235 怪談としては入門編
20/09/12 一部修正。というか追記しました。
「それは、こんな顔じゃなかったかい?」
「「ひぃ……」」
イネス様とリスリお嬢様が抱き合って震え上がっています。目の前で。
えぇ……。
なんというか、効きすぎじゃないかな? 怖がり過ぎでしょう?
たいして怖い話じゃないよ。今はなしたのは古典落語の『おいてけ堀』だし。『おいてけ掘』……『置行掘』の怪談のほうは、なんというか都市伝説的な感じで落ちもないしね。
というか、まだ落ちを話していないんだから、続けないと。
こんばんは。キッカですよ。白あんを使ったお饅頭も作り終えて、そろそろ就寝という時間。さのごとくリスリお嬢様が「一緒に寝ましょう」と突撃してきました。イネス様と一緒に。
イリアルテ家に厄介になっている時は、だいたいこんな感じなので、もう慣れましたけれど。
いろいろとお話をしているうちに、私の知っている『物語』『昔話』的なものを教えて欲しいとなりまして、私が『おいてけ掘』の話をしているところですよ。
……というかさ、なんで『おいてけ堀』をチョイスしたのよ、私。
そして最後の落ち部分。
え、美女の仕掛け人なんて、用意していないよ、というところで、このお話はお終い。
あ、またふたりとも震え上がってる。
これ、和製ホラー映画とかみせたら、冗談じゃなしに卒倒するんじゃないかな。
奥義書を使えばできるけれど、現代建築やら車やらの映像を見せる訳にはいかいからね。
あぁ、でも、四谷怪談とかなら大丈夫かな?
そういえば、以前、リリアナさんが私を見て気絶したことがあったじゃない。私が黒ワンピにペスト医師の仮面を被った格好をしてたのを見て、悲鳴を上げて卒倒した事件。
なんかね、都市伝説的なものがこっちにもあって、それのひとつに類似してたらしいんだよ、あの恰好。というかペスト医師の仮面。
アメリカの都市伝説だっけ? 見ると死ぬ、無貌の長身の男の話があったよね。そんな感じのモノらしいよ。
そういや、タマラさんが好んであの仮面を被ってたけれど、大丈夫だったのかな。いやまぁ、あの人のことだから、面白がってるだろうとは思うけれど、周囲はそれどころじゃないわけで。
……なんだか不安になってきたよ。帰ったらチャロさんあたりに訊いてみよう。
こっちにはガチの魔物が存在しているわけだから、都市伝説なんて生まれる素養なんてなさそうに思っていたけれど、結構、あるみたいだね。
そのあたりは、基本的には日本とかと同じみたいだ。
このあたりはちょっと不思議な感じだよ。ゾンビとかいるわけだしね。まぁ、あれはオカルト的なものではなく、病の結果として見られているのかもしれないけれど。
それに、殴れば倒せるというところで、恐怖の対称としてはちょっぴり違うのかな。
意外と、ホラー物の話なんかが、こっちでは受けるかもしれないね。まぁ、好き嫌いは激しくでるとは思うけれど。
さてと……落ち着いたかな?
「大丈夫ですか?」
「おおお、お姉様、ものすごく怖かったんですけど」
えぇ……。
リスリ嬢様の反応。イネス様は声も出ないらしく、コクコクと頷いている。
「これ、怪談としては入門編くらいのものなんですけれど……」
「これよりも恐ろしい話があるのですか!?」
「えぇ、まぁ……」
実際『おいてけ掘』に登場する怪異は、いっさいの危害を加えていないからね。ちょろっと出て来ただけで。せいぜい、美女然としたのっぺら坊が、顔をみせて驚かせたくらいだ。
これが都市伝説系となると、意味不明な理不尽の塊になるからね。あぁ、怖さ、という点だと、実際のストーカー事件なんかもあるね。こっちは、オカルトではないけれど。
「その、キッカちゃん、これは実際のお話なのかしら?」
イネス様がリスリお嬢様を抱えたまま訊いてきた。というか、いくらこのベッドが広いとはいえ、それいじょう下がると落っこちますよ?
