこだし、柵の向こう側は畑が広がっている。植わってるのはなんだろ? お芋かな?
周囲を見回す。うん。人はいないね。畑の世話をしてる農夫さんはいるけど、畑の向こう側だし、大丈夫だろう。
それじゃ、魔法の伝授を始めましょ。
「まず、お教えする魔法は対アンデッド用の魔法になります。生者にはまったく効果がありません。そこはお忘れなきように」
そう云って私は荷物から【太陽弾】の呪文書を取り出し、リリアナさんに手渡した。
呪文書は南下している三日間で、魔力容量拡張も兼ねて作れるだけ作りまくったものだ。おかげで結構な数の色んな種類の呪文書がインベントリに入っている。この【太陽弾】も五冊あるうちの一冊だ。
全部で五十冊くらい作ったんだっけ? そういや幾つかは呪文書化できなかったんだよね。召喚魔法の大半はダメだったよ。
「それでは、その本を開いてください」
リリアナさんは渡された本の表紙を見つめている。
まぁ、厚さの割に異常に軽い本だからね。表紙はへんな模様で縁取られた、鳥を意匠化した画が刻まれているし。
リリアナさんはごくりと唾を呑み込むと、恐る恐るといった感じで呪文書を開いた。直後、呪文書が光ったかと思うと、その光がリリアナさんの頭を貫いた。
頭というか、視線に合わせて頭に飛び込んだって感じかなぁ。後頭部から光が抜けてたけど、大丈夫なのかしら?
不安だ。
リリアナさんは目をぱちぱちとさせると、手から消えてしまった呪文書にうろたえているようだ。
「あ、あの……」
「あぁ、呪文書は使うと消えてしまうのですよ。大丈夫。魔法は覚えましたよ。私がゾンビを倒すのに使った魔法です。見ていましたよね? 掌から光の球を撃ちだす、【太陽弾】という魔法ですよ」
そういうとリリアナさんは不思議そうに自分の掌を見つめた。
「どうやって使えばいいのでしょうか?」
リリアナさんが戸惑ったように訊いてきた。
あ、使い方か、全然考えてなかった。えーと、私はどうやったっけ?
「目を瞑って【太陽弾】の魔法を思い浮かべてください」
「は、はい」
リリアナさんは素直に目を瞑った。
この子、可愛いんだよね。青みがかった灰色の髪をおさげにしたメイドさん。当たり前のように私より背が高い。
「明るい光の球のようなものが思い浮かびませんか?」
「えっと……はい、小さなお日様のような光があります」
「では、それを掴んでください。そうですね、右手で。実際に掴むというような感じで。まぁイメージ的なものですけれど」
「や、やってみます」
リリアナさんは暫し難しそうに顔を顰めたりしていたが、やがて右手を伸ばし、何かを虚空から掴むような仕草をした。
「掴みました」
「では目を開けて、右手を見てください。どうなってます?」
「あ……右手が光ってます」
「光りました? それで右手に魔法がセットされました。あとは、そこに魔力を注げば魔法を撃てます」
そう私は云ったが、リリアナさんは困ったように首を傾げ、右手を見つめている。
あぁ、うん。いまの説明じゃ分かんないよね。今思うと、よく私は初めてで普通に魔法を使えたな? これがゲーム脳か! ……いや、違うでしょ。
「魔法を撃つことを意識して、右手に集中してみてください。それで自然と魔力が充填されます。そうですね、こんな感じが分りやすいでしょうか?」
私は胸元で右手を握り締め、それから正面に右手を開きながら突き出した。
魔力を溜めてからの射撃のイメージだ。
するとリリアナさんも同じように真似る。
胸元で右手を握り締め、やや長めに溜めてから一気に右手を突き出した。
右掌から、バシュン! と大きな音を立てて光の球が撃ちだされ、正面に生えていた木の幹に当たって弾けて消えた。
「で、できました!」
「おめでとう。何度か練習すれば、目を瞑ったりしなくても魔法を扱えるようになりますよ。あ、掌から魔法を外すことをイメージすれば、魔法は外れますよ。光っていたら、作業をするのに邪魔でしょうしね」
そういうとリリアナさんは、目の前で手を握ったり開いたりしている。きっと、魔法をセットしたり外したりしているのだろう。
その顔は本当に嬉しそうだ。
うん、こういう姿は眼福である。
「それじゃ、次は攻防一体となっている魔法を覚えましょうか。本来は攻撃型の魔法に分類されるのですが、その仕様上、防御としての効果も持っている魔法です。
先日私が使った、【神の霊気】という光を纏う魔法ですよ」
私は二冊目【神の霊気】の呪文書を渡す。
そういや呪文書っていってるけど、基本的に呪文なんてないから、呪文書はおかしいな。まぁ、いいか。意味が通じればいいのよ。通じれば。
リリアナさんは魔法を覚えると、【太陽弾】と同じように右手に魔法をセットし、それを発動させる。が――
がすん!
