237 現実にも反映される!
あれ?
気が付くと私は食卓に座っていた。
それも、サンレアンの自宅、メインホールの大テーブルにだ。
目をぱちくりとさせて、周囲をぐるりと見回す。
うん。記憶にある通り、そのまんまだ。階段下のスペースに置いた宝箱が、妙な存在感を放っているのはご愛敬。
うん。あれだ、これはいわゆる神託というやつだ。私の場合は神託というより、世間話をしているほうが多い気がするけれど。
そんなわけで、ただいまのこの状況は夢の中の出来事ということだ。でもただの夢じゃないんだよ。ここで食べた物は、現実にも反映される!
反映される!
大事なことだから二回言ったよ!
よし、丁度いいからしっかり食べよう。もう数日侯爵邸にお世話になることになりそうだけれど、このままだとまた無駄に痩せる。そうなるとやたら心配されるからね。
ということで、台所へといって、なにか簡単に作ろう。……パンケーキでいいや。小麦粉、牛乳、砂糖、重曹、バニラエッセンスに玉子。これらの材料を混ぜて、フライパンにバターを引いて焼くだけだ。
せっかくだから、ふわふわパンケーキをつくろう。問題は。火加減が上手く行くとはとても思えないことだけど。まあ、失敗しても、ふわふわになってないだけだから問題ない問題ない。味は変わらないさ。ベーキングパウダーの代わりに重曹をつかっていることで、どう変わるのかもさっぱりだし。……ふわふわのどら焼きの皮?
それじゃ、玉子を黄身と白身にわけて、白身の入ったボウルは氷水張ったボウルに浮かべてと。それじゃ、残りの材料を混ぜ合わせて、生地を作って行こう。
それにしても、今日の召喚はなんなんだろ? またなにか問題でも起きたのかな? 今回はダンジョンに潜っている間の監視はなかったみたいだし、その辺りの報告のためとか? それにしては、ルナ姉様もララー姉様も見当たらないけれど。
混ぜ込み完了。次はメレンゲをしっかりと作ってと。
出来上がったメレンゲの一部を生地にしっかり混ぜ合わせて、混ぜ終わったら、生地をメレンゲのボウルへ投入。
今度はざっくりざっくり混ぜ合わせる。ここの混ぜ合わせは大雑把で構わない。というか、しっかり混ぜるのはダメ。
さぁ、焼こう。フライパンにバターを引いて、あっと、お湯を用意しないと。鍋に水を張ってそこへ魔法をぶつけて熱湯に。
我ながら無茶なことをしてるな。よし煮立った。
フライパンを炭火の上へ。生地を投入。なんというか、ぼってりとした感じだから、パンケーキの生地って感じはしないね。まぁ、ふつうのパンケーキの生地だと広がって、分厚くならないからね。
おっと、さっきの熱湯をちょろっといれて蓋をして焼いていこう。
上手く行くかな? 炭火だと火加減がどうなのかいまいちわからないのが……。こうしてみると、ホットプレートは神アイテムだったんだと思うよ。滅多に使わなかったけれど。
えーと、できあがりました。とりあえず六枚。六個っていったほうがいいかな。
意外なことに失敗せずにできたよ。なんだろう、なにかの補正でも働いた気がする。
トッピングは……蜂蜜とレッドベリーのソースでいいか。
「おいしそうねー?」
「ん? あ、ルナ姉様。おはようございます?」
「んー、こんばんは、になるのかしらねー」
「ルナ姉様、トッピングは?」
「カスタードクリームもあると嬉しいなー」
カスタードか。たしか作り置きがあったような……無ければ――あ、あった。
インベントリに放り込んでおいた、カスタードクリームの入ったボウルを取り出す。お皿に載せたパンケーキに添えるようにトッピング。見た目的には、ミントの葉っぱでも載せたいところだ。載せないけど。
それじゃ、大テーブルへと持って行こう。
「あ、メインホールじゃなくて、奥のダイニングへいくわよー」
いつの間にか茶道具をトレイに載せたルナ姉様が、私を先導するように出て行った。
メインホールの奥、一階の奥がダイニング? になっている。ちょっと手狭なんだけれど。この奥の扉を開くとバスルームとトイレだ。
ゲームの方だと、この部屋はごちゃごちゃとしていたんだけれど、こっちはすっきりとさせてある。だから鉄床とかはおいてあったりはしない。