「んー、確か、おいてけ堀は実在していますね。『おいてけぇ~』の声を無視したところ、池に引きずり込まれたとか、そういった話があったとか」
「ひぃ……」
「うぎゅ……」
あああ、リスリお嬢様が絞められてもがいてる。あ、ゆるめたね。……イネス様、リスリお嬢様を放す気はないもよう。
「個人的には、子供に、不用意に水辺に行ったりするな、という教訓のための話なんじゃないかと思いますけれどね。
怖がらせるだけ怖がらせておけば、近寄ったりしませんからね」
「なるほど……」
「子供って、放っておくとどこにいくか分かりませんからね」
おや、イネス様がちょっと考えるような表情。
子供と聞いて、思うところがあるのかな? 王家だと子供作りに関してもいろいろとありそうだし。
公爵家を興しているわけでもないからねぇ、クリストバル様。
それはさておいてと――
「さて、イネス様、リスリ様。こちらをご覧ください」
私は手元に【菊花の奥義書】をとりだした。
「え、お、お姉様? まさかと思いますけれど……」
リスリお嬢様が震えた声をだす。でも、この奥義書のことを殆ど知らないイネス様は首を傾ぐだけだ。
「実は、いまのお話を映像でみることができます」
ふふふ。昔、TVでやってたんだよね、『おいてけ掘』。しっかり奥義書に記録されてましたよ。『番長皿屋敷』とか『四谷怪談』とかもあったけれど。あぁ、あと『耳なし芳一』。このあたりは映像で見ても問題ないだろうしね。
更にだ、映像における色の修正もできるのだ! いや、映像に映っている役者のみなさん、もれなく黒髪だからね。そのまま見せると、さすがに面倒なことになるから変更しますよ。ということで、黒髪からやや赤みがかった褐色に変更です。よし、準備はOK!
ということでお二方。まだまだ宵の口ですよ。折角ですからしっかりと楽しみましょう。
★ ☆ ★
……おはようございます。キッカです。
やり過ぎました。イネス様とリスリお嬢様はただいま就寝中です。いや、朝まで奥義書であれやこれやを上映していたわけじゃないんだよ。
なんというか、効き過ぎたみたいで、眠るのが怖いとなりまして。
外が明るくなってから、やっと就寝という有様。いや、まぁ、私のせいなんだけれどね。
なので、リリアナさんに事情を説明して、お二方にはお昼ごろまで寝ていてもらおうと思うよ。
……調子に乗って、都市伝説系の話もだしたのはマズかったかな。昔ながらの怪談は未練とか怨念とか、そういったものだけれど、都市伝説系は、ほとんどが未知の理不尽でしかないからねぇ。
あぁ、そういえば、西洋の魔物でも理不尽と云うか、無茶なのがあったな。ある意味メデューサに近いか。
【緑目の怪物】。その姿を見ただけで死に至る、というもの。……まさかと思うけれど、ダンジョンとかに居たりしないよね? 討伐が困難どころじゃなくなるんだけれど。
さすがに居ないと思おう。
そんなわけで、リリアナさんからバレリオ様とエメリナ様に連絡がいったわけだけれど、確認とばかりに私は捕まっていますよ。
まぁ、朝食に現れなかった訳だから、そのまま私が捕まっちゃったんだけれど。
ちなみに。食事が終わって、いまはお茶が目の前にありますよ。お茶請けには夕べつくったお饅頭。一晩たって、あのカチカチだった皮もしっとりといい感じの柔らかさになっていますよ。
味の方も合格点です。ふふふ。
あ、レシピは売ることになりましたよ。
さて、昨夜の顛末を私からも話し、ついでに『おいてけ堀』を話したところ、エメリナ様は真っ青。バレリオ様も少しばかり挙動不審な感じに。
……『おいてけ堀』がまさかここまで猛威を振るうとは。
「キッカちゃん……」
「なんですか?」
「キッカちゃんの故郷では、こういったお話とか、たくさんあったの?」
「溢れてましたねぇ。あと、こういった系統のものだと、創作物以外にも、出どころ不明の噂から怪談が生まれたりとかしてましたし」
「ディルガエア……いえ、他の国もそうでしょうけれど、大抵は他人の恋愛話の噂とか、誰それがやらかした、っていう話が広まる程度なのよねぇ」
あぁ。それは日本でも一緒ですよ。
「演劇の方も、恋愛ものか英雄譚が殆どだからなぁ」
「そうですねぇ」
しみじみと侯爵夫妻。
そういえば、コメディー系の話って、こっちじゃ聞かないね。漫談的なものは、酒場とかでやってるってフレディさんが云ってたけれど。
「そういえばキッカちゃん、リスリが魔道具を掻き集めていたんだけれど、なにか知らないかしら? 用途不明で使い方もわからないものばかりなんだけれど」
「あぁ、それなら――」
映画に興味を持って、カメラとかの録画機器を探していたからね。そのあたりの事をひとまず説明した。あと、私がそれを確認することも。
というか、鑑定盤でわからないのかな?
