232 【バンビーナ】調査探索 ③
【バンビーナ】六階層。情報通り、ここは毒ヘビ階層だった。
この薄暗い中では、一メートルから二メートル程度の蛇は微妙に見つけづらい。通路の真ん中を通っているのであれば、簡単に見つけられるが、蛇と云うのはたいてい隅っこを這うものだ。
「大きくても三メートルくらいかしらね」
「さした脅威でもないな。長いだけで太いわけじゃないし」
「十メートル超えとかだと脅威だろうが」
「というかさ、やることないよ」
ミランダがつまらなそうに云った。
あぁ……うん。確かに、ただ歩いているだけだしなぁ。
ロックが先行して進んでいるのはいつもの通りである。だが、あの魔法のゴーグルのおかげで、見えにくいヘビを確実に発見している。
そして発見したら、今度はグスタフが【雷の杖】でヘビを攻撃。
哀れ、ヘビは雷を受けてあっというまに死亡する。
グスタフの持つ【雷の杖】は組合より、ついでに使用試験を頼まれていたものだ。それはバン! と空から落ちる雷みたいに撃ちだされるものではなく、使用者が集中している間、継続的に雷が撃ちだされ続ける杖だった。
その威力はヘビ程度を簡単に仕留めている。
当然、使えば使うほど杖の魔力は消費されるが、それは魔石で補充できる。そしてその魔石も、倒したヘビから採れるため、まったく無駄がない。いや、ヘビの魔石一個分の魔力で、ヘビを二、三匹は簡単に倒せてしまうのだから、収支としてはプラスといっていいだろう。
魔石を取り出すのは少々手間ではあるが、まぁ、些細な事だ。
「六階層だっていうのに、ぜんぜん危なくないね」
「こっちが先に見つけているからな。不意打ちで毒を受けたら、どうなるかわからないぞ」
「あー……。どのくらい強い毒なんだろうね?」
「即死はしないけれど、数分で死に至るみたいよ」
「え、怖っ! そんなに強いの!?」
ラウラの説明に、ミランダが驚いた声を上げた。
数分で死に至るか。かなり強い毒だな。
「バルナバ、毒を採取しておくか?」
「扱いが面倒だからなぁ。そもそも触って大丈夫な毒か?」
「……行き当たりばったりで使うのは止めておくか。最終手段にでもしておこう」
とにかく、問題なく六階層は通過。拍子抜けするほどだった。
そして七階層。ここででるのはカエル。こちらも一メートルサイズだが、カエルの一メートルとヘビの一メートルでは印象がまるで違う。
でかい。
まともに戦うとしたら、かなり面倒な魔物であると思う。実際、ロックが舌で掴まれ、食われそうになっていたし。
まぁ、すぐにミランダが重石替わりといわんばかりにロックにしがみつき、カエルに呑まれるのを阻止。そしてグスタフが手斧で舌を切断。ラウラが開いている口の中へ槍を突き込んで仕留めた。
これが初遭遇戦での出来事だ。
ラウラがカエルの体液で酷いことになった自分の得物に、思い切り凹んでいたが。
その後はまたしても雷の杖での無双だ。
ヘビにしろカエルにしろ、面白いくらいに魔法が良く効いた。もはやカエルは単なる的でしかない。
もう、魔法だけでいいんじゃないかな? とか思ったが、ラウラ曰く。
「魔法がまったく効かない魔物が最下層にいるらしいよ」
そうは上手く行かないようだ。
「最下層までは問題ないと考えるべきか?」
「どうだろ? キッカさんも魔法だけで攻略したわけじゃないだろうし」
「次の階層の魔物はなにー?」
ミランダが訊いてきた。
いまはグスタフがカエルを捌いて魔石を取り出している。
「次は……カメね。で、その次がクマ」
「クマ? 大きい奴?」
「サイズは……そんなに大きくはないわね。クマとしては小さい部類。あんたぐらいの背丈じゃないの?」
「キッカさんは骨鎧で、クマと殴り合ったって云ってたな」
は?