丸テーブルにお茶とパンケーキを並べて席に着く。
「ララー姉様はどこに?」
「二階でいろいろと調整してるわねー」
「はい? えっと、これから何をするんです?」
「アンラの首脳陣をひっぱりこんでの釘差しねー。方針を私と同じにすることにしたみたいだからねー」
あぁ、悪だくみをするだけで神罰が降るんですね。
「アンラを放置気味にしていたら、ぐちゃぐちゃした魔窟になっちゃったからねー。今回の大掃除で、その辺はすっきりとしたけれど、放っておくとまたロクでもないコネクションが出来上がって入り組んで、訳が分からなくなるものー。そうなるまえに摘み取っちゃえば、シンプルでいいのよー」
……もしかして、面倒になるのが嫌だから、計画段階でさっくりヤっちゃってるんですか? ルナ姉様。
ナイフでパンケーキを切り分け、パクリ。うん、すごい久しぶり。多分、二年ぶりくらいに作ったと思うけれど、美味しくできてる。上手くできると嬉しくなるけれど、微妙に納得いかないんだよね。いや、絶対になにか変な補正が働いている気がしてさ……。あんなに火加減が適当だったのに、なんでうまくできてるのさ。
「ここは夢と現実の狭間みたいな場所よー。だから、望んだことが多少は反映されるわー。だいそれたことは無理だけどー、調理を失敗しないようにっていう願いくらいは叶うわねー。もちろん、きちんと手順がしっかりしていればだけどー」
あぁ、そういう……。だから現実にも反映されてるのか。材料とか使った分はしっかり減っているしね。
「ララーが席に着いたみたいねー。そろそろ喚ぶのかしらー」
「そこの扉、閉めたほうがいいですかね?」
「大丈夫じゃないかしらー」
そんなことを話しているうちに、玄関に人の気配が現れた。
えーと。ひぃ、ふぅ、みぃ、の……七人!?
ガチャリと玄関ホールへと続く扉の開く音。そして「ここは……」と、戸惑うような声。
「来たか……。まぁ座れ。話をしよう」
いつもと違う固い口調のララー姉様の声が聞こえた。……そして目の前では、ルナ姉様が俯いて肩を震わせている。
いや、なにもそんな笑わなくてもいいのでは。まぁ、いつもの雰囲気とは真逆ですけれど。
召喚された人たちの狼狽えている雰囲気がこっちにも伝わって来る。どうやら平伏したらしく、ララー姉様が、顔をあげろ、立って席に着けと促している。
なんだかやり難そうだ。
そういえばビシタシオン教皇猊下は、戸惑ってはいたけれど、平伏したりはしていなかったね。
えーっと、聞こえてくる声から察するに、召ばれたのは――
モルガーナ女王、デュドネ宰相、ヴァランティーヌ教皇猊下。他に女性ひとりと男性がふたり。そして侍女さん。
「あれ? なんで侍女さんまで?」
「あれ、次期アンラ女王よー。侍女と偽ってキッカちゃんを品定めしてたからねー。その辺りの事も問い質して警告するみたいねー。もうひとりの女性はシドニー枢機卿よー。キッカちゃんの知らない男性二人は次期国王リオネルと次期宰相アドリアン」
アンラの首脳勢ぞろいですか。というか、あの侍女さん、次期女王だったのか。どうりで立ち振る舞いが侍女らしくなかったハズだよ。
なんで立場を偽ってたんだろ? 暗殺予防?
そしてシドニー枢機卿。私、会ってるはずだよね? いや、見てるはず、が正しいか。まったく気にしてなかったから、覚えてないや。
「なんで枢機卿まで召んだんでしょう?」
「あぁ、あの御仁は無神論者に近いのよー。分かりやすく云うと、キッカちゃんと同じ?」
「あー。云わんとすることはわかりました。信心はするけれど、神の存在は信じていない感じですか」
私の場合は“神様と云うべき存在はいるけれど、見物しているだけのモノ”って認識だったからなぁ。
世間一般が思っているような『お願い助けて!』『よし、任せろ』なんて感じの神様は、私は悪魔だと思っているし。
あのシドニー枢機卿がどういう考えであったのかは知らないけれど、今は女神様と再度ご対面中(一度目は私が化けたアレね)。ここが夢だとは自覚しているだろうけれど。同時に夢ではないという自覚もある、一種混乱した状態のハズだ。内心、相当狼狽えているんじゃないかな?
