230 【バンビーナ】調査探索 ①
おはようございます。冒険者組合本部、事務方のチェロです。たまに受付業務もしていますが、私の仕事は基本的に各種事務処理です。
平たく云うと、書類関連における雑用係です。
各種依頼の振り分け、達成の確認、発生した問題に関する各種処理と、やることは多岐に渡ります。
経理? そっちはペトロナの担当ですね。彼女はほかにも来客の相手もしています。
さて、私は今、ディルガエアを離れ、テスカセベルムに出張に来ています。
あはは……辺り一面なんにもない野っ原ですよ。おかげで食事が非常に残念な有様になっています。
……帰りたい。
うぅ、冒険者食堂のコロッケ定食を食べたい。ここじゃ固い干し肉しかないし。それ以外には、先日討ち取ったマーブルボアの肉だけです。
えぇ、私は今、【バンビーナ】の管理化のための下準備として、宿場を作るための場所の選定にきています。
私の立場は監督ということですので、さほどやることはありません。上がって来た情報を精査し、そこから新たに指示を出す程度です。
基本的な仕事は、テスカセベルム内の冒険者組合から派遣された職員が動いています。
まぁ、場所の選定と云っても、【バンビーナ】の側でなくてはならないんですけれどね。【バンビーナ】が山の中腹に口を開けているため、山の麓に宿場をつくるか、それとも山をある程度削って、そこに僅かながらに数軒建物を作るのか、二案出されている状態です。
私としては麓に宿場を作る一択です。
最終的な決定権は、テスカセベルムにあるため、どうなるかはわかりません。
そういえば、【メルキオッレ】を管理しているバレルトリ家から、助言者的な立場として人が派遣されるはずなんですが、いまだに来ませんね。
まぁ、気長に待つとしましょう。テスカセベルムはいまだに各所でガタガタしているようですし。
さて、【バンビーナ】ですが、【燃ゆる短剣】の一団が調査の為に潜っています。キッカ様の情報を疑うつもりはありませんが、規則上、確認をしなくてはなりませんからね。
今回、その確認作業のために依頼した【燃ゆる短剣】の面々は、キッカ様と交流のある探索者ということで選ばれました。
で、その【バンビーナ】ですが、未管理ではありますが、特に立ち入り制限されているわけではありません。入る分には、誰であろうと勝手に入ることができます。
が、常識のある者ならば、そんなことはしないでしょう。未管理であるということは、一切のバックアップがないということです。
負傷し、命からがらダンジョンから脱出できたとしても、そこに助けてくれる人は誰もいません。
管理ダンジョンであれば、ダンジョンから脱出さえすれば、すぐに救助して貰えます。
また、探索予定をきちんと申請しておけば、予定を三日オーバーした時点で遭難とみなし、救出チームが捜索に向かいます。
まぁ、有料ですので、あとから結構な額の請求がありますが。
そういった安全性のことから、普通は未管理ダンジョンに踏み入る者はいません。
まぁ、【バンビーナ】は発見されているダンジョンの中では、唯一の未管理ダンジョンですが。
しかし、立地が本当に悪いですね。今私たちが拠点としている場所から、【バンビーナ】までは徒歩で二時間くらいかかります。
宿場としては離れすぎです。ですが、それ以上に近くには、こうした大テントを張ることもできませんからね。
岩だらけで、きちんとした宿場にするとなると、岩を掘りだして埋め立てなくてはなりません。
そもそも、【バンビーナ】の場所が悪すぎることが原因で、これまで管理されていなかったわけですし。資源らしい資源がないというのも、それを後押しした感じですね。
一階層のスライム:人工林や水辺によくいる。
二階層のネズミ:単なる害獣。
三階層のウサギ:食料としては、その辺にいくらでもいる。
四階層のイヌ:わざわざ食料とする必要もない。
五階層のネコ:中ボスのキバは武器素材になるけれども……。
……うん。すごい微妙。接着剤としてもスライム溶液は、わざわざダンジョンで集めなくても間に合っている。ウサギもそう。イヌ、ネコ、ネズミは……それなりに大きいので、皮を取るくらいしかありませんね。
正直、資源としてみるには、【バンビーナ】はかなり微妙といえます。
あぁ、でも、八階層にでる亀は需要がありそうです。キッカ様の話によると、その甲羅が装飾品などに加工できるらしいです。亀の甲羅を素材とする産業ができれば、かなりの需要が生まれるでしょう。
ボタンや櫛などに使われているとのことですから、需要は十分です。
さて、身だしなみも整えましたし。朝ごはんを食べて、本日の業務に入るとしましょう。
はぁ……はやくこの仕事を引き継ぎたい。場所さえ決まってしまえば、あとはテスカセベルムの支部任せにできますからね。
テントをでて、炊き出し場へと向かいます。炊き出し場という呼び方は適当ではないのでしょうが、いつの間にやら、みんながそう呼び出してそのまま定着しました。
食事を受け取り、義務的な調子で口に運びます。正直、あまり美味しいとは言えないのです。……いえ、訂正します。不味いです。でも食べないと体が保ちませんからね。
本日の朝食は、人参ジャムを乗せたバレと蛇肉の香草スープです。あとリンゴ。この中で一番マシなのが人参ジャムというところでお察しです。
バレはちょぴり焦げているし、スープは香草を効かせ過ぎてキツイくせに、口に入れると蛇肉の生臭さが口いっぱいに広がるという酷い出来。リンゴはすこし汁気が飛んでいて、微妙にもそもそしています。
改善を要求したいところですが、それを申請する場所は私なのです。そしてそんなものを出されたところで、どうにもなりません。本部に状況改善を望んだところで、『健闘を祈る!』としか返って来ませんからね。
人手不足はいつになっても改善されないのです。不要な人材はあり余っているというのに、必要な人材が不足しているのは世の常です。
うぅ、冒険者食堂の食事が恋しい。
帰ったら私、カニクリームグラタンを食べるんだ!
