238 私の自宅です
はいはい。またしても王宮におじゃましていますよ。
目の前にはお茶とお茶菓子が並んでいるよ。お菓子は……エメリナ様のお店の商品みたいだね。見た事の無い奴だから、新しく開発したものだろう。ショートケーキのレシピひとつから、いろいろと派生していっているみたいだ。ただ、形は四角形がスタンダードになっちゃったけれど。ほら、私、パウンドケーキの型でショートケーキを作ったからさ。そのせいで円形じゃなくて四角形が基本になっちゃったんだよ。
で、目の前にあるのは、ブドウのショートケーキ。そういえば、ブドウのケーキはあまり馴染みがないな。というか、多分食べるのは初めてだ。ちょっと楽しみだ。
それにしても、ここまで王宮に頻繁に出入りしている一般人はほかにいないんじゃないだろうか。食品関連の納品をしている業者さんは、王宮内に入るわけじゃないしね。
搬入口にまで馬車でいって、荷物を下ろして、回れ右して帰るわけだから。
さて、なんで王宮にお邪魔しているかと云うと、慌てふためいた感じで使者さんがイリアルテ家に来たんですよ。で、私が呼び出されたと。
呼び出したのはモルガーナ女王。
うん。数時間前のアレが原因だね。どら焼きをもっていったんだから、あれが現実だって分かりそうな物だろうけど、確認はしたいのだろう。
そんなわけで。
「先ほどぶりです、モルガーナ女王陛下」
と、私が現実でははじめて顔を晒して挨拶をしたところ、驚いた顔のまま硬直されてしまいましたよ。
側でオクタビア王妃殿下が必死に笑いをこらえているのは何故だろう? というかモルガーナ女王陛下、お国の恥の部分でもあるだろうに、他国の王妃殿下がいてもいいものなの? いや、仲の良い姉妹みたいだけれどさ。
そしてロクサーヌ様。そろそろ平伏すのを止めてもらえませんかね。非常に居たたまれない気持ちになってくるんですけれど。
デュドネ宰相閣下は……あぁ、なんだか頭を抱えてる。
そんなに衝撃的だったのかなぁ。ララー姉様、要約するとこう宣言しただけだよ。
ロクでもない悪だくみを見つけたら、即、神罰を落とすことにしたからよろしくね!
ルナ姉様の神罰は雷。テスカカカ様の神罰は……恐怖ってことになってるのか。主に私のせいで。はてさて、ララー姉様の神罰はなんになるんだろう? ララー姉様の象徴としているものは、芸術、美醜、魔法、月、謀、影、闇といったものが主だったところ?
……失明とかかな? 地味にきついな。というか、この三柱の中だと、ルナ姉様の神罰が一番軽いな。死ぬわけじゃないし、後々の後遺症があるわけでもなし。
まてよ。芸術ってことは音楽も含まれる。即ち音。聴力の喪失ってこともあるのか。
うわぁお。となると、食文化も含めると、五感のうちの三つを喪失することに成るのか。一番恐ろしいな! あ、味覚消失はルナ姉様もやってたね。健康阻害って方向から。
うん。神様にさからっちゃいけませんよ。そして利用しようとするなんてもってのほかです。
「き、キッカ殿、あれは実際にあったことと思っていいのかしら?」
「そうですよ。お土産のどら焼きが証拠じゃないですか。それに、起きた時にはそこそこお腹が膨れていませんでしたか?」
あ、また固まった。なんで?
「キッカちゃん……」
「はい? なんでしょう、オクタビア様」
「女神様と一緒に、食事をしたの?」
「えぇ。といっても軽食ですよ。作ったのも私ですし」
……王妃殿下、そんな期待するような目で見ないでくださいよ。
まぁ、おかわりのことも考えて、余分に出しておいたからあるけれど。
【底抜けの鞄】からバスケットを取り出した。いや、いつものようにインベントリから出したものを取り出したようにみせかけた。
バスケットの中身はふわふわのパンケーキが六個と、蜂蜜の壜とベリーソースの壜。カスタードクリームは残念ながらボウルに僅かに残っているだけなので、小分けは出来ない。
「お渡しすることはできますけれど、これ、大丈夫なんでしょうか? 口に入るものですし。毒見とかは?」
「キッカちゃんの持ってきたものだもの。問題ないわよ」
「でも、そういう形式は必要でしょう?」
王妃殿下はほんの少し考え込むと、すぐに苦笑めいた笑みを浮かべた。
「それもそうね。マリサ、鑑定盤を」
「こちらに」
ささっと、すぐさま鑑定盤を手にマリサさんが現れた。早すぎない? それとも準備して持っていたのかな?
マリサさんに促され、鑑定盤にバスケットごと置いた。結果はすぐにでる。なるほど、これで毒関連も鑑定できるわけだから、毒見役とかはいらないね。
あれ? ということは、ソムリエとか生まれてない感じ? たしかソムリエの起源って、毒見役だって聞いたことがあるけど?