「なんだそれ?」
「あれ、アラム聞いてないの? 組合で噂になってたじゃない。それをやると、鎧の扱いが上手くなるんだって」
「いや、無茶苦茶だろ。クマと殴り合うとか、負けるぞ普通」
「キッカさんは勝ったみたいだよ」
「何者なんだよ、あの嬢ちゃん」
あんなちっちゃいなりで、どんだけ強いんだ?
「血まみれで帰って来たから、かなり派手な噂になってたんだよ」
「ダメじゃねぇか」
「血はクマの血ね」
「……」
今度会った時には、変なことを云わないように気を付けよう。
八階層、でかいカメ。すげぇ邪魔。
脇を通り抜けようとしたミランダが噛まれ、転がされてた。かなり強い力だったらしく、ちゃんとした鎧でなかったら、足を持って行かれてたと、震えた声で云っていた。
あの能天気なミランダが震えるとか、あのカメも大概ヤバいということか。
とはいえ、カメだ。動きはとことん遅い。遠距離から魔法を撃っていれば終わる。
ラウラが「素材に問題がでるかを確認するから」といって、甲羅に引っ込んだところを槍で突き刺して討伐。
非常に邪魔であることを除けば、倒すことはさほど苦でもない。ただ、長柄武器は必須だ。近づいての攻撃はかなり危うい。
そして九階層のクマ。クマとしては小柄な種類ではあるが、クマはクマだ。その力は強力だ。
【雷の杖】はここでも活躍はしたが、明らかにこれまでと比べると効きは悪い。ヘビやカエル、カメと違って簡単には倒せない。
かといって、俺が止めていると魔法を掛けられない。俺まで巻き込むからな。
さすがに「俺ごとやれーっ!」とかいえねぇしな。
この九階層はかなり苦労しそうだ。本当にあの嬢ちゃんはどうやってここを突破したんだ? それもマップを完全につくってとか、想像つかんぞ。
★ ☆ ★
ふふふ、職人は確保できましたよ。これで辺境伯がすぐにでも土竜を持ち込んだとしても、どうにかなります。早ければ、明日にでも辺境伯が土竜を運び込むでしょう。
ちょっと楽しみです。土竜のお肉は変なクセもなく、美味しいですからね。
いや、土竜を解体できる者がスタッフにいて助かりました。本人はなんぜか青い顔をしていますが、ちゃんと助手をつけるので安心してください。あんな大きいモノをひとりで解体とかさせませんよ。時間が掛かり過ぎますからね。
調理のほうは……もう塩を振って焼くだけでいいでしょう。香草包み焼きとか、最悪な調理をされでもしたら目も当てられません。
あれ、香草の香りが強すぎて、肉の味を損ねるんですよ。腐りかけの肉を無理矢理食べるにはいいですけれど。
……貧乏な時代を思い出すのは止めましょう。
あぁ、でも、土竜討伐の報酬やらなんやらはどうしましょうか。その辺りは辺境伯と話し合って決めた方がいいですね。
さて、本日はこれから、商人の面接です。
ここはテスカセベルムですからね。さすがにイリアルテ家経由で商人を集める訳にもいきません。
また、阿漕な商売をされるのも困りますから、商人の選定は慎重にやらないといけません。
契約にその旨を記せばいい?
はは。あいつらはそんなものを守ったりしませんよ。
とりあえず、この場所が場所ですからね。新規のダンジョン管理拠点における、探索者用の商品を取り扱う商人を募集しても、来手がほとんどありません。
今回の募集で集まった商人は僅か三名。人数的には三人とも採用したいところです。
……まともな商人だといいんですけれどね。
では、行ってきましょう。
……。
……。
……。
ははは。久しぶりにキレそうです。まぁ、人を見た目で判断する商人なんぞ、こっちが願い下げです。腹黒い商人はお断りですが、それ以下の馬鹿な商人はもっとお断りです。
というかですね、鑑定眼もまともに持っていない商人なんて、商人の価値がありませんよ!