疑問に思ったことは訊いてみよう。ということで訊いてみたんだけれど、名称を見ても用途不明なんだとか。
フレーバーテキストみたいなものも、『記録するのだ!』というようなことしか書いてないとか。
記録ってことは、映像か音声だよね。
「キッカちゃん。リスリはまだ寝ているけれど、いまのうちに確認する?」
「そうですね。元々、今日はその予定でしたし」
そんなわけでエメリナ様について食堂から移動しますよ。
魔道具が複数並べられている部屋へと案内された。中央に置かれたテーブルの上に、整然と魔道具が並べられているよ。
うん。明らかにビデオカメラな代物があるんですけれど。
ビデオカメラっぽいものやCCDカメラのような小さなものまで。あと、スイッチのついた箱がいくつか。
……なんとなく、これらの用途が不明とされた理由がわかった気がする。
これらの魔道具、多分、単体で完結していないんだよ。カメラと録画する魔道具とで分かれてるんじゃないかな。それに加えて、記録媒体を再生する魔道具に分かれてるんじゃないかな?
箱型のほうを細かく調べてみると、一部がスライドして開いた。中には……プラグ? そのプラグが掃除機のコードみたいにプラグがずるずると伸びる。
えーっと、これをカメラに繋ぐのかな? 記録媒体とかはないのかな? あると思うんだけれど。
あ、この六角形の水晶みたいなのがそうなのか。ほほぅ、魔道具してるって感じだねぇ。この時点でテクノロジーの代物じゃない感じがするよ。
カメラの方はと……あ、ここにつなぐのかな? そういや、バッテリーとかどうなってるんだろ? 魔石だと思うけれど。
「キッカちゃん。どう?」
「確かに映像を記録する魔道具みたいですね。ただ、これらは単体で記録、再生ができるものではないので、用途不明なんじゃないでしょうか」
考えてみたら、『カメラ』とか『撮影』とかいう言葉って、こっちじゃ現状ないんだよ。そもそもそういうものがない以上、言葉が生まれないからね。
下手すると、これ、鑑定盤で調べるとそのあたりの言葉が日本語になってるかもしれないよ。
なんていうの、英語の文章のなかに“KARAOKE”とか入っているような感じの表記になってそう。
「それじゃ、これは使えるのね?」
「使えると思いますよ。他のも確認してみますね」
こうして今日の午前中は、ずっと魔道具を調べることとなったのです。
えーっと、再生をする魔道具はどれだろう?
感想、誤字報告ありがとうございます。
※アンラへの報復に関して。説明不足の部分が多かったですね。すいません。
キッカの確認している潰れた家の数と、実際に潰された家の数が違っています(このあたりは表記はしてあります。一応)。一族郎党取り潰しは、女王の触れで行われています。教会のほうも最大派閥と細々とした派閥が一気に粛清されています。結果としてかなりの大事であるので、民間にも噂が流れている状態。下手をすると暴動ものなので、王太子様方が頭を抱えている状態です。女王様、やるだけやって逃げたし。
次回か、次々回あたりにはっきりとした形でキッカに確認をさせます。