……変なことを考えるのは止めましょう。キッカ様が『死亡フラグを立てる』とか云ってましたし。こういうことを云うと、実現できずに死ぬとかなんとか。
まぁ、私は口に出して云ったわけではありませんし、大丈夫でしょう。
……大丈夫ですよね?
事務テントへと入り、すでに積まれている書類の処理にはいります。
基本的に周囲の探索、調査の報告書です。大分、周辺の地図が埋まりましたが……酷い土地ですね、ここ。
まぁ、他にまともな場所が沢山あるので、このあたりは開拓されていなかったのでしょうけれど。
【バンビーナ】が上にあるわけですし、魔物災害も一定期間ごとにあるわけですしね。
この仮拠点より西方に二十キロほどに昔は村があったそうですが、十年前の魔物災害で壊滅、廃村となったそうです。
なんでも、オルトロス一頭に蹂躙されて、村民は数人を除いて死亡という記録が残されています。
小さな村とはいえ、いわゆる戦闘要員は配置されている筈です。にも拘わらず、この被害ということは、オルトロスがどれだけ強力な魔物であるのかの証拠と云えましょう。
キッカ様、良くそんな魔物を狩りましたよね。不意打ちで毒と魔法を使ったと云っていましたけれど。
……これは、魔法はともかくも、毒の方は使用の検討をしなくてはならないかもしれませんね。以前、副組合長とキッカさんとの話し合いでは、あまりにも危険物過ぎるということで、販売を見合わせたと聞いていますけれど。
うーむ。場所的には、ここより東へ十キロほどの場所が一番よい場所なのですが。
岩の処理が大変なんですよねぇ。こういった開拓を専門にしている人たちっていましたっけ?
ん?
げっ、土竜が住みついてるじゃないですか。これ、討伐しないといけませんね。土竜は地味に面倒臭いんですよねぇ。強さ自体はそこまでではありませんが、巣穴より引きずり出すのが面倒なのです。
故に、討伐危険度は【高】とされています。これは本部にあげておきましょう。傭兵と狩人の混成チームを送ってもらうとしましょう。
えぇ、この場所に決めました。問題が岩と土竜だけなら、どうとでもできます。土竜は引きずり出せさえすればですけれど、狩人ならその手の方法は熟知しているでしょう。
「班長、テスカセベルムから、ダンジョン担当官が派遣されてきました」
「わかりました。いま行きます」
やっとですか。これで止まっていた案件を進めることができます。
処理の済んだ書類を脇にまとめて文鎮を上に載せる。
さて、それじゃ会いに行くとしましょう。
テントから出ると、厩のほうから黒づくめの男性がふたりの供を引き連れて歩いて来ます。
……黒づくめで妙に髭の似合っている赤毛の男性。え、嘘でしょ!?
「遅れて申し訳ない。バレルトリ辺境伯ジェレミアだ。よろしく頼む」
うわぁ、ジェレミア卿だぁ。勘弁してくださいよ。この人、王様にも平気で噛みつくって評判の暴れん坊ですよ。というか、なんで【メルキオッレ】の管理責任者がここにくるんですか!?
え? もしかしてフラグ効果!? 私死ぬの!?