えぇ、私たち双子はチビだし痩せっぽちだし、胸だってそれなりにしかありませんよ。キッカ様ほどではありませんが、子供に間違われることだってありますとも。
そもそも、そんな右も左もわからないような子供を、組合が新規のダンジョン管理拠点起ち上げ責任者として送り込むわけがないでしょう。
馬鹿なんですかね?
えぇ、舌先三寸で私をいいように操ろうとしてきましたから、三人ともお引き取り願いましたとも。
あの三人と、送り込んできたそれぞれの商会はリスト入りです。今後組合は取引することはないでしょう。
おめでとう。
もしかしたら、商会の上役からクビを宣告されるかもしれませんね。
あぁ、逆恨みされるかもしれませんが、まぁ、その時はその時です。
……最悪、商人は辺境伯より紹介していただきましょう。
★ ☆ ★
「くっそ、なんとかして足を止めろ!」
「無理ーっ!」
ミランダが喚いた。
そりゃ重装のお前じゃ反応しきれないだろうよ!
ってか、装備的に俺がやらなきゃなんねぇのか、畜生め!
ボス部屋に入った途端、ボス、怪獣猪は駆けずり回りだした。それこそ無作為に。
俺たちの誰かを狙うわけでもなく、ただ走り回るだけだ。だが、その速度が異常に速く、攻撃がまともに当てられない。
盾で抑え込もうと立ち塞がるが、あっさりと弾き飛ばされた。
猪の突進は脅威だ。ただの体当たりだろうと、知らないものは思うだろうが、その威力は強力だ。
なにより、体当たりの打撃はもちろんだが、それ以上に牙による刺突が危険だ。
狩人の中には、犬を連れて狩りをする者もいる。だが俺の知る狩人連中は、誰一人として猪狩りに犬を連れてはいかない。
理由? 猪の突進で、腹を割かれるからだよ。あの牙の角度は曲者で、腹を割くだけでなく、腸を引きずり出すんだと。
そんなことになったら洒落にならないからな。それこそ時間を掛けての死を待つだけだ。
腸が飛び出して生き延びた人間なんぞ、俺は知らん。
起き上がり、怪獣猪を注視する。盾は持ち手がイカれたようだ。ぐらぐらとして、盾としてはもう使えなさそうだ。
盾を投げ捨てる。
猪狩りの基本は、槍持ちのところへ猪追い込み、突撃して来る猪に正面から槍を突き立てると同時に槍を放し、横っ飛びに躱すというものだ。
これは木という遮蔽物がある森でなら、非常に有用な手法だ。欠点は、槍を一本消費することと、勇気が必要だと云うことだ。
槍持ちはラウラがいるが、さすがにやらせるわけにはいかない。それ以前に、怪獣猪の行動を制御できない以上、この狩猟法は無理だ。
バルナバの放つ矢が幾本も刺さっているが、動きは一向に衰えない。
ミランダがすれ違いざまにメイスで怪獣猪の牙をへし折り、そのまま鼻面に叩き込んだ。叩き込んだが、メイスを振り抜けずに転倒した。
ミランダの一撃をものともせずに怪獣猪は突き進んだかと思うと、急によろけ、転倒した。ミランダの一撃は確実にダメージを与えていたのだ。
「チャンスだ! 足を潰せ!」
グスタフがバタバタともがく足に斧を叩きつけた。つか、グスタフ、その斧は投げ斧だろう?
足を潰された怪獣猪は立ち上がることができず、そのまま絶命した。
「疲れた……」
「獲物の状態は酷いけれど、しかたないか」
ラウラが鞄に怪獣猪を詰め込む前に、ささっている矢を引き抜き始めた。
再利用可能な矢はいいところ三、四本だろう。
「それじゃ、宝物部屋へと行くか」
ガタの来た盾を拾い、ノロノロとボス部屋の奥へと向かう。
はぁ……盾は確かに消耗品だが、潰れるのがいささか早すぎる。
盾本体はまだ十分に使えるし、これ、直せるかどうかは、職人に訊くしかないだろう。
はぁ、出費が嵩む。
憂鬱な気持ちで、俺は宝物部屋の扉を開いた。
誤字報告ありがとうございます。