話し声は聞こえて来るけれど、うん、ふつうにお説教と警告だ。というか、私が神子として扱われているんですがララー姉様!?
「キッカちゃんは『神子じゃない、神子じゃない』って云ってるけれど、お母様のお手伝いをしている時点で神子と一緒だからねー」
「いや、確かにお手伝いと云うかなんというか」
やってることは自分の生活向上のためみたいなものだし。ダンジョンは観光気分で行ってみただけだし。そしたら召喚器を拾っちゃったんだけれど。
アンラの方に関してのお叱りが終わったみたい。凄いな、こっちにまで震え上がっている雰囲気が伝わって来るよ。
あ、今度はモルガーナ女王と次期女王、そしてデュドネ宰相の方へと矛先が向いた。
なんで身分を詐称していたのかの確認みたいだ。私の品定めだのなんだのってララー姉様が云ってる……。
え、もしかして私、アンラになんらかの政治利用とかされそうになってたの?
あ、なんだか侍女……えーと、ロクサーヌ次期女王? が、しどろもどろになりながらも、説明を始めた。
は? 興味本位? 仲良くできるか確認したかった?
私は目をぱちくりとさせながら、ルナ姉様を見つめた。
「どうやら本当にそうみたいなのよねー」
苦笑しながらルナ姉様がお茶に口をつけた。
「えっと、それは私を使い倒そうとか?」
「厄介な火種になったりしないか、という確認の意味合いが強いかしらねー。アンラの人間は、まず疑うことから始める者が殆どだものー」
あぁ、そういう。ある意味諜報国家らしいっちゃらしいのかなぁ。
そういえば。
「ララー姉様、姿を出しましたけれど、問題ないんですかね?」
「んー? あぁ、前にキッカちゃんがララーとして姿を出したものねー。問題ないんじゃないかしらー。キッカちゃんが代理をしていたとかー、もしくは体を借りて粛清に向かったとかいうことにするんじゃないかしらねー」
だ、大丈夫なのかな?
「キッカちゃん、アンラの面々には素顔を見せていないんでしょー?」
「あぁ、そういえば仮面か目隠しを着けっぱなしでしたね」
「それじゃ、ここで素顔でご対面といきましょー。それで大丈夫よー」
え、いや、それでなにが大丈夫なんですかルナ姉様!?
って、ララー姉様、なんでお茶の話になってるんです!?
「……ララー、おなか空いちゃったのかしらねー。持って行きましょうか?」
「……パンケーキ、足りないので出しますね」
しょうがないのでズルをするよ。物質変換。これ、冗談じゃなしにチートもいいところなんだけれど。大木さん、私に伝授してよかったんですかね? いや、便利だから使う時は使うけれど。まぁ、出せるのは、私が実際に触れた事のあるものか、その構造をしっかり知っているものだけだけれど。
ということで、パンケーキを八人分用意。テーブルに載らないから、隅っこに置いておいたワゴンに載せたよ。
「それじゃ、給仕にいきましょうかー。角を出してっと」
え、ルナ姉様も給仕をするのですか!?