「問題ありません。もちろん」
「えぇ、もちろんそうね。これは後でセレステと一緒に頂きましょう」
「オクタビア様。バスケットにはパンケーキが六つはいっています。一人前はふたつ。蜂蜜とベリーソースの壜も入れてありますので、お好みでどうぞ」
「ふふ、楽しみね」
マリサさんが鑑定盤とバスケットを手に退室した。
「そういえば姉さん、詳しいことを聞いていないけれど、女神様との邂逅はどんな感じだったの?」
オクタビア様がモルガーナ女王陛下に訊ねた。
「そうねぇ。想像していた場所とはまるで違っていたわね」
「えぇ、質素な感じでした」
モルガーナ女王とロクサーヌさんの感想。まぁ、神の棲み処と考えたら、失望するか。だってあそこは……ねぇ。
「すいません。私の自宅です」
「え?」
「私の自宅です。正確には自宅をモデルとした場所です」
「……」
「……姉さん?」
「ご、ごめんなさい」
「いや、普通の木造住宅ですから、神様方の棲み処と考えたらどうしても……あはは」
とはいえ、私がちゃんと知ってる神様のお家っていったら、常盤お兄さんのところくらいなんだよね。あの炬燵だけの真っ黒な世界に浮かんだ白い場所。
大木さん家? あそこはまた別でしょう? そういやお風呂が大きすぎて、私、溺れかけたんだよ。いや、すべてが身の丈三メートルくらいの大木さんに合わせたサイズだからさ、湯船に入るにも微妙によじ登る感じでね。登ったところで滑ってお湯のなかに落ちるという失態を……。
「えーっと、キッカちゃん? なんでそんなことに?」
「さぁ……それはなんとも。モデルとして丁度良かったんじゃないでしょうか。まさかどこかの王宮の一室をモデルにするわけにもいかないでしょうし。
それに、私はなんというか、ある意味顔見知りみたいな立ち位置になっていますし」
というより、実際、いまは一緒に住んでいるからだと思うけれど。
……いや、端末でも住んでるって云っていいのかな? 六神は、いうなればデウスエクスマキナと云える存在だろうし。人造じゃなくて神造だけれど。
「以前には、ビシタシオン教皇猊下も召喚されてましたよ」
「教皇猊下が!?」
「バッソルーナの件ですよ。軍犬隊の派遣に関しての話でした。
そういえばバッソルーナの住人って、どうなってるんですかね?」
「現状は私たちの監視下に置かれているわね。あの街の隣に集落を築いているわ。一応、目を光らせてはいるけれど、逃亡しようとする輩は多いわね」
あぁ、やっぱりそういうのは出るのか。多分「俺は悪くねぇ!」とか思っているんだろうなぁ。まぁ、それも見越して、ルナ姉様は呪いを掛けてたみたいだけれど。連中、もう子孫を作れないんだってさ。つまり、あの街に住んでいた連中は残らず、その代で終わりということだ。
こうしてお茶会は、このまま女神様談義へと移り変わっていったのです。
★ ☆ ★
ただいま。
結局、お茶会だけして会合は終わったよ。モルガーナ女王陛下は、あれが事実か否かを確認したかっただけらしい。
まぁ、普通なら現実だとは思わないよね。ただ、周囲の者もみんな同じ夢をみているとなると別だし、なにより夢で貰ったお土産が枕元にあるとなったらねぇ。
デュドネ宰相閣下は信じたくはなかったみたいだけれど。
さて、せっかく王宮へと足を運んだので、ちょっと無理をお願いして、アキレス王太子に会って来たよ。
王太子はいま、ダンジョン調査隊を組織している最中なんだけれど、現状だと被害甚大になりそうだからね、ちょっとアイテム……指輪を一個渡してきたんだよ。
今回の調査で一番の難関は、ダンジョンに辿り着くまでの道中。魔の森を抜けることにある。
私の場合は【生命探知の指環】を使って、敵性生物をすべて躱して進んだけれど、さすがに調査隊の面々はそんなことできないと思う。斥候がいくら優秀と云っても、悪魔兎レベルのがでてくると、見つけるのが困難だからね。
なにせ森だし。木がいっぱいだし。隠れるところはそこら中にあるわけで。
ということで、その【生命探知の指環】を渡してきたよ。索敵範囲は五十メートル程度だけれど、斥候に着けさせれば、十分に効果を発揮するだろう。ちなみに私は、これを二個着けて、索敵範囲を百メートルにして森を抜けた。
大所帯での移動だろうから、さすがに敵性生物を回避し続けるのは難しいだろう。でも居場所を先にしれているのなら、余裕をもって討伐に入れるはずだ。魔物相手で一番の問題は、先制されることだろうからね。