「あ、あれ?」
魔法は発動せず、なんだか自動車のエンジンがエンストした時のような音が響いた。
「あの、これは?」
「あー、さすがに玄人級の魔法だと、魔力が足りませんね」
「玄人級?」
首を傾げるリリアナさんに、魔法の等級の説明をする。簡単なものから――
素人 < 見習 < 玄人 < 熟練 < 達人
となっており、当然それに伴って必要魔力は増大する。
技量が上がれば徐々に必要魔力は軽減できるが、それには当然経験が必要。
だがアンデッドなど気軽に戦えるほどいるわけではないし、わざわざ技量を上げるためにメイドさんが戦いに赴くようなものでもない。
それらの説明を聞き、リリアナさんが泣きそうな顔をした。
「それでは、私には使えないのでしょうか?」
「いえいえ、保持魔力量が少ないのなら、増やせばいいのですよ。いまのリリアナさんの持っている魔力の器がマグカップ程度であるならば、それを大鍋ぐらいに大きく、さらには池や湖のサイズにすればいいだけです」
リリアナさんが私の言葉に、ぽかんとしている。
まぁ、無茶苦茶なものいいだからね。マグカップを湖にするって、大言壮語もいいとこだよ。
「魔力を増やす手っ取り早い方法は、単純に鍛えればいいのですよ。体力も、走り込みなどで鍛えることができるでしょう? それと同じです。
まず魔力を使い切り、それを完全に回復させる。それを繰り返すだけで魔力量は増えていきます」
この説明で納得できたのか、リリアナさんがうんうんと頷いている。
「ここでポイントとなるのが、魔力が完全に回復する前に魔力を消費してはダメということです。なので、そうですね、早朝、昼、就寝前に魔力を使い切るようにしていけば、魔力量はおのずと増えるでしょう。
ということで、この魔法を覚えてください。魔力消費用の魔法です」
用意しておいてよかった【魔法小盾】。これ二冊しか作らなかったんだよね。個人的には欠陥魔法扱いだから。また今度作っておこう。
【治癒】も放出したほうがいいかなぁ。いや、でも、継戦能力が跳ね上がるからなぁ。冗談じゃなしに戦争を引き起こしそうな気がするんだよね。
リリアナさんが受け取った呪文書を使い【魔法小盾】を覚える。
これは見せてなかったからね。ちょっと実演しよう。
「これはどんな魔法なんですか?」
「魔法の盾ですよ。こんな感じです」
左手で【魔力の小盾】を展開する。まるで湧き出す水のように見えるそれに、リリアナさんは目を丸くした。
リアルでは初めて使ったけど、やっぱりこれ、まんまビームシールドだよねぇ。
思わず苦笑いが漏れる。
見た目だけは浪漫を追い求めたようで、やたらと恰好良いのが魔法盾だ。
その実は産廃だけど。
「対魔法用の盾なのですが、実用性がほぼ皆無の魔法でして。一応、普通の盾としても使えますが、性能は微妙です。なにより魔力を継続的に消費するので、あっという間に魔力が尽きてしまいます。まぁ、そのおかげで魔力増量修行にはぴったりなのですが。
ちょっと短剣で軽く盾の部分を突いてみてください」
そういうとリリアナさんは短剣を抜き、腕と重なっていない部分へと突きをひとつ入れる。
腰の入っていない、単に腕を突き出しただけの威力のない突きだ。
がつん!