「私はララーにだけねー。彼らにすると、いろいろおかしなことになりそうだからねー。ついでに、ララーの耳元になにか囁く仕草をしておきましょー」
なに変なプレッシャーを掛けようとしているんですか、ルナ姉様。
ということで、給仕にいきますよ。
メインホールにはいると、三様の反応があった。モルガーナ女王とロクサーヌ次期女王、デュドネ宰相は顔を引きつらせ、ヴァランティーヌ教皇とシドニー枢機卿は驚愕の表情を顔に張り付かせ、そしてリオネル次期国王とアドリアン次期宰相は呆然としていた。
とりあえず、お初にお目に掛かる男性二名、まっさきに視線が私の胸に行かなかったことはポイントが高いですよ。
「キッカ殿、どうか――」
「いえいえ、知っていましたから問題ないですよ」
謝罪をしようとしたロクサーヌ次期女王に、私はにこやかに答えた。
あ、顔を引き攣らせたね。正体は知らなかったけれど、偽っていたのは分かっていたからね。
というか、ヴァランティーヌ教皇猊下とシドニー枢機卿も顔を引きつらせてるな。驚いたり引き攣らせたり、忙しいね。まぁ、自分たちが知っている顔の女神アンララーが現れたらそうもなるか。
「私が直に降りると世界が崩壊する。故に、少しばかり体を借りたのだ」
ララー姉様がうっすらとした笑みを浮かべた。
「二度目でしたからね」
私がそういうと、アンラの皆さんがぎょっとしたような顔をした。
この反応、バッソルーナのことは承知済みみたいだね。
あれこれ聞かれる前に、とっととお茶とパンケーキを置いて引っ込もう。あ、ルナ姉様、云ってた通りにララー姉様に耳打ちしてる振りしてる。
これ、気が気じゃないだろうなぁ。いましがたお叱りを受けたばかりだしねぇ。
で、ルナ姉様と一緒に引っ込んで、様子をうかがっているんだけれど、味、分かるよね? この状況のせいで味がわからないとかなってないよね?
物質変換でだしたけれど、これ、今しがた私が作ったヤツのコピーみたいなものだからね。結構、美味しくできたんだよ? 味わってもらえないと、それはとても悲しい。
そんなこんなで、えーっと、お茶会でいいのかな? は終了した。召喚された方々は送還済み。夢と思い込まれないようにお土産も渡し済み。作り置きして置いたどら焼きだけれど。これで、ここでの出来事は事実とわかるだろう。
で、私はと云うと、まだ残っているんだけれど、なにかお話があるのかな?
尚、今は三人でがっつりとベヘモスのステーキを食べていたりするわけだけれど。
「そうそう、キッカちゃんに知らせることがあるのよー」
「なんですか?」
訊くと、例の管理者のことだった。アムルロスに混乱をもたらし、現在は取っ捕まって尋問(拷問)中って聞いていたけれど。常盤お兄さんが尋問しているんだっけ?
「やっとアレが吐いてねぇ。アムルロスに放り込まれた召喚器の数がわかったのよぉ」
おぉ、それはよかった。
「じゃあ、残りが幾つかわかったんですね」
「えぇ。あとふたつよぉ」
ふたつ。あれ? ということは【アリリオ】と、えっと、ナナトゥーラのダンジョンはなんて云ったっけ? 【ダミアン】だっけ? その二か所か。
「ということで、【ミヤマ】には召喚器がないことは確定かしらねー」
「うぅ、その呼び名、慣れませんね。【キッカ】にされなかっただけでも良しとすべきなんでしょうけれど」
「そこは慣れるしかないわねぇ」
「それで、どうするのかしらー?」
はい? どうするって……。
「【ミヤマ】の攻略、続けるのかしらー」
「あぁ……、どうしましょうね? ちょっと、最下層にいるっていう地竜は見てみたいんですよね」
古竜体らしいからね。どれだけ大きいのか、見てみたいんだよ。
「それなら止めないけれどぉ」
「あそこは本当に危ないから、気を付けるのよー」
「最悪の状況に陥ったら、大木さんのところへ転移しますから大丈夫ですよ」
私はそういって指環をみせた。大木さん家へと転移することのできる指環。これを嵌めておけば、いざという時は逃げられるからね。
「それなら安心……なのかしらー?」
「気を付けてねぇ、ほんとうに」
お二方が心配そうに私を見つめた。
……なんだろう、なにかのフラグが立ったような気がする。
感想、誤字報告ありがとうございます。
※把握しました。すっかり忘れてました。
なんとか修正します。ただ、ドワイヤン公と令息は現状のまま。見せしめのために死ぬより酷い状態に。夫人は処刑。系譜の家系は女王の手により処置済みですが、わかりにくいので改めて追記します。ご指摘ありがとうございます。