さて、これから何をしようか。まだ陽も傾きはじめたばかりだし。
そうだ! 作ろう作ろうと思って先送りにしていたアレを作ろう。器は……この際だ、マグカップでいいや。蓋は適当なちいさな皿でどうにかしよう。そのあたりは工夫して妥協だ。せっかくそのために器を作ったのに、結局最初は別の器でつくることになるよ。なにをやっているんだか、私は。
それじゃ、厨房に突撃しましょ。
え、なにを作るのかって? 茶わん蒸しだよ。
材料は揃っているとはいいがたいけれど、十分に許容範囲内だ。足りないのは銀杏とかまぼこ、そして三つ葉くらいだ。
具材として使うものは、鶏肉、緑豆(下拵え済み)、そして椎茸代わりのひらたけ。
茶わん蒸し自体は作るのは簡単だ。
まず、玉子をボウルに入れて溶いて、そこに玉子の三倍量の出汁(冷ましたもの)と塩を投入。そうしたら泡立てないように混ぜ合わせる。
これを茶こしで濾して卵液は完成。
あとはマグに具材を入れ、そこに卵液を注ぐ。
あとはこれを蒸せば完成だ。
蒸し器なんてものは存在していないから、ある器材で代用するよ。
深めのフライパンに布巾を敷いて、水を張って火にかける。煮立ったらマグを入れて小皿で蓋をする。うん、なんというか、無理矢理だね、これ。大丈夫かな?
そうしたら、鍋の蓋で蓋をする。その際に、箸を片側にだけ噛ましておく。
強火で三分、弱火で十分蒸らせば完成。確認して卵液が固まっていなかったら、追加で蒸らす感じだ。
ところでだ。
私が厨房に突撃すると、人がぞろぞろ集まってくるのはなんでだろう?
「キッカちゃん、これで本当に大丈夫なのかい?」
「大丈夫ですよ。こういう調理法ですから。こっちじゃなかったみたいですけれどね」
王都邸料理長であるナタンさんが、どことなく不安そうだ。
そりゃまぁ、やったこともなければ、聞いたこともない調理法だと不安ではあるだろう。おまけに玉子料理だし。
茶わん蒸しのレシピはどうしようかな。玉子の流通が少ないんだよね。玉子目的の養鶏……じゃなかった、アヒルだの鵞鳥だのは養殖していないから。
だから玉子のお値段は高めなんだけれど。おまけに産んでからそれなりに日数の経ったものだし。
そういや、日本にいたとき聞いたことあるな。外国だと普通に二週間経った玉子とかも売ってるって。玉子に対する認識が相当日本と違うみたいだね。
タマゴ掛けご飯とかは驚愕されるレベルらしいし。
こっちもそんな感じに近いのかもしれない、というか、ほぼそうなんだろう。なにせ流通の問題があるからね。輸送手段が基本、馬車だし。
【底抜けの鞄】みたいなアイテムはそれなりに出回っているみたいだけれど、流通に使われるほどに出回ってはいないみたいだし。いや、使っている業者はいるのかな。
あ、そもそもだ。大量に運ぶことはできても、それの取り出しは個人でやらなくちゃならないのか。輸送先での搬入が馬鹿みたいに時間が掛かるんだコレ。輸送に使うとすると痛し痒し? いや、それでも速いだろうけれど。
うん。レシピの販売は保留にしておこう。ケーキとかでも多量に使っているわけだし。ここから更にとなると難しいだろうからね。
……下手なことをいうと、魔闘鶏の捕獲を依頼されそうだし。
あと今更だけど【底なしの鞄】と【底抜けの鞄】、なにがどう違うんだろう?
いや、それはどうでもいいか。
で、玉子。
私はもう、安定して玉子を手に入れられる環境をつくっちゃったから、関係ない。ただ、魔闘鶏の玉子、やったらと殻が固いのが困りものだけれど。
三分経過。トングみたいな道具で、炭を退けて火加減を調節。……このくらいかな? いまだに難しいんだよね、火加減。
さて、そんなこんなで出来上がりましたよ、茶わん蒸し。
布巾を使って、火傷しないように蓋代わりの小皿を退ける。火の通りはどないだ? うん。綺麗な黄色になってる。しっかり火が通ってるね。変に割れたりしていないから、スも入っていないだろう。上出来上出来。
フライパンのサイズの関係上、一度に作ることができたのはよっつだ。
そして周囲には期待に満ちた目が揃ってる。
……ひ、ひとつは私のだよ? 味見はしたいからね? 他のみっつはみんなで誰が食べるか決めてね? まだ具材も卵液も残ってるから、追加でも作るから慌てなくても――なんかじゃんけん大会が始まった。
そして本日の夕食には、茶わん蒸しが加わったのです。
……器はマグだけど。
感想、誤字報告ありがとうございます。