戦々恐々としながらも、私はジェレミア卿に挨拶を反すのでした。
★ ☆ ★
幅は三メートル。高さは四メートルほどだろうか。いや、もう少し高いかもしれない。ただ歩くだけなら、この通路は十分以上に広い。だが戦闘を考えると、非常に狭いと云える。正直、これでは二人並んでの戦闘は難しい。無闇に剣を振るえば仲間を巻き込むだろう。
大盾持ちを前面に出し、その後ろから長柄武器で攻撃すると云うのが一番の策か。だが生憎、うちの一団には大盾持ちはいない。そもそも、大盾を使う探索者など、本当に少数派だ。
前衛は俺、アラム(剣)とミランダ(メイス)。中衛がラウラ(スピア)。後衛がクスタフ(投げナイフ他)とバルナバ(短弓)。先行してロック(短剣)が偵察という形で進んでいる。
戦闘の際にはロックは中衛に入り、前衛は俺が前、その後ろにミランダという形になる。
淡いオレンジ色の明かりが灯る中、ロックの合図にあわせて慎重に進む。
この灯りはありがたくもあるが、光量が実に嫌らしい。明るくもなく暗くもないという程度だ。微妙に見たいところが見えないというところか。
おかげで一階層のスライムを倒すのが地味に手間取った。【アリリオ】でスライムを相手にするときには、松明で焼き潰すの一番簡単だ。だが、今回は松明を灯してはいない。
結局一階層に関しては、ミランダが先頭に立って、メイスでスライムを潰して進んだ。
それにしてもミランダはなんでメイス二丁持ちにしたんだ? 鎧をあのタマネギ鎧にしてから、色々と新しい戦い方を模索しているみたいだが。
戦い方がえらく物騒になっている気がする。
一階層を問題なく抜ける。地図は問題なし。実に正確だ。
二階層も問題ない。徘徊しているネズミは犬ほどのサイズがあるが、倒すのは問題ない。やたらとすばしっこいが、蹴り一発で倒せる以上、脅威ではない。大群に襲われたらひとたまりもないだろうが、そこまでの数はいないようだ。
三階層はウサギだ。ラウラが積極的に狩っては、借り受けた【底なしの鞄】に放り込んでいる。……まぁ、現状、拠点の食事が非常に残念だからな。
四階層、犬。いわゆる野犬の類か? いや、それよりはかなり大きい。後ろ足で立ち上がれば、俺と同じくらいあるんじゃないか? でかい図体の割には機敏に動き、的確にこちらの腕や足、喉笛を狙ってくる。明らかに行動不能にさせることを目的とした攻撃だ。こういう相手になると、軽装備の俺などはやや攻撃が控えめになる。守りをおろそかにして、致命傷を喰らうとか間抜けでしかないからな。
ミランダは全身鎧のおかげで、犬の噛みつきなどものともせず、メイスで殴り倒していた。
五階層。猫。犬に比べたら怖くなんかねぇぜ! そんな風にさっきまで思っていたよ。
これも犬と同じくらいのサイズの猫の魔物。機動力と運動力が犬よりもはるかに高く、こちらの陣形の中に突撃してきて、乱戦に持ち込んで来る。
明らかに俺たちを、仲間を盾にする戦い方は厄介だ。結局、剣を使えず、盾で殴って転がしたところを踏みつけて仕留める戦い方になった。
まったく、動きが速く、壁や天井を縦横無尽に跳ねまわる魔物は厄介だ。
そして俺たちはある扉の前で立ち止まっていた。地図が正確ならば、この部屋は中ボス部屋のひとつ手前の部屋のはずなんだが……。
「ねぇ、ロック、これって地図に載ってる?」
「いや、そういった記載は一切ないな」
「これ、キッカさんが書いたのかな?」
「さすがに違うんじゃない? ……って、誰よパンチョって、聞いたことないんだけれど」
そう、その扉の横には張り紙がされていた。ロックが剥がそうと試みたが、どうやっても剥がすことができなかった。壁と一体となっているようだ。
張り紙にはこう、記されてあった。
『やあ。
ようこそ、安全地帯へ。
ここの水は解毒効果もあるから、まずは飲んで落ち着くといい。
そう、この部屋の先は『中ボス』なんだ。辛い。
全力戦闘は五分が限度と云うしね。無理してすぐに戦うことはない。
ただ、この張り紙を見た時、君は、きっと言葉では言い表せない「脱力感」みたいなものを感じてくれたと思う。
殺伐としたダンジョンの中で、そういう肩の力を抜く気持ちを忘れないで欲しい。
そう思って、この張り紙を作ったんだ。
じゃあ、健闘を祈るよ。
――――――大いなる戦士パンチョ』
……なんだこれ?
戸惑いつつも、俺たちは扉を開けた。
誤字報告ありがとうございます。