予想外に金属的な音を立てて、リリアナさんの短剣は弾かれた。
さすがにこのくらいなら耐えられるか。とはいえ、能力的には飛んできた矢を防ぐ程度が限界だろうなぁ。
「まぁ、こんな感じの魔法です。腰を入れた一撃であれば、簡単に壊されるでしょうね」
そういって魔法を解く。
すると今度はリリアナさんが【魔法小盾】を展開する。もう魔法を扱うコツを掴んだようだ。
うん。実に素晴らしい。
でも展開された【魔法小盾】は、三十秒と保たずに消えてしまった。
まぁ、現状の魔力量なら、こんなものだろう。
リリアナさんはあっという間に消えてしまった【魔法小盾】に、驚いたように目を瞬いていた。
「あはは。私は毎日頑張って魔力を増やしてきましたからね。
大丈夫ですか? 魔力が空になると、すこし気分が悪くなったりしますけど」
「は、はい。なにか、すっぽり抜けたような変な感じはしますが、特におかしな感じは……いえ、確かにちょっと吐き気がしますね」
「慣れろ。とはいいませんが、魔力の回復にはそこまで時間はかかりませんから、さほど問題はないと思います。その変な喪失感がなくなったら、魔力が回復したということですから、魔力増量の修行は、かなりの回数をこなそうと思えばこなせますよ。恐らく回復には十分も掛からないでしょうから」
「あ、思ったよりも回復は早いんですね」
リリアナさんが安心したように云う。
が、そうでもないんだよねぇ。魔法中心の戦闘となると、結構簡単に魔力を使い切って、カツカツの状態になるから。
だから私のプレイスタイルは、魔法を補助に回した暗殺プレイになったわけだし。まさに眩惑魔法万歳プレイですよ。
私の基本的な戦い方は、まず敵を同士討ちさせ、生き残ったヤツに忍び寄り、後ろから首を掻っ切って殺すというえげつないやり方だ。
なにしろ、そうでもしないと最高難易度ではあっという間に死んでしまう。
Very Easy:そういやあったな
Easy:物語を楽しもう
Normal:小学生までだよね
Hard:初見の基本
Very Hard:厳しい
Legendary:やめとけ
っていうのが私の認識だしな。いや、ノーマルの評価は冗談だけどさ。
この世界はどの辺になるだろ?
最悪でもハードかベリハであって欲しい。リアルでレジェンダリーとかマジ無理だから。レジェンダリーで遊んでたけど、リアルは絶対無理だから。
そんなことを考えていたら、リリアナさんが胸元で手を握り締めて、私をじっと見つめていた。
あ、あれ。リリアナさん。なんでそんな目をキラキラさせてるの?
私、ただ魔法を教えた(?)だけだよ?
それもアンデッドにしか効果のない魔法と、産廃魔法だけだよ。
あぁ、なんだろう、この純粋な瞳が胸に刺さるんだけど。
後の呪文書販売のための問題洗い出しのために利用しただけなんだけど。
「キッカ様、そろそろ集合の時間です。一緒に参りましょう」
「あ、うん、そうだね」
なんの陰りもないほほ笑みをリリアナさんが私に見せる。
その顔はとても幸せそうだ。
……うん、あの悲壮な顔をしなくなったのなら、まぁ、いいか。
そんなことを考えながら、私はリリアナさんについて行ったのでした。